「クリフ、ちょっといいかい?」
「んあ?」
船内にある自室の椅子に座っていたクリフは、その声の方をだるそうに向いた。
「なんだ、フェイトじゃねえか」
「ああ、ちょっと話があるんだけど」
言いながら、フェイトは備え付けのソファに腰を下ろす。クリフも椅子を離れて反対側のソファにどかっと腰掛けると、怪訝そうにフェイトを見た。
「お前が俺になんて、珍しい…よな?」
「そうかな。まあ、話というより、頼み事になるんだけど」
「尚更珍しいな。ま、聞くだけ聞いてやる」
「ありがとう。とりあえず、これを見てくれないか」
目の前に差し出された紙束を見て、クリフが思わず顔をしかめる。書類を読むのが好きではないからだ。事務ができないわけではないが、どうも肌に合わない。
「とりあえず、見てくれよ」
難しい顔をして紙束を見つめるクリフに苦笑しながら、フェイトは強引にその腕の中にねじ込んだ。
「分かった分かった。見ればいいんだろうが」
「ああ」
いきなりやる気を削がれながら、仕方なくといった風にクリフは一枚目に目を通した。
「ぉ…こいつは二十年位前のニュースか。わざわざ紙に印刷しなくても、俺のコンピューターに送ればよかっただろう」
「コードが分からなくって送れなかったんだ」
「…まあいいけどよ。それで?」
「この、護送船の事故のところ」
見出しを指差し、フェイトは声のトーンを落とした。
「あぁ、どっかの馬鹿が攻撃したやつだろ。覚えてるぜ」
フェイトの声色につられて、クリフも真面目くさった表情で答える。
「で、墜落したところの惑星の名前なんだけど」
「あん?」
見出しに置かれていたフェイトの指がすす、と下がる。そして、ある一点で止まった。
「エリクー…ル、二号星…だと?」
確かにそこにはそう綴られていた。
エリクール二号星。フェイト達の冒険において重要な位置にあった惑星だった。ネルと出会い、アルベルと戦い、ロジャーに助けられ…たくさんの思いを残した惑星でもある。
「そう…そして、これだ」
フェイトは紙を一枚めくり、次のページを提示する。
そこには、人名がびっしりと並んでいた。
「行方不明者リスト、か」
「そう。その護送船のスタッフ含めて全員のね」
「これがどうした?」
問われてから、フェイトは同じように指を紙に這わせ…そして止める。
「これだ。この名前」
「スター、アニス。…!?」
スターアニス:1歳:女:出身地―ローク
「マジかよ」
「だと思う」
よく知った名前を見た二人は、そのまましばらく黙った。
スターアニス。細工クリエイターとしてフェイトと契約した彼女は、最初の騒がしそうな印象を覆して、工房では人一倍働いていた。会話も彼女本来の大人しさを漂わせるやんわりとした優しい口調で、いつも微笑みを湛えていた。
だからフェイトは彼女に惹かれ、その微笑に癒しを求めた。
スターアニスはフェイトの気持ちに応えた。
それは一番期待していて、一番嬉しくて、一番哀しい事だった。
…未開惑星保護条約。ネルたちと違い、連れて行く理由を正当化できなかったために、フェイトはスターアニスと別れなければならなかった。
「待てよ、彼女、祖父がいるとか言ってなかったか?」
「会った事ある?」
「あるわけねぇだろ」
「スターアニスさんがそのお祖父さんと血縁だってどうして言い切れる?大体、希少種のフェザーフォルクがどうして一人だけあんな所にいるのか、どう考えても不自然じゃないか?」
「ま、そりゃそうだが…」
確かにエリクール二号星にスターアニスのほかにフェザーフォルク族がいたかというと、少なくとも記憶にはない。
しかし、仮にスターアニスが本当にローク出身だとしても、エリクールの生活をし、エリクール人として生きているのなら、やはり彼女をその星から離すことは未開惑星保護条約に抵触する。
面倒なことになったな、とクリフは声に出さずに頭を掻く動作で示す。しかし、フェイトの気持ちを優先させたいとも思うし、どちらかと言えばそちらの気持ちのほうが強い。
