「フェイト様」  
 
アーリグリフとの決戦前夜。  
眠りかけていたフェイトは突如外からの呼びかけに反応する。  
 
誰だろう?こんな時間に。  
 
正直、すぐにでも寝たかった。  
クリフの言った通り、「寝不足で負ける」なんて事になっては洒落にならない。  
それにアミーナと約束している。  
ディオンを無事に帰す、と。  
約束は守らなくちゃいけない。  
約束を守る為には僕がしっかりしなくては。  
 
けど今こうして、安眠妨害をしてくれている人がいる。  
クリフは横でぐっすり眠っている。  
声は寝惚けているからよく聞き取れなかったものの、『様づけ』しているからネルさんじゃない。  
 
すると、誰だろう。  
何か大事な話でもあるんだろうか?  
でもそれなら、何故クリフも呼ばないんだろう?  
第一大事な話なら寝る前でなく、昼にしておくべきじゃないか?  
などと色々な疑問が頭を駆け巡った。  
 
だが声を掛けられてから絶えずそこに在る気配は動こうとしないのが妙に気にかかり、  
ゆっくりと起きドアノブを回す。  
 
目の前には、タイネーブさんの姿。  
後ろにはやはり、ファリンさんも居た。  
 
「あの・・・こんな時間に二人共何かあったんですか?」  
 
その言葉を口から出した途端、ファリンさんは思いっきり含み笑いを浮かべた。  
嫌な予感、虫の知らせ、第六感、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。  
 
こんな顔をするという事は、戦争に関して重要な話というわけではないのだろう。  
しかも自分の中の色んな部分が、これ以上踏みこむのは危険だと告げている。  
 
「実は貴方に折り入ってお話があります、個人的な事なのですが―――」  
「あはは、もう夜が遅いなぁ。それじゃそういう事デェッ!?」  
 
ファリンさんはにんまり笑ったまま、僕の腕を掴んでいた。  
タイネーブさんは対照的に表情を変えないまま僕の口を塞いでいた。  
 
「大声出さないでください。クリフ様が起きると面倒ですので」  
それを聞いて一瞬頭が冷えて『もっともだ』と思った。  
が、そう思ったから状況が好転するというはずもなく。  
それどころじゃない、と思った時には完全に両腕を固定されていて。  
 
結局のところこれ以上、踏みこむしかないようだった。  
 
タイネーブさんとファリンさんの二人が寝せられていたあの部屋。  
丁度フェイト達の部屋の隣にあたる所に位置する。  
 
半ば無理矢理その部屋に入れられた後、最も驚いた事と言えば―――  
ネルさんとクレアさんが居た事だろうか。  
二人はベッドに並ぶようにして腰掛けていた。  
「悪いね、フェイト。こんな時間に起こしてさ」  
「ごめんなさい、必ず生きて帰ろうと思っていますが万が一という事もあります。  
 話しておかなくては、絶対に後悔すると思うんです」  
 
少しだけ安心した。  
タイネーブさんはともかく、ファリンさんは何か悪戯好きの子供のようで。  
何をされるかは分からずとも、気が気でなかった。  
 
クレアさんが手で座るように、と促す。  
そのままもう一つのベッドの上に座りこんで、目の前の二人を見る。  
 
「実はね、フェイト。ここに居る四人とも、アンタの事が好きなのさ」  
「そうなんですか。...............え?」  
 
唖然、愕然、呆然。  
 
そんな言葉が今のフェイトにはよく似合った。  
どれだけ間抜けな顔をしていたのか、自覚していないだろう。  
次第に何を言われたのか理解し、同時に顔が赤くなっていった。  
 
「私達はこんな仕事をしています。自分の感情を抑えながら生きています。  
 ...貴方が変えてしまった。感情の抑制が出来なくなってきています」  
「で、でも原因が本当に僕であったとしても僕自身はクレアさん達を"そうしよう"とは―――」  
 
軽く、クレアさんは頷いた。  
「分かっています。ですが、今こうして想いを告げないまま戦地へ赴くのは怖いんです。  
 考えるだけでも震えが止まりません・・・!」  
一筋、クレアの頬を涙が伝う。  
 
クレアさんからしてみれば、極真面目な話だ。  
それは分かっているが、不覚にもその顔が綺麗だと思ってしまったのは男の性か。  
 
自分を情けなく思っていると、横からネルさんが割り込んでくる。  
「フェイト、言っとくけど私達は別に死ぬつもりはないの。ただ、万が一という事はやっぱり否定できないからね」  
打って変わってこちらは震えも、涙もない。  
だが何時もの凛とした顔から比較すれば、どれだけの負の感情を押し殺しているのか。  
おおよその予測がついてしまうくらい、見ていて切なかった。  
 
