涼やかな虫の声がどこからか聞える。
サラサラと川の流れる音。夜空に浮かぶ月。
肌を掠める心地よい風。
そして…川縁の草陰で絡み合う男女が居た。
「あの…。」
下になった女が小さく、消え入るような声で言う。
月明かりに美しい銀髪がきらめいた。
「私のこと…はしたない女だと思わないでください…。」
わずかに紅潮した顔をそむけ、恥ずかしげに言う。
「…阿呆。」
男がそのうっすらと開いた桜色の唇を奪った。
「てめぇこそ…俺を誰とでもやるやつだと思うんじゃねぇぞ。」
最初に出会ったのはフェイト達が「彼」と合流して、侯爵級ドラゴンに協力させるためバール山脈に挑むためにアリアスに来た時だっただろうか。
「おい、『クリムゾンブレイド』のクレアって奴はいるか。」
私をみるなり彼が言った言葉がそれだった。
彼とは初対面だったが、すぐに誰だか分かった。
いびつな装飾が施された片腕だけの手甲。
腰に挿した刀。
すでにネル達がアーリグリフから推薦された男と合流したことは報告を受けていた。
ああ。
彼がそうなのだ、とすぐに悟った。
「何か御用ですか?」
「てめぇらの司令官はどこだと聞いてるんだ、阿呆。安心しろ、別にやりあうつもりは無ぇ。顔を見に来ただけだ。」
どうやら彼は私を部下の兵士と思っているようだった。
「…私がその『クリムゾンブレイド』のクレア=ラーズバードです。」
「…何?」
私より軽く頭一個分は背の高い彼が視線をおろして私をまじまじと見つめる。
「……ふん、普通の女じゃねぇか。」
その時、私はその彼の「評価」がいたく気に入ったのを覚えている。
ちなみに彼に後で聞いたら
「司令官というぐらいだからヴォックスをババァにしたようなのを想像してたんだよ。」
そう、照れ隠しするようにぶっきらぼうに答えた。
その仕草がなんだか可愛くて思わず笑ってしまい、彼に更に怒られたものだ。
その日の夕方。
私は墓参りをしていた。
アリアスの墓は屋敷からごく近い場所にあることもあってすぐに足を運べるため、最近の日課になっていた。
この戦争で多くの人間が死んだ。私の命令で戦地に立ち、死んでいった部下達。戦渦に巻き込まれ命を落としていった罪も無き人々。
「…阿呆が。」
何時の間にか彼が私の後ろに立っていた。
「…何がです?」
私は彼がこの自分にまったく気配を感じさせなかった事に多少驚きつつも立ち上がって後を振り返った。
赤く染まる世界のなか、墓場のの入り口にぽつんと影を落としながら彼が立っていた。
「そいつらが死んだのは全て『弱かった』からだ。当たり前のことだろうが。」
私は彼のその言葉にむっときた。彼の言葉は死者に対する冒涜だ。
幾ら彼でも許せない。
だけど。
咎める言葉を発しようとした私は不覚にも次の彼の言葉にその怒りを忘れてしまった。
「だから『自分がもっと上手くやれば彼らは死ななかったかも』なんて考えてる奴に阿呆だと言ってやったんだ。」
「……ぇ…。」
その時、私はどんな顔をしてたのだろう。
もしかして鳩が豆鉄砲を食らったような顔でもしていただろうか。もしそんな顔を彼に見られていたのだとしたらと今から思うと、顔から火が出そうだ。
「うぬぼれんな。てめぇが司令官だろうが何だろうが、クソ虫は所詮クソ虫なんだよ。そいつらは弱かったから死んだんだ。」
またしても死者に対する冒涜。だけど私は…不謹慎にも彼の言葉に心をぐらつかせられていた。
その時、ふと私は悟った。
「貴方にも…守れなかった人が居るのですね?」
「…………!」
私のその言葉は彼にとって信じられないくらい意外な言葉だったようだ。狼狽したように私から視線を逸らせるその態度からは十分にその心の動揺が見て取
れた。
「ふ、ふざけんな阿呆!居るか、そんな奴。」
