FD空間突入後、フェイト達はエターナルスフィアの端末を通して何とか自分達の  
銀河に帰ってきていた。以前としてエクスキューショナーの脅威は全銀河系を覆って  
いるようだが、今のままではどうしようもないことくらい分かっている。だが…。  
「このままじゃ…本当に銀河はお終いだ。僕達が何とかしなきゃいけないのに…」  
シーハーツ・聖王都シランド城内の礼拝堂。この世に神など最初から存在せず、最初から  
スフィア社の手の上で踊っていたフェイトにとって、もはや何も信じられなくなってしまっていた。  
「浮かない顔してるじゃないか…どうしたんだい、フェイト?」  
「ネルさん…」  
ネル・ゼルファー。バンデーンとの戦いの後に別れを告げたはずだったのだが、FD空間  
脱出後のシランドで再会し、また共に戦うこととなったばかりだった。  
「僕…分からなくなったんです。この世界を救いたいと思ってるのに…戦う自信が無いっていうか…」  
「ふぅん…何なら、場所変えて話すかい?」  
「えっ?」  
「礼拝堂で話すような内容じゃないんだろう? 来なよ」  
「は…はい…」  
 
ネルの私室。招かれたフェイトはイスに座り、これまでの経緯を話した。  
さすがにネルもフェイトがそこまで思い詰めていたとは思ってなかったようで、  
彼の話に聞き入っていた…。  
「僕の力は彼らと戦うための力なのに…その僕が怖がってちゃ…ダメですよね」  
「そうだね…アタシも…あのバンデーンが空から現れた時は正直怖かったよ。  
自分の知りうる以上の力を持った者を恐れるのは、生き物の性さ…恥じることじゃない」  
諭す様な口調でネルはフェイトに語りかける。怯える子供をあやす母の様に…。 
 
「あれは…ネルと…フェイトさん…?」  
礼拝堂から連れ添って出て行く2人をクレアは見た。彼女も城内に住んでいるのでネル  
やその仲間達が行動を共にしているのはよく見かけていたが、何故今頃フェイトがここに  
いるのだろうか? 女王にアリアス復興の報告をした帰りでの出来事だった。  
「(フェイトさん…自分の世界に帰ったんじゃなかったの…?)」  
クロセルとサンダーアローのおかげで何とかエリクールの危機は去った(とクレアは思っている)。  
それと同時にフェイト・クリフ・マリアは自分達の世界に帰ったはず。なのに、どうして?  
まあ、フェイト達がFD世界を通してこちらに来たことを知らないクレアが不思議に思っても  
無理はないのだが…。  
「(…フェイトさんにまた会えるなんて…)」  
ネルには申し訳ないと思いつつ、気配を消してクレアは2人を尾行した。着いた先は…。  
「(…ネルの部屋!?)」  
クレアは戸惑った。親友のネルを疑うワケではないものの、深刻そうな顔をしたフェイト  
がどうにも気にかかる。何か間違いがなければいいのだが…。  
「(まさか…ネルに限ってそんな…第一、昼間からそんなこと…不謹慎よ!)」  
フェイトとネルが築いた信頼関係は、クレアがネルと長年かけて築いてきたものと同等か、それ  
以上のものかもしれない。フェイトがグリーデンの技術者でないことが露見した今でもクレアは  
フェイトを信じているし、密かに見守ってもきた。年若い少年に惹かれている自分に築いた時は  
職務のために感情を押し殺していのである。しかし戦争は終わり、てっきり彼はシーハーツの復興  
を手伝ってくれるものと思っていたフェイトは自分の世界に帰ってしまった。  
ネルには別れの挨拶をしたらしいが、自分への言伝は無かったと言う。自分は彼の眼中にも無かった。  
そう思うとやりきれない気持ちが溢れ、みなのいない所で泣いているクレアの姿があった。  
「(『あぁ、あれが恋だったんだ』って思わせてくれたのは…フェイトさんなのに…)」  
クレアは自室の真正面に位置するネルの私室に、気配を消して近づき、聞き耳を立てた…。 
 
ドアの向こうから聞こえてくる2人の会話はクレアにとって全く理解のできないものであったが  
フェイトがバンデーン以上に強大な敵と戦うことになり、フェイト自身も戦う力を持っているにも  
関わらず、どう戦えばいいか迷っている…そんな感じの会話だった。  
「(フェイトさんは…ネルに協力してもらうために来たの…?)」  
答えはイエス。クレアが城に来る数時間前にフェイトはネルに協力要請をしに来ていたのだった。  
「(…私だって…ネルと同じか…それ以上に…フェイトさんのために戦えるのに…!)」  
嫉妬の心がクレアに生まれた。初めて、親友のネルを妬んだ。しかも、男のことで。  
「(…っ! 私は…こんな嫌な女だったの…?)」  
だが、クレアの気持ちとは裏腹にフェイトとネルの会話はどんどんと仲間同士の会話から男女のものへと発展していく。  
『フェイト…さっきから言ってるけど、怖いのは恥ずかしいことじゃない。…むしろ、恐怖を克服して  
こそ、男ってモンだろ? …それに、アンタが化け物だろうが何だろうが…アタシはアンタを信じてる』  
『…でも…僕の力は…間違えばネルさんだって…』  
『構いやしないよ。…アタシはアンタに返そうとしても返せない…借りがあるんだ。地獄まで付き合うさ…』  
『…ネルさん…』  
『…ネルでいいよ、フェイト…つらかったら…その、アタシが慰めてやろうか…?』  
『えッ!?』  
「(…ネルッ!?)」  
クレアが恐れていたことが現実になろうとしていた。フェイトとネルの仲がこれ程までに発展  
していようとは夢にも思わなかったようである。自分と同様に、ネルもフェイトに対して好意を  
持っていたとは…同じ男を愛してしまうとは、何という運命のいたずらなのだろうか。  
「(フェイトさん…答えないで…答えちゃ…ダメ!)」  
『いいんだ…淫乱な女だって思われても構わない…アタシは…アンタが好きなんだ…』  
『ネルさん…ぼ、僕は…』  
これ以上は耐えられない。意を決し、クレアは大胆にも敵地に乗り込む作戦に出た。  
「ネル、いるの? クレアだけど…(どうしよう…思わず…)」 
 
