「少しの間だけ、私とこの男と二人きりにしてもらえないかい」  
 突然のネルの言葉に、フェイトは目を見張った。  
「ええ、まあ……いいですけど」  
 そういったものの、一応は仲間たちの様子を確かめる。  
「あなたがいいと思うなら、構わないんじゃないの」  
 最初にそう口にして出て行ったのはマリアだった。頷いたウォルター伯が、錠前に刺した鍵をそのままにして背を向けた。フェイトがそれに続く。  
 珍しく最後までだまっていたクリフが、肩をすくめて短く言った。  
「殺しちまったりすんなよ」  
「そこまで馬鹿じゃないさ」  
 ネルの返事に満足したのか、クリフも他の者たちを追って早足でその場を去っていった。  
 地下牢の冷たく湿った空気に、たいまつの燃える音だけがちりちりと鳴っている。  
「これでようやくあんたと話ができるね、『歪のアルベル』」  
「貴様のようなクソ虫と、話すことはねえよ」  
 気乗りのしない様子で壁にもたれ、鬱血した右の手首をガントレットで包んだ指の背でさすりながら、アルベルは切り捨てた。つい先ほど不名誉な状況を目撃されたという事実は、全く堪えていないようだった。  
 ネルは小さく首を振った。 
 
「あんたが傷つけた私の部下たちのこと、覚えてるかい?」  
「知らんな。シーハーツの兵など、星の数ほど殺して来たからな」  
 アルベルはあっさりと答え、さらに続けた。  
「それはお前も同じだろうが、阿呆」  
「……まあね」  
 ネルはスカーフに顔を埋め、目を伏せた。  
「あんたはそうやって割り切るタチみたいだけど、私は不器用でね。だからあんたをこの手でちょっとばかりお仕置きしてやらないかぎり、あんたに協力されるのも我慢できそうにないのさ」  
「クソ虫の戯れ言にしちゃ上等だな」  
 アルベルが突き放す。  
 ネルは無言のまま、壁に両手をつくと片方の膝をアルベルの股間に強くねじ込んだ。不意をつかれてアルベルが息を漏らす。ネルは身につけていた短刀を引き抜いて、それをアルベルののど元に当てた。  
「これでもそんな口が叩けるのかい?」  
「そんなもので俺を脅せるとでも思ってんのか、阿呆が」  
 
 ネルは答えず、素早く短刀を引き寄せた。  
 次の瞬間、低い場所をかすめた刃がアルベルの腰紐を過たず断ち切り、飾り金具が床に落ちて鋭い音を立てた。重く冷たい空気にさらされて震えるよりも速く、ネルの短刀がブレー(腰布)の脇を割き、アルベルの下半身はあっさりとあらわになった。  
 義手の鋭い爪が目の前をなぎ払うのを刃で受け流し、短刀を逆手に持ち替えた腕ごとのど元を押さえつける。  
 首かせともつかない飾りのふちをわずかに削った刃が、嫌な軋みを上げる。  
「……クソ虫かと思えば、盛りのついた雌猫か。くだらん」  
「その雌猫に食われちまうってのはどんな気分だい?少しは屈辱かい」  
 ネルはやり返すと、手を伸ばしてアルベルのものを握った。  
「やめろ、阿呆!」  
「私はあんたの部下じゃない、敵国の人間さ。あんたに命令される筋合いはないね」  
 ネルはアルベルの逸物に絡めた指でやわらかくそれを扱きながら、軽く背伸びして嘲笑うように唇を重ねた。  
 アルベルが逃げるように顔を背ける。ネルはわずかに退くと、アルベルの下半身を玩んでいた手でその頬をしたたかに打った。  
 
