「くっ……」現在自分が置かれている絶望的な状況に歯ぎしりをするマリア。  
それでも呼吸を整え、混乱していた思考を少しでも落ち着かせられたのは、  
幾多の困難。そして死線を乗り越えて来た彼女の貴重な経験が有ったればこそと云えた。  
 
自分を取り囲む男達に悟られぬ様、目線だけで周囲を伺う。  
確かな状況把握さえ出来れば、活路も見出せるはず…と信じ……。  
 
一人の男に案内されて辿り着いた廃屋の地下室。  
部屋には丈夫そうな鉄製の扉が二つ。一つは、マリアが連れられて来た時に通った入り口の扉。  
そしてもう一つは奥へと通じる扉……その扉の先は、どこに通じているのか皆目見当もつかない。  
部屋の広さは25m四方ぐらい有るだろうか……天井からは、黄色く、頼り無さげな光を  
ぼんやりと放つ裸電球が、申し訳程度にぶら下がっている。  
その薄明かりの中、打ちっぱなしのコンクリの壁が無機質に照らされ、  
何とも云えぬ重圧感を滲み出している。  
部屋の隅には、錆びて朽ち欠けた用途不明の機材。それと、すえた匂いを放つゴミが散乱している。  
いかにも、といった雰囲気の部屋だった。  
 
そして、マリアの視線はこの部屋の中央を独占し鎮座している。不釣合いなものに嫌でも引きつけられた。  
 
人が5,6人程横になれるぐらいの大きさのベッド………。  
骨組みが所々剥き出しになっている本体に、少々黄ばんだ生地に血痕でも固まった様な  
どす黒いシミの付いたシーツが乱雑に敷かれていた。  
何とも意味あり気なそのものの存在感に気圧される。  
と、同時にマリアの中で自分の身に起こり得るで有ろう、不快なビジュアルが浮かび出す。  
(考え過ぎよ……でも…)この部屋に案内されて来た時から、自分の身体に  
男達のねっとりと絡み付く視線を感じていた。  
正面から僅かに身を乗り出して見詰めている男などは、先程からマリアの身体の一点だけを  
ギラついた眼で執拗に見詰め続けている……。  
 
「どうした、お嬢ちゃん?……ベッドがそんな珍しいかい?」  
小太りでがっしりとした体躯の男が、ベッドに片手をつき、嘲笑混じりの声でマリアに訪ねる。  
その声でピクリと僅かに肩を震わせ、思考を現実へと引き戻す。  
「へっへっへっ…」小太りの男の言葉が愉快だったのか。それとも、マリアの反応に対してなのか、  
周りに居た男達から下卑た笑いが漏れだし、電球の薄明かりが、そのにやついた顔と  
剥き出しになって黄ばんだ歯を浮かび上がらせた。  
 
マリアは僅かに険しい表情を浮べると、次に自分を取り囲む男達の観察を始めた。  
(……14…15)自分の後ろに居る男は確認出来ないが、気配で察すると  
二人居る。  
それに、奥の扉の先に少なくても二人は居る……。  
(全部で19人……)薄汚れたシャツに、どこかが破け、よれよれのズボン。  
共通の雰囲気を思わせる出で立ちだった。  
が、身なりこそ粗末だが、鍛えたような精悍な肉体にそれぞれ銃やナイフなどの獲物を持っている。  
(これは……)一筋縄では行かない。と、マリアは悟った。  
 
マリアがこの最悪の状況への打開策を思案し始める。様々な想定を頭の中で繰り返しシュミレートする。  
 
だが、回答が出る前に男達が動き出した……。  
数人が待ちきれないとばかりに、じりじりと間合いを詰めて来たのだ。  
(…!)近づいて来る男達の足の運び方が、訓練された者のそれと察知し  
マリアは反射的に身構える。  
それを見て、男の中の一人が首をクィッと奥の扉に向けてマリアに合図を送る。  
 
