『人類は時として、開けなくても良いドアをノックしてしまう事がままある。  
 それを人は“運命”と呼んできた。  
 私は今まさに開ける必要のないドアの前に立って居るのかも知れない。  
 もちろん今の私には真実は判らない。これからも判らないままかも…。  
 そのドアを開けて後悔するのか?  
 或いは開けないまま目を瞑って暮らしていくのか?』  
 ─────────────────マリア=トレイターの日記より抜粋  
 
川岸の村アリアス、そこにある領主屋敷。  
その二階の部屋でマリア=トレイターが深夜に目を覚ました時、なぜ自分がここに居るのか理解するまで少々の時間を要した。  
ベッドの上で半身を起こし、隣に並ぶベッドを見るとネル=ゼルファーがそれを占拠していた。  
その部屋は本来ターネイブとファリンの部屋として使われているが、当の二人は現在銅を運んでシランドへ向っていた。  
そうして空いた部屋をマリアとネルが使い、来客用の寝室をフェイトとクリフが使っている。  
すなわち男性と女性と部屋を分けて陣取っていた。  
「また戦闘中に気を失って…無駄な時間を使っちゃったわね…」  
その日の夕刻にベクレル鉱山で銅を入手した後、何とか『歪みのアルベル』…アルベル=ノックスを退けた。  
しかしアリアスに入る直前で小物のモンスターと小競合いになり、不意を突かれてマリアは戦闘不能に陥ったのだ。  
銅はすでにシランドヘ発ったこともあり、フェイトの判断で領主屋敷へ一泊してから自分達もシランドへ向うことにした。  
 
マリアは音をたてない様に気を付けながらベッドを抜けると、部屋を出て階下に向う。  
会議室代わりに使われている大きな部屋のドアを開け、室内に誰もいないことを確認してから歩み入った。  
マリアはランプに火を灯し、その炎を見つめる。  
椅子には腰掛けずに机へ軽く太ももを乗せた。  
「フェイト…私が探していた“運命”か…」  
独りごとを言い終えたとたん、不意に聞こえる足音。  
我に帰って振り向いた肩ごしに見えるのはネル=ゼルファーの姿。  
幅広のマフラーの中にあごを埋め、上目遣いにマリアを見ている。  
その視線はこちらを探るものでもなければ、不躾な思いやりさえも含んでいなかった。  
ただ、ネルはマリアを見ている。  
普段と変わらない表情。普段と変わらない立ち姿。  
「気分は?もう良いのかい?」  
普段と変わらない優しさと心配り。  
彼女の問いに、マリアは小さく頭をふった。  
「私は大丈夫。今は多少の無理をしてでも先に進むべき時なのに…」  
「そうかい。なら私はもう何も聞かないよ」  
「ありがとう。ゼルファーさん」  
ネルは微笑んで手を挙げ『やめておくれ』のジェスチャーをした。  
「ネルでいいよ…」  
「えっ?」  
マリアが小首をかしげると、ネルは肩をすくめて繰返した。  
「あたしのコトはネルって呼んでくれていいよ」  
「わかったわ。ありがとう、ネル」  
その言葉を聞いてネルは満足そうな表情を浮かべると、こちらに向ってまっすぐに歩み寄ってくる。  
本当にまっすぐ、よそ見もせず近づいてくる様を見て、マリアは思わず視線をそらした。  
足音が隣でとまると、自分の横に並んで机に体を預ける気配がする。  
彼女の仕種の勢いがマリアに『肩を抱かれてしまうのではないか』という考えを抱かせる。  
それでマリアは思わず体を堅くしたが恐れたようなことは全く起らなかった。  
 
マリア自身、普段は自分が女である事を意識しない様にふるまっている。  
それが他人と無用な馴れ合いを避け、スマートに物事を運ぶために身に付けた彼女の処世術だ。  
クォークのリーダーとして、その術はうまく機能してきたと自分でも思う。  
そんなところはネルと似ているところがあるかも知れないが、実際はネルの方は少し違った。  
一見つっけんどんに構えているように見せて、仲間には言外に親し気な雰囲気を漂わせて接してくる。  
そんなネルの立ち居振る舞いはマリアのポリシーをゆるがせ、時には落ち着かなくさせた。  
 