「ク、クレアかい? …ちょっと待ってなよ」  
どうやら間に合ったらしい。部屋の中にはイスに座ったフェイトとドアの側に  
佇むネル。平静を装ってはいるが、紅潮した顔はごまかせない。特にフェイト  
が著しいようだが、2人の着衣が乱れていないところを見ると一歩手前だった  
と言ったところか。心なしか、ネルも少しだけクレアを警戒しているように見える。  
「陛下に伺ったら…フェイトさんがまたシーハーツに戻ったって聞いたから…」  
「あ、ああ…それで来たんだね。フェイト、座ってないでこっち来なよ」  
「は、はい…」  
久々に見たフェイトの姿はクレアにとって喜びをもたらすと共に、とても痛々しい  
ものでもあった。バンデーンとの戦いから彼に何があったかは定かではないが、やつれた  
顔からを見れば何となく推測できた。想像もできない程の気苦労をした、そんな感じである。  
「久しぶりですね…クレアさん。あ、すみませんでした…アリアスに寄る機会があったのに  
会いに行かなくて…」  
「そんな…フェイトさんの姿が見れただけでも…」  
「…アタシは邪魔みたいだから席を外すよ…フェイト、また後で…」  
「…分かりました」  
私室から出て行くネルは振り向き様にクレアを見た。多分、さっきのフェイト  
とのやり取りは聞かれていただろう。フェイトを誘おうとしたことも。  
だが、クレアはそんなことを口外する人間では無いことをネルは知っている。  
だからこそ、心配だった。クレアがフェイトに惹かれていたことは何となく感じて  
いたが、それがこんな形で自分のフェイトへの想いとぶつかることになるとは…。  
「(…クレア…アンタはいい友達だけど…フェイトに手ェ出すんじゃないよ…!)」 
 
「残念だったわね…」  
「…ッ!?」  
シランド城を出たネルを待っていた者…マリアだった。何故か口元には不敵な笑みを  
浮かべている。目つきも心なしか鋭い。  
「…何のことだい?」  
「分かってるクセに…アナタ、お堅いと思ったら案外そうでもなかったのね」  
マリアの言葉を理解するや、ネルはキッと目の前の少女を睨んだ。やはりバンデーンを  
退けた者の1人だけあって油断できない…そう言えば、以前行動を共にしていた時も…。  
「…アンタ…何が言いたいのさ?」  
「…彼に近づかないで!」  
「…何だって?」  
「彼に…フェイトに近づかないでと言ったの。本来なら…彼の傍には私がいるべきなのよ!」  
直感的にネルは感じた。ああ、この娘も自分やクレアと同じか…と。が、大人しく引き下がるのは  
ネルのプライドが許さない。フェイトの話で彼とマリアがFD人とやらに対抗しうる力を持っている  
ことは聞いているが、人の恋路を邪魔する権利などは無いはず。単なる嫉妬を相手にするのは大人気ない。  
「ハン…そういうことかい。アンタ…フェイトに惚れてるね?」  
「それはアナタも同じでしょ? でもね…私はアナタの何十倍も彼を愛しているわ。ずっと探していた…やっと  
会えた彼を、横取りしようなんて…絶対にさせない!」  
「そういうのを屁理屈って言うのさ! 何年想ってようが何十倍愛してようが、最後に選ぶのはフェイトだろ!?   
アンタがガタガタ抜かしても何の意味も無いよ!」  
フェイトへの想いはネルとて同じ。たった数週間の付き合いだが、生死を共にした仲だ。大事な戦友であると共に、  
1人の男として彼を見るようになったネルに取って、マリアこそ彼を横取りしようとしているとしか思えなかった…。 
 
「私はね、隠密って仕事柄…これまで感情を押し殺して生きてきたんだ。でもそれは  
飽くまで仕事での話さ。私が誰を好きになろうがアンタには関係ないね!」  
「よくもまぁ…おこがましいとは思わないの!? …ハッキリ言って、こんなのは時間の  
浪費ね…失礼するわ!」  
そう言うとマリアはシランド城の城内へと消えた。恐らくフェイトを追っていったのだろう。  
が、そうなればクレアとの接触は避けられまい。ネルとしては珍しく、不快感を露にした。  
「チッ…面白くないね…!」  
 
一方、場所をクレアの自室に移し、フェイトはこれまでの事情をクレアに説明していた。  
エリクール人のクレアからしてみれば常識の域を出すぎた話だったが、それでも疑うことも  
なく、フェイトの話に聞き入っていた…。  
「…信じて…くれますか?」  
「…フェイトさんを疑うことなんて…私にはできません」  
フェイトの話を信じるならば、アペリスの神も想像の産物となってしまうだろう。  
自分達の存在が造られたものだということも、事実として受け止めなければならない。  
だが、そんな重大な使命を帯びて戦わなければならないフェイトを思うと、クレアの胸は  
苦しくなる一方だった。そんな強大な敵、しかも創造主に立ち向かうなど、クレアには出来そう  
もない。それを、フェイトは実行しようとしているのだ。生物兵器とやらにされてしまって、一番  
つらいのはフェイトのはずなのに、クレアも何故だか悲しくなってしまった…。  
「…私は…無力なんですね。…苦しんでいるのはフェイトさんなのに…何もできない…」  
「そんな…クレアさんが思い詰めることなんてありませんよ! 僕が…自分で勝手に怖がってるだけです…」  
「フェイトさん…怖いのなら…無理することはありません。自分を見つめなおす時間を取るべきです。  
私は…フェイトさんには…いつものフェイトさんのままでいて欲しいから…だから…」  
「クレア…さん…?」  
そんな時、クレアの部屋に近づいていくマリアの姿があった…。 
 
「フェイトさん…私のこと…どう思ってますか…?」  
「え…?」  
「ネルのオマケですか? それとも無愛想な女って思ってますか?」  
「ど…どうしたんですか、クレアさん?」  
そこにいたのは普段の落ち着いた感じのクレアではなく、フェイトが今まで見たことも  
ない彼女であった。表情をあまり変えることのなかったクレアを見てきたフェイトには意外だったのだ。  
「…感情を殺して生きていくって…すごくつらいことなんです…。部下が死んでも涙を見せるワケにも  
いきません…でも…もう…疲れました…」  
「クレアさん…」  
「フェイトさんも…戦いに疲れたんでしょう…?」  
フェイトは少しだけゾッとした。クレアの瞳を見れば分かる。指揮官としての責任感を負ったような目では  
なく、自分を欲するような…これまで戦ってきたモンスターと同じような輝きを湛えていたのだ。  
「フェイトさんも私も…心のどこかに傷があるなら…その傷を舐めあうのもいいかもしれませんね…」  
「そ、それって…ク、クレアさん? うわっ!?」  
一瞬のうちにクレアによってベッドに押し倒されたフェイト。瞬発力は隠密ならではということか。が、感心  
している場合ではない。先程もネルからお誘いがあったというのに、今度はクレアである。  
男なら喜ぶべき状況だが、フェイトはそうも言っていられない。  
「(ヤバイよ…こんな所…マリアに見られたら…!)」  
予感は的中し、マリアはクレアの部屋の前まで来ていた。中から漏れる声を聞くと、今まさに自分の想い人が貞操の  
危機という状況だった。黙っていられない性格のマリアのである。クレアがもしフェイトに手遅れなことをしていた  
ら、その時は…。ある意味、恋に生きる女性というのは魔物のようなものである。特にマリアはフェイトとの繋がりが  
一番強い分、狂気じみた恋愛感情を持っていたが精神的な抑圧も影響していると想われる。  
クレアが指揮官として封魔師団を引っ張ってきたなら、マリアはクォークのリーダーとしてメンバーを引っ張ってきた。  
つまり、条件は一緒だ。マリアなりの見解をすればクレアはネル同様にフェイトを奪う泥棒猫に他ならない。 
「(許さない…フェイトに近づいていいのは…私だけなのに…!)」 
 
