(………どうしよう)  
 青年は机に腰掛け、ずっと頭を抱えていた。彼の前には一枚の紙切れ。バーニィを象った、可愛らしいメモ帳の一枚で、そしてそれには何も書かれていない。  
 (………どうしよう)  
 また頭の中で呟き、コップに手を伸ばす。が、余所見のせいで取っ手にぶつかり、がたんと倒れた。中のコーヒーがこぼれだし、どんどんと広がる。  
 しかし、茶色い液体は一瞬で消滅した。  
 (反射的にディストラクション出せるなんて…)  
 このメモを守るために、である。かなり強く意識していると実感し、更に苦悩は深くなった。  
 (………どうしよう)  
 
 
 
 昨日…フェイトの誕生日だった。  
 ソフィアからは手作りケーキ。  
 マリアからは無難なキーホルダー。  
 ネルさんからは暗殺セット。  
 クリフからはプロテイン半年分(一部使い掛け)。  
 アルベルからは“漆黒”の決算報告書(白紙)。  
 その他、色々な人からプレゼントを貰った。リーベルでさえ、白い手袋を贈ってくれたのだ。  
 
 が、それら多数のプレゼントさえ、この目の前のメモほどは存在感を出さない。青年にとってこの何の変哲もない、白紙のメモこそ、今最も気になる存在だ。  
 (済みません、フェイトさん。私知らなくて……)  
 彼の誕生日を知り、すっと頭を下げる金髪の女性。  
 (いいですよ、別に。そんな気を遣って…)  
 (……何も用意出来ませんが、よろしければこれを)  
 (………?)  
 (“何でも券”です)  
 (え…?)  
 
 
 
 メモに任意の望みを書いて、ミラージュに提出する。すると、その望みを叶えてくれる。  
 そう言う事だった。  
 (何でも…)  
 その言葉で、フェイトは昨晩からずっと悩んでいた。  
 (……良い券だけど…どこからどこまでがセーフなんだ?)  
 いや、ミラージュはどこまで本気なのか?  
 やっと飲酒が出来る歳になった、童貞の健康優良青年。望みは人それぞれだろうが、あの、年上の美人からこんなものを貰ったら、大抵の場合望みは一つしかない。  
 (問題は…それがOKかどうか…)  
 
 彼女がその気なのか分からない。いや、自分に対する彼女の気持ちさえ分からない。天然で贈ったのか、それとも…。  
 (取り敢えず、嫌われてはいないよな。うん。一緒に買い物に行ったこともあるし、一つの飲み物を二人で分けたこともあるし、冗談が言い合えるし…。  
あ、泊まりがけで温泉に行かないかと誘われたこともあるし…)  
 
 立派なカップルじゃねーか!  
 
 クリフが聞いたら、そうマイトハンマーで突っ込まれそうだ。しかしフェイトは気付いていない。はっきり言葉にしない限り、彼にとってはあくまで“親しい人間”としか判断されないのだ。  
 (筆下ろしは…アリなのか? フェラは? パイズリは? コスプレは? アナ……いや、流石にアナルは無理か。って言うか、手コキ止まりもあるな。  
……いやいや、まさかこのゲームを下さいとか、ここに連れて行ってくださいとか、そういうサンタクロース気分でしかないのかも。  
そう、きっとそうだ。筆下ろしさせてください…なんて書いたら、多分変態呼ばわりされて、アクロバットローカス貰って…)  
 考えはどんどん発展していく。  
 (じゃあどうする? キスしてください……マセた小学生か? 僕は。それならデートを……)  
 遊園地、動物園、公園の池の貸しボート、遊覧船、自宅で家庭教師…。  
 (家庭教師……?)  
 
 (この式は、どんな図形を表しますか?)  
 (ぅうっ…せん…せ……もう…出ま…!)  
 (じゃあ、実際に書いてみましょうか)  
 ドピュッ…  
 (いいですか? 私のこの突起を原点とします。そして、ここに白濁線を…)  
 
 (………何だ今の映像はぁぁぁ!?)  
 脳内で勝手にAVが上映された。  
 (ちゃんと考えろ、ちゃんと! デートじゃなかったら…外出せずに出来ることを…)  
 ゲーム、ファイトシミュレーター、お茶、一緒に料理…。  
 (料理……?)  
 