その間もずっとネルはマリアの横顔を見ていたのかも知れないが、どうしても確認するコトができない。  
やがて沈黙に耐え切れず、ランプに顔を向けたままの姿勢で口火を開いたのはマリアだった。  
「何かしら?…何か用事なの?」  
声に動揺の色が混じらない様に気をつけながら問う。  
少し突き放した様に自分にも聞こえたので、軽く罪悪感を感じた。  
「あたしが一緒に居ちゃあ、迷惑かい?」  
ネルの寂し気な声色に、ようやくマリアは振り返った。  
鼻までマフラーに隠れたネルの横顔はランプの火に照らされ、少し赤味を帯びていた。  
彼女の辛そうな表情とは裏腹なその色合いがますますマリアの心をかき乱す。  
「迷惑なんて、そんなワケないじゃない。そんな意味じゃないわ」  
のどに乾きを感じながら慌てて声を絞り出した。  
マリアの言い訳を聞いてもネルの表情は悲しみを帯びたままだ。  
ネルの瞳の中に揺れる小さな炎。それを見てマリアはつい『まるで自分の心のようだ』と考える。  
普段の実直なネル、国の為に自らの命すら賭けて戦場に身を投じる彼女の姿からは想像できない姿だった。  
マリアは心の中で頭をふって、気持ちを目の前の問題に引き戻す努力をする。  
「強がりだねぇ、アンタもさ」  
思いがけないネルのその台詞に、マリアは我にかえった。  
「なっ…なんですって!」  
 
「まぁ、聞いておくれよ…『アンタも』って言ったじゃないか。あたしもそうなんだよ?」  
そう言ってネルがマリアに送る視線には先ほどの弱さはみじんもなく、普段のものと変わらぬ強さを持っていた。  
強いて違いをあげれば、かすかに優しさがうかがえるくらいだ。  
「あたしはね、ただ自分の命を犠牲にしたくて戦っているんじゃないよ?」  
マリアは黙って頷く。  
「一緒に戦うみんなが好きだし、シーハーツ軍のみんなも好きだよ」  
ネルが『好き』という言葉を発する毎に、マリアの心臓が跳ねた。  
「シーハーツで暮らすみんなが好きなのさ。…そりゃ良い奴ばかりじゃないだろうケドね」  
最後に付け加えてからこちらに顔を向け、肩をすくめてイタズラっぽく笑う。  
マリアもつられて微笑むと、ネルの視線は窓の外の暗闇へ移っていった。  
「だからこそ戦えるんだけど、同じ理由で恐くなることもあるんだよ?…」  
彼女はギュッと目をつぶる。  
「『死ぬ前にこの気持ちを伝えておきたかった』…なんてね。…危ない目にあうたび、何度考えたか数え切れないよ…」  
まだ目をつぶったまま、ネルは自嘲する様に微笑んで頭をふった。  
「でも…だめなんだよ。戦場から帰って来てみると、やっぱりうまく言えないのさ…度胸がないんだねぇ」  
「ううん…そうじゃないわよ」  
マリアは思いがけず自分の手をネルのそれに重ね、囁く。  
「でも何か…気持ちは良くわかるわ」  
マリアの瞳の中に揺れている炎は、まるでネルから伝染したようだった。  
 
ネルは自分のひざの上で重なりあう二人の手にゆっくりと視線を落とす。  
その様子を見てマリアは自分のしたことに気がつくと、慌てて手を引っ込めた。  
「ごっ…ごめんなさい!」  
「いいさ。謝ることなんてないんだよ…」  
マリアの胸元で縮こまっている彼女の手を、ネルが両手で優しく包む。  
恐る恐る視線をあげるマリア。  
その視線の先には優しく微笑むネルの顔。  
深紅の髪、強い意志の宿る瞳、そして薄く彩りをひいた形の整った唇。  
その唇が微かに開く。  
「マリア…抱き締めてもいいかい?」  
一瞬の沈黙。  
言葉の内容が物凄く突飛に思えて、理解するまでに時間がかかった。  
「えっ…えぇッ?!」  
ネルの手を振りほどき、マリアは悲鳴にも似た声を挙げながら身を引く。  
「どうしたんだい?『嫌だ』ってンなら無理にとは言わないよ…」  
「あの、だって、その…女同士だもの?」  
「女同士だったら情愛を示しちゃいけないのかい?アンタの世界では」  
「そう言う意味じゃ…」  
 