「…!?」  
ドアの向こうから感じる気配をいち早く感知したクレアは、思わずフェイトから体を離して  
ドアを凝視した。鍵はかけてある。ネルではない…誰だろうか?  
「(…マリア!?)」  
ベッドから起き上がったフェイトは慌てて服の乱れを直し、クレアの肩に手を置いた。  
「…フェイトさん?」  
「…ごめん」  
自ら歩みを進め、ドアのロックを外したフェイトは振り向き様に寂しそうな顔で笑った。  
窓は開いている。クレアがその気になればフェイトを連れて外に逃げることだってできる。  
でも、フェイトは敢えてドアの向こうの仲間らしき者を選んだのだ。自分では…力不足だった  
ことを、クレアは思い知らされたのである。  
「(フェイトさん…やっぱり…私じゃダメなんですか…?)」  
キイィとドアを開けた向こうに立っていた少女…マリアはかなりご立腹であった。  
クレアへの怒りに満ちた表情を浮かべ、目つきも鋭く、感情をむき出しにしている。  
「マリア…」  
「何も言わないで。…行きましょ」  
「う、うん…」  
意中の男を押し倒したクレアに言いたいことはたくさんあったが、フェイトの手前もあり、マリアは  
グッと堪えて彼を連れ出した。クォークの面々も知らない彼女が、そこに居た…。  
 
「マリア…ごめん」  
「ごめんじゃすまないわ! どうして…どうして私を裏切る様なことをするの!?」  
「本当に…ごめん」  
シランドの宿屋の一室。フェイトはまさに窮地に立たされていた。嫉妬深いマリアのこと  
である、きっとクレアに制裁を加えようとするだろう。ソフィアもマリアの制裁でフェイトを  
諦めてしまった程だ。それだけは食い止めなければならない…そう思うフェイトであった。 
 
「私と君は一蓮托生なの…誰も私達を引き離すことなんてできないわ!」  
マリアの想いは嬉しい…だが、何かが違うとフェイトは思った。  
出会った頃はそうでもなかったが、ムーンベースの研究所で出生の秘密を知って  
以来…特にFD空間突入後から、マリアはフェイトを束縛する様になった。  
行動する時はいつも一緒にいないと落ち着きがなくなり、自分以外の女性がフェイトに  
近づくのを極端に嫌うようになったのだ。アイテムクリエイションのために女性クリエイター  
を工房に呼ぶときも警戒を怠らず、マユ・スターアニス・エリザ・リジェール・ミスティ・メリル  
らはマリアを見ただけで怯えてしまう始末。最近では、商品特許登録のためにウェルチと連絡を取る際も  
油断できなくなってしまった。ウェルチの馴れ馴れしい態度が気に入らないらしかった。  
マリアのフェイトへの想いは鬱積した感情の縺れがもたらしたものかもしれないが、彼女にとってはフェイト  
だけが全てである。彼を失うワケにはいかない。何としても他の女から遠ざけなければ…。  
「もう…やめてよね。私の傍に…居てくれるんじゃなかったの?」  
「分かってる…でも…このままじゃいけないと思うんだ。父さんのためにも…こんな関係が続いたら…」  
「…博士だって…きっと望んでたことだわ…!」  
「マリア…本当にそう思ってるのか!? …僕達は…僕達は…!」  
「言わないで! …聞きたくないッ!」  
フェイトの声を遮る様にマリアは耳を塞いだ。禁断の言葉…それを聞いたら、もう自分はフェイトとの関係  
を続けれなくなるだろう。心の中で感じていた負い目が、マリアを追い込めようとする限り…。  
「ごめん…言い過ぎた……マリア?」  
「嫌…独りはもう嫌…君だけが…君だけが頼りなのに…!」  
「マリア…」  
すがる様に抱きついてくるマリアを拒否することはフェイトにはできなかった。自分が暖かな場所で  
過ごしていた間、ずっと彼女はクラウストロ人に囲まれながら苦労を重ねていたのだ。大勢の中の孤独。  
それは大学にいた時にフェイトが感じていたことと通じるものがある。それを思うと、この少女が愛しく  
なってしまい、ついつい甘えさせてしまうことがフェイトの欠点であったのだ…。 
 
「フェイト…君は誰にも渡さない…んっ…ッ」  
マリアのおねだりキスが始まった。当初はリーダーとしての威厳を感じさせていた  
マリアも、フェイトの前では貪欲に愛情を欲する独りの女でしかない。  
それが痛い程分かるから、フェイトもマリアに応じてしまう。紅潮したマリアの顔を  
見つめる度にその瞳には狂気に満ちた想いが映っていたとしても…拒否することはできない  
のだ。同じ境遇、同じ異質な力、そして同じ…。  
「(マリアは僕を必要としてくれている…でも…僕達の関係は許されるものじゃないんだ…!)」  
頭では理解している。だが、理屈ではないのだ。どんなに科学が発達しても、人の感情ほど難解な  
ものはない。今のフェイトに出来るのは、マリアを抱いてやることだけ…いや、下手をすれば子供  
だって欲しがるかもしれない。それはマズイ。世間体もあるが、生物兵器を両親に持つ子供がどんな  
力を持って生まれてくるか分かったものではない。昔読んだマンガの主人公の様に、掌からのエネルギー  
ウェーブで惑星1つを簡単に破壊できるような力を持って生まれてきたら…考えるだけでも恐ろしい。  
「(…ダメだ! でも…どうしようもない…マリアの飢えは…治しようがないんだ…)」  
何度自問自答を繰り返しただろうか? フェイトは答えを出せないまま、マリアの求めに応じてゆく…。  
「フェイト…もっと…強く抱いて…」  
「…分かったよ、マリア」  
昼間なのに締め切られた宿屋の一室。太陽光の入らない部屋での情事を何回繰り返しただろう?  
あるいはディプロ内のマリアの部屋で。今もFD空間の誰かが自分達を監視しているのかもしれない。  
スフィア社辺りが「AIプログラム風情が生意気にもセックスしてやがる」と笑っているのかもしれない。  
「フェイト…怖がらないで…。私も君も生きてるの…造りものなんかじゃないわ…」  
フェイトをベッドに押し倒し、勝ち誇った様な口調で呟いたマリアはどこか虚ろで…。  
「私の…君への想いは…造りものなんかじゃない…絶対に…」 
 
