ムーンベース。地球の衛星『月』といえばわかるだろうか。  
 あの戦いから、僕は母さんとムーンベースで暮らしている。  
 ときおりソフィアが訊ねてくるくらいで、わりと落ち着いた生活を送っていた。  
 地球は再建作業が急ピッチで進んでいるものの、エクスキューショナーの与えたダメージは大きく、かなりの時間が懸る見通しだ。  
 つい先程、一年が終わり、次の年が始まった。  
 ヴィジョンには『新年おめでとう!』と、うんざりするくらい同じ言葉を繰り返す人達だけが写っている。   
 新年を祝う気にもなれず、僕は一人コーヒーでも飲みにスペースカフェに行くことにした。  
「母さん。ちょっと僕出てくる」  
「あまり羽目をはずさない様にね、フェイト」  
「いや、コーヒー飲んで時間潰すだけだよ」  
僕はコートを身に纏うと、家の外に出る。  
「さ、寒いな…。全く、気温調節なんてしなくてもいいと思うんだけど…」  
 地球があんな風になったため、冬の感じを出す為に、ワザと気温を低めにしているらしい。  
「はあ、皆、家にいるみたいだな」  
 見事なまでに、通りには人がいない。  
「フェイト! どこにいくの?」  
「ん、ああ、ソフィアか。何だよその格好?」  
 振袖を身に纏ったソフィアが、僕の前に現れた。  
「何って…、今日は元旦でしょ? ね、似合う?」  
 ソフィアは僕の目の前でクルリと一回転する。  
 簪がしゃらん、と涼やかな音を立てて揺れた。  
「ああ、そうだっけ、な。うん、いいと思うよ」  
キョウコおばさんはセンス良いからな。  
「えへへ…。ね、フェイト、よかったら一緒に静かの海に初詣…」  
と、そこまでソフィアが言ったとき−  
   
 シュワイーン…。  
 
「? ? ?」  
「えっ? 何? フェイト?」  
 あれ? 僕らは確か道を歩いていて…。  
「ここ…何処だ?」  
「何か…見覚えあるよ、ココ…」  
 ちょ、長距離転送室…? てことは、僕達、きょ、強制転送されたのか?   
 しかもここは航宙艦の中…か?  
「ね、なんか張り紙が…」  
 と、ソフィアが正面の壁を指差す。  
「ええ? 何々…」  
 僕はつかつかと進むと、紙を剥がして目を通す。  
【はぴーにゅーいやー。皆で新年会やるYO! そのまま次の部屋にGO!。皆待ってるYO!】  
「何が『やるYO!』だよ。これ書いた奴、ぶっ飛ばしてやる!」  
「ま、まあ落ち着いて、フェイト…」  
つい、怒りでディストラクション発動しそうになった。自制、自制。  
「ここ、ディプロかな…」  
「恐らくね…」  
 だいたい、こういう大人げない真似をする事で思い当たるのは一人しかいない。   
 ったく、ふざけた事しやがって、36歳独身め!  
 僕は怒りに燃えると、正面の扉の前に立った…。  
 
「な、なんだコレ…」  
「うわあ…」  
 あまりの事に、僕は怒りを忘れ立ち尽くしていた。  
 死屍累々。  
 ディプロのクルーがそこかしこにエントランスで倒れている…。  
「うわ…、お酒臭い」  
 何か、全員酒の香りが…。  
 一体何なんだこの惨状は?  
「な、何が…あっ、ロジャー?」  
 クルーに混じって、見覚えのある尻尾の生えた小柄な少年…ロジャー・S・ハクスリーが倒れている。  
 え? 嘘だろ?  
「え? ろ、ロジャーちゃん?」  
 慌てて、僕達は駆け寄った。  
 そもそも何でロジャーがここにいるんだ?  