 (さて…ホットミルクの味見をさせて下さいね?)  
 (あふっ…ひっ……くぁぁっ……!)  
 ゴク……  
 (ん…! ふはっ……。いいミルクです。美味しいですよ)  
 (ミラージュ…さ…)  
 (このミルクなら…可愛い子供が出来そうですね)  
 
 (阿呆だ僕はぁぁぁぁ!!)  
 頭の中の映写機を叩き壊す。ついでに画面に注目している自分も。  
 (ああもうっ、何でこんなのしか思いつかないんだ? ムスコはしっかり固くなっちゃってるし)  
 膨れ上がった自分の股間。それを見ていると、今度は頭の中に静止画像が浮かび上がった。  
 
 ミラージュさんの白い肌。  
 ミラージュさんの揺れる胸。  
 ミラージュさんのくびれたウェスト。  
 ミラージュさんの柔らかそうな尻。  
 ミラージュさんの蠱惑的な瞳、そして微笑。  
 ミラージュさんの……。  
 (やば……)  
 ズボンを突き破らんばかりに怒張した自分自身は、ヒクヒクと微妙な蠢動を始める。  
 (余計に意識する…)  
 溜息を吐きながら椅子から立ち上がり、ベルトに手を掛けた。  
 (っと、その前に)  
 フェイトは本棚に向かうと、家族の写真が入った写真立てを倒す。ベッドの上のハリーポッ○ーの本を引き出しの中に仕舞い、  
名前も知らないアイドルのカレンダーを裏返し、ティッシュ箱を床に置いた。ズボンと下着を足首まで引き下ろすと、自分も床の上に胡座を掻く。  
 (この頃忙しくて、ずっとヌいてなかったからなぁ……)  
 今は大丈夫。今はヒマだ。椅子の裏に隠して置いた雑誌を広げ、竿を握り…。  
 
 ガシュンッ…  
 
 「フェイトさん、失礼しま…」  
 
 「………」  
 「………」  
 自分のモノを握ったまま、固まっているフェイト。  
 その青年を見たまま、停止しているミラージュ。  
 やっと彼女の手が動き、遅すぎるノックをした途端、フェイトはベッドの毛布を引っ掴むと、素早く自分の上に被せた。  
 「……!!」  
 あまりの羞恥に声さえ出ない。  
 見られた。亀頭、鈴口、睾丸、全て。  
 (終わった。ライフイズアップ。どこかに穴はないかな? そうだ、旅に出よう。孤独EDみたいに雲隠れしよう。誰も僕を知らないような、ひっそりとした田舎町…)  
 と、突然周囲が明るくなった。目の前には毛布を持ち上げたミラージュ。  
 「どうも、フェイトさん」  
 「うわぁぁ! フツー帰るでしょ!?」  
 「私は帰りませんよ」  
 毛布をベッドの上に戻すと、彼女はすっとしゃがみ、こちらに顔を近付けてきた。  
 「!?」  
 あっという間に唇が塞がれる。下半身丸出しのフェイトの頬は、見る見るうちに赤く染まっていった。続いて舌が入り込み、口腔内を掻き乱す。  
 「……!」  
 ようやく唇が開放された。フェイトの心臓は外にまで音が聞こえそうなくらい鼓動を速め、体温を上昇させる。  
 「キスは…初めてでしたか?」  
 彼女は無言を肯定と受け取った。  
 「………」  
 呆然としているフェイトに微笑みかけると、ミラージュは広げられた雑誌に目を向ける。  
 「あっ…」  
 