衣服を脱ぎ始めたマリアを、フェイトは見ているしかできない。均整のとれた体…胸の  
大きさはソフィアに負けるが、フェイトの理性を飛ばすには何の問題も無かった。  
何度マリアを拒もうとしても根底より繋がる絆が彼女を求めてしまうのだった。  
血の誘惑…戦闘で見せる落ち着いた雰囲気は面影すらなく、ひたすらにフェイトを求める  
姿はとても淫靡だった。後ろめたい気持ちもあるが、結局はフェイトもマリアと契ることでしか  
自分を保てない…そう思った。何度目のセックスかは、もう覚えていない。  
「マリア…僕も君が好きだ…」  
「はっ…あ…ん…フェイ…ト…ッ!」  
何度も交わした会話。何度「好き」と言ってもマリアは聞き飽きることもなく、その言葉とフェイト  
を求める。矛盾は重々承知。だが、ネルやクレア…それにソフィアには申し訳ないが、マリアとの絆は  
絶対に断ち切ることはできない。自分達の行為が卑猥で嘲笑に値するのは分かっていることだから。  
けれど…運命は少しずつ…変わっていく…。  
『ピピピ…!』  
「あ…何?」  
これからが本番というところで、突然フェイトの上着から着信音が響いた。マリアは不満気だったが  
無視するワケにもいかず、フェイトは上着をまさぐった。見れば、ウェルチにもらった通信機からだった。  
「フェイト、そんなの放っておいて…!」  
「そういうワケにはいかないよ…」  
上着を着たフェイトは通信機の着信をセットし、画面を開いた。  
「こんにちは、フェイトさん! …あれえ、元気ないですね? お疲れですか?」  
ウェルチの声が聞こえるとマリアはムッとしたが、裸なので出て行くワケにもいかず、ベッドの  
中に潜りこんでスネてしまった。フェイトは少しマズッ、と思いつつも通信を続ける。  
「いや、疲れてるワケじゃないんだけど…何か用なのかい?」  
「それがですねぇ…クリエイターのリジェールさんの人事異動の件なんですけどぉ…」 
 
「え…リジェールさんが? …まさか、契約破棄とかじゃ?」  
「いえ、そういうことじゃなくてですね…カルサアからペターニに異動予定の件なんですけど…  
ホラ、最近魔物も多くなってるし、それに彼女、常に何か食べてないといけないし…」  
「あ、そういうことか…分かりました。じゃあ、僕が彼女を迎えに行きますよ」  
「え〜? いいんですか? わがままなクリエイターには厳しくしないとダメですよ!  
…まあ、そこがフェイトさんのいいところなんでしょうけど…じゃあ、お願いしますね」  
ウェルチからの通信の通りならリジェールはまだカルサアに居るはず。アイテムクリエイション  
でも世話になっているし、放っておくワケにもいかない。だが…。  
「マリア、ごめん…ちょっと出かけてくる…」  
「…早く帰って来れるの?」  
「まあ…戦闘経験も無い女性の足に合わせるなら…結構かかるかも…」  
「…言うまでもないと思うけど…」  
「…分かってる。マリアを裏切るようなマネはしないさ…じゃあ…」  
「…待って」  
ベッドから身を乗り出したマリアはフェイトに抱きつき、彼の首筋を強く吸った。  
当然痕が残り、独占欲の証が生まれる。マリアなりの警告ということだろう。  
が、街中を歩く時にこれはマズイ。少しだけネック部を上げ、隠すしかない。  
「私を忘れないように…私が君の物であるなら…君は私の物なんだから…」  
「……行ってくるよ」  
いつもの服装に戻ったフェイトは宿屋を出て、カルサア方面に向かって走り出した。  
彼の足ならすぐにカルサアに着くだろう。だが、独り残されたマリアは…。  
「こんなに好きなのに…こんなに愛してるのに…どうして…君は私だけを…見てくれないの…?」  
更なる孤独が、再びマリアを押しつぶそうとしていた…。 
 
「悪いわねぇ、無理言っちゃって」  
「いえ、リジェールさんにはお世話になってますから…」  
夕刻、フェイトとリジェールは三道を歩いていた。料理ばっかりしていて運動不足  
気味(でも太らない体質)のリジェールがヨタヨタとマイペースで歩く中、フェイトは  
時折襲ってくる魔物をバッサバッサと切り裂いていく。その度にリジェールが本気なのか  
冗談なのかも分からない賛辞をフェイトに送るのだった。  
「フェイト君、かっこい〜わね〜」  
「は、はぁ…」  
この辺りの魔物はザコ同然なので褒められてもたいしたことはないのだが…。  
「そう言えば…」  
「…? 何ですか?」  
「今日はあの娘いないの? ホラ、あの青い髪のマリアって娘…」  
「…置いて来ました。僕が女の人と歩いてるの見ただけで…すぐに怒っちゃいますから…」  
「フ〜ン…前にさぁ、あの娘に『クリエイションの時以外は彼に近づかないで』って言われ  
たんだけど…あの娘ってフェイト君の彼女?」  
「…それは…」  
フェイトは返答に困った。複雑な事情を信じてもらえるはずもない。ここは簡略的に説明すべきか?  
「付き合ってるワケじゃないんですけど…彼女が求めて来たら…僕が応じるみたいな…そんな感じです」  
「へえ…セックスフレンドってワケでもないんだ? でも彼女、かなり君にお熱みたいじゃない?   
もしかして…ウザイ、とか思ってる?」  
「……」  
「まあ、契約主のプライベートには干渉しないのがルールなんだけど…」  
そう言うとリジェールはまたヨタヨタと歩き始めたが、すぐにまた歩みを止めた。  
そして下腹部をさすり始め、例のセリフを呟くのだった…。  
「…おなか…空いた」 
 
リジェールの空腹にはフェイトも敵わない。ここは一旦食事を取る時間を  
設けた方が得策のようだ。幸い、この辺りの魔物もフェイトに怯えてみな  
山奥に逃げてしまっている。  
「リジェールさん、少し休みますか?」  
「うん、異議なし」  
ちょうど昼下がりだし、フェイトはシランドを出てから何も食べていない。  
これなら遅めのランチにありつけそうだ。特にリジェールの料理はフェイト  
も個人的に気に入っている。こんなボーッとした女性でも隠れた才能を持って  
いるんだなぁ、と関心する程だ。これだけの美人で料理も得意ときたら、男の  
方が方ってはおかないだろう。ランチマットを広げて自分で作ったサンドイッチ  
をパクついているリジェールに、思い切って聞いてみることにした。  
「あの…リジェールさん…」  
「モグ…んっ…何?」  
「リジェールさんは…これまでに男性とお付き合いしたことって…」  
「あるよ」  
素っ気無い返事。また一つサンドイッチが彼女の胃袋へと消えていく…。  
「あ、あるんですか…?」  
「うん。でもみんな同棲してすぐに別れちゃった」  
「そ、そうなんですか?」  
「私ってさ、いつも何か食べてるじゃない? 食費が毎月すごいんだぁ…。  
だからみんな愛想尽かして別れていったってワケ」  
内容はアレだが、なかなかにハードな人生だ。食べ物が原因で別れるとは…。  
「フェイト君の周りにだって…私みたいに四六時中食べてる人、いないでしょ?」  
「うーん…確かに…いませんね…」  
何となく納得せざるを得ないフェイトを横に、黙々と食べ続けるリジェールであった…。  
 