そうか。  
彼女達は、兵達にこんな顔を見せるわけにはいかないんだ。  
それもこれも仕事の為に。  
国を護る事は大切な事だ、それは分かる。分かるが―――  
泣く暇も与えてくれないとは、どれだけ過酷な事だったのだろう。  
そんな状態に陥った事はない、だから全部理解は出来ない。  
それでも、これ以上ない程に恐ろしくなった。  
 
その想像もつかない程の重い時間を味わってきた彼女等が、僕を必要としている。  
僕は彼女達に何が出来るのだろう。 
 
「はっきり先に言っておきます、僕はクレアさん達に対して『愛』って感情は無いんです。  
 嫌いでないことは確かです、それどころか好感さえ持っています。この言葉に嘘はありません」  
 
クリフは『自分で責任取れねぇことはしねぇ』と言った。  
僕は、責任が取れない事をやろうとしている。  
何故なら、僕は父さん達を助ける為の過程としてここに居るからだ。  
きっとこの星を離れ、地球へ戻るなりして普通に暮らすのだろう。  
未来はどうなるか分からないけど。  
 
 
 
数日前。  
「アミーナって、アンタの幼馴染に似てたんだろう?」  
ネルさんは、こんな事を聞いてきたことがあった。  
「ええ、本当にうりふたつです。今頃何をしてるのか分からないですけど」  
他愛も無い事で笑い合えた日々。  
僕や父さんや母さんと、楽しい日々を共有しあっていたソフィア。  
近い存在としてそこに在ったソフィア。  
失ってからその大きさに気付くってのはこんなにも愚かなことなのか、と。  
今まではっきりはしていなかった、けど恐らく僕はソフィアを―――  
 
「その、ソフィアって言ったね?その娘のことを話すアンタは、凄く嬉しそうで、凄く哀しそうだった。  
 あれを見れば、アンタの心はその娘に向いている事くらい私にだって分かるよ」  
気付かない内に、僕は残酷な事を言ってたのか。  
改めて、廻りを見てなさ過ぎる自分に腹が立った。  
だが、反省は後だ。  
終わった事を悔やんでいる暇はない。  
戦争までの時間も刻一刻と迫っているのだから。  
 
「こんな中途半端な僕に何か出来る事があるのなら―――喜んで、手伝わせてください」  
 
 
 
「それじゃ、初めは私がするよ」  
ネルさんは待たせちゃ悪いと思ったのか、何時も僕達に見せている服を手早く脱いでいく。  
脱ぎ終わると、僕の横に座ってから唇を重ねてくる。  
何も経験がないネルさんも僕も、ただ本能に突き動かされていく。  
その所為かキスをしている時間が凄く長く感じた。  
戦争なんかしないで、何時までもこうしていたい。  
そんな事を考えている内、唇が離れてネルさんベッドに転がった。  
 
「私はアンタとなら後悔しないから、遠慮は要らないよ」  
 
拙いキスで自分と同じだと思ったのか、気遣うようにそう言った。  
確かに僕は経験はないけど、でも多少の知識くらいはある。  
ただそう、細かい事はあまり知らない。  
漠然としたイメージというか、そんなものしかない。  
 
女性は初体験の時激痛を伴うらしい、とか。  
自分は男だから理解出来ない事だが・・・  
もしネル達が仕事優先で人生を過ごしてきて、誰とも寝た事がなければ―――  
自信はない。  
ないが、退く事も出来ない。  
もとより退く気もないが。  
 
ええと、確か―――  
僕は昔の友達に見せてもらったそういう類の本の内容を思い起こす。  
 
「フェイトさん、もしかして初めて・・・ですか?」  
もしかしなくても初めてだ。  
でなきゃこんな風に考えこんだりもしないさ。  
 
なにも答えなかったけどクレアさんは察したようでベッドの上に乗り込んで来た。  
「私も手伝います、フェイトさんもネルもそういった経験に乏しいみたいですから」  
 
手伝えるって事は、少なくともクレアさんは経験者って事か。  
「すみません、お願いします」  
 
そういえば、あの二人はどうなのだろう。  
そんな一瞬の思いに駆られて二人の居たドアの付近を見ると、誰も居らず。  
代わりに真正面からまじまじと見つめる二人の姿。  
どうやらクレアさんが助ける姿を見たがっているのか、僕やネルさんはあまり見られてない。  
 
