「ネル様って……誰が好きなんでしょうねぇ?」  
 
 近頃、赤毛のクリムゾンブレイドの様子が妙だった。それと合わせるかのように、シランド城内にある噂が流れる。  
 
 ネル・ゼルファー。23にして、ついに初恋!?  
 
 失礼と言えば失礼だが、皆、恐らく事実だろうと感じている。クールビューティーの氷が溶け始めている…と。  
 鏡を見て、一人で微笑んだり……頬が染まっている事から、隠密用の演技の練習でないことが分かる。誰のための笑顔なのかは分からないが…。  
 そしてファリンのイタズラに、寛大になっていた。前は有無を言わさず黒鷹旋だったが、呆れたように溜息を吐いたり、苦笑いを浮かべたり……不気味に思ったファリンが、却ってイタズラを止めてしまった程だ。  
 その他にも、料理をするときにエプロンを付けるようになったり、デスクワークの最中にぼぅっとしたり…。いくらでも挙げられるが、総じて言えば…。  
 
 「女っぽくなりましたよねぇ」  
 これだ。そうでしょう?と、ファリンは会議室の皆に同意を求めた。  
 「……いやぁ、照れるじゃん。もう皆に知られてたなんて…」  
 「待てコラ」  
 頭を掻くロジャーに向かって、クリフの冷たい声が飛ぶ。  
 「何でネルが、お前みてぇな豆チビタヌキに惚れるんだ? ……しっかし、俺も罪だよなぁ。任務に支障を来すくらいに……」  
 「黙れ筋肉星人。てめぇには、あのバカ強い女がいるだろう?」  
 アルベルがクリフの喉元に刀を突き付けた。  
 「ミラージュの話はするな!」  
 またケンカらしい。というより、クリフが一方的にやられてしまうのだが…。  
 「……歪のアルベルが、女の事で争うってのか?」  
 「てめぇらが、ネルについて勝手な事を言うんならなァ」  
 「待て。何呼び捨てで呼んでんだ? プリン頭」  
 「お前もだろう。若作り」  
 「男の嫉妬は醜いじゃん。やっぱ、純真無垢なオイラが……」  
 「「ガキは引っ込んでろ!」」  
 その論争の現場を、火付け役であるファリンはニヤニヤしながら見ていた。  
 「ふふふ、ネル様、大人気ですねぇ。……ねぇ? フェイトさん?」  
 「当たり前です」  
 唯一争いに加わっていない男……フェイトは、澄まして答える。 
 
 「「フェイト!」」「兄ちゃん!」  
 三人は突然、フェイトに向かって詰め寄った。  
 「お前はどう思う?」  
 「? 何が?」  
 「何がって……ネルのことだよ」  
 「ネルさんがどうかした?」  
 ファリンは横から、相変わらずニヤ付いた顔で聞いている。  
 「かー、全く鈍いヤツだな。ネルが、俺達三人の中で、誰が好きかってことだよ。誰だと思う?」  
 「……直接ネルさんに聞きなよ。……でも……一つだけ」  
 「「「?」」」  
 「僕はネルさんが大好きなんだ」  
 
 ガタンッ  
 
 不意に扉の向こうで物音がした。そちらを見ると、問題の女性が、呆れた顔で入ってくる。  
 
 「ったく、アンタは……よくもまぁ、そんなアッサリと……」  
 「「「ネル……!?」」」  
 やや頬を赤く染め、マフラーに口元を埋めるネルに、三人はまさか…とフェイトを見た。  
 「丁度良かった。ネルさん、未だに心配なんですけど……」  
 「何だい?」  
 「ネルさんって、僕の事好きなんですか?」  
 「んな!?」  
 一瞬で真っ赤になる。  
 「……アンタ、わざと言ってるだろ?」  
 「さぁ?」  
 「……言うまでもない事だと思うけどね」  
 「言って欲しいなぁ。僕って心が弱いですから、しょっちゅう不安になっちゃうんですよ」  
 「……………ここでかい?」  
 「ベッドの中ででもいいですけど」  
 
 ガンッ  
 
 ネルの拳が、フェイトの頭に振り下ろされた。そこを大袈裟にさすりながら、フェイトはゴメンと言うように苦笑する。  
 
 「……で? そろそろ時間じゃないのかい?」  
 「あ、そうですね。それじゃぁ…」  
 「「「ちょっと待て!!」」」  
 会議室から出ていこうとした二人を、置いてきぼりという形になった三人が呼び止めた。  
 「ん? 何?」  
 「兄ちゃんとおねいさまって……まさか……」  
 「うん。付き合ってるけど?」  
 
 ゴスッ  
 
 「何で言わねぇんだよ!?」  
 「だって…聞かなかったじゃないか」  
 「お約束か!!」  
 「ほら、早く行くよ。時間が勿体ない」  
 「そうですね。……じゃあ、みんな。ごゆっくり」  
 「「「余計なお世話じゃ!!」」」  
 三人の怒鳴り声が届くより早く、会議室のドアは音を立てて閉められていた。  
 
 「……ところでアンタ達。一体何の話をしてたんだい?」  
 「え?ああ、気にしないで下さい。男同士の愚痴の言い合いですから」  
 「そうかい…。ま、久し振りに休暇が取れたんだ。ちゃんと楽しませておくれよ?」  
 「じゃあ、ホテルに直行で…」  
 「アンタ……夜の事しか頭にないのかい?」  
 「冗談ですよ。………でも、ネルさんが子猫みたいになるところ……好きですよ」  
 「はいはい、そりゃどーもどーも」  
 
 
 
 「覚悟はいいな?」  
 クリフの太い腕が、紫髪の女性をテーブルの上に押し付ける。  
 「てめぇ、知ってて質問しただろ?」  
 「さぁ…何のことですかねぇ?」  
 「最近ミラージュとご無沙汰なんだ。たっぷり可愛がらせてもらうぜ」  
 「オイラも……」  
 「「ガキは引っ込んでろ!」」  
 が、ファリンは慌てなかった。ニコニコしながら、そっとクリフの背後を指差す。  
 
 「何だ?」  
 
 「クリフ………」  
 
 「!? ミラージュ!?」  
 いつの間にか彼女は、ドアに背を預けて立っていた。  
 「お前、ディプロで仕事の筈じゃ…?!」  
 「ファリンさん、ご協力感謝します」  
 「いえいえ」  
 ファリンは懐からスイッチが入ったままの通信機を取り出すと、ミラージュの方へ投げて返す。  
 「あ…いや、これはだな……」  
 「そう言えば、すっかりご無沙汰でしたね。クリフ」  
 「いや、あの……」  
 「済みませんでした」  
 思い掛けず、彼女の口から謝罪の言葉が発せられた。  
 「最近、相手をしてあげられませんでしたね。………お詫びです、三人ご一緒でいいですよ」  
 「え?! オイラも!?」  
 「はい。たっぷりお相手させて頂きます。……………こちらで」  
 笑顔のまま、彼女は拳を構える。  
 
 「……!!」  
 「ま…待て……ミラージュ…」  
 「何でオイラまで!?」  
 
 その後、せっせと会議室の修理をする三人の怪我人の姿があったそうだが、それはそれとしてとくに話すべき事ではない。と思う。 

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