「ごちそうさま」  
「終わりました?」  
「うん。じゃ、行こうか」  
ランチマットを畳み、リジェールはまたヨタヨタと歩き始めた。どうやら満腹と  
まではいかないまでも、充電が完了したらしい。フェイトもサンドイッチを分けて  
もらったので先程よりは元気が出た気がする。  
「(まあ…マリアとあんなことがあった後だし…仕方ないといえば仕方ないか…)」  
そう言えばフェイトはやけにあっさりとマリアとの関係を認めた。別にリジェール  
とはアイテムクリエイション契約だけの関係だが、どうにもこの女性には逆らい難い  
魅力がある。美しい金髪と素顔をフードで隠している辺り、何か曰くありげな感じだが…。  
「(可愛い…)」  
相手は24歳で5歳も年上だが、何故だか可愛いと思ってしまった。天然ボケのような  
物言いが男心をくすぐるのか…マリア・ネル・クレアとは違った雰囲気を湛えている…。  
「フェイト君、どした?」  
「い、いえ…何でも…」  
「嘘〜、私のこと見てたでしょ? …やっぱ、『この女よく食うなぁ』とか思った?」  
「あ、そ、そうじゃなくて…可愛いなって…」  
フェイトの言葉にリジェールはキョトンとする。何かいけないことでも言ってしまっただろうか?  
「ご、ごめんなさい! 変なこと言っちゃって…」  
「ん〜、怒ってるワケじゃないんだけど…」  
「え…」  
「私に言い寄る男って、みんな私のこと『キレイ』とか『美人』とか言って来るんだけど…  
『可愛い』って言ってくれたのはフェイト君が初めてかな〜って」  
フードに隠れて判らないが、リジェールは心なしか嬉しそうだった。彼女にとって年下の男  
であるフェイトは久々に親しくなった異性ということもあり、少しだけ意識しているのかも  
しれない。マリアの警告が頭に浮かんだが、別にどうでもよかった(天然だから)。  
 
夕刻。ついにペターニに着くことはなく、手前のアリアスで今夜は一泊することになった。  
が、宿屋に泊まる手配はできたものの、戦争のゴタゴタで食料はロクなものがなく、リジェール  
が満足するような食事は出せないとのことだった。フェイトもそれには困った…。  
「…というワケらしいんです」  
「え〜、ホントに〜?」  
「…はい」  
「仕方ないなぁ…私が作るわ」  
「え…ちょっと、どこに行くんですか?」  
「ん〜、厨房を借りようと思って〜」  
そう言ってリジェールはバッグを持って部屋から出て行ってしまった。フェイトが後を追うと、  
厨房には長い髪を縛ってエプロンをつけたリジェールの姿が。  
「あ、フェイト君〜。宿屋のご主人が厨房借してくれるって〜」  
さすがにスキルレベルが高いだけあって行動が早い。ロクな食料がなかったはずなのに、彼女  
なりのアレンジを加えられ、どんどん料理が出来上がっていく。  
「(…何か…こういうの見てると…落ち着くな…)」  
フェイトは無意識に調理をするリジェールに見入っていた。そう、フェイトはこれまで家族で  
食事をした記憶が殆どなかったため、母親のリョウコが調理をする姿を見たことなど皆無だった。  
自分で作るか、クッキングメーカーに任せていたあの頃が懐かしい。だから、リジェールを見て  
いると安心するのかもしれない…そう感じた。  
「…うん。こんなモンかな…ちょっとつまみ食いして減っちゃった気もするけど…」  
ようやく料理は完成し、リジェールは満足気だ。早速、部屋へと運び出そうとする。  
「ホラ、フェイト君も運ぶの手伝って」  
「あ…は、はい」  
 
「…我ながらなかなかの出来だと思うんだけど…どう?」  
「おいしいです…僕、こういう家庭料理みたいなの…あんまり食べたことないから…」  
 
「フェイト君ってさぁ…1人っ子?」  
「…それは…」  
「まあ、いいけど。でもさ、もしかして、ご両親が仕事とかで忙しくて自分で食事作ってたとか…?」  
「…判るんですか?」  
「うん。何となく」  
アリアスの宿屋。ハッキリ言って安っぽい造りだが、リジェールのおかげで食事は豪華なものであった。  
フェイトもこの夕食には満足している。何より、マリアが隣にいないのがここまで落ち着くとは…。  
が、リジェールの指摘が当たっているのは驚きだ。女の勘というやつだろうか?  
「ふぅん…やっぱ、そうだったんだ」  
食事をパクパクと運びつつ、リジェールは核心を突いたような笑みを浮かべた。普段ぼーっとしている  
だけに、こういう時の笑みは何となく迫力の様なものがある…かも。  
「でも…どうして判ったんですか?」  
「…さっき、私を見てたでしょ? な〜んかその時のフェイト君の目が…お母さんにおねだりしてる子供  
みたいな感じだったからさぁ、まさかな〜って思って」  
「…僕、そんな目つきしてました?」  
「してた」  
しまった…と心の中でフェイトは呟くしかなかった。自分がそんな目でリジェールを見ていたとは…。  
「…すいませんでした」  
「何で謝るの? やらしい目つきで私を見る男に比べれば何でもないじゃん。…それに私はお母さんって  
年でも…あるかなぁ…。24で独身ってさすがにヤバイと思うんだけどね。実家もうるさいし」  
カラン、とスプーンを皿に置き、リジェールはナプキンで口の周りを拭う。彼女なりの照れ隠しだろうか?  
「…さて、お喋りはここまで。お皿洗ってくるから」  
「あ、僕も手伝います」  
「…ありがと。じゃ、一緒に洗いましょ」 
 
「そろそろ寝よっか」  
「ええ、食器も全部洗い終わりましたし…」  
あらかた作業は終わった。厨房の掃除もついでにしておいたし、宿側としても文句はないだろう。  
「(でも参った…マリア、怒ってるだろうな…)」  
そう言えばネルやクレアのことも気がかりだ。一応、クリフにその旨を伝えているものの、旅に差支えが  
ないとよいのだが…。  
「(…仲間同士でギスギスした関係ってのも…マズイよなぁ…)」  
階段を登りながらフェイトは悩んだ。特に怖いのはマリア。どんな制裁が待っているやら…。  
「…にしても…ベッドが一つだけってのは痛いわねぇ…」  
ポツリとリジェールが呟く。そう、宿の主人が戦争中に家財道具を売っぱらってしまったため、この部屋には  
ベッドが一つしかないのだ。更に他の部屋は物置状態で眠れないという惨状。…マズイ。  
「フェイト君、ど〜する?」  
「…僕、床でも大丈夫ですから」  
「そんなのはダメ。私でよかったら一緒に寝てあげようか?」  
「ダッ、ダメですッ!!」  
年上の女性に誘惑されるのは今日で3回目。だが、応えるワケにもいかない。もしマリアにバレたら、リジェール  
にも迷惑がかかってしまう。最近のマリアは鼻が利くらしく、香水などの匂いにも敏感なのだ。  
「…あの娘のこと、気にしてるんだ?」  
「…リジェールさんに…迷惑がかかるといけないから…」  
「私は別に気にしないけど? 例えフェイト君の首筋に痕が残っててもね」  
ハッとなってフェイトは首筋を押さえた。ちゃんと隠しておいたはずなのに、どうやら彼女にはお見通しだった様だ。  
「かわい〜な〜って思ってたんだけどなぁ…」  
 