「…なら訊くが、一歩譲ってもし彼女が本当にローク人だったら、お前、どうしたいんだ?」
「え?」
完全に面食らった表情で、フェイトはクリフを見た。質問の意図を呑み込んでいる表情ではない。クリフはため息を一つついた。
「スターアニスに、『お前は別の星から来た人間だ』ってだけ言いたいのか?」
「あ…いや」
クリフに揶揄されて、フェイトはやっと言うべきことを思いついて、それから言いにくそうに視線を逸らした。
「僕は…」
言いよどんで、しばらくしてから視線をクリフに戻した。迷いや、後ろめたさはその目にはない。
「僕は、スターアニスさんと一緒にいたいんだ」
「そうか」
言ってから、クリフはにやりと笑みを浮かべた。
「よし、新イーグルを動かそうと思ってたところだ。ついでだから、行ってやるよ」
彼女はこれほど自分の不運を嘆いたことがなかった。
彼女はこれほど自分の非力を呪ったことがなかった。
おおよそ最悪の状況で、彼女は行為が早く終わるのを祈るだけしかできない。
「…っぅ」
両手に繋ぐ縄が手首に食い込んで、赤くなっていた。周囲が薄暗いうえに後ろ手に縛られているので確認することはできないが、痛みがそれを想像させる。
「見かけによらず、身持ちが固いんだな。下の口は新品同様ってか」
下卑た笑いと共に反響する男の低い声が、羞恥心を煽る。
「名前はなんて言うんだっけか?」
「…っ…つ」
一方的に腰を振りながら、男は問いかけた。ほとんど濡れていない秘所を突く動作は見た目にも激しく、彼女は痛さを我慢するのが精一杯だった。男のほうは濡れ具合はどうでも良いらしく、飽きることなく男根を突いている。
男は答えがなかったのが不服だったらしく、顔をゆがめて怒鳴った。
「名前だよ、名前!ほら、言えよ!」
言いながら頬に平手打ちを飛ばす。肉のぶつかる鈍い音が、男の容赦のなさを物語っている。
「…スターアニス」
目をつぶり、激痛に耐えながら、彼女は搾り出すようなか細い声で答えた。男はまだ不満げだったがそれ以上を求める気はないらしい。
「スターアニス…アニスか。くくっ、これからゆっくり可愛がってやるからな」
相変わらず下卑た笑いを浮かべてから、体を弛緩させた。
「そら、こいつは景気付けだ!」
びゅくっ!
男のモノが、膣内で跳ねたのと同時に精を吐き出した。
「ぁっ…ぐっ!」
中で流動する穢れに耐えながら、スターアニスは泣いた。
ぼろぼろになった翼から、羽根がいくつか舞い落ちた。
目を開けても、やっぱりここは洞窟の中だった。手は縛られて、足も思うように動かない。翼はあの触手たちに襲われた衝撃で使い物にならない。
「…」
触手に襲われたときは純粋な恐怖しかなかったが、さらに見知らぬ人間に監禁された事には絶望した。
触手が排泄のための穴まで犯したのと同様に、男たち(先程の男のほかにも二人いた)は心を犯そうとしている。
いや…。薄暗い洞窟の中に手を縛られて、右足に足かせを付けられて、代わる代わる男たちに犯される。そんな事を一昼夜休み無くされれば、まず常人なら正気ではいられまい。まだ正気を保てているのは、かすかな希望がスターアニスの胸の内にあるからだ。
(フェイト、さん…)
もう会えないと分かっているけれど、その名前ばかりが浮かんでくる。きっと助けに来てくれる…と、どれほど低い可能性であろうと彼女は信じないわけにはいかなかった。わずかな正気を保つために。
コト
物音に視線を動かすと、目の前に皿と男の姿が見えた。
「?」
「食料だ。手錠ははずせないから汁物だがな、食っておけ」
スターアニスは思わず男を睨んだが、男は無表情のままその場を立ち去って行った。
「んっ…」
体を動かし、器の端に口をつける。
「じゅる…んっ!こほっ!…かはっ!」
一口すすってすぐ、彼女はその予想以上の不味さにむせた。
果物が腐ったような嫌な甘みに追い討ちをかけるように酸味と渋みが口中に広がる…今まで口にしたものの中では、たぶん最悪の飲み物だろう。