「テメェ、このクソ虫が!」  
 アルベルがうなり、身体をずらす。  
 次の動きを察したネルは素早く膝をアルベルの両足の間に割り込ませると、わずかに浮いていた足に自分の足を絡めて封じ込んだ。足払いを仕掛ける前に膝の裏から救い上げられた形になり、アルベルの体勢が崩れる。  
 体を支えようと壁に手をつくと、義手の金具がこすれて甲高い音を立てた。  
「さすがに身体がなまっているようじゃないか。このザマじゃ、あんたに勝ち目はないと思うけどね」  
 ネルはささやくと、アルベルの首に片腕を回した。もう一方の手で服の短い裾をたくし上げる。わずかに重心の落ちたアルベルの身体に、服一枚を隔てて柔らかな女の身体が密着してくる。  
 背中越しに感じる壁の温度が凍り付くように冷たいだけに他者の体温は明瞭で、アルベルは自分の意思とは別に身体が反応するのを止めることができなかった。  
「おや、そんな仏頂面をしてても、ちゃんと感じてくれるんだね」  
 ネルは挑発するように、アルベルの堅さを持ち始めた部分に腰を擦り寄せた。  
 裾除けの合わせ目からのぞく柔肉のひくひくという感触が、嫌でもアルベルを刺激する。  
「あんたが負け犬と呼んで虐げて来た人たちの気持ちを、少しは思い知るがいいさ」  
 
「言わせておけば、クソ虫!」  
 アルベルはなじったが、これだけ条件の悪い場所に長く拘束されていたせいで、自分が思うほどに身体が動いてくれないのが現実だった。  
 皮肉にも、忌々しいネルの愛撫が冷えた四肢を少しずつ暖め、疲れきった身体を解して行く。  
 アルベルが抵抗を諦めたと踏んだのか、ネルは短刀をしまうとその手で襟元のスカーフを緩めた。体脂に溶けた白檀の香りがわずかにわき上がり、このところカビ臭い空気に麻痺していたアルベルの鼻孔をつく。  
 自分の背中に腕を回したネルの舌が鎖骨から首筋へと舐め上げる。それに加えて唇から漏れる熱い息は、アルベルの身体に染み通っていた痛みを柔らかな疼きに変えた。耳たぶを軽く噛まれ、しゃぶられる音を聞くと軽く目眩がしてくる。  
 女だてらに自分を犯すと宣言した相手の愛撫は不愉快だったが、まだ満足に身体が動かないこともあり、また女に身体を暖められることそのものはそう嫌でもないこともあって、アルベルはネルが気づかない程度にその腰に手を添えて身体を支えた。  
 息が上がるのを押さえて平静を装う。  
 腿のあたりにこすれる布地は既に湿った側から空気に冷やされ、触れるたびに不快な感触を与える。  
「いつまでのろのろやってるつもりだ。早いところイかせやがれ、阿呆」  
「あんたに命令される筋合いはないって言っただろう。もっとも、あんたがどうしてもって懇願するなら聞いてやらないわけじゃないけどね」 
 
「調子に乗るんじゃねえぞ、クソ虫!」  
「ムキになるのは負け犬の証拠じゃないのかい、弱い犬ほど良く吠える、ってね」  
 さらに罵倒を繰り返そうとしたアルベルの口が、幾度目かネルの唇によって塞がれる。上背の違いを埋めるためか、アルベルの肩に回されたネルの腕に力がこもった。  
 アルベルは手を下に滑らせると、それをネルの太ももに回した。  
 抱き上げようと力を込めただけで、全身が重く痺れる。だがネルの身体は思ったよりも軽かった。床から浮いた足はすぐにアルベルの腰に回り、締め付けた。  
 ネルの秘所からしたたる蜜が、アルベルのいきり立ったものを濡らした。  
「イかせてやるよ、アルベル。あんたの気が遠くなるまで貪ってやる」  
 ネルは呟いて、アルベルの怒張をおのれの花弁の中心に当てると腰を落として行った。  
「くっ……」  
 根元まで熱に包まれ、アルベルが思わず息を漏らす。  
「ふう、女みたいなナリしてる割には随分いいものを持ってるんだねえ」  
 ネルは自らの中に銜え込んだ剛直を締め付け、腰を揺らした。与えられる快感に、アルベルが目を細める。  
「畜生、もう……我慢できねえ」  
 アルベルは吐き捨てると、ネルの腰を抱いた腕に力を込めた。そのまま激しく自らの腰を打ち付ける。動きに合わせて淫靡な水音と義手の軋む無機質な音が、石造りの狭い牢に響く。  
 
