アーリグリフ領、カルサア。
その南方に位置する修練場では大量の兵士が訓練をしている。
シーハーツとの停戦後は同国との共同訓練も盛んになり、
度々女性兵士も見掛けるようになった。
そして今日も、シーハーツとの共同訓練の日。
ここぞとばかりに兵士達は挙って"二人"に挑戦をする。
倒れた兵士の首へ短剣の切っ先を突きつけ、相も変わらぬ表情で。
「チェックメイト!・・・ですぅ」
「くぅ・・・なんか、戦争中にシーハーツを制圧出来なかった理由がわかった気がするな」
敗北を認めたのを確認してすぐ短剣を収める。
そしてファリンはアーリグリフ兵に手を差し伸べる。
「私はそこまで強くありませんよぉ?寧ろ―――」
兵士の身体を引き上げながらいつものようにのん気に笑う。
言いかけた所に、地鳴りのような音と共に相方の声が響く。
「破ァアッ!!」
「うおぉぉぉおおっ!?」
そして兵士が二人程吹き飛ばされた。
その場には当然他の兵士も居るわけで、巻き込まれているのが数人。
「・・・タイネーブの方が強いですよぉ?」
「本当・・・だな」
「しかしお強い。ウォルター老かお二人くらいだ。あの化け物共と互角に渡り合えるのは」
「・・・それは違いますよぉ」
澄み切った蒼い空。
仰ぎ、そして想う。
彼等は今何処に居るのだろうか?
彼等に少しは追いつけたのだろうか?
「敵襲―――ッ!!場所はカルサア東!現在兵士達が交戦中ですッ!!」
一瞬、兵士達の身体が固まる。
「皆さんすぐ戦闘準備ですぅ!準備が出来次第各部隊長の指示に従ってくださぁい!
私とタイネーブは先行部隊としてカルサアに向かいますぅ!」
「ファリンッ!!時間がないから早く行くよっ!!」
最低限の指示を与えた後、二人はすぐに修練場を出た。
辿りついた二人の目に飛び込んだのは、
交戦していた兵士が最後の一人になり、更に炎で焼き尽くされる所だった。
「・・・くっ!!遅かった・・・!!」
「とにかく街から離しますよぉ!!」
「馬は!?」
「借りてる暇なんかないですよぉ!!」
「仕方ない・・・ファリンッ!注意を引いてッ!!」
竜のような、それでいて少し天使のような"化け物"の尾にすれ違い様一撃食らわし、意識を向けさせる。
そしてそのままファリンはカルサアの外へと逃げる。
即座に吐かれた炎がファリンの背中へと向かい―――
「こンの・・・化け物がァッ!!」
真下に潜りこんだタイネーブがそのまま首へと短剣を突き刺す。
唸り声を上げ、首を引いたのを見てファリンの後を追う。
後ろを向けば、怒り狂った"化け物"が飛んで来ている。
「駄目だよぅ・・・足ではとても敵わないよぉ!!」
「もう少し、もう少しだけ逃げるのっ!そうすれば―――」
"化け物"は一瞬動くのを止め、光の帯のような物を大量に撃ちこんでくる。
それも逃走経路上に。
案の定二人は立ち止まらざるを得なくなり、"化け物"と対面する。
「・・・万事休す・・・って事・・・!?」
嫌な唸り声と共に眼前に迫り、噛み砕こうと口を開ける。
「!!チャンスっ!!」
タイネーブは向かってきたアゴの下を潜り抜け、
自身の短剣が刺さった首がかなり低い位置にあった。
「このまま・・・逝けえェッ!!!」
柄を持ち、思い切り『引き抜く』のではなく、『切り落とす』ように。
全身の力を、そして体重も、重力も全て利用し尽くすつもりで―――
パキィィィンッ!!ッ!!