「でも…飲まなくちゃ。…こんなところで、死にたくない」
意を決して、スターアニスはまた皿に口をつける。
ずず…じゅるる…
むせ返るような匂いと味を我慢しつつ、スターアニスは悪夢のような食事を進めた。
それが、更なる悪夢の始まりとも知らずに。
くぅぅ…
「う…」
またお腹の虫がなった。空腹なわけではない。
ぐるるるる…
「んん…」
お腹がごろごろと不審な音を立てるたびに、スターアニスは不快感に眉をひそめた。
食事(?)を終えたあたりからずっとこうだ。
(なんだか…変な感じ)
「どうかしたのか?」
声に振り向くと、先ほどとはまた別の、大柄の男が立っていた。どうやら交代で様子を見に来るらしい。
「別に…なんでもないです」
「そうか…。そろそろだと思ったんだがな」
男はつぶやきながら、空になった食器をひょいと持ち上げた。
「何が、そろそろなんですか?」
「…すぐにわかるさ」
そう言い残すと、男は食器を持ったままさっさと奥へ戻ってしまった。
ぐぅうう…
「……あ、れ?」
腹部が締め付けられるような痛みを伴い、スターアニスは思わず体を丸めた。
「…痛い」
先ほどまでとは違う。明確な腹痛だった。それも、時間の経過と共に痛みが南下している。
「ふん、効いてきたか」
「え」
顔を上げると、先ほどの男がすぐそばに立っていた。食器を置いてきただけだったようだ。
「あなたは、一体何を…」
「下剤だ」
「…え?」
一瞬、何を言われたのか理解できずに動きが止まる。
「下剤に使われる薬草の煮汁を飲ませた」
「一体…」
何時、と聞き返す前に気づいた。
「あのスープ…もしかして」
「そうだ。…あれだけたっぷり摂取したんだ、どうなるか見ものだな?」
男はにたりと口の端を吊り上げた。
「どういうことですか」
スターアニスが訊く。すでに余裕が無いのか、表情が硬い。
「お前さんはいかなる理由でもここから出ることはできない。そして、ここに用を足すようなところは無い」
「あ…ぁ…」
それがどういうことを指すのか気づき、スターアニスは絶望に顔を歪め、嗚咽を漏らした。いや、それだけではない。もはや下腹部の蠢きは限界に近い。
「察しが良いな。要するにお前はここで、はしたなくお漏らしする様を俺に見られなきゃいけないわけだ」
口の端を歪めたまま、屈みこんでスターアニスの目の前に顔を持ってくる。ぽろぽろと涙を流すスターアニスを満足げに見つめてから、その白いお腹を撫ぜた。
「んん…ぁ…ぅ」
「悪いが、あんまり我慢強い性分じゃないんでな」
ドス
撫ぜていた手を、力一杯押し込める。スターアニスの腹が、これ以上ないほど歪む。
「かはっ…」
一瞬、世界が白けた。
『いやぁぁぁああああっ!!!』
叫び声が、洞穴内に響き渡った。後に続くように激しい水音と、それから泣き叫ぶ声。
「第一段階は完了か」
長髪の男はただそれだけ呟いて、座っていた椅子から立ち上がった。先ほどスターアニスを犯していた男だった。
「薬使ってまですることないんじゃない?」
そう言って肩をすくめたのは、女性だった。吊り上がった目が威圧的に感じられる。
「どうせ放っておいても同じことになるんだ。だったら早い方が、あんたも都合が良いだろう?」
「まあね。早いとこ壊してくれないと、こっちも商売にならないし」
女は人身売買を生業としていて、特別な注文のために男たちと組んでいたのだった。『特別な注文』とは、要するに壊れて人として機能しなくなった『人形』のことだ。
「安心しろ。あの程度の小娘なら、あと数回が限界だろう。ま、ちと手放すには惜しい顔だが」
「あんなまな板…」
「…そう、胸さえありゃ、申し分なかったんだがな」
「ちょっと!」
怒鳴られたその男は肩をすくめると、部屋の扉に手をかけた。
「そろそろいい頃だろ、様子を見てくる」
「う…ぁ」
「ふ…こりゃまた、可愛い顔に似合わず…」
「ふぇぇぇぇぇぇ!」