 快感に開かれていく身体を支えようと、ネルがアルベルの首に回した手にもう一度力を込めた。アルベルの耳元でささやく言葉が荒い息で乱れる。  
「私の中で……存分に……イっちまうがいいさ」  
 ネルの秘裂を突き上げるアルベルのものは脈打ち、弾ける寸前だった。深く突き込まれるのにあわせて強く締め付けると、アルベルは短くうめいて達した。ネルの身体が飲み干した精に力を奪われたかのように、壁に背をもたれたまま床にずり落ちる。  
 ネルは火照った身体を一旦ほどくと、内股に伝い落ちる愛液と入り交じった白濁を指先で拭った。  
「随分とたっぷり出したじゃないか。そんなに溜まってたのかい?漆黒の団長様ともあろう男が、情けない話だね」  
 膝をついたままのアルベルの口に、その指を押し込む。振り払われるより先に手を引き、代わりに乱暴に髪をつかんでぐいと引き寄せると、アルベルはたまらずその場に四つん這いになった。  
「まだ終わりじゃないよ。まずは、これを舐めて綺麗にしてもらおうか」  
 いいながらアルベルの顔を粘液にまみれた自分の秘所に押し付けようとする。だが不意にアルベルの手が彼女の膝の裏をつかんで思い切り引き寄せた。  
 
 倒れたときにしたたか腰を敷石に打ち付け、ネルが純粋に痛みに喘ぐ。だが我に返るよりも早く、アルベルはネルの身体の上に馬乗りになっていた。  
 肩で息をしている様子を見れば、アルベルが疲れているのは明らかだった。だが、それでも先ほどまでに比べれば随分と余裕がある。  
「ふざけた真似をしてくれたもんだな、阿呆。だがおかげで随分と身体が慣れて来た。感謝してやる」  
 義手でネルののど元を締め上げながら、アルベルは笑った。鋭い爪がネルの耳元で敷石をこすり、不快な音を立てる。  
「本来ならお前のようなゲスのクソ虫はすぐさま殺してやるところだが、今日ばかりはそうもいかねえな」  
 アルベルの右手が、服の上からネルの良く張った乳房を揉みしだく。  
「俺にナメた口をきいた償いぐらいはしてもらおうか。なにせ久しく縁がなかったんでな、女の味も忘れかけてたところだ」   
「ゲスはどっちだい……」  
 アルベルは無言で目を細め、にやりと笑った。その表情にネルが息を飲む。それは『歪のアルベル』と呼ばれる男が戦場で人を殺したときに見せる表情そのものだった。 
 
「面白いが、そんな顔はするな。言っただろう、殺すわけにはいかねえ、それはわかってる、ってな」  
 馬乗りのまま、アルベルは乱暴にネルの服をはだけ、引き締まった身体をあらわにした。形のよい胸をなで上げ、堅く起った乳首を弾く。  
「あッ……!」  
 思わず漏れた声を飲み込むことが出来なかった恥辱感に、ネルの顔が上気する。  
「随分とかわいらしい鳴き声だな。先ほどまでの憎まれ口はどこへ行った」  
「う、うるさ……ふぁッ!」  
 抗議の言葉を嘲笑うかのように、アルベルはネルの乳輪に舌を這わせていた。もう一方の乳房を右手で押しつぶす。逆らうネルを床に押し付ける左の義手が、肩口に食い込んで痛い。だがそれ以上に激しいのは、愛撫が与える疼きだった。  
 快楽を感じている印に切なく喘ぐほど男は喜ぶものだと知っている。ネルは唇を噛み締めたが、それでも喉から漏れる声を十分に押し殺すことは出来ない。  
 アルベルの右手は胸から腹へ、そして茂みへとゆっくりおりて行く。ネルはとっさにスカーフの端を握ると、それを自分の口に押し込んだ。  
「ん……んんッ……」  
 ネルの声が突然くぐもったことに気づき、アルベルが手を止める。  
「……おもしれえ。そんなに俺を楽しませたくないわけか」  
 アルベルは呟いて身を起こした。  
 