 阻止しようとした手を難なくかわし、パラパラと成人雑誌を捲った。  
 「美人女教師…メイド…義姉……年上ものばかりですね」  
 「あの……」  
 「フェイトさん。いつもこれをオカズに自慰を?」  
 「……っ!」  
 更に真っ赤になって俯くフェイト。その彼の耳に、ジッパーの音が響いてきた。  
 (……え?)  
 目の前の床に、上着が落ちる。更に音は続き、今度は短パン、それに髪留めが落ちてきた。  
 「ちょ…ミラージュさん!?」  
 顎に指を引っかけ、グイと持ち上げられる。下着姿の彼女は、フェイトの前に広げた雑誌を突き出した。下着姿のブロンドの女性が、背を丸めて自分の胸を強調している。  
 「どんなシチュエーションを想像していたか、非常に気になりますが…。私とこちらの方、どちらが美人ですか?」  
 「……?」  
 「どちらが・美人ですか?」  
 「み…ミラージュさん…」  
 「ええ、私もそう思います」  
 確かにそうだ、と、フェイトも心から感じた。いや、例えそうでなくても、この笑顔を見たら100パーそう言う。  
 それよりも彼は、胸の谷間を惜しげもなくさらけ出すミラージュに対して、目のやり場に困っていた。  
 「フェイトさん……あなたの想像の中で、私がお相手したことは?」  
 何度もある。しかしその度に、フェイトは顔を強制的に変更させていた。そうでもしないと、どうしても彼女と顔を会わせ辛くなってしまう。  
 「……なし、ですか」  
 
 ミラージュはただ一言そう呟くと、雑誌をベッドの下に押しやった。そして未だに座り込んでいるフェイトに、豹の如く四つん這いで近付いていく。  
 「ミラージュさ…」  
 後退ろうとするフェイトだったが、元より敵うはずもない。あっという間に肩を掴まれた。ミラージュは再び顔を近付けたが、今度は唇を合わせはせず、耳元に顔を寄せる。  
 「何で逃げるの? フェイトくん?」  
 「!?」  
 「…こんな口調がいいんですか?」  
 それとも…と、再び耳朶に熱い吐息を吹きかけた。  
 「ご奉仕させて頂きますわ、ご主人様…」  
 彼女の顔が、視界の下方へと移動する。気付いたときには、自分自身はミラージュの唇の中だった。  
 「ちょ……ぅあああっ!?」  
 雷に打たれた。大袈裟だろうが、そう感じた。  
 一瞬痛みが走った気がしたが、それは気のせいで、巨大すぎる快感に身体が驚いたのだろう。全ての神経が下半身の一点に集中し、シャトルのように快感のパルスを脳に運び込んでいく。  
 力が出なかった。僅かに開いた唇から垂れる唾液を拭う事さえ、とてつもなく困難に思える。ガクガクと爪先が震えだし、掌は反射的にミラージュの頭に置かれた。  
 漏れだそうとする喘ぎを、歯を食いしばって必死に抑え込む。  
 ミラージュはねっとりとした舌で、包み込むように剛直を愛撫し、細い指を袋に添えた。  
 「……れ…ま……!」  
 ビクンと、口の中の彼が震える。必死に奔流を抑え込もうとするフェイトだったが、元より勢いに逆らえるものではなく、堰は破られた。  
 「…んっ…」  
 予想以上の勢いに、彼女の顔が歪む。蠢動が収まったのを確認すると、ミラージュは舌を回しつつ、ようやく彼自身を解放した。  
 
 「随分と…たくさんでしたね?」  
 自我を喪失したようなフェイトの顔を覗き込み、青髪をそっと撫でる。  
 「ミ…ラージュ…さ…」  
 「一人でするより…気持ちいいでしょう?」  
 ミラージュは背中に手を伸ばすと、出来るだけ音が鳴るようにホックを外した。下着が落ち、固くなった桜色の突起が見える。  
 「私はあなたのもの、そしてあなたも私のもの…」  
 そう呟きつつ、彼の頬に自分の頬を擦り寄せた。  
 「私はこうして…あなたに触れられる。グラビアのアイドルも、ヌードモデルも出来ないこと」  
 不思議な事に、ミラージュを恐ろしいとは感じられなかった。  
 「私だけを見ていてください、フェイトさん。私は……寂しがり屋なんですから」  
 ぐいと肩に手を掛け、押し倒される。フェイトはごく自然に、冷たい床の上に横たわった。  
 ミラージュはようやく自我を取り戻し、頬を赤く染めだした彼を満足そうに見ると、残った下着を引き下ろす。純白の布と足の付け根の間に、うっすら光る透明の筋が伸びた。  
 「今度は…私を気持ちよくしてくださいね」  
 足を上げ、フェイトの腰を跨ぐ。再び怒張を取り戻した彼自身に手を添えると、ゆっくりと足の付け根の割れ目に導いた。  
 唾液、精液、愛液がぐちゃ混ぜになった液体が潤滑油となり、一気に滑り込む。  
 「ひゃぅっ…!」  
 背を反らした拍子に豊満な胸が大いに揺れ、フェイト自身の怒張も更に大きくなった。  
彼は上体を起こし、そっとその胸に触れる。  
 少しだけ汗ばんだ肌は、掌に吸い付いてくるような感触だった。  
 「ん…はっ…ぁんんっ」  
 