「おい、しっかり!」  
 僕はうつ伏せに倒れていたロジャーを助け起こす。  
 うわ、コイツ…、顔真っ赤だ。  
 相当飲んだ(もしくは飲まされた)みたいだな…。  
「あうう…、に、兄ちゃんに、姉ちゃんも?」  
「うわ…ロジャーちゃんもお酒臭い…」  
「あ、あそこには…行くなじゃん…ガクッ」  
「お、おい、ロジャー!」   
 ロジャーが最後の力で指差した先には、何故か襖(?!)があった。  
 もうこれだけで、バリバリ嫌なオーラを醸し出している。  
 本能も告げる。あそこにはいくな、と。  
「ぼ、僕ブリッジ見てくるよ。マリエッタさんかミラージュさんがいるかもしれない」  
「う、うん」  
 生還できる一縷の望みに賭けて、僕はブリッジに向かった。  
 
 希望は、儚く散った。  
「自動操縦だったよ、はは、は…」  
 終わった。どう考えても終わった。  
 コレはどうしてもあの襖の向こうに逝けということDEATHか!   
 まさにTill the End of Time!  
「帰るためには…、あそこにいくの…? こ、怖いよ」  
 ソフィア、僕だって怖いさ! ええ怖いですよ! ある意味隠しボスより怖いさ!  
「仕方無い…話も進まないし、逝くしかないか…」  
「ふぇ、フェイト…、『行く』の字が…」  
「いいんだよ、コレで。五体満足で帰れるとは微塵も思ってないから…クスン」  
 ホンと、もう泣きたいよ。  
 何で新春早々こんな目に…。  
「じゃ、開けるよ」  
 ガラッ!  
 禁断の扉が開かれ、僕達は中に歩み出した。  
 
「こ、これは…?」  
「あ…、あれ? みんな…」  
「いらっしゃい、フェイトさん、ソフィアさん」  
 背の高い金髪の女性が、僕達を笑顔で迎えてくれた。  
 ミ、ミラージュさん?   
 あ、あれ?  
 思い切り肩透かしを食らった気分。  
 何だか…和気藹々としてる…。  
 和式の宴席の座で、皆が談笑している。  
「ガッハッハ、クリフ殿、まあ一杯」  
「お、アドレーの旦那、すまねえな。ほら、ランカー、お前も飲れ」  
「おっとと…、こりゃどうも、大将」  
 クリフにランカーさんに…、あ、アドレーさん?!  
「リーベル、モスコミュール(ウォッカ+ジンジャーエールのカクテル)もう一杯」  
「はい、マリアさん!」  
「もう…、リーベルのバカ…」  
「ははは、仕方ないさ、ほら、ミルクセーキでもどうだい?」  
 あそこにはマリアにリーベル、マリエッタさんにスティング。  
「ふう。皆でこうして飲むのも、悪くないもんだねぇ」  
「そうね、ネル。たまにはこういうのもいいわね」  
「そうですね、ネル様、クレア様」  
「ええ〜、これで漆黒の股チラが居なければねえ〜」  
 ちょ…、ネルさん、クレアさんはいいとして…(いやよくないだろ!)タイネーブさんにファリンさんまで?!   
 しかも飲んでるのはビールにワインにウイスキー…って、チャンポンかよ!   
 これは危険だ、あそこに近づいたら最後、アルコール漬けになってしまう。  
「フン…、くだらん…、クソ虫共が馴れ合いやがって…」  
 ああ〜、アルベルまでいるよ…、しかも一人、手酌でポン酒をカパカパ飲んでるし…。  
「な、何だよコレ…」  
 僕達が呆然として立ち尽くしていると、  
「フフフ。驚きの様ですねー」  
 突如、後ろから声を掛けられた。て、この声…?  
「うわっ、え、えええ?!」  
「うえ、ウェルチさん?!」  
「こんにちは、新製品開発の調子はどうですか? 他のクリ…って違ったっけ」  
 テレグラフじゃないんですけど…、って、突っ込むとこはそこじゃない!   
 誰だこの人連れてきたの!?  
