宇宙船ディプロは、区画によって重力が異なっている。もともとクラウスト  
ロ船籍であり、クルーのほとんどがクラウストロ人であるこの船は、デフォル  
トでは重力が2.4Gに設定されているのだが、マリアなどの他惑星の出身者が乗  
り込むことも増えた後は、区画・個室ごとに重力が調節されるようになった。  
 そして現在、クリフお気に入りの鍛錬室の中の重力は1.7Gに設定され、クリ  
フ&ミラージュとフェイト&アルベルの二組が大暴れしていた。  
 しかし一方はすっかりお疲れぎみのようである。  
「くっ、体が重い………」  
 フェイトは肩で息をしている。  
「やっぱり重力は1Gに戻すか? それともか弱いエリクール人に合わせて0.9G  
にするか?」  
 腕組みをしたクリフが豪快に笑っている。その隣で三編みの女性が微笑んで  
いる。口元も目も優しげなのに、どこか油断がならない鋭さも併せ持つ女性は、  
クリフよりは赤みの強い金髪をしていた。  
「私たちには、これでも軽いんですよ?」  
 ミラージュは跳躍すると、宙返りして天井を蹴り、続いて壁を蹴り、そして  
床に着地した。  
「だれが、か弱い、だとっ………」  
 アルベルはすでに片膝をついている。フェイトの気遣う視線が、かえってア  
ルベルの心に刺さった。  
 
「やっぱり0.9Gに戻してくれませんか?」  
 フェイトがすまなそうにミラージュに頼む。  
「わかりました」  
 壁のコンソールを操作しようとするミラージュに、アルベルが言う。  
「やめろ、このままでいいっ!」  
 ミラージュはアルベルの肩に手を置き、優しく言い聞かせる。  
「無理しないでください。あなたはまだ、体の変化に追いついていませんよ。  
たやすい相手ならともかく、私たちと戦うのはつらいでしょう?」  
「うるせえ!」  
 アルベルはミラージュの手をふりはらった。微笑を崩さぬままに、ミラージ  
ュは軽く肩をすくめ、重力を0.9Gに設定した。  
 ぐったりとした重みから解放されて、フェイトは剣を構える。アルベルも立  
ち上がった。  
「クリフ、覚悟しろよ!」  
「行くぞ、阿呆が!」  
 剣に気をとられていたクリフに、フェイトの蹴りが入る。  
「リフレクトストライフ!」  
「おっとまずった」  
 不意をつかれて舌打ちするクリフの脇から、床すれすれにミラージュの体が  
飛び込んでくる。  
「注意力散漫ですよ、クリフ!」  
 フェイトの脚に、ミラージュの脚がからんだ。負荷がかかったフェイトの膝  
がきしむ。脚を解いた後、逃れようと身をかわすフェイトを、上、中、下段と  
変幻し、輝く無数の蹴りが襲った。  
「フラッシュトゥループス!!」  
 蹴りを受けながらも何とか勢いを殺すことには成功し、切れた口の中に滲む  
錆の味を飲み込みながら、フェイトは剣を構えなおす。  
 
「てめぇの相手は俺だろうが!」  
 アルベルの切っ先が、ミラージュを狙う。しかしミラージュは横にステップ  
を踏み、刀は二、三本の金髪を空しく散らしただけだった。ミラージュはその  
ままアルベルの横に張り付いた。普段はキーの上を器用に踊る、長い指を持つ  
手が、戦士のものにしては細すぎる腕をつかんで前に押し出した。  
「うおっ!」  
 自分の斬撃の勢いにミラージュの力が加わり、アルベルは前につんのめり、  
そのまま転倒した。  
「アルベル、大丈夫か!」  
 叫ぶフェイトをクリフが張り倒す。  
「バーカ、よそ見してんじゃねぇよ。おら、立て」  
「こ、この………」  
 立ち上がるフェイトに、さっと後退したクリフの跳び蹴りが降りてきた。  
「エリアルレイド!」  
 フェイトは慌てず、上からのクリフの強襲を見定めて剣を閃かせる。  
「なめるなぁっ! ヴァーティカル・エアレイド!」  
 しかしフェイトは再びミラージュが走りこんでくるのを見た。ミラージュが  
上に突き出した拳を、クリフが空中で踏んでもう一度跳ぶ。クリフの大きな体  
は相当な重量があるはずだが、ミラージュの細腕はびくともせず、その表情は  
涼しげなものだ。  
 
