「……もうダメ」  
マリアは灯りもつけずに宿のベッドに倒れこんだ。  
 
クリスマスイブの今夜こそはと、フェイトに自分の気持ちを伝えに行ったところで  
見てしまったのだ。  
明るく笑うフェイト、そしてその腕を取って甘えるソフィア。  
道を照らす明かりも、通り過ぎる人々も皆、二人を祝福しているように見えて  
自分の入り込む隙などどこにもなかった。  
ソフィアをうらむ気持ちは起こらなかった。  
こうなることは最初からわかっていたのかもしれない。ただ、認めたくなかったのだ。  
 
クォークのリーダーとして、世界を救う人間として。  
常に理性的かつ現実的であろうとしてふるまった結果がこれだ。  
もっと素直になっていれば、もしかしたらフェイトの隣にいたのは私だったのかも。  
クリフやミラージュに泣きつきたかったが、通信機は応答しなかった。  
クリスマスの聖なる夜。二人っきりの時間を過ごしているのだろう。  
 
着替えて寝よう。泣いてる暇はない、明日は出発しないといけないから。  
眠って全部忘れて、朝にはいつもの強い私に戻らなければ。  
上着を投げ捨て、プロテクターを外す。  
アンダーも脱いでベッドに置いて。  
下着を脱ごうとして手が止まった。  
部屋の隅にある姿見に目をやると、そこに映っていたのは一人の少女だった。  
 
この下着、ジェミティで買ったんだわ。  
紺色に銀糸でレース風に刺繍がしてあるブラとショーツ。  
色白を強調したいから濃い色で、でも清純さも欲しいから黒はダメ。  
髪に合わせて青系が無難よね、なんて言いながら何度も試着を繰り返して、  
選ぶのに2時間ぐらいかかった覚えがある。  
その間、ネルは呆れてどこかへ行ってしまったし、クリフに見つかって茶化されたりもしたっけ。  
フェイトと夜を過ごそうなんて意識していたわけではないけれど、  
好きな人の前では見せることもない下着までおしゃれしたいのが女の子の性。  
あのときはなんて楽しかったんだろう。  
 
まだ泣いてはダメ……私はクォークのリーダーなんだから。  
泣くのは全てが終わってから。  
 
気を落ち着けるために水を口に含んでいると、コンコン、と扉が叩かれた。  
「誰……?」  
ガウンだけ羽織ってコップを手にしたままふらふらと扉に歩み寄る。  
こんな時間に誰だろうと思ったが、何もかもがもう、どうでもいい気分だった。  
「あの……私です」  
ソフィア!?  
驚いて扉を引きあけると、ケーキの箱をぶら下げたソフィアが立っていた。  
「お邪魔していいですか?」  
「ええ、どうぞ」  
勝利宣言かしら、と思ったが、特に気にならなかった。  
とりあえずこれだけは言おう。  
「おめでとう」  
「はい! ありがとうございます」  
明るくソフィアは返してくる。  
「で、そのケーキはお祝い?」  
「そうです。今工房で焼いてきたんですよ。一緒にどうかな、と思って」  
 
あれ……?  
少し冷静さを取り戻したマリアは奇妙なことに思い当たった。  
自分がフェイトとソフィアの姿を見て、宿に戻ってからの時間からすると……。  
お菓子作りなど詳しいほうではないが、明らかに時間が足りないのはわかる。  
「今焼いてきた……って?」  
「そうですよ。何かおかしいですか?」  
デートしてたんじゃないの、と聞こうとした目の前で、かぱっとソフィアが箱を開ける。  
「じゃーん! 失恋祝いケーキでーす」  
出てきたのは、並べたいちごで割れたハートが書いてあるショートケーキ。  
思わずマリアは吹き出した。  
 
「何よこれ……ひどい冗談だわ」  
笑いが止まらない。  
経緯は知らないけれど、ソフィアも振られたのだ。  
なのにケーキを作って一緒に食べよう、だなんて。なんて強い子なんだろう。  
ソフィアのことを甘えん坊で依存的だと思っていたが、その認識は改めたほうがよさそうだ。  
「これ、特許申請できるかなぁ。ウェルチさんなら点数つけてくれそうですよね」  
「需要はあるのかしら」  
「だって、失恋したらヤケ食いが基本ですよ?」  
「それはそうだけど」  
ソフィアは手際よくケーキを切り分けた。2つに切って、そのまま皿に載せて差し出す。  
「さぁ召し上がれ!」  
「こんなに食べたら太るわ」  
「いいじゃないですか。ダイエットは明日から、ですよ。いただきまーす」  
いいのかしら、と言いながらもフォークでケーキを切って口に運ぶ。  
ソフィアと同じように、普段ならやらないような大口で思いっきり。  
口いっぱいのふわふわのスポンジと、洋酒でほのかに味付けされたクリームは  
傷ついた心には少し沁みるけれどいい薬だった。  
 
「うん、おいしいわ」  
頬に生クリームがついたまま言うと、ソフィアがうれしそうに手を叩いた。  
「よかった! これでまずかったら本気で泣いちゃいますよ」  
 
「フェイトの好きな人って誰なんだろうな……マリアさん知ってます?」  
「私だと思ってたわ」  
さらっと冗談が出た。ケーキの威力は素晴らしい。  
「やっぱりネルさんかなー」  
ケーキの空箱を名残惜しそうに眺めてソフィアが言う。  
「フェイト、ネルさんのこと慕ってたみたいだし。あ、でもミラージュさんかも?」  
「クレアはどうかしら。他にはファリンとか……」  
 
いつだって、おしゃれには気を使うし、おいしいものに目がなくてヒマさえあればおしゃべり。  
周りからみたらどうでもいいようなことで泣いたり笑ったりして、  
世界が危機に瀕しようと恋することはやめられない。  
だって私たちは女の子だから。  
 
少しの沈黙のあと、マリアは空になった皿をテーブルに戻した。  
「どうぞ」  
マリアの涙に気づいたソフィアがネコ柄のハンカチを差し出した。  
「ありがとう。フェイト、うまくいくといいわね」  
「……そうですね」  
ソフィアは潤んだ目でにっこりと微笑んだ。  
 
ソフィアと肩を寄せ合い、涙があふれ出るままにまかせる。  
爆発的な激情ではなく、やっと素直になれた心から貯まったものがさらさらと  
流れ出ていくような感傷。  
何で私たち、フェイトのことを心配して泣いてるんだろう。  
自分のためには泣かなかったのに、今は涙が止まらない。  
私は振られたのに。  
 
そうだわ、恋ってこういうものだったのね。 

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