「っ…く、声のでかさも顔に似合わず…。しかたねぇ」
男は懐から布切れを出して、スターアニスを抱きかかえる。その体勢からスターアニスの汚れた尻や太ももを拭ってから、彼女をぺたんと座らせた。
「四つん這いになりな」
「うっく…ひぐ…」
「ちっ、使い物にならねえか。…ま、期待はしてなかったけどよ」
男はスターアニスの後ろに座ると、そのまま腰を抱いて持ち上げた。
「ぃぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げ、腰を持ち上げられたスターアニスはバランスを崩して顔から地に落下する。とっさに腕で覆ったため顔面を叩きつけるのは免れたが、どうしてこういうことをされているのか理解できない。
「触手とお尻でヤッたときは気持ちよかったかい?」
「…そんなわけ、ありません」
「だろうな」
言いながら、男は目の前に持ってきたスターアニスの後ろの穴に指を差し込んだ。
「あ…!?」
「余計なもん出しきったせいか…通りが良いな」
中指を腸の中にうずめていく。すぐに根元まで入ってしまう。
「あっ…あぁ…」
排出するだけのはずの穴に、異物が、それも人の指が入っている違和感に、スターアニスは悶え、あるいは羞恥心に頬を朱に染めた。
「や…ぁ、そんなところ…汚い」
「あぁ、汚いな。…ほら」
ずりゅ、と一気に指を引き抜くと、手をスターアニスの顔に近づける。
「これがお前の中の匂いだ、臭うだろ」
「…やめて、ください」
スターアニスは精一杯顔を背けて、男の手から離れようとした。
「…ふん」
男は不満げに鼻を鳴らして、またスターアニスの肛門に指を差す。
「んうう…!」
「まだいけるな」
言うと、男はスターアニスの尻を空いた手で押さえ、差していた中指に、もう一本指を添える。
ずっ
「ふぁ!」
ぴゅっ、と割れ目から透明な液が飛び出す。
「お尻がそんなに良いか?」
「そんなこと…」
「じゃ、これはどういうこった」
尻への抽送を続けながら、割れ目に指を伸ばす。嫌がる様子もなく、そこは男の指をあっさりと飲み込んだ。
「熱くてぬるぬるして…感じてるんだな?」
「ち、ちが」
「感じてるんだな?」
否定するのを遮り、男は重ねて聞く。その間も指の動きは止まらない。
「ん…ぁん…ふぁ、あ」
「ほら、どうした?」
すぐに観念して、スターアニスはこくんと頷いた。
「気持ちいい、です」
「だろう?」
「…はい」
唇をかんで悔しさに耐えながら、しかし気持ちがいいのも嘘ではなく、スターアニスは黙った。口から出るのは、男の指の動きに合わせて出る吐息と喘ぎだけだ。
「そろそろいいか」
そう言って男は指を引き抜くと、今度はそこに口をつけた。
「あ、何を…え、あの…!」
何をされているのか理解したスターアニスが男を振りほどこうとするが、腰を押さえつけられて満足に動けない。
ぺろぺろと、最初は入り口を…正確には出口だが…そこを舐めているだけだったが、ついにその舌が中へ入る。スターアニスはびくんと身を大きく震わせて、開いた口からだらしなく唾液を垂らしていた。
「やめ、て…これ以上されたら、おかしく…」
男は応えず、変わりに舌を腸壁に押さえつけるようにかき回す。
「ん!」
スターアニスの秘裂から流れ出した愛液は太ももを濡らし、床を濡らし、その下に小さな水溜りを作っていた。
「好きだな、本当に」
「はい…」
ここまでされて、もはや否定できるはずもなかった。男の舌が動くのを感じるだけで手一杯だった。
「さて、そろそろイキたいだろ?」
「え?」
「イキたいだろ?」
「は、はい」
スターアニスはもう躊躇うことなく肯定したが、男はがっかりしたようにため息をついた。
「それじゃだめだ。もっとやる気が出るように可愛くおねだりしないとな?」
「おねだりって…」
いくらなんでもそこまで…そう言いかけたスターアニスの視界に、剣呑な光が見えた。
「いいんだぜ?痛い目みたけりゃそれでも」
「う…でも、何て言えば」