その言葉を吐き捨てたあとに去っていく彼の後姿が…とても寂しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか。
夜。明日にはネル達がここを立つ。
戦後の処理で色々と仕事をしていた私だが、そろそろ寝た方が良いだろうと小さく伸びをして窓の外をみると、彼が川の方へ向かって歩いていくのが見えた
。
私はその時何故自分がそんな行動を起こしたのか分からなかった。
気が付けば屋敷から出て、彼のあとを追っていた。
最初、彼が何処に行ったのか分からなかった。
色々探して見たが村の中に居る様子ではなかった。
と、ふと見ると川へ続く門が少しだけ開いてるのに気付いた。
彼は川のほとりで刀を振るっていた。刀を振るたびに散る汗が月明かりに煌いていた。
私はただ、黙ってそれを見ていた。
いつまでそうしていただろう。
ようやく刀を振るのとやめた彼が私に向かって言った。
「何時まで其処で隠れているつもりだ。」
姿をあらわした私を見ると、少し意外な相手だったのか訝しげな顔をした。
「…俺に何か用か。」
「いえ…外に出て行かれるのが見えたので、どこに行くのかと…お邪魔したのなら謝ります。」
「…ふん。」
私の言葉に特に返事をするでも無く、彼は刀を鞘に収め私に背を向けるとどっかとその場に座り込んだ。
「…しばらく身体を動かしてなくてなまっちまってるからな。」
ネルから聞いていた。彼が牢獄に繋がれていたことを。
それであの決戦時に彼の姿が見えなかったのだ。
ただ座って川を眺める彼の後ろ姿は…あの墓で去っていく時の姿と同じ、寂しげに見えた。
考えればこのアリアスに来てからというもの、彼が他のメンバー達と一緒に行動しているところを見たことがない。
フェイトさん達も彼の意思を尊重しているのか、強引に一緒に行動させようとは思っていない様子だった。
「………。」
私は彼に近づいていき、自分でも良く分からない理由で……ただそこに座りたい、そう感じて彼のすぐ横に腰を下ろした。
「…おい。」
彼が何か言いたそうな口調で言う。だけど。
「何処に座ろうが私の勝手です。」
私がそういうとチッ、と舌打ちするだけで何も言わなかった。
流れる川の水が月明かりに反射してきらきらと光っていた。
川縁に座った私達は互いに何も言葉を交わすことなく、しばらくその美しい光景を眺めていた。
「…お前…俺が憎いか。」
「……え?」
彼が唐突に聞いた。
「俺が憎いかと言ったんだ。」
彼の方を見たが私から顔をそむけていてその表情は見えなかった。
「正直に答えろ。俺は多くの…てめぇの部下を斬って来た。あの時てめぇが居た墓の中には俺が斬った奴もいるかも知れねぇ。」
「……。」
ああ、なんて。
アーリグリフ三軍の一つ、「漆黒」の団長にして個人の戦闘能力ではあのヴォックスに匹敵するとまで言われた彼の背中が…なんて小さく見えるのだろう。
「確かに…私は戦争で多くの部下達を失いました。しかし…。」
彼は向こうを向いたまま動かない。
「その事で特別貴方を恨んだりしていません。それを言えば私だって多くのアーリグリフ兵の命を直接的にも間接的にも奪っています。」
正直な…正直なその時の私の感想だった。
「…阿呆か、てめぇは。」
次の瞬間、私の身体は地面に倒れていた。
いや、正確には彼によって倒されたのだ。
気が付けば彼が私の上に馬乗りになり、片手で私の両手を頭の上で抑えていた。
「アーリグリフが同盟を裏切る事は考えてなかったのか?」
彼が顔を近づけていう。
「…ラッセル卿はその可能性を心配しているようですね。ですから戦争が終ったあとも私達がここに居るのですよ。」
「じゃあ俺が何かするとは思ってなかったのか?『クリムゾンブレイド』はシーハーツ軍の要だ。てめぇかネルのどっちかでも殺れば戦力はガタ落ちだ。」