扉の方を見詰めるマリア。  
床に目をやると、血がポタポタと扉に向かい跡を作っていた。  
(………)それを見て、構えていた姿勢を力なく崩す。  
 
「…フェイト」項垂れ、ぽつりと呟く。  
 
それが合図かの様に男達がマリアに群がった。  
 
―3時間ほど前。  
 
一行が訪れた町は、これといって珍しいものも無いありふれた所だった。  
そこそこの大きな町だが、どこか寂れて活気が無い。いわゆる、過疎化の進んだ町であった。  
 
宿屋というには大きく、ホテルと呼ぶにはお粗末な宿泊施設を見つけ、そこに  
旅と戦闘で疲れた身体を預ける事にする。  
無愛想な受け付けとのやり取りの後、各自振り分けられた部屋へと向かう。  
 
「……あれ?」一人出掛け仕度を整えるマリアを見て、フェイトが怪訝そうな声を  
あげる。  
パーティメンバーの疲労は激しく、何かをするにしても、ゆっくりと休んでからと  
事前に話し合っていたからだ。  
「出掛けるの?マリア」  
「ええ…」フェイトの疑問に僅かに視線を送り、簡潔に応える。  
「あっ……じゃあ、僕も一緒に行ってもいいかな?」  
頬を指で掻き、少し照れながらも、同行の意思を表す。  
マリアは、フェイトに向き直り、感情の薄い無機質な言葉でぽつりと言葉を返す。  
「………ごめんなさい、一人で行かせて」  
「えっ…あっ、うん……」意外……とも云えないが、どことなく冷めたマリアの  
返答に、フェイトはしどろもどろな言葉しか出せなかった。  
 
(……………)フェイトにはいつもと違うマリアの態度に一つだけ思い当たる節が有った。  
「あっ、あのさ……」不安と関心という二つの感情に背中を押される形で、  
思考の片隅で引っ掛っている事を思い切って聞いてみる。  
「…もしかして、さっきの事を怒っているの?」  
町を訪れた時、何の事は無い会話のすれ違いがきっかけで、二人は口論になったのだが……。  
「別に……」再び簡潔に応えるマリア。  
そして、振り向きもせずに外へと出て行く。  
 
丁度、真昼の時刻。日が真上に在る事も手伝って、外の温度は不快な程では無いが  
額から汗を流させるには充分な暑さだった。  
マリアは手にしたハンカチで汗を拭いつつ、目についた店を手当たり次第に覗き込んでいた。  
 
気が付くと、この町一番の大通りに出ていた。  
寂れた町の割に大小様々な露店がそこそこな数で軒を列ねていて、  
ここだけは例外だと主張するかのように賑わいを見せている。  
マリアは時折、露店に並ぶ粗末な品々に目をやり、何かを考え込んでいた……。  
その姿からは戦いの折りに見せる険しい表情は消えて、女性らしい穏やかささえ見て取れた。  
 
それから幾らかの時間が経った頃だろうか……中央に水の枯れた噴水の有る広場に差し掛かった時、  
ふらふらと足元のおぼつかない汚れた身なりの男が近づいて来た。  
マリアほその男を見て取り、警戒しつつも悟られぬ様にやり過ごす事にする。  
 
何事も無い様に思えた。が、男はマリアとすれ違い様にぼそりと搾り出す様に呟いた。  
「……知り合いの…男を預かっている……」  
地獄の底から響いてる様な声に、マリアは警戒すら忘れ振り返った。  
 
男はマリアと有る程度距離をとると、ピタリと足をとめゆっくりと顔を向ける。  
陽射しで逆行になり、男の顔の表情は見てとれない。が、その行動はマリアに対して自分に付いて  
来いという意味に受け取れる。  
(何かの罠か……それとも…)様々な状況を想定して思考を巡らす。  
 
「あっ!」マリアの返事を待たずに、男は来た時と同じ様にふらふらと歩き始めた。  
(……仕方ない…か…)自分に選択の余地が無い事を悟り、不審な男に付いて  
行く事にする。  
 
道行く人々の雑踏を掻き分け、淋しい裏道を通る……。  
男を見失わないように注意を払い、再び思考を巡らせる。  
(一体何が……)自分の身に起こっているのか。  
(知り合いの男って、まさか……)とか……(…そもそも本当に捕まっているのか…)  
などと、様々な疑問が浮かび上がるが、判断材料が皆無な為、回答を得られずに  
全ての疑問が浮かんでは半端に立ち消えて行った。  
 