「…でも」  
「まあ…同じベッドに寝る=セックスするってワケじゃないし、フェイト君が我慢すればいいだけのことじゃない」  
強引な説を唱えるリジェールだが、フェイトとしては内心ハラハラしていた。マリアが盗聴器でも付けてこの状況  
を監視していたら…考えるだけでもそら恐ろしい。外見に比べて子供っぽいところがリジェールの欠点でもあるし  
魅力でもあると、改めてフェイトは思い知った。断らなければ…マリアを裏切るわけにもいかない…だが…。  
「一緒に寝ようよ。最初にわがまま言ってフェイト君を呼んだの私だし」  
「……じゃあ、一緒に寝るだけなら」  
「いい子ね」  
ハメられた、とも思ったが要は例え誘惑されても断ればいいだけの話。さすがにフェイトもマリアの制裁は怖い。  
 
「あの…もうちょっと離れませんか?」  
「何で?」  
結局フェイトは普段着のまま、リジェールは寝間着で寝ることになった。元々、アリアス自体が戦争の被害にあっている  
ために公共施設である宿のベッドも高級なものとは言えなかったが、フェイトにとってはそんなことはどうでもよかった。  
「何でって言われても…こんなにくっ付かれちゃ困りますよ!」  
「温かくていいじゃない。あの娘ともこういうことしてたんじゃないの?」  
「うっ…それは…」  
「若いっていいわね〜、フェイト君は体つきもいいし…」  
「ここ最近鍛えてましたから…って、それとこれとは話が…さ、触らないでください!」  
寝間着姿のリジェールはとても官能的で、これなら幾人もの男が彼女を求めたというのも無理はない。瞳はあいかわらず  
半分やる気のないような感じだが、その言葉の一つ一つがフェイトにとっては呪詛の様なものであった。  
「(…この人…本気なのか…!?)」  
「本気だけど?」  
「…心を読まないでください!」  
自分が耐えればいいだけのこと…だが、これはさすがにきわどい。フェイトでなかったら(例えばロジャー辺り)コロッと  
態度を一変させて襲い掛かるだろう。だが、自分はそんな獣ではないし、かと言って彼女を抱くわけにもいかないし…。  
「フェイト君…甘えてい〜のよ? お姉さん、怒らないから〜」  
 
「…どうして…僕に優しくするんですか?」  
「ん〜、何かさ、愛情に飢えてるって感じ。恋人とかへの愛じゃなくてお母さんへの愛の方なんだけどね〜」  
「…」  
「だからさ、ボランティア。フェイト君に御奉仕してあげられたら…ううん、してあげたいな〜って」  
この時のリジェールは普段のやる気のない彼女ではなく、1人の女性としてフェイトを見てくれていた。  
これは…どう応えるべきなのか…? マリアを裏切ってもいいのか? でも…自分の心はリジェールを求めている…。  
「…フェイト君?」  
「…後悔しませんか? 一応、僕達…契約主と契約者なんですよ? …それにマリアだって!」  
「フェイト君が我慢できないなら、私は構わない。別にあの娘が何言ってきても無視すればい〜んだし」  
「……じゃあ、少しだけ…甘えます…」  
フェイトの我慢の限界が来た。マリアには悪いがもうどうしようもない。合意の上でのセックスなら自分にも非があるし、  
マリアがリジェールに制裁を加えようとするなら自分にも責任を負う義務がある。言わば共犯というわけだ。  
「…我慢してた?」  
「…少し」  
実際はフェイトが誘惑に耐えられなかっただけ。でもあれは誘惑などではなく、もっと優しい囁きだったような気がする。  
マリアからの束縛を逃れるために足掻く様に、フェイトはリジェールを求めた。いつも際限なく食べてばかりいる割には整った  
体つきをしていて、特に胸の大きさならマリアよりリジェールに軍配が上がるだろう。触れば手に馴染む様に感じる。  
「…手馴れてるのね」  
「…まあ、そうですね」  
リジェールの手がフェイトの手を導き、寝間着のボタンに触れさせる。ボタンを外してもよいという合図か。上から触った  
感触からするに、下着は着けていない。明らかに、最初から彼女はこうなることを見越していたのだ。  
どこからこういう展開を思い描いていたかは分からない。気まぐれなのかもしれない。でも、彼女はフェイトを求めたし、  
フェイトも彼女を求めた。今は、その事実を受け止めるしかないだろう。マリアのことはこの際、諦めよう…。  
「…結構…あ…んっ…やるんだ…フェイト君…」  
「…リジェールさんも…男の扱いに慣れてるじゃないですか…」  
豊満なリジェールの胸に顔を埋め、フェイトは皮肉っぽく囁いた。これまでのお返しっぽく、苦笑いしながら…。 
 
「(未開惑星保護条約には…未開惑星の住人とのセックスなんて想定されてない  
よなぁ、きっと)」  
 リジェールを抱いた時、フェイトはふと思った。そういえば最初の頃に随分と条約  
を気にしていたのが懐かしい。生命の危機の際には多少の接触も仕方ないと考えていた  
が、まさか性交にまで至ってしまうとは。  
「(でも…リジェールさんは嫌いじゃない…)」  
 マリアからの束縛を逃れたフェイトにとって、甘えさせてくれるリジェールはまさに  
救いだった。何より、マリア以外の女性を抱くのも初めてであったし…。  
「(お姉さんなのに…可愛いって思っちゃうのは…変なことなのかな?)」  
 合意の上でリジェールを抱いたフェイトだが、何故か頭にひっかかるものがある。  
別に異星人とのセックスに偏見があるわけではない。だが、万国共通の男女の営みをに関して  
マリア以外と経験のないフェイトはリジェールに対して抱いてしまった思いがうまく処理  
できない…そういうことだった。  
「…フェイト君、どした?」  
「いえ、その…リジェールさんが可愛いって思ったのは本当なんです。でも、普通ならキレイ  
とか言うのに…何で、可愛いって言っちゃったのかな…って」  
「フェイト君がそう思うなら…私は可愛い〜のよ、きっと」  
 少しだけニヤリとしたリジェールはフェイトの問いをいい意味ではぐらかす様に口付ける。   
 先程も感じたのだが、フェイトの唇はこれまで貪ったものの中でも特上級だった。  
料理人としての彼女の味覚が違和感を感じさせるのだ。まるでこの世のものとは思えない、  
そんなある種の好奇心と少しの恐怖を彷彿とさせる官能的なキス。  
「(そ〜いえば…フェイト君ってグリーデンの人なんだっけ…?)」  
 リジェールはフェイトの正体を知らない。いや、例え知っても「へ〜、そうなんだ」で  
済ましてしまうだろう。彼女の関心はフェイトの身の上にあらず。フェイトのみであった。  
「…あの、リジェールさん?」  
「…ん、何でもな〜い。さ、続き、やろ?」  
 