「な、何故ここに?」  
「まー細かいことは気にせず、ささ、ずいと中へ」  
 ウェ、ウェルチさん、さらっと流さないで下さいよ…。  
「そうですよ、生贄…おっと、主賓の登場です、上座へどうぞ」  
 え? 今ミラージュさん、何か物凄い事言わなかったか?  
 様々な疑問が残るが、とりあえず二人に勧められ、僕達は奥の席に座っ…。たのは僕だけ?  
「ちょっと待って。フェイトの隣は私が座る事になってるの、ソフィア、貴女はココにでも座ってなさい」  
 はい? マ、マリア? 何言いだすの? しかもなんで指差した先に、むしろが敷いてあるの? 時代劇の取調べ?  
「それは聞き捨てなりませんね、マリアさん。フェイトのパートナーはワタシです。だから当然相席はワ・タ・シですっ!」  
 ちょ、何でソフィアもそこで反応する訳?  
「フン、一人だけこれみよがしに振袖なんか着て。フェイトの気を引こうとするのが見え見えね、この泥棒猫」  
 そういえば、僕とソフィアを除いて皆デフォルトの普段着だ。  
「え〜え〜、正月なのにいつも同じ格好のマリアさんには敵いませんね〜。そんなんだから彼氏の一人も出来ないんですよ〜だ」  
「な、何ですって?!」  
「か、彼氏なら、お、俺が…」  
 リーベル、お前の告白は思いっきり無視されてるぞ…。  
「ふ〜んだ。少しはマリアさんもオシャレしたらど・う・で・す・か・ッ!」  
 ああ、売り言葉に買い言葉…、何と恐ろしい…。  
 しかもマリアはともかく、ソフィアは素面で反応してるから、なお始末に終えない…。  
「…フン、ならこれならどう?」  
 え、何、マリア?! 何か僕やった?  
「え…、お、おわあ!」  
 僕の体が一瞬、光に包まれる。  
 
 シャイーン。  
 …何だ、一体何が…ってあああ!  
 ぼ、僕の服装が…、1pスタイルになってしまったー! しかもご丁寧に鞘に収めた剣付きかい!  
「ぼ、僕のコートが…、ああ…、高かったのに…」  
 この人何こんな事にアルティネイション使ってるの? マリア、マジ勘弁してよ! 別な意味で冒険始めたくないし!  
「フフン、これで一人だけ浮き確定ね、ソフィア」  
「ちょ、何勝手にフェイト改変してるんですか! せめてゴスロリにしてくださいよ!」  
 は?! 何言ってるのソフィア!? ご、ゴスロリだって?! アンタ気は確かですか!? 自分の趣味を持ち込むなよ!  
「はい、ここでフェイト争奪戦PAのスタートです! まずはマリアさん対ソフィアさんですね♪」  
「あらあら、これは大変ですね、皆さん、頑張って下さい」  
 は? ウェルチさん、唐突に何実況中継してるんですか? その前にどっからその…、指し棒と解説席出したの? それにそんなPAは存在しない!  
 で、またそれをなんで冷静に解説してるんスか、ミラージュさん? その〈ゲスト席〉って何なんですか?  