(それにしても……)と、先を行く男の背中を見詰める。  
おぼつかない足取りは変わらない……(だけど…)その男の後をついて行くのが  
やっとだった。  
(それに……)あの広場からずいぶんと歩かされている……。  
わざと遠回りをしているとしか思えなかった。  
そんな面倒な事をする理由は二つ…。  
一つはマリアの仲間が付いて来ていないかの確認。  
もう一つはマリア自身の方向感覚を鈍らせ、道順を混乱させる為のもの。  
とても素人の行動とは思えない……。  
(一体何者なの?)疑問がマリアの中で不安へと変わって行った。  
 
それから再び暫く歩かされ、たどり着いたのは人が住まなくなってかなりの  
年月が経ったと思える程に朽ち果てた廃屋だった。  
廃屋といってもかなりの大きさだ。おそらくはこの土地の有力者の持ち物  
で有ったと推察出来る。  
マリアは眼前に広がる情景に呆気に取られ、辺りを見回した。  
外壁には植物の弦が重なるように覆い茂り、廃屋の外観をあやふやな  
ものにしている。  
足元に目をやると、何かのオブジェだったのだろうか……彫像の首の部分だけが  
ゴロリと転がり、こちらを恨めしそうに見詰めている様に感じた。  
そのいかにも怪しいその雰囲気に尻込みするマリアをよそに、男は立ち止る事もせずに  
廃屋へと吸い込まれる様に入って行った。  
 
「………」(一体、どうしたら…)付いて来たはいいが、この状況はかなり危険なものだ。  
実際、今日まで、自分の危険を何度も救って来た勘が、体内全体に響く程の大音量で  
警鐘を鳴らし続けている。  
が、その警告を無視し、ここまで来たのは………。  
あの男の言葉……『男は預かった…』  
(男って……)ふいにマリアの中に、或る少年の笑顔が浮かぶ……。  
先程別れたばかりなのに、なつかしく、そして………。  
 
マリアの中で、もう一つの感情が沸き起こり支配し始める  
それは、不安と戸惑いを打ち消すのに充分なものだった。  
(行かなくちゃ……)例え自分の身が危険に晒されても……  
意を決し、廃屋を見詰め一歩を踏み出す。  
 
廃屋の中は外見と違わず荒れていて、瓦礫が散乱し所々通路を塞いでいる状態だった。  
窓が有った場所には、全て板が打ちつけられていて、外からの陽射しを拒んで  
いるかのようだ。  
暗がりに慣れない目で、時折瓦礫に躓きながらも前へと進む。  
どこからか迷い込んだ、名も知れぬ野鳥がマリアの気配を察し、バタバタと  
飛び立つ。  
高鳴る鼓動と、精神(こころ)を落ち着かせ辺りを伺う。  
 
「……!」薄暗い通路の先に、あの男の姿が浮かび上がる。  
どうやら、マリアの事を待っていたようだ……。  
(あのまま……)消えてくれれば良かった。とも思うが………。  
(何を考えているの……!)自分を戒め、気持ちを切り替える為に首を小さく左右に振る。  
男はマリアの姿を確認したのか、再び奥へと歩き出した。  
一定の間隔を保ちながらマリアは付いて行った。  
 
廃屋の中の構造はそれ程複雑では無かった。いくつかの角を曲がり目的の場所へと辿り着く。  
狭い通路の行き止まり。  
少し広くなったスペースに、彫刻が施された豪華な木製の扉が有った。  
そして、その側には案内をしている男の仲間だろう。  
一人の男が居た……たぶん見張り役だと思われる………。  
いかつい顔立ちに、身長が優に2メートルを超す巨漢。  
その体には、鋼鉄ででも出来ているかの様な筋肉の鎧を纏っている。  
丁度、ギリシャの神殿にでも置いて有る、英雄の石像の様な容姿だった。  
実際ピクリとも動かなかったうえに、暗がりも手伝い、マリアは最初石像と勘違いしていた程だった。  
 