ディプロにかくまわれてから、マリアは『甘える』という行為をしたことがなかった。  
親だと思っていた人物から「実の子ではない」と宣告された上に、その育ての親は逝ってしまった。  
それ以来いつしか『自分は一人だ』という思いが、常に心の片隅にあった。  
かくまわれて間もない頃は流石に『幼さ』の方が勝つことも多く、恐い夢を見た後などはミラージュのベッドに潜り込んだ経験もなくはない。  
しかし頑ななマリアを周囲のクルーも無理に慰めようともせず、長い間放任されてもいた。  
そんな彼女は誰かと抱き合ったこともなければ、きちんと手をつないだ記憶さえもない。  
とっさにマリアは、映画の中でしか見たことのない『ハグ』を思い浮かべる。  
そしてシーハーツに来てからしばしば目にした、クレアやタイネーブ、ファリンがネルと抱きあう情景を思い浮かべた。  
その理由はお互いの無事を祝福するものだったり、作戦の成功を祝うものだったりと様々だったが。  
 
マリアの表情が決心で引き締まる。  
「い…いいわよ…」  
顔を真っ赤にしながらも、何とかネルから視線をそらさずに言った。  
「本当かい?嫌なら諦めるよ?」  
その台詞に言葉では答えずに、マリアは両手を拡げて迎え入れる姿勢になってみせる。  
しばし考えを巡らせた後、ネルが無言で腕の中へ滑り込んできた。  
衣服と防具を挟んでいるが、それでも彼女の放つ熱…体温をしっかりと感じる。  
規則的な呼吸に合わせて上下する胸の圧力の変化を感じる。  
鼻腔をくすぐる爽やかな芳香と、かすかに交じる肉の香り…。  
自分の心臓が飛び跳ねているのも相手にも伝わっているのではないかと、たちまち不安になった。  
不意に耳もとで吐かれる息が笑ったように聞こえ、どうしてもネルの表情を確認したくなる。  
マリアは顔を相手の方へ向けようとするが、お互いの髪がからみ合って遮られる視覚。  
反射で目をつぶり顔をさらにめぐらせた時、唇が一際熱くて柔らかな熱をとらえた。  
…いや、とらえてしまった。  
触れ合った部分に二人の呼気が当たり、その刹那だけわずかに熱を奪う。  
何が起きているのか理解した瞬間、意識が遠のきかけた。  
と同時にネルの両肩を乱暴に掴んで互いの体を引き剥がす。  
「ごっ…ゴメンなさい!」  
マリアはそれだけ言うと両手で顔を覆ってしまう。  
手のひらに触れた部分の熱さから、如何に自分の顔が赤くなっているのかがわかる。  
そのうちネルはゆっくりと立ち上がって、出口に向って一歩進んでから振り返った。  
「気にしてないよ。アンタも気にするのはやめておくれ」  
言われた方は顔を覆ったまま、コクコクと全力で頷いている。  
「じゃ、あたしはもう休むことにするよ」  
ネルはそう言ってからきびすを返すと、そのまま歩きさる。  
ドアが開く音がしてからしばらく沈黙が続き、やがてマリアの背に言葉が投げかけられた。  
「…ごちそうさま」  
続いてドアのしまる音がバタン、と。  
 
一人残された部屋の中でこぶしを唇に押し付けながら、マリアは独り言をくり返す。  
「何てコト!私ったら!何てコトをしちゃったのかしら!」  
ランプの炎を見てはネルの紅の髪を思い出し、また顔を覆って『いやいや』をした。  
やがてまた独り言を…。  
…そんな事をくり返すうち、ふと立ち去る際のネルの台詞が思い出される。  
ランプの中にネルが『ごちそうさま』と囁いて微笑する姿が浮かび上がった気がした。  
軽い衝撃と同時に、足下が不安定になるような錯覚に襲われる。  
「なんであんな事…言ったの…?」  
その答を知ってはいけない、と頭の奥から警告が聞こえる気がする。  
しかし同時にどうしても知りたいと心のどこかで追い求めている。  
もしかしたら、『アレ』はネルの方から近づいていたのかも知れない。  
…勿論違うかも知れない。  
もしかしたら、ネルのイタズラ心からの冗談かも知れない。  
…勿論違うかも知れないが。  
「まだしばらくこの星に居なきゃいけないのに、こんな事じゃ差しつかえるわ!」  
自分を奮い立たせると、マリアは二人が休んでいた部屋へと駆け出した。  
 