 そして夜が明けた。時計を見れば、朝7時…。   
「…二日酔いみたいな気分…」  
 飲酒をしたことのないフェイトだが、何故だかそう思った。  
リジェールの方はスヤスヤと眠っている。あの後、普段マリアに束縛されている憂さ晴らし  
をするかの様に、筆舌尽くしがたい羞恥的なプレイをリジェールと繰り広げたフェイト。  
「(…サイテーだな、僕は…)」  
 眠っているリジェールの黄金色の髪をいじりながら、フェイトは心の中で呟く。  
事情はどうあれ、マリアを裏切ってリジェールとの情事に走ってしまったのだ。自己嫌悪に  
陥ってしまうのも無理はない…。  
「(膣内には出してないけど…リジェールさんには、悪いことしちゃったなぁ…)」  
 さすがのリジェールもあの時は汗だくになり、絶えず淫靡な喘ぎをあげていた。  
今思えばあの時の自分はまさに獣…それも最低最悪な。ますますフェイトは自分が嫌に  
なってしまう。  
「(……これ以上、リジェールさんには迷惑をかけれない…ペターニに着いたら…そこで  
本当にお別れしなきゃ…)」  
 ベッドから起き上がり、上着を着ると、フェイトは静かに下の階へと降りていった…。  
「(悩める年頃なのかな…?)」  
 リジェールも実は起きていた。半目で深刻そうな表情をしていたフェイトを見て、普段  
あまり自分の事以外考えないリジェールも少しだけ心配になった。  
「(…ボランティアなんて…私の柄じゃなかったんだけどな〜…)」  
 元々は貴族の生まれなだけに苦労知らずの人生を送ってきた自分。だが、今思えばそんな  
に幸せだった気もしない。  
「(…何かを食べる事で…寂しさを紛らわせてただけだったし…)」  
 リジェールの両親は貴族といえど職を営んでおり、特に彼女の幼少時代は経営が忙しく、  
滅多に家にいなかった。当然、リジェールは寂しがったが、どうしようもできなかった。  
「(…あの頃から…バカみたいに食べ始めたんだっけ…)」  
 
親に構ってもらえない寂しさを、やけ食いで紛らわすケースはよくあるが、幸運にも  
リジェールは太らない体質だった。最初は使用人の作った料理を食べていたが、いつの間にか  
自分で作らないと満足できないようになってしまっていたのだ(つまみ食いがしたいから…)。  
 どことなく、フェイトと境遇の似ているリジェール。もしかしたら、彼の陰のある笑顔に  
昔の自分を見たのかもしれない。だから、彼を誘ったのかもしれない。  
「(…飢えてたのは…私…?)」  
 自分に言い寄る男はたくさんいた。下級貴族から顔が良いだけのどうしようもないダメダメな  
男まで、幾人もの男とベッドを共にしてきたが、誰一人としてリジェールの心の闇に気づく者  
はいなかった。要するに…。  
「(…私の体が目当ての、大馬鹿ばっかだったわね〜…)」  
 が、昨晩ベッドを共にした少年は少し違った。何より、目の輝きが他の男と全く違う。  
「(…フェイト君なら…な〜んか、信用できちゃった…)」  
    
 その頃、シランドでは…。  
「マリア、落ち着けって」  
「落ち着いてなんかいられないわ! ちゃんと帰って来るって言ったのに、結局昨日は帰って  
こなかったのよ!?」  
 シランドの宿屋では今にもペターニに赴こうとするマリアをクリフが宥めていた。  
「お前…何か変だぞ? アイツがそこらのザコモンスターにやられるワケねえだろうが」  
「…私が心配してるのは、そんな事じゃないわ!」  
 マリアは以前、リジェールに警告した事がある。フェイトに近づかないで、と。  
だが、あの女の事。きっと無視するに決まっている。何となく、マリアはリジェールが気に  
食わなかったのだ。  
「(私以外の女が近づく事なんて…許さないんだから…!)」  
 
 一方、シランド城では…。  
「(何かさぁ、ネル様とクレア様の間に、妙な空気が流れてない?)」  
「(そう言えば…お2人ともピリピリした感じで、かなり怖い…)」  
 シランドの朝は早い。アーリグリフと休戦協定を結んだといえど、日々の訓練をかかすわけ  
にもいかない。早朝訓練を行っていたネルとクレアの間を飛び交う静かなる火花に、何人かの  
施術士が気づき始めた…。  
「…どうした、クレア? 腕が鈍ったんじゃないかい?」  
「ネルこそ…拳にキレが無いわ。何か悩みでもあるんじゃないの?」  
「別に…アンタには関係ないよ!」  
 言葉こそ静かだが、やってることはケンカ以上だった。今、ちょうどネルの拳がクレアの  
頬っぺたをかすったところである(すかさず、クレアもカウンターで返したが)。  
「アンタこそ…フェイトが好きなら好きって、正直に言えばいいだろ!?」  
 バキッ!  
「あなたこそ、フェイトさんに色目を使って誘うなんて手を使うのはやめたら!?」  
 バシッ!  
 まさに女の戦い。2人とも目がマジだ。  
「フェイトさんは異世界の住人なのよ! 結ばれるワケないじゃない!」  
「それはアンタも同じだろうが!」  
 お互いの拳がぶつかりあい、一人の男をめぐる戦いも終わりに近づいた、その時…!  
「そこまでですぅ!」  
「ネル様、クレア様、やめてください!」  
「「…!?」」  
 ファリンとタイネーブが2人の間に割って入り、何とかその場を鎮めた…。  
「ファリン…それにタイネーブ…!?」  
「あなた達…どうしてシランドに?」  
 
「クレア様の帰りが遅いから、お迎えに来たんですよぅ」  
「ちょっと魔物の抵抗にあって遅くなりましたが…でもまさか、お2人がケンカしていらした  
なんて…あっ」  
 戸惑いがちに呟いたタイネーブだったが、慌てて口を押さえた。  
「…別にケンカなんてしてないさ」  
「ええ、そうね」  
「(…うわ〜、あからさまな反応ですねぇ…あとでアルベルさんにも教えてあげるですぅ♪)」   
 2人の露骨な態度を見て、ファリンの脳裏に愛しの騎士の姿が浮かんだ。今のネルとクレア  
は何だか昔のアルベルにそっくりだったからだ。そしてここで余計な一言を…。  
「でもお2人ともぉ、フェイトさんが何とかって言ってたじゃないですかぁ?」  
「バッ、バカッ! ファリン!」  
「ふぇ?」  
 タイネーブがファリンの口を押さえつけるも、もう遅い。  
「「フェイト(さん)は関係ない!」」  
「ごっ、ごめんなさいですぅ!」  
 2人同時に否定。さすがのファリンもビビった。それ程の迫力だったのだ。  
「「全く…」」  
「あ、でもぉ…」  
 ここでまたファリンが余計な一言を…。  
「フェイトさん、昨日はアリアスにいましたよぅ?」  
「…」  
「…」  
「…?」  
「…!」  
「「何だって(ですって)!?」」  
 またまた声をそろえて叫ぶ2人であった…。  
 