その石像がズボンのポケットから、小型の端末を取り出し操作し始める。  
ただの古臭い扉に見えたのだが、どうやら開けるのにはコードキーが必要らしい。  
芋虫のような節の無い太い指が、端末の上を忙しなく移動する。  
 
『カチャ…』乾いた音と共に鍵が外れ、扉が少しづつ開き始める。  
と、その先に照明に照らされた、地下へと通じる階段が現れる。  
扉のシステムとこの階段の照明から、この廃屋には電気が通じているのもと推測出来きた。  
 
……どうやら男の案内はここで終わりらしい。  
マリアは、扉をはさんで立つ見張りの男と案内の男から、突き刺さる様な視線を感じた。  
 
(ここからは、先に行けってことね……)無言のメッセージを受け、緊張で乾いて  
張り付きそうな喉に、こくりと唾を飲み込み僅かに潤す。  
そして、二人の男の間をすり抜け、階段を下った。  
 
階段の先には鉄製の扉があった。マリアを先に行かせたという事は、扉には鍵が掛かって  
無いという事だろう。  
 
取手を掴み、意を決して腕に力を入れる。  
『ギィ……』金属が擦れた不快な音を響かせ、扉が開く………。  
「んっ!」最初にマリアを迎えたのは、視界を遮る程のタバコの煙だった。  
その煙にむせつつも、視界を部屋の中へと泳がせる。  
中には大勢の男達が居た……決して狭い部屋では無い。が、部屋の容量を越えるほどの  
人数が居て、窮屈な感じがする。  
「おっ!」一人の男がマリアの存在に気付く。  
「ようやく、お姫さまの登場のようだなぁ!」酒に酔っているのか、ろれつの回らない  
大声でまくしたてる。  
ざわついていた空気がしんと静まり、視線がマリアに集中する。まるで品定めでもしているかのように……。  
と、男達からマリアに向け、歓迎の挨拶とばかりに汚らしい野次と口笛が飛ぶ。  
 
(一体何なのよ……)こんな所まで人を呼び寄せての馬鹿騒ぎ……。  
不愉快な気持ちを通り越して、怒りすら感じる。  
が、その熱くなった感情が一瞬にして冷める感覚をマリアは覚えた。  
手足が微かに震え出し、頭の中が真っ白になる。  
「そんな……」床に転がるものを見て、自分でも気付かずに声を出していた。  
 
薄汚れた床に血溜まりが広がっていた。  
そして、その中心に転がるように倒れるもの………。  
 
人……見慣れた服装…。  
 
その者の事をマリアは知っている……。忘れる訳が無い………。  
優しく…そして、暖かい……。  
いつも澄んだ綺麗な瞳でマリアを見つめ、見守ってくれていた………。  
 
「フェイトぉ!!」一番見たく無かった光景に、悲鳴に近い叫び声が自然と出た。  
冷静では居られない……居られるはずも無い…。  
(何で!…どうしてっ!)男達など既に視界には入って無かった。  
倒れ込むフェイトに駆け寄るマリア。  
 
「おっと!」痩せてはいるが、しなやかな鞭を思わせる男がフェイトを踏みつけ、  
後頭部に銃を突きつける。  
「!!」  
「馬鹿な真似をしたら…わかってんだろうな?」グリグリと銃口をフェイトの頭に  
押付ける。  
「………」マリアの中にふつふつとどす黒い感情が、心の奥底から湧きあがる。  
愛する者を傷付け、踏み付ける男に対してのものなのだが……その、フェイトが人質として  
捕らわれている今のこの状況では、男を殴りつける事も叶わなかった……。  
 
……そう、どんなに凄まじい能力(ちから)を持っていたとしても…。  
 
俯くマリア。  
男はその姿を見て、満足げに頷いた。  
 
血まみれのフェイトは心配するマリアの視線に見送られ、二人の男に担がれて  
奥の部屋へと連れて行かれた。  
 
何も出来なかった……何も………。  
 
「くっ……」マリアは、絶望的な状況に歯ぎしりをするしか無かった…。 

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