いや、それでもやっぱり恥ずかしい。  
そりゃ、タイネーブさん達とも後で同じ事をするんだけど・・・  
 
「ネル、身体に力入れなくていいから。フェイトさんに身体任せて、ね?」  
僕が後ろからゆっくりと胸を揉み始めると、「は・・・ぁっ、・・・んっ」などと軽い喘ぎが聞こえてくる。  
全く経験がないわけじゃないのかもしれない。  
といっても、軽い自慰程度のものだとは思う。  
 
次第に力を強めたり、乳首を弄くったり、太腿からへそに掛けて指を滑らせたり。  
うろ覚えの知識を実戦投入したはいいがネルさんの方が気持ち良くなってなきゃ意味がない。  
「ネルさん、痛かったりしたら言ってくださいね?」  
「んっ・・・最初に、言ったろう・・・ぅあ、っ・・・遠慮は要らない、って」  
何時の間にかかなり出来あがってしまっているようだった。  
それも、恐らくは。  
 
ぺちゃっ、ぴちゃっ、ちゅっ、くちゃっ。  
さっきから下半身を集中的に責めているクレアさんのお蔭なのだろう。  
・・・この人がアーリグリフの将軍だったら恐ろしかったかもしれない。  
 
「ん、はァ・・・っ。そろそろ、いいんじゃないでしょうか」  
クレアさんはそう言うと顔を離して、口の周りについた汁を指で掬い取って舐めた。  
何時ものように笑ってみせると、ネルさんから離れて―――  
 
「フェイトさん、さあ・・・早く。女性を待たせちゃ駄目ですよ」  
さっきまでクレアさんの居た場所に廻りこむ。  
そして服を脱ぎ、今までの官能的な行為のお蔭で硬直した男のそれを押し当てる。  
 
「痛いけど、我慢してね」  
ネルさんがこくん、と小さく頷いたのを見て僕はゆっくりと腰を埋めていく。  
「う・・・あ"ぁ、ッ・・・・・・ぃ、た・・・っ!!」  
彼女の顔が苦痛に歪んだ。  
見た事もない涙も流した。  
必死に声を押し殺し、ただ行為が終わるのを待っている。  
 
耐えられない。  
 
 
気がつくと、僕は彼女にキスをしていた。  
痛みが和らぐ事はない。  
せめて、意識が少しでも逸れればと反射的にやったらしい。  
目を見開いて、大粒の涙が伝った。  
そして眠りにつくように目を閉じてゆく。  
 
「入・・・っ、たぁ・・・」  
腰を最大限まで落とすと、笑顔を見せてくれた。  
今まで一度も見た事がないような。  
後ろに居るクレアさん達でさえ、驚いている。  
 
そんな笑顔を。  
 
「辛い思いさせて、ごめん」  
「そんな事、ないよ。アンタは―――嬉しいくらいに優しかったじゃないか」  
 
「私はアンタを好きになって良かった」  
 
僕はゆっくりと、刺激を極力与えないように前後させる。  
それでもやっぱり痛いんだろう、ネルさんは小さく呻き声をあげる。  
すると、そのまま彼女は僕に抱きつくように腕を廻した。  
 
「こうしてたら、怖くないから」  
 
だがその彼女の言葉で、僕は"別のもの"の限界が来た。  
「・・・ネルさん。これ以上すると物凄く痛いと思います。だから―――」  
「やめる、の?」  
「ええ。これ以上ネルさんの苦しむ顔は見たくないんです。覚悟はしたんですけど、やっぱり駄目でした」  
 
 
少し間を空けてから、もう一言。  
 
 
「明日生き残って―――ゆっくりと続きをしましょう」  
「・・・ああ、必ず生き残るよ」  
 
約束事が増えたけど、いいさ。  
死なせるもんか。誰も。  
 
「ところで―――」  
「私達の出番は?」  
 
はっ。  
そうだった。  
僕には休息はない。  
 
あと三人。  
しかもそのうち一人は魔性の女性。 
 
・・・本当に寝不足で死にかねない気がしてきた。  
 
翌日。  
「・・・はぁ」  
「どうした?フェイト」  
熟睡していたクリフが、明らかに寝不足な僕に声を掛けてくる。  
「いや、何でもないよ・・・」  
戦う前から負けている気さえしてくる。  
 
 
 
「全軍・・・出撃ッ!!」  
勇ましい声が響く。  
その後に続くように、兵達の雄叫びが降り注ぐ。  
 
最悪のコンディション。  
死ぬかもしれない戦い。  
だけど。  
 
 
 
――アンタを好きになって良かった  
 
――こうしてたら、怖くないから  
 
――・・・ああ、必ず生き残るよ  
 
僕は必ず生き残る。  
彼女の喜ぶ顔が見たいから。 

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