その期待を裏切るように、短剣は根元から折れた。
多少"化け物"の傷口が深くなっているにせよ、
相手にしてみれば「だから何だ」という程度だろう。
"化け物"は一旦数十メートル空中へと舞い上がり、そしてまた急降下してくる。
「喉に風穴開けたけど、息出来なくなるとかそういう事もない・・・か」
「そんな冷静に言わないでくださいよぉ!!ああ、また来ますぅっ!!」
急降下しながら光の帯を発射し、寸前で、致命傷を避ける事が精一杯。
光の雨の中、息継ぎも満足に出来ない状態で叫ぶ。
「ファリンッ!!!火薬袋とか持ってない!?」
「持ってる・・・けどぉ、そんな物――ーあぅうっ!!」
ファリンが爆風で後方に飛ばされ、山にぶつけられたのを見て即傍に駆け寄り、火薬袋を受け取る。
身体中傷だらけで殆ど戦闘不能状態になっているファリンだが、
それを助けるなら"化け物"を倒すのが最善の解決策だと咄嗟に判断した。
「さあ!!来なさいよ"化け物"ッ!!」
食い散らかさないと気が済まないとばかりに近付き、口を開け―――
もう一度同じように下へ潜りこむ。
しかし。
「タイネーブゥッ!!」
「!?」
二度とその手は食うか。
"化け物"がそう言った気すらした。
下に潜りこんだのをいい事に、浮遊を止めて『落ちてきた』のだ。
ズダダダダンッッッ!!
そんな何かを撃ち抜くような大量の音と共に、"化け物"が落ちるのを止め、ぐらつく。
その隙を見逃さず、首に火薬袋を仕掛ける。
そしてまた落ち始めた時には、タイネーブの姿はそこにはないのだ。
「危なかった・・・ですねぇ」
突き出された右手から放たれたアイスニードル。
それが"化け物"の翼に突き刺さり、そちらに気を取られてバランスを崩したのだ。
「!!ファ―――」
今度は声を掛ける暇すらもなかった。
今正に"化け物"がファリンの頭蓋骨を噛み砕こうと―――
ドオオォォォォォォオオンッッ!!
突然の爆風、爆音、そして強烈な光。
タイネーブには何が起こったのか分からなかった。
その時起こったそれはまさに奇跡といえるかもしれない。
ファリンは最後の最後、山に寄りかかったままファイアーボールを繰り出そうとした。
その発動が手を挙げる瞬間から始まり、そして挙げ切る前に既に掌に火の玉。
手を挙げ切った所で力が入っていなかったからか身体がずれて攻撃を避け、
尚且つそのまま腕の角度が変わった為に喉元へと引火させたのだ。
そしてもう一つの奇跡がここで起きる。
「ファリンッ!!・・・手、大丈夫っ!?」
即座にファリンの手を見る。が―――
「・・・え?」
右手も、左手も、殆ど火傷をしていなかった。
確かに擦り傷切り傷は大量にあるが、爆発による怪我といえば顔面の数カ所に小さな火傷があるくらいで、
一番爆発に近かったはずの右手などは全く影響を受けていないのだ。
「・・・とにかく、帰るからね。ファリン、私の肩にしっかり掴まりなさい」
「はぁーい・・・」
「簡単な事よ、施術の制御下―――つまりまだ相手に向けて発射していないときは、
熱量の割合も熱量の限界値内であれば変化させられるし、形も同体積であれば変化させられるって事。
それで咄嗟に盾のような感じになって爆発を防ぐ事になったわけね。
ただ今回はファリンが無意識の内にやった事だから不安定で顔が火傷したりしたんでしょ」
シーハーツ領、シランドに帰投した二人は起こった事をエレナに説明し、
逆にどんな事が科学的に起こったのか説明されたが、
タイネーブはさっぱり分からないらしく首を傾げているばかり。
ファリンは何となく分かった、程度にしか理解してないようだ。
適当に頷いているような部分が見受けられる。
だがファリンは少し笑った。
「・・・使えるかもしれませんねぇ」
呟いた後、すぐに立ち上がって彼女は訓練施設へと向かい、
誰も彼も近付けず珍しく訓練に精を出した。
そして完成した技を「スピキュール」と名付け、更に磨きをかけるのだが―――
数ヶ月後のネルとの訓練の際、あっさりと破られてしまうのである。