始まりはつい先日。
慌しい中、久々に親友の元へ会いに行ったのが始まりである。
「ネル・・・聞いてくれる?」
「どうしたんだい、クレア。改まって・・・」
「私、好きな人ができたかもしれないの」
「・・・・・・・・・・・・クリフ・・・」
「フェイト、お前の言いたいことは大体分かるが間違ってもそれを口に出すな」
がっくりと宿屋のテーブルで項垂れているネルに声をかけようかかけまいか
フェイトはクリフに尋ねたが、クリフの人生経験から言えば
この場合、話しかけずにそっとしておくのがベストだとフェイトに諭す。
とてもではないが今のネルに話しかけれるような勇者はこのメンバーにはいない。
自分勝手で失礼なことを喚くアルベルでさえも今は見て見ぬ振りをしており、
マリアに至ってはこの際ネルという存在を一時的に忘れているかのような素振りである。
時折聞こえてくる歯軋りやテーブルを叩く音がやけに怖い。
テーブルを見ると爪で引掻いたような痕跡まで残っている。
だが、何よりも怖かったのは目を合わすだけで切り刻まれそうな
野生動物の本能が見え隠れする瞳であった。
出来れば立ち去りたかったが、逃げてはいけないと思う…むしろ逃げたその後が更に怖い。
部屋の中に張り詰める空気が痛かった。
「(何があったんだよ?ネルさん・・・怖いんだけど)」
「(俺が知るか)」
「(何とかしろ)」
最小限の大きさの声でネルの神経を逆なでしないように男性人は会話を始める。
「(こっちももう限界なのだけど・・・)」
今までネルのことを意識していなかったマリアも流石に根を上げ始めた。
こんな時ばかりは羨む目でベットで豪快に寝息をたてているロジャーを見る。
ネルとロジャーを抜かしたメンバーは部屋の隅で小さくなりながら改善策を練っていた。
その姿は中々滑稽である。
上手く機嫌をとってみよう――だが誰がそれをやるのか?
ならば何か面白い話題を持ちかけてみたらどうか――だが、それも誰が言うのだ?
いっそのこと、食べ物でつるというのはどうか。
と、部屋の隅で小さくなっている4人の間で様々な意見が飛び交う中、部屋の扉が軽くノックされた。
「夜遅くに申し訳ありませ・・・」
「クレアかい?」
『(反応早っ!)』
4人の意見がぴったりと一致した数少ない瞬間であった。
それと同時に先ほどの何者でも射殺すことが出来そうだったその瞳から怒気の色が消えた。
「どうしたんだい、こんな夜更けに?」
この時点で既にネルは扉を開けていた。
本当にこれで良いのかと思いつつもネルの機嫌が直ったのであれば
ようやく平穏な時間が返ってくる…そう4人は安堵した。
「ちょっと、私情のことで・・・あの人に会いに」
にっこりと優しげな笑みを浮かべながらクレアは『あの人』と、指差す方にはアルベル。
咄嗟にクリフ、フェイト、マリアはアルベルから一歩離れた。
「ちょっと良いですか?」
一歩一歩クレアはアルベルの元へ歩み寄る。
だが、クレアが一歩アルベルに近づく度にネルの形相は変貌していった。
先ほどの方がまだマシだ。4人はつくづくそう思うのである。
だが、アルベルは恐怖のあまりその場で身動きがとれなくなった。
小声で言っていて決して聞こえないネルの
『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』という声が耳元で聞こえる。
ぺこりとクレアは頭を軽く下げるが、
アルベルの思考回路はもはや停止しかけているので何が起こっているのかさえも分からない。
走馬灯の中で何故かウォルターがまだまだ青いのぉなどと馬鹿にしている様子が映った。
アルベルが遠い世界に逝きかけている合間にクレアはアルベルの背後に回っていた。
「・・・クレア、さん?」
緊迫していた空間で、クレアのとった行動はあまりにも不釣合いであった。
思わずその行動を見たフェイトが間抜けな声を上げる。
「・・・・・・・・・・やっぱり違うのよね・・・」
クレアはアルベルの尻尾、もとい髪を軽く?んで引張っていた。