「それを実行するほどあなたはバカではありません。」
「……口の減らねぇ女だ。」
言葉はそれっきり。
そして近づく彼を拒まず…私達はお互いに目を閉じて唇を合わせていた。
空に頂くパルミラとエレノアの月。
その二人の女神が優しく見守るなか、私は生まれたままの姿で素肌を晒していた。
彼の視線を感じ、身体が熱くなっていくのを感じる。
「…そんなに見つめないでください…恥ずかしいです…。」
私がそっと言う。
「恥ずかしがる事があるか、阿呆。」
彼は言うと自分も衣服を脱いでいく。
最後に……一瞬だけ躊躇したあと、左腕の手甲も外した。
下から出てきたのは包帯でぐるぐる巻きにされた腕だった。
包帯に巻かれている為、その下がどんな風になっているのかは分からなかったが想像するのは難くなかった。
私の視線を感じたのだろうか。彼がそっと言った。
「これは……俺の弱さの証だ。」
「弱さ…?」
「ドラゴンとの契約に失敗したのさ。本来ならそのまま命を落とすところだったのを…バカ親父が、自分より遥かに劣るこの俺を助けて死にやがったおかげ
でこの程度ですんだんだ。」
私は何も言わなかった。
「親父が俺を助けたのは親父の勝手だ。だが、その時の親父の判断が間違ってなかった事を証明するためには…俺が親父以上に強くならなきゃならないんだ
よ。」
「それが…貴方の強さを求める理由…。」
私はその時になってようやく…彼の心の暗闇、寂しさ、そして強さの理由を知った。
「くだらねぇお喋りはここまでだ。」
彼が言って私の乳房に舌を這わせて、頂きを吸う。
その部分からまるで電流のような…信じられない快感を感じて私は思わず声をあげた。
「ああっ」
「いい声だな。」
彼はそのまま乳首を責めつづける。
と同時に手が下におり、すでに月明かりに反射するほどに濡れている私の大事な部分に指を這わせた。
「んんっ…!」
堪えきれず私がまた声をあげる。
今まで一人で慰めたことが無いわけでは無かった。夜中、寝る前にベッドの中で声を殺して自分の秘部を指で慰めた事だってある。
だが、その時のじんわりと包み込むような快楽など今の比ではなかった。
彼の手腕によって抑えようにも抑えきれない悦楽の波が流れ込んできて思わず声が漏れてしまう。
(こ、こんなに…良いなんて…っ)
悩乱していく自分を感じながらもその墜ちていく感覚にも今の私は心地よさを感じていた。
気が付けば私は火のように熱い息を繰り返しながら、ぐったりとだらしなく弛緩した肢体を彼の前にさらけ出していた。
「…行くぞ。」
彼が短く言うと、私の秘部に…指でも舌でもない、何かがあてがわれた。
(ああ…彼が…入ってくる…。)
私は無意識のうちに彼にしがみついていた。
初めては痛い、と聞いていた。
シーハーツ軍の司令官と言えど、仕事以外の雑談をネルや部下達とする事だってある。
ネルはいまだ未体験のようだったが、部下の中には経験豊富な人間もいた。
辺りに誰も居ないことを確認するかのように注意を払いながら私もネルも、顔を赤らめながらその話に聞き入っていた。
上官達のその反応が面白かったのだろうか、その部下もいろいろなことを話してくれた。
初めての時の痛み、「良く」なってきてからの快楽、そして…愛するものに抱かれる幸せ。
「痛…。」
思わず声が漏れてしまう。
「我慢しろ。」
彼の短い声が聞えた。
だが痛みは、想像したほどでは無かった。
むしろ、それ以上に…身近に感じられる彼の存在に幸せを感じていた。
重なりあう身体と身体。
考えればたった一日…一緒にいただけの彼とこうして肌を重ねている事自体、考えられない事だった。
しかし同時にこうも思った。
(もしかして…私と彼は似たもの同士なのかもしれない…。)
出会った時から彼に何か惹かれるものがあった。