 義手で汗ばんだネルの額に触れ、前髪をかきあげる。  
「いい目をしてる。こんなに潤んで、もっと気持ちよくして下さいって懇願してる目だ」  
 その言葉にネルが目を伏せ、顔を背ける。  
 アルベルはネルの口からはみ出したスカーフをつかむと、軽く引っ張った。だがネルはあくまでそれを強く噛み締めている。  
「まあいい、そっちの口が取り込み中なら、こっちを存分にしてやるだけだ」  
 アルベルは言うなり、ネルの蜜壷に指を押し込んだ。水音とともに愛液があふれ、ネルの身体がしなる。  
 親指でふくらんだ花芯をこすり上げ、肉襞の奥に入れた指を軽く曲げてかき混ぜる。その動作一つ一つにネルの身体は撥ね、くぐもったうめき声が上がった。  
 しばし中を玩んだ指を抜くと、アルベルはネルの両足を力づくで広げさせ、それを抱き込んだ。秘裂にいきりたった自身の先を当てると、ネルの身体がびくりと震える。  
「存分にイかせてくれると言ったな。その言葉に甘えさせてもらうとするぜ」  
 蜜のしたたる秘所の奥へと、アルベルは怒張をうずめていく。熱くたぎったネルの内部は先ほどのように激しく締め付けるのではなく、あまやかに吸い付いてくる。  
「ああ、気持ちいいぞ……」  
 アルベルはそういったきり口をつぐむと、深く浅くネルの身体を突き上げ始めた。  
 湿った音とネルのくぐもった声、そしてアルベルの荒い息が部屋に充満する。  
 アルベルの腕のなかで激しく震えていた身体が不意にこわばり、膣内で脈打つものを貪るように痙攣する。アルベルも堪えきれず、ネルの身体を抱いた腕に力を込めて最奥に熱を放った。  
 
 絶頂の余韻をしばらく味わってから身体をほどき、立ち上がると、アルベルは壁際に落ちたままの自分の衣服を拾い上げた。  
 切られた腰紐を簡単に結び直し、それで服を止めてから振り返り、床に座り込んだまま必死で服をかき合わせているネルを眺める。  
「これに懲りたら、二度と俺をナメた態度を取るんじゃねえ。わかったな」  
「笑わせんじゃないよ」  
 ネルは顔を背けたまま、かすれた声で、それでも鋭く切り返した。  
「挑発されただけで簡単に欲に溺れるのは、あんたがまだ弱い証拠さ。偉そうな口を叩くのは、もう少し自制が効くようになってからにするんだね」  
「説教を聞く気はねえんだよ。特に、たった今テメエの腕の中でよがってた女からはな」  
「ちょっと匂いをかがしてやっただけで自分から胸にむしゃぶりついて来た男が何を言っても様にならないよ。あんたがそういう奴でいるかぎり、私は何度でもあんたを手玉に取ってやるさ。たとえ剣では敵わなくてもね!」  
 
「言ってろ、クソ虫」  
 アルベルは吐き捨てると、独房の格子に引っ掛けられていた外套を取った。ウォルターが身体を冷やしたアルベルを気遣って持って来たものだ。床に座り込んだままかろうじて着衣をつけ直したネルの上にそれを投げかけ、はっと顔をあげたネルを外套ごと抱き上げる。  
「なッ……!」  
「立てねぇんなら抱いていってやるしかねえだろう。俺は手に入れたものは大事にする方でな」  
「バカにするんじゃないよ!」  
「心配すんな。誰にも言いやしねえ。俺を犯っちまおうとして逆に犯られました、とお前が言いふらしてえなら別だが」  
「……いつか殺してやる」  
「出来るもんならやってみるんだな、阿呆」  
 アルベルはネルの身体を抱え直した。その重みではなく、身体が思い出した疲れからわずかによろめく。  
「俺は佳い女と強い奴は嫌いじゃねえよ」  
 そう呟いたアルベルの表情は、先ほど見せたのと同じ、この男が獲物を捕らえたときの笑いだった。 

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