「り、リーダー…いえマリアさん、こんな奴らなんかほっといて俺と楽しく飲みま…」  
「こんな香具師ら、ですって? フェイトも、あんな香具師と言うの、リーベル?」  
 マリアのこめかみにぴしッと亀裂が走ったのが見えたのは、僕の気のせいだろうか…。つーか香具師じゃなくて奴なんだけど。  
「い、いやその…ふぇ、フェイトなんかどーでもいいじゃないっすか」  
 それはそれで頭に来るな…、リーベル…。  
「うっさいわねリーベル! 沈んでなさい、『弧月の軌跡』!」  
 どごっ、グシャ。  
うわぁ…、マリアのクレッセント・ローカスがリーベルの股間に…、ちょ、直、撃…。  
「お、おおお…っ、おうふ…」  
 ああ…、リーベル白眼剥いて口から泡吹いてるよ…。いくら屈強なクラウストロ人でも、急所は…。  
「リ、リーベル、しっかりして!」  
「す、すぐに医務室へ!」  
 哀れ、リーベルはマリエッタさんとスティングによって部屋から連れ出されていった…。  
 つーか、今医務室も手一杯だと思うな、僕は。  
 他の面々は我関せず、って感じなのが、僕をより一層戦慄させた。  
 と、アルベルが腰の剣をスラリと引き抜くと僕の席に近づいてきた。  
 うわ、コイツもまた結構酒廻ってるな…、眼が座ってるし、足元がふら付いているぞ。  
「お〜う、フェイト。ほう…その格好、…ちょうどいい、今ココで俺と殺りあおうや」  
 は? また何この空気読めない発言?   
「お前、いい加減にしろよ?! 人の寝込みは襲うし…」  
『何ですって!?』  
 ハモった? …え? 何? シーハーツ四人組がこっちに来たよ?!  
「ちょっとまった、漆黒の股チラ。私のフェイトに何因縁つけてんだコラ。おまいのせいか、フェイトがシーハーツに残ってくれなかったのは」  
「雪国の露出狂、私のフェイトさんの寝込みを襲って押し倒した…、ですって? 薔薇したなんていったら、ぶっ○しますよ?」  
 ね、ネルさんにクレアさん…、一升瓶とワインの空瓶もって凄むのリアルに怖いんですけど…、っつーか、いつ僕が二人のモノになったんですか!?  
 それから、発言が極めてデンジャーですし、勝手に話を作らないで下さいッ!   
 それから、後ろにいるタイネーブ&ファリンさん、ワインの一気飲みはヤメテ!  
「っせえクソ虫共。俺が斃してえのはフェイトの阿呆だけだ。テメエらはすっこんでろ、弱者共」  
 プチン、ビシッ、ピきっ、パンッ。  
 え、今の音何? ラップ音?  
「クレア! タイネーブ! ファリン! コイツ…、殺るよッ!」  
「はっ!」  
「はい〜!」  
「覚悟! シーハーツ裏奥義『絶式・死方陣』、散!」  
 クレアさんが技名を叫ぶ。すると、空ビンをほうり投げ、四人がアルベルの回りを囲んだ。  
 そして四方から突進?! な、何をする気だ?!  
「沈みなっ!」  
「この、やろ!」  
「逝くです〜!」  
「逝きなさいッ!」  
 無防備なアルベルの股間に四人の正拳が死角から時間差でガッ! ガッ! ガッ! ガッ!  
「うおおおおおおああぁぁぁぁぁぁっ!!!」   
 断末魔の叫びを上げ、ゆっくりと孤を描いて、アルベルは畳に崩れ落ちた…。  
 ひい〜! な、なんて事を…、アルベル、僕、お前の事嫌いだけど…、今回ばかりは同情するよ…!  
「あーっと、ここでアルベル・ノックスさん脱落です。男としても脱落したかもしれませんがね(笑)」  
「あらら、ご愁傷様」  
 こ、この二人も別な意味で怖い…。皆どんだけ酒廻ってるんだ…。  
 
「あ、クリフさん、アドレーさん、ランカーさんも脱落です。残念な結果ですね♪」  
 へ? 何でですか?  
 慌てて僕は立ち上がると、三人の席に駆け寄った。  
 つーか、マリアとソフィア、君達いつまで口論してるんだよ。  
 あ。  
 どうやら、全力でブン投げた空瓶四本(大攻撃)が、プロテクト突破して頭にクリティカルヒットしたらしい。  
 三人ともダウンしてる…。   
 クリフ…、お前だけ二本ヒットしたのか…、可哀想に…。お前はそういうキャラだもんな…。  
 しかも一本は股股(またまた)股間かよ!  