マリアは一度だけ深呼吸をして自らを落ち着かせてから、部屋のドアをゆっくりと4回ノックした。  
「誰だい?こんな時間に?」  
「マリアよ。もう寝てたかしら?」  
一瞬の沈黙。  
「開いてるよ?あんたの寝室なんだから遠慮はやめなよ」  
その言葉を聞いてからマリアはもう一度深呼吸をし、ドアを一気に開く。  
室内に入ってみるとそこでは柔らかに明かりが灯っていた。  
ベッドサイドの小テーブルには火のついたランプと並んで、開いたままの本が伏せられている。  
「まだ休んでなかったの?」  
睡眠を邪魔したわけでは無さそうな室内の様子に、マリアは心底ホッとした。  
「マリアが戻ってくるのを待ってたのさ…」  
その台詞を聞いたマリアの耳の中にドキンと鼓動の音が響く。  
「ほ、ホントに?」  
「…さぁね」  
肩をすくめるネルの笑顔の中に意地悪そうな瞳が輝く。  
それを見てマリアは言葉が出なくなった。  
二人の沈黙の間に、窓が風で揺れる音が響くこと数度。  
「さて、何が聞きたいのかねぇ?」  
ネルに促されて、ようやくマリアは口を開く事ができた。  
「さっき…『ごちそうさま』って…どういう意味?…」  
問われた方は『やれやれ』と言った表情で、なかば呆れている様にも見える。  
「なんだ、疑問はソコかい?…」  
と言って表情に妖しさが宿った途端、マリアへとゆっくり歩み寄って来た。  
もちろんその間も彼女の瞳はマリアを見据えたまま。  
マリアは『ヘビににらまれたカエル』のごとく、身動きのとりようがなくなった。 
 
二人の沈黙の間に、窓が風で揺れる音が響くこと数度。  
「さて、何が聞きたいのかねぇ?」  
ネルに促されて、ようやくマリアは口を開く事ができた。  
「さっき…『ごちそうさま』って…どういう意味?…」  
問われた方は『やれやれ』と言った表情で、なかば呆れている様にも見える。  
「なんだ、疑問はソコかい?…」  
と言って表情に妖しさが宿った途端、マリアへとゆっくり歩み寄って来た。  
もちろんその間も彼女の瞳はマリアを見据えたまま。  
マリアは『ヘビににらまれたカエル』のごとく、身動きのとりようがなくなった。  
その横にネルが並ぶと、ついっと手のひらが踊りその爪がマリアの唇の縁を微かになぞる。  
「言葉のとおりさ…とても美味しかったよ?」  
耳もとに口を寄せ続きを囁く。  
「おかわり貰っても…良いかい?」  
既にマリアの背後にネルの体がぴったりと重なっていた。  
滑らかな指がマリアのあごをとらえ、ゆっくりと首を後ろにまわさせる。  
その頬に触れる直前まで唇を寄せ、同じ質問を言葉を変えてくり返す。  
「もう一度キスして良いかい?」  
ぴくっと痙攣にも似たうなずきでマリアが答えると、首を捻ったままの体勢で唇を奪われた。  
初めは上唇を軽く含む様に、そしてお互いの下唇の縁をなぞる様に触れ合わせたかと思うとそのまま舌を割り込ませてくる。  
その間ずっとネルの右手がマリアの耳からあごへ、さする様に行ったり来たりをくり返した。  
同時にネルの左手はマリアの腕を掴んで後ろへ、ネルの体の方へと導く。  
二人の指をからめたまま、ネルの下腹部を覆うパレオ様の布をかき分ける。  
マリアは指先に火傷しそうなほどの熱と、熱帯雨林のような湿度を感じ身を堅くした。  
本能的に『これ以上進んではいけない』と思って手を引き戻そうと試みる。  
しかし腕力の差か、うまく行かない。  
代わりに、拒絶の意志を表わして唇をはなす。  
「マリアのコトを考えただけでね…こんなになっちゃったよ…」  
ネルは変わらぬ調子でそう言うと、更に腕に力を込めてマリアの手を自らの下着の中へ導く。  
 