 剣をかわしつつ、クリフは着地するフェイトを殴りつける。クリフの拳が光  
を放つ。  
「させるかよっ!」  
 擦れて血が滲む頬をしたアルベルが、義手を朱い闘気に染めてクリフを襲う。  
クリフはちらりとアルベルを見、にやりと笑って背を向ける。  
 広い背中は相棒の女性に預けられた。  
「あなたの相手は、私ではなかったのですか?」  
 義手の爪先を、細長い指が捕える。見た目からは想像もつかない膂力のミ  
ラージュにつかまれ、アルベルは動けなくなった。  
「ギブアップするか?」  
「この辺でやめましょうか?」  
 金髪の男女は、それぞれ相対する剣士に向かって言った。しかしそんなこと  
に応じる二人ではなかった。  
「いやだよ!」  
「断る!」  
 クリフとミラージュは苦笑する。クリフは拳をますます白熱させた。  
「フェイト、歯を食いしばれ! 無限に行くぜ、フラッシュチャリオット!」  
 ミラージュは義手をつかみあげ、アルベルを壁に向かって放り投げた。激突  
の衝撃で息がつまったアルベルがようやく顔をあげると、天井を蹴って勢いを  
つけた、ミラージュのハンマーナックルが振り下ろされた。  
「エリアルピケット!」  
 フェイトとアルベルの視界は、ほぼ同時に暗転した。 
 
 いい運動をしてさっぱりしたクリフとミラージュはシャワールームに向かい、  
フェイトとアルベルはクォーク構成員の医師の世話になっていた。  
「あなたたちの類型のDNAパターンの治療、データベースにないから面倒なの  
よね」  
 医務担当の女性は文句を言っている。  
「まぁ、フェイト君は大分データが取れたからまだいいんだけど」  
 そう言って女性はアルベルをにらむ。  
「あなたのデータもやっとたまって一安心、って時にまた面倒なことしてくれ  
たものよね。一からデータの取り直しだわ」  
「………」  
 アルベルはうつむいている。  
 
 フェイトは自分の腕を回してみた。少しきしむが大したことはなさそうだ。  
「こうなったのは彼女のせいじゃないので、責めないでください」  
 フェイトに弁護してもらっても、アルベルはちっとも嬉しくなかった。「彼  
女」と呼ばれたことにますますうつむいてしまう。  
 女医はため息をついた。  
「そうね。それに一番悪いのは、あなたたちを痛めつけたクリフさんだもの  
ね」  
「僕らが弱いのも悪いんですけどね。それじゃ、ありがとうございました」  
「………弱いのはお前だけだ。阿呆」  
 立ち去ろうとする二人を女医は呼び止める。  
「ちょっとアルベル君」  
「何だ?」  
 アルベルは治療室の中に戻る。フェイトも続いた。  
 女医の顔は何やら真剣だった。フェイトたちもつられて表情が固くなる。女  
医は言った。  
「下着で体型を整えるくらい、した方がいいんじゃないかしら」  
「はぁ?」  
 アルベルは辟易しているようだ。  
「そんな面倒はごめんだな」  
 
 フェイトは深くため息をついた。  
「もう何度も言うけどさ、アルベル………お前の服、やばいよ」  
 さすがにノーパン状態は脱したものの、それ以外はほとんど服装に手を加え  
ていないアルベルだった。露出度の高い服装、惜しげもなくさらけ出された白  
い肌は、妖しい色香を漂わせている。さらに女性らしい振る舞い方を全く知ら  
ないため、無防備で不注意な動作をしてしまうことも多いのだった。  
 そのためペターニやカルサアで、アルベルは不埒な考えを持った暴漢に何度  
も襲われては、それを叩きのめすことになった。しかしアルベルは、このこと  
を『喧嘩を売られることが増えた』と勘違いしているのだった。  
 マリアなどはさんざん注意したのだが、アルベルは服のサイズを縮めただけ  
だった。クリフ・スフレ・ソフィアが悪ふざけで、ウォルターに頼んで、王都  
の若い女性向け衣服を取り寄せてもらい、アルベルに一服盛って眠らせている  
間に着せてしまうという事件があった後は、彼女はますます頑なになってしま  
った。  
 その時のアルベルは目覚めた後、まず目の前に置かれた姿見を叩き割り、ソ  
フィアが二時間かけて結い上げた髪を、引きちぎれんばかりの勢いでぐしゃぐ  
しゃにし、雄叫びをあげながら刀を振り回して、クリフたちを追い回すという  
怒りっぷりだった。  
 