「そうだな。『はしたなくて、汚くて、いやらしい私を気持ちよくイカせてください』って言ってみろ」
「そんなこと…」
「言わないならそれまでだ」
それまで、ということは強行手段に出るということだ。どうせやらされるのであれば、痛くないほうがいい。
泣くのをこらえて、スターアニスは口を開いた。
「『は、はしたなくて…汚くて、いやらしい、私を……気持ち良く、イカせて、ください』」
声が震えて、時々つっかえる。お世辞にも上手いとは言い難い。
「ちっ。逆に萎えたぜ。大根もいいところだ。…が、まぁ、折角だ、犯してやるよ」
男はズボンを下ろすと、限界まで高まった怒張を露にした。
そしてそれをスターアニスの尻の穴にあてがう。さっきまでいじっていたせいか、スターアニスの中は意外とすんなりと受け入れてしまう。
腸液と愛液が混ざっていやらしい音を立てながら、男の怒張は中に埋まっていく。
「お…気持ち良いぜ」
中の襞が男に、吸い付いてくるような錯覚を与える。それだけでも快楽を得られる、が、男はさらに求める様に腰を振った。
「あっ…んっ…」
「お前も良いみたいだな」
「ぁぁっ…」
聞くまでもない。局部から流れ出した愛液は、まるで放尿したときのように噴き出していた。男が腰を動かすたび、スターアニスの体が揺れて、愛液がそちらこちらへ散った。
「あ…ひっ…」
男の動きに敏感に反応して、スターアニスは自分では思っていないのにその怒張を締め付ける。
「くっ」
ぶるりと身震いしたその刺激が、スターアニスを刺激した。彼女は身をのけぞらせて、無意識のうちに腰をわずかながら振っていた。
「うっ」
このままでは自分が先に果ててしまう。そう危惧して、男は彼女の勃起したクリトリスを摘み上げた。
「あ、あぁ…!んぁぁぁ…ぁ、ぁ…」
締め付けが強まる。最後の一突きを男は出口寸前まで引き戻し、そして一気に奥へと突き上げた。そしてそのまま精を吐き出した。
「んん…あ、はぁぁぁ」
開いた口からはやはり唾液が流れ、下からは精液を吐き出されるたびに、ふるふると震えながら愛液を流した。
「ふぅ」
男は射精を終えると、スターアニスからそれを引き抜いた。
スターアニスは疲れ切ったようにぐたりとその場に倒れこんだ。
「おっと…少し遅かったか」
「ん?」
男が顔を上げると、仲間がいた。
「お前か。出し足りないのか?」
「いや、どうせなら二人で同時に、と思ったんだが」
「俺は大丈夫だぜ」
「そうか、なら、問題あるまい」
もうスターアニスは何も言わない。どうせ同じように堕ちるなら、快楽を享受しながら堕ちていけばいい。
だがそれを拒むように、スターアニスの脳裡に青年の姿が浮かんだ。
(青い髪の…男の子?)
名前は思い出せない。いや、思い出したくなかった。唯一愛した人だったから、今思い出すとそれすらも穢れてしまいそうで。
(あぁ……ごめんね、私、こんなに汚れちゃった)
彼女は青年の虚像をかき消した。最後の砦は、簡単に崩れてしまった。
虚ろな瞳は、もう何も映さない。
洞穴に肉のぶつかり合う音が響く。
暴力ではない。男たちの果てしない性欲と、その玩具の女との触れ合い。
女から生えた、元は純白だったであろう羽根は、男たちの精液で、あるいは排泄物で黄ばみ、黒ずんで、元の光を失っていた。
染みひとつ無かった肌にも、縄、鞭、殴打の痕が痛々しい色を帯びて点在している。髪の毛はくしゃくしゃに乱れ、瞳には一筋の光すら宿らない。
「…そろそろいい感じだな」
つぶやき、男は女の胎内で果てた。
「…っん」
射精の瞬間だけ顔をゆがめ、女は後ろの男のために腰を動かす。
「そうっ…だな。上出来だろ…くぅ」
不意打ちに男は思わず耐え切れなくなり、腰を突き出したまま体を震わせた。
「はぁ…!」
吐息だけこぼして震える彼女も、また絶頂に達したようだった。しとどに流れ出る淫液は、乾くことを知らない。
「まったく…いい顔をするようになったもんだな」
