「んぅっ・・・くっ、はぁ、くぅっ・・・ん・・・」  
雪の降り頻るアーリグリフ城下町で、たった一人荒い息をたてる女性。  
華奢な指をその黒い制服の間に潜りこませて乳房を弄っている。  
彼女―――ネル=ゼルファーは仕事には常に緊張感というものが必要不可欠だと考えていた。  
しかしその緊張感は自分が強くなるにつれ、少しずつ欠如していき危険を感じた。  
それを補う為、別の部分から緊張感を抱こうと任務中少しだけ自慰行為を行うようになっていた。  
純白に染まった街並み。  
確かに人があまり出歩きはしないだろうが、誰が見るとも知れない。  
そう考えると、段々と自分が昂ぶっているのを認識していく。  
今日の任務はアーリグリフに囚われたグリーデンの技術者を救出する事。  
敵はいつものようにアーリグリフの兵隊達と魔物達。  
そう簡単に負けはしないし、この程度の任務なら幾度となくこなして来た。  
だからこそ、自分の中に油断が生まれていくのだと。  
その油断を消す為、今日も自らを慰める事で―――  
しかし、同時に別のことへの危機感をも感じていた。  
知らぬ内、この行為自体を愉しむようになってきたのではないかという事だ。  
それの言い訳に使っているのではないかと思うようになった。  
自分自身に矛盾を感じるようになっていたのだ。  
 
「このくらいで・・・やめておかないとね」  
指を引き戻し、改めて任務へと走る。  
身体が熱を持ち、少し気だるさが残るが寒さはあまり感じない。  
恐らく捕まっているとすれば―――地下牢だろうか。  
鎧を着込んだ兵士達の動きを先読みしつつ先へ進んでいく。  
あと少しだ。あと・・・少し。  
どうしても見つかってしまう位置に居る兵士は眠らせておく。  
足音を消し、気配を消し、全ての痕跡を消し、小さく響く男の叫び声に近づいていく。  
「・・・居た」  
思わず呟いてしまう。  
確かに、見れば見るほど怪しい・・・もとい、我々とは異なる服装。  
グリーデンの技術者としてまず間違いはない。  
しかし―――拷問を受けているようだ。  
さすがに拷問中に割りこむとなれば、相応の騒ぎを覚悟に入れなければならない。  
我々シーハーツ軍勢の手の者と知れれば国交は更に悪化し、それを契機にまた攻め込んで来る事も考えられる。  
極力姿を見られる事は避けねばならない。  
・・・とすれば、この状況では助ける事も適わないということ。  
どうやら拷問は始まったばかりのようで、暫く終わる様子はない。  
とすれば・・・時間が余る。  
 
頭にさっきの続きを、という考えが呼び起こされる。声は出せない。  
拷問の音に掻き消されてしまうとしても、人通りがないわけではない通路。危険が大き過ぎる。  
しかし私は拷問の様子を見ていて、多少なりとも自分の中の情欲が刺激されてしまっていた。  
軽く顔を振り、何を考えているのかと自己嫌悪する。  
目を瞑り、精神を落ち着かせる。  
 
その間、十秒。  
「・・・駄目だね、我慢出来そうもない」  
仕方なく、空いている牢に入る事にした。  
息は荒立てられない。  
声も出せない。  
しかし、こういう状況こそが一番自分の心に火をつける。  
元々の自慰の目的から完全にかけ離れ、情けなくも思うが手は止まらない。  
流される。  
「ふぅ・・・ん・・・くぅっ・・・!!」  
精一杯、唇を噛んで声を出すのを我慢する。  
しかし、既に自分の意思から脱した指の責めの前に、途中で止めていたのもあってか早くも屈しそうになっていた。  
「や・・・ぁっ、クレア、クレアぁ・・・っ!」  
ふと、自分の中に描かれた親友であり、相棒―――クレアの姿。  
普段はそんな感情など微塵も湧かないのに、今は無性にいとおしく感じた。  
申し訳ないという考えすら、思い浮かばない程に侵食されていた。  
「あくっ!!ひゃぁっ!!」  
大きな声を出してしまった事も、それを抑えなければいけない事も、全て忘却の彼方。  
最早、もっと気持ち良くなりたいという思いだけが―――  
 