「お前さ、女の人に対して危ないことしたくなったり、ってなかったか? 思  
い出してみろよ。自分が危険な目に遭う可能性とか、考えられないのか?」  
 フェイトが遠回しに言っても、アルベルは分かっていないようだ。  
「………何のことだ?」  
 もともとアルベルは淡白な方だった。焼けるような欲求は、殺戮と強敵とに  
向けられるばかりだった。たまに女が欲しくなった際でも、相手には困らなか  
った。むしろ女の方から深入りされて、鬱陶しいくらいだった。  
「だから変な男に襲われる危険だよ!」  
 フェイトはいらいらと言う。アルベルは鼻を鳴らす。  
「フン、俺は他人の反感をかいやすいタイプらしいからな。気に食わなくて、  
痛めつけてみたくなる奴は多いだろうよ」  
「そうじゃないだろ!?」  
 女医は疲れた様子で二人を見守っている。  
「フェイト君、あなたが見本になって襲ってみたらどう?」  
「もう襲いましたよ。おいしく頂きました」  
「えっ、そうなの? それなのにこんな………すごい鈍感さね」  
「僕も信じられませんよ。感度は良かったのに」  
「あらあら………」  
 相変わらず話の流れが分からないアルベルは不愉快そうにしている。  
「さっさと行くぞ」  
 結んだ後ろ髪を揺らして、アルベルは出て行った。フェイトは女医に会釈し  
てから、その後を追った。  
 
 窓の外に広がる、星の海の輝きが美しい。エリクール二号星を周回するディ  
プロの通路を、フェイトとアルベルは歩いていく。  
 そのまま転送室に向かうはずが、傷が癒えたアルベルはクリフたちと再戦す  
ると騒ぎ出した。  
「いい加減にしてくれよ。何時だと思ってるんだ」  
「このままじゃ、おさまらねぇんだよっ」  
 結局フェイトはアルベルに引きずられるようにして、クリフの部屋へ向かっ  
た。軽い駆動音とともにドアが開く。  
「クリフ、入るよ。ってもう入ってるけど………うわ」  
「うっ………」  
 フェイトとアルベルは立ちつくした。  
 クリフは真っ裸だった。そして同じく全裸で、うつ伏せになって解けた金髪  
を肩からシーツに波打たせたミラージュの下半身を持ち上げて、激しく突いて  
いる最中だった。  
 クリフはため息をつき、ベッドの上であぐらをかいた。ミラージュはクリフ  
の大きな体の後ろにそっと隠れた。  
「クリフ、あなた………部屋のロックをしてなかったんですね」  
「悪りぃ………」  
 
 クリフはきまり悪そうに頭をかいた。  
「あー、その………何だ………今は取り込み中ってやつだ。用があるなら終わ  
るまで待ってくれや」  
 フェイトとアルベルは二人そろって赤くなっている。  
「ごめん………クリフ、ミラージュさん………」  
「………すまん」  
 クリフは悪戯っぽくウィンクして見せる。  
「そうだ。お前らも一発、楽しんでこいよ」  
 ますます赤くなったアルベルが言う。  
「阿呆、何ぬかしてやがる!」  
 と、アルベルは嫌な予感がして視線を隣に向ける。フェイトの手が伸びてア  
ルベルの腰を抱いた。  
「うん、そうだね。そうするよ」  
 フェイトは満面の笑みを浮かべていた。クリフたちの激しい行為を見て、フ  
ェイトはすっかり興奮していたのだった。  
「じゃ、行ってくるよ?」  
「おう、イってこい」  
 フェイトとクリフの笑顔の会話の横で、アルベルは青ざめていった。  
 アルベルの視界が横になり、脚が床から離れた。フェイトはアルベルを横抱  
きにして、自分にあてがわれた部屋へ猛スピードで走って行った。  
「離せぇ、阿呆がぁーーー」  
 アルベルの叫びが、クリフの部屋から遠ざかっていく。  
「さーて続きだ」  
 クリフは今度はきちんとロックをかけ、恥じらうミラージュの肩を抱いた。 
 
 

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