 ランカーさんは関係ないのに…、ひどいや…。  
 あ、アドレーさん…、クリエイションで寝た様な顔で失神してる…。  
 え? これ…、クレアさんが投げた瓶じゃ?! ね、狙ったとしたら恐ろしい…。  
 ん!? ま、待てよ? あれ、これで…ここにいる男は、僕一人ジャマイカ? …じゃない、じゃないか?  
 待て、冷静に整理してみよう。  
 ここに来る途中で既にロジャーが×。  
 リーベルはマリアがKO、それをスティングが搬送。  
 アルベルはネルさん達四人で滅殺。  
 そのとばっちりでクリフ、アドレーさん、ランカーさんがお陀仏。  
 あ…、やっぱボクだけしか居ないや…。  
 女性陣は…、マリアとソフィア、クレアさん、ネルさん、タイネーブさんにファリンさん、ミラージュさんにウェルチさん。  
 マリエッタさんはリーベルの付き添いで消えたから、合計八人か…。  
 ん? 何か、視線を感じる…。  
 あれ?  
 僕、その八人に包囲されてるんですけど。  
 「さて…、余興はここまでで、第137回フェイトさん争奪戦、始めますか」  
 一同「おお〜!」  
 ミラージュさん? え? 過去136回行われてるの? 初耳だよ僕?   
 しかも、この惨状を、さらりと、笑顔で、余興と言ってのけるところが凄いですね!   
 「優勝者には、副賞として一週間のリゾート惑星旅行チケットを、フェイトさんとペアでプレゼントです!」  
 一同「おおお〜!」  
 ウェルチさんが楽しそうにビシッと指し棒で僕を差す。   
 へ? 僕…賞品、なの? しかも主賞品?  
 「も〜、メインのフェイトさんは煮るなり焼くなり輪姦すなり、お好きなように!」  
 一同「おおおおおおおおおおおお〜!」  
 極めつけに恐ろしい事言わないでくださいよ! 今されてもおかしくないんですから!  
 つーか何だその食いつきは! 全員、酒のせいで理性飛んでるのか!  
 「えー、ここでビデオレターが届いております。ムーンベースのリョウコ・ラインゴッドさんからです。映像出まーす」  
 は? 母さん、だって? え? うわっ、マジかよ?!  
 母さんのホログラムが座の真ん中に出現する。  
 『ソフィアちゃん以外は初めまして、フェイトの母親のリョウコ・ラインゴッドです。いつもお世話になっています。う〜ん、ふつつかな子ですが、どうかよろしくお願いしますね、未来の娘さん。あ、フェイト。式の日取りがきまったら早めにね。それじゃあ皆さん頑張って』  
 オイオイおいおいおいおいおいおいおいおいおい!  
 あ、あ、あ、あんたって人は…、む、息子を見捨てるのか!  
 し、しかも火に油を注ぐ様な発言を…!   
 一同「はい、お義母様!」   
 何故だろう…、物凄く一人で旅に出たくなった…。  
 ははっ、前が霞んで見えないや…。クスン…。   
「フム、ならばこの4人は邪魔ですね。私がクリフの部屋に放り込んでおきます」  
 ひどいやミラージュさん…。そして、凄いやミラージュさん…。  
 いくらクラウストロ人とはいえ、女性の身で大の男4人を軽々と担いでいけるなんて…。  
 
 そして、ここからが本番。  
 仁義なき女性の戦いの火蓋が切って落とされた。  
「んくんく…ぷは、フェイヒョはわらしとこれから初詣に行くんれすから、皆さん遠慮してくだひゃい!」  
 おお、そういえばソフィア、お前だけは酒…ってオイ17歳! 何をラッパ飲みしてんだ17歳! 何を! な…、船中八朔?  
「ん…、ん…、ふうー。何が初詣よ、餓鬼。私なんかね、エリクールにフェイトが迎えに来てくれて、あーんな事や、こーんな事までした深ーい仲なのよ? おぱーいがデカいだけの脇腹贅肉小娘の出る幕なんてないの!」  
 え? マリア、僕そんな事した覚え、全くないんですけど?   