そしてその想いは今も変わらない。
ならば。
今はその想いを信じよう。
「っく…我慢できねぇ…動くぞ。」
彼がうめくように言う。
「は、はい…。」
私はそっと返事をする。
同時に彼が最初はゆっくりと…そして段々と動きを早くするように、腰を動かし始めた。
正直、まだ痛みが無かったわけではない。
だがしばらくすると痛みよりも別の感覚が勝ってきた。
(嘘…初めての時は痛いだけだ、って聞いていたのに…。)
しかし私の身体はどんどん感じはじめ、最後には…快感だけが残っていた。
「あっ…あああっ…!」
はしたなく悦楽の声を漏らしながら彼にしがみつく私。
「っく…も、もう…。」
激しく抜き差ししながら彼が切羽詰った声をあげる。
「あっ…あっ…わ、私ももう…お願い、一緒に…っ…!」
彼と絡み合いながら必死に訴える。
そして…
「…い、いくぞっ…!」
「私も…私も…っ…あああっ!」
獣のような声を上げて、私達は果てた。
「はぁ…はぁ…。」
私達二人は抱き合ったまま、ぐったりと荒い息を繰り返していた。
その時…。
「ん…なんだ?」
彼が身を起こして一点を見た。
釣られて私も同じところを見る。
そこには小さな光点が宙を舞っていた。
「ああ…もうそんな季節なんですね。」
その正体に気付いた私は言った。
「…なんだ?」
「蛍です。お尻の部分があんなふうに光るんですよ。アーリグリフには居ませんか?」
「知らん。初めて見るな。」
「蛍達はあの光で…愛を語るんですよ。」
月の光。川の流れ。そして宙を舞う無数の蛍。
これらを見てると人間たちが争い死のうと、自然は何時も変わらずそこにあるのだと実感する。
「そう言えば…。」
ようやく息を整え、彼と一緒に身を起こしてから私は言った。
「中に…出しちゃいましたね?」
「……。」
ばつが悪かったのか、彼はそっぽを向いた。
「ふふ…もしできてしまったら…責任とってくださいます?」
少しばかり意地悪を言ってみる。
しかしその言葉に返ってきたのは意外な返事だった。
「その時は…俺とどこか遠いところにでも行くか?」
彼は再び川の方を見ている。表情は見えなかった。
だけど…今まで何者をも寄せ付けず孤独だった彼から出たその言葉の意味に、私の胸は温かくなった。
「はい…。どこまでも一緒に……。」
自然に…そんな言葉が出た。
長い…長い沈黙の後。
一言。向こうを向いたまま彼が言った。
「………冗談だ、阿呆。」
星の船との決戦が終わり、私は再びアリアスの村へと戻っていた。
フェイトさん達は自分の世界へと戻っていった。
少しばかりの寂しさを覚えながらも私は再び村で戦後処理と再興に向けての忙しい日々を送っていた。
「…そう言えばクレア、アンタは知ってるかい?アイツが行方不明になってるの。」
「…え?何の話?」
たまたま仕事がてらによってきていたネルが突然言う。
「アーリグリフから…私達と一緒にいたあの男さ。フェイト達と別れて自分の領地に戻ったあと…なんでもカルサア修練場に向かったのを最後に消息不明に
なってるらしいんだよ。」
「…え…。」
私の胸が高鳴った。
「まぁ、アイツの事だからめったな事は無いと思うんだけどね…。アーリグリフの方もまだ正式に捜索には乗り出してないみたいだね。」
「そう…。」
その時。
開け放していた窓から爽やかな風が私の頬を撫でていった。
(ああ…。)
その瞬間。
私は全てを感じ、悟っていた。
(あの方達と共に行かれたんですね。)
清々しい気分で、青く、そして遥か高い空を見上げる。
「クレア…?」
私の表情に、ネルが訝しげな声をあげる。
「大丈夫。」
私は窓から身体を乗り出し、遥かな空を見上げながら言った。
「きっとまた会えるわ。」
空では遥かな上空を自由に鳥が舞っていた。