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ。  
「っ!?」  
思わず手が止まる。  
突如鳴り始めたその音は、途切れていた緊迫感を呼び戻した。  
心臓の鼓動が聞こえる。  
五月蝿いほどに聞こえる。  
ただでさえ捕まれないこの状況で、更に自慰をしていたという事など知れれば、どうなるかおおよその想像はついた。  
虫のよいお願いである事は分かっていたが、アペリス神へと祈る。  
浅はかな私をお救いください、と。  
 
「・・・変だな、女の声がしたと思ったんだが」  
「気の所為だろ・・・お前疲れてんじゃねぇの?さっきも仕事中に寝てたしよ」  
視界に飛びこんできたのは、来る途中眠らせた兵士だった。  
「そうか・・・すまん、変なことに付き合わせたな」  
「それよりさっさとなくした鍵探そうぜ。知れたらヴォックス様に何言われるか・・・」  
「言わないでくれ・・・しかし何処落としたんだ?あるかもしれないって場所は全部探したはずなんだが」  
「もう誰かが拾って届けてくれてんのかもしれねぇし、戻ろうぜ。ここは寒くてかなわん」  
 
話し声が段々と遠ざかっていく。  
大きく溜息をつき、そして息を整える。  
立ち上がり、隠れていた壁から外を確認しようとする。  
・・・が、がくりと膝の力が抜け、また座りこんでしまう。  
この昂ぶった状態で任務を遂行するのは無理があった。  
何より、自分が我慢がならない。  
改めて下着の間から指を滑らせ、湿って冷やされたスリットへと触れる。  
「ゃ・・・あっ!!何・・・これぇっ・・・!」  
ぎりぎりの状態でお預けを食らっていた身体はただ触れただけで痺れるような快感を受けた。  
「いっ、イイっ!凄いっ・・・これ凄いィっ!!」  
新しい玩具を与えられた子供のように夢中で快感を貪る。  
膣の中まで指を突き入れ、抉るように。  
「もう・・・ダメ、らめぇ・・・イく、イクのぉっ!!」  
だらしなく舌を出し、涎を垂らしてその場で果て、そのまま意識が遠くに行くのを感じた。  
 
「・・・おい、アンタ・・・」  
身体がだるい。  
私は何をしていたんだろう。  
・・・そうだ、任務の途中で自制が利かなくなって―――  
とにかく、起きなければ。  
「おい、起きろっ!!」  
 
目を覚まし最初に見たのは、拷問を受けていたはずの大柄の男の顔だった。  
そして私は何をしていたのかという問いをもう一度頭の中で復唱する。  
「・・・・・・!!」  
バチンッ!!  
思わず引っ叩いていた。  
「っ・・・てぇな!!何しやがるテメェッ!!!」  
「それはこっちの台詞だよっ!!もう少し気を遣うことを覚えな!!」  
「何だと!?よかれと思って起こしてやって返す言葉がそれか!?」  
まさかいくら隠れていたとはいえ、同じ牢に入れられるとは。  
達した後の姿も当然見られたという事だ。  
恥ずかしさのあまりというか、勢いで起こした行動の所為で本来の目的から外れ暫く険悪な雰囲気が続いた。  
その所為か、仲が思わしくなく戦闘も捗らず、カルサア山洞を抜けるのに普段の数倍の時間が掛かってしまった。  
「・・・遅いわね、ネル。いつもならもっと早いのに・・・」  
「アーリグリフに囚われたなんてことはないと思いますが・・・」  
「技術者さん達がすっごい意地っ張りで牢から動かないとか、そんなのじゃないですかぁ?」  
「まさか、ネルなら引き摺ってでも連れて来るでしょうし」  
「技術者に惚れて逃避行とか・・・」  
「あ〜、意外とネル様惚れっぽそうですしねぇ〜」  
所変わってアリアスの領主の館。  
事情を知らないクレア達は、クリスマス当日になっても帰りつかないネルに業を煮やし、  
言いたい放題言いながら先にケーキを頬張っていた。  
「最後のケーキ、戴きですぅっ!」  
「あ、こらファリン!!それネル様の―――」  
既にファリンは自分の皿に最後のケーキを乗せていた。  
「残してたら痛んじゃいますし、仕方ないじゃないですかぁ」  
「残念ね・・・ネル楽しみにしてたのに」  
窓の外から、いがみ合いをしているネルとクリフが薄っすらと見えることには誰も気付かなかった。 

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