二人の手を重ねたまま、ネルの下着を横にずらした。  
そうやって熱と湿度の後に続いたのはコシの強い毛が茂る間を、文字どおり『かき分ける』感触。  
その奥ではそれまでとは裏腹に、滑らかな皮膚を味あわせられた。  
指先で感じるネルの『皮膚でできた花びら』は、目で見ていないだけに感覚が集中してしまう為か、とても肉感的だ。  
2枚の花びらのそれぞれに、更に細かいひだが踊っている。  
訪れたマリアの指をまるで愛撫するように花びらが吸い付き、そのひだが絡み付いてくる錯覚に襲われる。  
その様子はネルの身体の細胞全てがマリアを求めているかのようだ。  
花弁の間でダンスを踊り続けた二人の指は、思いがけず同時に最も滑らかな粘膜のところで止まった。  
ネルが息を潜めたかと思った瞬間、彼女の指がマリアの指を後押しして更に深みへと沈みこんでいく。  
その間マリアの着衣の襟元に鼻を埋めていたネルから、微かに吐息が聞こえる。  
「くふっ…」  
その声はまさしく、先ほど階下で聞いた吐息であった。  
マリアは『あの時から感じてたの?』と疑問に思ったが、ついに口にする機会は得られなかった。  
 
ネルの中はその入口以上に、ひだの装飾で飾り立てられている。  
その華美で淫猥なネルの宮殿で道を失った様に、マリアの指はあちらこちらへと身をくゆらす。  
無数のひだの感触の中で、やがて自らの指の感覚さえ失いかけていった。  
植物が香りを放って昆虫を誘う様にネルの花弁もまた、その芳香を強めてかすかにマリアの鼻腔をくすぐる。  
マリアは自分の指が溺れている快楽の中に、自身もすっかり意識を奪われていた。  
「ま…マリアぁ…」  
首筋に押し付けられていたはずのネルの唇が、何時の間にか今はマリアの耳もとまで登っている。  
「そんなに…急に…動かさな…いでぇ…おくれ…」  
その言葉にハッと我にかえったマリアは、自分の指がネルの介添えなしにネル自身を責め立てている事に気付いた。  
まるで指だけが自らの意志を持って、ネルのより深くを探し求めているように。  
その部分から何かとても大事なものをかき出そうと躍起になっているようでもある。  
「ぃやっ…」  
小さく悲鳴をあげると、マリアは慌てて指を引き抜いた。  
ネルの股間をせき止めていたものが取り払われ、そこから一際大きな雫がこぼれる。  
その雫が二人の足下で『ぺちゃっ』と間抜けな音を立てた。  
 
とたんに力が抜けたネルの重みが、マリアの背中に押しかかる。  
バランスを崩した二人がその場に崩れ落ち、ベッドに手をつき並んでひざまずく姿勢になった。  
「ネル?大丈夫?」  
マリアは思わずネルに訪ねると、彼女の方は悦に入った表情でベッドの方をあごで指し示していた。  
するとベッドについたマリアの手の指に絡み付く粘液が、シーツに染みをつくり始めていた。  
「こんなに…」  
マリアは感動にも似た表情で自分の手の甲を見つめ続ける。  
その手をネルが掴むと、今度はマリアの口元に運んだ。  
「味見しておくれ…」  
言葉の意味を理解しマリアは無言で自分の指にしゃぶりつく。  
そこに絡み付いているものを、丹念に舌ですくい上げ口全体に拡がるようにだ液と一緒に含んだ。  
口の中で粘液がだ液と混ざりあってさらに強い芳香を放ち、再度マリアの理性をかすみの中にひきずりこむ。  
その効能は、エリクール人の体液には地球人を酔わせる物質が入っているのかと疑わせるに足るものだった。  
「あたしにも、おくれよ…」  
マリアの陶然とした表情を認めると、ネルが再び彼女の唇をもとめる。  
今度は先ほど以上に激しく、舌と唇とをむさぼられ続けた。  
宴の始まりを彩る食前酒が、今まさに二人の間で酌み交わされているのである。 

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