「はぁ〜あ、結構草臥れちゃったなぁ…」
ガラリと戸を空けて、この場所に足を踏み入れた青年の声がくぐもって響く。ここは
シランド城に存在する地下浴場である。一見頼りなげなこの蒼い髪の青年の名はフェイト
と言い、荒唐無稽な話ではあるが、大げさでも何でもなく世界を救った勇者の一人である。
「何も貸切にしなくてもなぁ」
この星エリクールから去る、自分たちへの餞別にと仲間たちが小さな宴を開いてくれる
予定だったのだが、そこになぜだかいつの間にかシーハーツの女王やらその姪の夫やら科学者
やらが絡んで、大事にしてしまった。クリフはロジャーにつられて食うや飲むやの大騒ぎした
せいかすっかり眠りこけてしまっており、ではフェイトだけでも、ということでシランドの、
というよりセフィラからたっぷり湧き出た水を存分に使った自慢の大浴場を味わってくれと
いうことでここに案内されたのだった。しかし、
「一人で使うには広すぎるってここ…」
まあフェイトがぼやくのも仕方ない。確かに堂々たる構えをしているし自慢をしたくなる
気持ちもわからないではないが、そもそもは宮仕えの者たちの為の公衆浴場である。
そんなところに一人にされても寂しいだけだ。これだったらアドレーの好意も無下にしなければ
良かったかと後悔したが、あの親父と二人きりでは身が持たないし、かといって他に風呂になど
ついてくる人間もいびきをかいて寝てしまっている。アルベルなど聞くだけ無駄だろう。
「何を言ってるんだい、水臭いねぇ。」
「そうですよ。私たちがいるじゃないですか」
そういえばそうだ、と声を聞いて彼はうなずきかけるが、はたと体を硬くして首を錆びた
おもちゃのようにギギ、とゆっくりと回す。聞き覚えのあるその声は確かに仲間のものには
違いないが、こんなところには誘うには誘えない人物たちの声である。
「う、うわぁあああああああああ」
フェイトは悲鳴ともつかぬ声をあげて、桶でさっと前を隠して壁際まで逃げるようにする。
フェイトの前に現れた赤髪の女性は目を少し吊り上げ、
「なんだい。人を化け物でも現れたかのように扱わないでおくれよ」
相方とも言える銀髪の女性は柔らかく微笑みながら口を開いて、
「でもネル、仕方ないんじゃないの?こんな状況では」
そんな一見対照に見える二人だが、その視線は半ば壁際で混乱のあまり自分を
見失いそうになっているフェイトに向けられまた、その頬がほんのりと紅く上気
していることには違いはなかった。