 ミラージュは髪を振り乱し、自ら腰を上下させている。膨らみを揉みほぐし、突起に口付け、唇で挟み込むと、喘ぎは更に激しくなった。  
 「あぅんんんっ、ひゃふっ…はっ…ぎっ…ァァああっっ!」  
 頭の中が真っ白になっていくのを感じる。彼女が切なげな声を漏らすたびに、体内に納められた自分自身は蠢動しようと震えだし、それが更に喘ぎ声に色気を乗せた。  
 「あふっっ…ふぇい…とさっ…ぁんんんっ!」  
 「ぅ…あっ……!?」  
 言葉が出ない。送られてくる信号を快感に変換するだけの為に、脳はフル稼働していた。  
 
 ビュクッ…  
 
 「はふぅぅぅぅっ…あぁっ……あ……!」  
 さっきあれ程の勢いで射出したにもかかわらず、かなりの量が胎内にぶちまけられる。暫く恍惚とした表情の二人だったが、やがてミラージュは身体を傾けた。  
 髪で覆われた薄暗い空間の中で、フェイトは息を乱している彼女を見上げる。そっと顔を上げようとすると、ミラージュの顔も近づき、二人の唇は触れ合った。  
 
 
 
 「なんでも券で、そこまで悩まれてたんですか?」  
 フェイトはミラージュの胸にもたれていた。普通逆じゃないのか?とも思うのだが、そんな事はどうでも良かったし、何よりこの柔らかさは捨てがたい。  
 「だって……“なんでも”なんて、選択肢が広すぎますし」  
 
 拗ねたように唇を尖らせるフェイト。女の子みたいだな、と自嘲してしまう。  
 「なんでもいいんですよ、フェイトさん。あなたがして欲しいことで」  
 「……それなら、またお相手を…」  
 冗談のつもりだった。が。  
 「分かりました、いいでしょう」  
 「………え?」  
 「つまり、さっきのはノーカンですね。では早速、今日の分を…」  
 「ちょ…ミラージュさん!? 身体は!?」  
 「クラウストロ人の回復力…なめないでくださいね」  
 「その…僕は…」  
 「さっきので要領は分かりましたね? では、今度はもう少し激しくしてみましょうか」  
 「いやあのっ、ちょっと用事が…」  
 「ないんでしょう?」  
 「う………」  
 「さてと。……可愛い顔で、可愛い声で鳴いてくださいね?」  
 「!いやっ、そこは!? ちょ…ストップ! 何て言うかごめんなさい! いやっ、止め……!!」  
 
 
 より一層、艶やかな肌をしたミラージュ。  
 テーブルの上にうずくまり、顔を伏せ、背中を震わせているフェイト。  
 「……何があったの?」  
 「いいえ、別に?」  
 マリアの問いに、ミラージュは澄まして答えると、食事の手を再開する。  
 「……それにしてもミラージュ。最近よく食べるわね。太るわよ?」  
 「大丈夫です。きちんと運動してますから」  
 「へぇ…」  
 「マリアもどうです? 一緒に…」  
 「やめてください」  
 突っ伏したままのフェイトが拒否した。  
 「ほら、フェイトさんも」  
 「……食欲ありません」  
 「ダメですよ、そんなんじゃ。しっかり精を付けないと」  
 「…う……」  
 
 券の有効期限・次の誕生日まで、残り363日…。  
 
(終) 

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