シーハーツが誇る六師団。由緒正しく歴史も決して浅くない師団であるが、今代の師団は
とりわけ精神力が鍛えられる、という評判を伴っている。ただし若い男にとって、ということ
であるが、一体それはどういうことであろうか。
今回は、ここに居るごく平凡な男――仮に団員Aとしておこう――の朝を追ってみること
とする。団員達の朝は早い。日が完全に出る前に床から這い出て支度を済まし、朝食を摂る。
日が辺りを照らす頃には朝の訓示が始まる。司令自らであるので遅れることは許されない。
朝の憂うつを振り払い、他の団員達と混じって団員Aもその場に向かう。隊列の順というのは
予め決まっている。規律を重んじる軍であるからということもあるが、もう一つの理由も
冗談交じりに囁かれている。その理由というのは、壇上に上る司令――クレア=ラーズバード
が挙げられる。器量よしを生む地とも言われるシランドなれども、これほどの花は滅多に咲くまい
と言われるほどの美しさである。流れるような銀の髪と、溢れる慈愛と見通すような深みを持った
その顔、そして豊穣を感じさせるその肢体、それのみならず卓越した指揮と、司令としての気配り。
あらゆる意味で全団員の憧れの的である。その憧れに一歩でも近づきたいと思うのは当然のこと
かも知れないが、男たちにはやや不純な思いもある。何分クレアの衣装は露出が多い。とりわけ
目を引くのが露出されたふとももである。とはいえそのむっちりとした太股に目を走らせていては、
他のクレアを崇拝する女性団員から恐ろしい目に合わされるのは目に見えている。セクハラが
許される職場ではない。下手を打てば存在を抹消されないかと日々をおびえてくらさねばならなくなる。
周りに悟られぬ程の修練が必要なのだ。この団員Aも、それ相応の修練は積んでいる。クレアの発する
一語一語を聞き漏らすことなく、かつ平静を装いながらもしっかりとふとももを目に焼き付けているの
であった。下手に妄想を膨らませてはいけない。もしあの白いふともも挟まれたいなどと考えてしまっては
顔に出る危険性が高まる。柔らかそうな淡い桜色の唇、髪を掻き揚げるだけでもぷるんと揺れそうな
たわわな乳房についても同様である。団員Aはこうして映像を記憶に焼き付ける能力も訓練されるので
あった。
それでは、と訓示を終えてクレアが髪を靡かせ踵を返して壇上から降りる直前、風の悪戯が彼女を
襲った。それがスカートを煽り、クレアがきゃ、と嬌声を僅かに漏らした瞬間、団員Aは黒い布地を
確かにその目にくっきりと焼き付けたが、決して表情に出す愚かさは犯さなかった。迂闊に見えた、
などと呟いたり、或いは腰を思わず引いた男も居たが、その男らは次の日から包帯を何枚も巻いて
出仕することになったという話である。団員Aは列に並んで用を足すと、
やたらに晴れやかな表情で任務に赴いた。こうして一日がはじまるのである。