 つーか君も樽酒を柄杓で飲むの止めてくれない?  
「何レスって? このヒンヌー教信者! ぺチャパイ! いくら自分に胸が無いからって僻まらいでくれます〜」  
 ソフィアもマジギレしたな…、お互い、凄まじい暴言だ…。  
 トライア様、僕、全て聞かなかった事にしたい!  
「くぴくぴ、ぷふぅー。ちょっと聞き捨てならないですねぇ〜。誰が腹黒胸デカ贅肉娘なんですかぁ〜、マリアさん」  
「うぃ〜、ソフィアさん、ひんぬ〜ってのは、暗に私も含めてるんですか?」  
 う〜わ、殺気から殺ってるマリア対ソフィアに、それぞれタイネーブさんとファリンさんが加わっちゃったよ! やはり気にしてたのか!   
 それとワインのラッパ飲みはマジで止めて!  
「あらマリアさん、私なんてエリクールでフェイトさんが優しく何度も愛してくれたのよ…、うふふ…」  
 頬を赤めたクレアさんが陶酔したようにほぅ…、と己の身体を抱きしめる。  
 って、オイ! そんなコト、一切してないよ! 僕は潔白だ!  
「私だって、フェイトと溶けるまで愛し合ったさ。何度も…」  
 ……。ネルさんまで身に覚えがないことを言う。  
 トライア様、本当に僕、全て聞かなかった事にしたい!  
「わらしのほーが、こーんらにフェイトを愛しれるのっ!」  
「私の方がもーっと、フェイトを愛してるわ!」   
「ヒンヌ〜! 洗濯板〜!」   
「豊胸手術! 風船胸!」  
「ああ…、彼の身体…。凄く逞しかったわ…」  
「彼の身体…、とても華奢なのに逞しくて…」  
「『ネルさん、今夜は眠らせないよ』って、耳元で囁いてくれてねぇ…」   
 喧々諤々、誰も譲ろうとしない。  
 僕は泣きたい気分で、女衆のヤヴァイ発言が飛び交う宴会(処刑)場に一人取り残されていたが、ふと気づいた。  
(あれ…? ウェルチさんがいない…。でも、待てよ? 今、僕に注意がいってない…。これは、脱出のチャンスだ!」  
 六人はそれぞれが聞くに堪えない罵詈雑言の応酬をしており、ミラージュさんはクリフの部屋に行っている。  
 ウェルチさんが居なくなったのは謎だが、この千載一遇の脱出の好機を逃がすわけにはいかない。  
(フェイト…、巧くやれよ!)  
 自分に活をいれると、そろそろと音を立てずに壁際に移動し、そっと襖を開き、部屋の外に出る。  
(よし!)  
 第一段階成功! 次は転送室に行く事だ。  
 そこかしこに倒れているディプロのクルー達に同情の視線を送りながら、僕は急いで転送室に向かった。  
(うん、いい感じだ!)  
 難なく第二段階も突破した。  
 よし、後は座標を入力してムーンベースに帰り、どこかに逃げればミッションクリアだ!  
「3、いや2分必要か。速くしなきゃ!」  
 僕はコンソールのパネルを開いて素早く入力する。が…。  
〔ピー。ソノ場所ヘノ転送ハ出来マセン]  
「ど、どうして?」  
〔アクセス制限中デス。中央ブリッジニテ行ッテ設定ヲ解除シテクダサイ〕  
「…ううー、仕方ない…、急がなきゃ」  
 急いで来た道を戻り、ブリッジに入ろうとすると、物陰から何かが飛んできて足元に当たった。  
 その間抜けなアヒル型の黄色い玩具に、見覚えがあった。  
「ぴ、ピコピヨボムッ…!!!」  
 ボムッ!   
 爆発音とともに、希望の光が、遠くに消えた気がした。  
 

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