「本当ですよぅ。キレーな女の人と一緒に宿屋に入っていくの、見ましたぁ」  
「ファリン! ア、アンタ、分かってやってるんじゃないでしょうね!?」  
「…ふぇ?」  
 タイネーブもほとほと呆れた。が、それ以前の問題として、今この状況をどう収めるか。  
それが最優先事項だった…。  
「…どんな女だった?」  
「言いなさい、命令です」  
「はい、えーとですねぇ…金髪でぇ、銀色のフード付きローブを羽織ってましたねぇ。すごーく  
キレーな女の人でしたよぅ…あ、そう言えば、ビスケットを食べながら歩いてましたぁ」  
 普段ボーっとしているのに、何故か人間観察が得意なファリンでした。  
「…ネル、心当たりは?」  
「…私の勘が確かなら…クリエイターのリジェールだね。何度かICをした事があるけど…」  
「…美人なの?」  
「…それなりにね」  
「…ふぅん」  
「あ、あのぅ、ネル様…クレア様…?」  
 恐る恐るタイネーブが問いかけようとすると…。  
「…フェイトに限って間違いはないだろうけど…気になるね」  
「あら、昨日フェイトさんに色目を使ってたのはどこの誰かしら?」  
「…それはアンタも同じだろうが」  
 再び、勝負再開か…?   
「…ま、今はフェイトの安否を確かめるのが先だね…今回は退いてやるよ」  
「それはこっちのセリフだわ」  
 素っ気無くネルに言い返したクレアは中庭から城下に飛び降り、走り出した!  
「じゃあ、お先に!」  
「私を出し抜こうなんて、そうはいかないよ!」  
 続けてネルも飛び降り、クレアの後を追った…。  
 
「…ちょっと、アンタのせいだからね、ファリン!」  
「えぇ〜、何で私なの〜?」  
「ネル様達に余計な事言っちゃって〜…ハア、昔の真面目なお2人が懐かしい…」  
 テラスにうなだれたタイネーブは大きなため息を吐いた。いつ頃から、上司2人は変わって  
しまったのか? これでは、ほかの封魔師団員に示しがつかないではないか。  
「(そりゃあ、恋愛はご法度なんて規則はないけど…)」  
「タイネーブゥ〜、何か深刻そうだね〜。…ひょっとして、恋でもしたぁ?」  
「…んなワケないでしょ」  
 相変わらず、この相棒はのん気だ。ネルとクレアは変な感じに人格が変わってしまったが、  
ファリンだけはいつものままである。  
「(…まあ、ファリンはねえ…)」  
 緊張感のない笑顔や口調は相変わらず。しかし、最近は微妙な変化が。  
「(でも…この子、何か少し…キレイになった?)」  
 そう、確かに最近のファリンは更に美人になった。これまでのポケポケとした雰囲気の中に  
ある種の優雅さを漂わす様になってきたのだ。  
「(…私の勘違いかな)」  
 タイネーブが「そーだよねぇ」と苦笑いしながら首を振っていると…。  
「こんな所で何やってんだ、阿呆共?」  
 忘れもしない声が背後から響いた…。  
「ゲッ…この声は…」  
「あ〜、アルベルさん! おはようございますぅ〜」  
 アルベル・ノックスだった。休戦しているとはいえ、敵の大将の1人が自国の城内を歩いて  
いるのは気に食わないし、以前に手傷を追わされた経緯からも、タイネーブはアルベルが  
嫌いだった。  
「…さっきまでスゲー殺気がここら辺に漂ってたはずなんだがな…」  
「あ〜、それはですねぇ、ネル様とクレア様がケンカしてたんですよぅ」  
「へえ、あの甘ちゃん共がな…やはり阿呆か」 
 
 ファリンはもうあの時の事を忘れてしまったのか、とタイネーブは思った。アルベルと  
親しげに語らう彼女はとても楽しそうで、会話に割って入る事もできない。  
 と言うより、アルベルの方もどことなくファリンとの会話中に少しだけ笑みを浮かべている  
のも気になる。どう見ても、自分達を地面に這い蹲らせて笑っていた男の顔ではない。  
「(ど、どーなってるの!?)」  
 タイネーブの疑問をよそに…。  
「あのぅ、アルベルさん…今度はいつ来てくれるんですかぁ?」  
「…さあな」  
「じゃあ、私の方から来ちゃいますよぅ?」  
「…勝手にしろ」  
「フフ、じゃあ、勝手にしちゃいますねぇ///」  
「(な、何言ってんの、あの子?)」  
「タイネーブゥ、ちょっとアッチ向いててぇ〜」  
「え、あ、うん(何、何でアッチ向かないといけないの?)」  
 仕方なくタイネーブはファリンに言われるまま、城下町の方角に目をやることに。  
「(…やけに静かだけど…)」  
 何となく興味の沸いたタイネーブはそーっと後ろを振り返ることにした。が、そこには  
意外な光景が…。  
「(…え――――――――――――――――――――!!!!!!!!????????)」  
 そこにあったのはアルベルにすがる様に口付けるファリンの姿。2人にとっては当たり前の  
事だったのだが、タイネーブのショックは大きかった…。  
「(なッ、何で『歪みのアルベル』と口付けなんてしてるのよ、アンタは〜!?)」  
 まあ、2人とも久々に顔を合わせたので、無理もないだろうが(アルベルは無理してない)…。  
「(あ、あの子、いつの間にアイツとデキてたの!?)」  
 
 少しだけ盗み見るつもりが、少しどころではなくなってしまった。ファリンはアルベルの  
方を向いて目を閉じているし、アルベルも目を閉じている…が。  
「(…ゲッ、み、見られた!?)」  
 薄く目を開けたアルベルに睨まれ、慌ててタイネーブは城下の方に目を戻した。  
生きた心地がしない。ファリンがよりによってあの男とあんな事をする関係だったなんて…。  
「(いや、恋愛のカタチは人それぞれって言うけど…)」  
 嫌な現場に遭遇したものだ。そう言えば他の施術士の姿が見えない。多分、アルベルが来た  
時に怖くなって部屋に戻ったのだろう。と、その時…。  
「おまたせ〜、もうい〜よぉ!」  
「え、えっ?」  
 どうやら終わったらしい。よく見ると後ろ向きに立ったアルベルがすごい目で睨んでいる。  
「ふぇ? タイネーブゥ、どうかしたぁ?」  
「…な、何でもない」  
「じゃあ、アリアスに戻ろうよぅ」  
「あ、ああ、そうだね…」  
 中庭の入り口の方に歩みを進め、ファリンはアルベルに何かを伝えた。さっきもそうだが、  
2人が並んで立っているのを見ているタイネーブの心境は複雑だった。まるで、ファリンが  
自分の手の届かない存在になってしまったようで…。  
「何してるのぉ? 行こ?」  
「う、うん…」  
 タッタと階段を駆け下りるファリン。だが、タイネーブは…。  
「アンタ…あの子とどういう関係?」  
「…貴様には関係ねーだろ、クソ虫」  
「そ、そりゃそうだけどさ…」  
「ならとっとと失せろ」  
「…ファリンを泣かす様な事したら、今度こそ許さないからね!」  
「貴様にそれができるのか? …阿呆が」  
 口答えする事もできず、仕方なくその場を立ち去るタイネーブであった…。 

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