「あぁ、こいつは良い値が付きそうだ」
男たちは嗤って、各々の衣類を纏い始める。
『きゃあああああっ!』
「!」
「なんだ!?」
耳を裂くような叫び声が聞こえ、二人は手を止めて互いに顔を見合わせた。
「…今の声、取引手の女じゃないのか?」
「…あぁ」
言葉少なく答え、男は短刀を構える。
こつ、こつ、とゆっくりこちらに向かってくる足音が二つ。
「良いかい?私が男たちを捕まえるから、あんたは彼女を助けるのを優先するんだよ」
「分かってます」
聞こえた話し声は男たちから程近い。ひとつは男、もうひとつは女の声。どちらも微塵の迷いも感じられない、まさに歴戦を極めた者の声だった。
その男女の声が二手に分かれる。男たちは近づいてくるのは分かったが、なにぶん暗い洞窟内だ。明かりは男たちの足元にあるランタンしかない。声の方には男たちの姿が見えているに違いないが、男たちからその未知の者を窺い知ることはできない。
「行くよっ」
女が声を上げる。同時に逆サイドから地を駆ける音。
「くっ!」
男たちは身じろぎ、とにかく今まで育ててきた『商品』を確保しようとした。
「なっ…」
今までそこで力なく倒れていたはずの女はいない。一瞬の間に男に確保されてしまったらしい。
「よそ見してる場合じゃないよ!」
言われて振り返った男たちの目に、電撃を纏いながら大刀が円を描きながら迫ってくるのが映った。
「ぐぅぅおおおっ!」
「っ!」
すんでのところで男たちは身をよじり直撃をかわすが、雷撃がわずかに触れる。自分の肉のこげる音が、鼻を突いた。
「この…この施術、まさかシーハーツの隠密部隊か!」
「だったらどうだって言うんだい?」
闇から姿を現した女は、隠密独特の黒服に身を包み、特徴的な赤い髪をしていた。
「お前は…ネル・ゼルファー…」
畏怖を込めてつぶやく男たちに、ネルは大刀を構えなおして微笑んだ。
「さぁ、お遊びはおしまいだよ。この一撃で死んでもらう」
「待ってくださいネルさん」
ネルを制止しつつその後ろから現れたのは、青い髪をした青年だった。
「フェイト…どうしたんだい?」
訝しげにフェイトを見つめるネルに、フェイトは冷たい瞳を向けた。見たことの無いフェイトの表情に不安を感じて、ネルの目が鋭利さを増す。
「まさか、あの子…」
「いえ、生きています。船の医療設備で治る程度の傷でした」
「そうかい、なら…」
安堵にため息をつくネルから目を逸らして、フェイトは腰の剣を抜いた。
「でも、分からないんです」
「…なんだって?」
「スターアニスさんは、何も分からなくされたんです」
「まさか…人格を破壊されたって言うのかい!?だったら尚更…!」
「尚更、苦しめずに殺すなんてできないんですよ」
言い放ち、フェイトは剣を構えてネルの一歩先に出る。ネルはそれを止めることも、何か言い返すこともできずに、呆然としていた。
「ネルさん、『ヒーリング』が使えましたよね?」
「あ…あぁ、使えるよ」
「すみませんが、精神力がもつ限り唱えていてもらえませんか?」
「え、でも…」
賊ごときにフェイトが苦戦するとは思えない。ネルが口ごもったのに気づいて、フェイトが振り返って微笑んだ。
「勘違いしないでください。僕じゃなくて、あいつらが死なないようにです」
「フェイト…」
ネルがフェイトの思惑に気付いて、思わず口を噤んだ。
フェイトが斬りつけ、ネルがそれを回復させる。ヒーリングは傷は治せても、斬りつけられる瞬間の痛みまで無くなるわけではない。そのためネルの精神力が続く限り男たちは死ぬこともできず、ただ与えられる苦痛に耐えるしかない。
これは、確かに拷問としては良い方法に違いない。
「殺すなんて甘いことしませんよ。苦痛に狂ってもらうくらいじゃないと」
男たちのほうに向き直ったフェイトの表情はネルからは見えなかった。だが、男たちの表情からして、穏やかでないことには違いない。
「壊される痛みを、味わってみろよ」
フェイトは剣を振り上げた。
終。