エクスキューショナーとの戦いから数ヶ月後のエリクールにて…。  
「国交回復の使者…ですか?」  
「ああ。近々、私が出向く事になったんだ」  
 聖王都シーハーツに設けられたフェイト専用の研究室。結局、エリクールに残ること  
にしたフェイトはエレナの研究チームに助手として参加することになり、戦後復興を  
推進するための新技術開発に勤しんでいた…。  
「アンタが忙しいのは分かってるんけど…よかったら、同伴してくれないかい?」  
 ネルの話によれば、今回の彼女の任務はイリスの野の彼方に存在する商業国家イリオムとの  
国交回復だという。長い間アーリグリフと戦争中であったため、戦火が飛び火することを  
恐れたイリオムがイリスの野にある橋を破壊し、シーハーツとイリオムを結ぶ唯一の交通手段  
を断つ事で中立の立場をとっていたらしいのだ。  
「そう言えば…イリスの野の向こうにそんな橋があったなぁ」  
「やっと橋の修復が終わったのさ。イリオムは商業国家だから金もたいそう持ってる…できれば  
復興の資金援助を…と、陛下がお考えになってね」  
「なるほど…それに商業国家ならシーハーツとの国交回復で貿易による経済回復の見込みも  
期待できる…ってワケですね」  
「フフ、察しがいいじゃないか」  
 フェイトの肩をポン、と叩き、ネルは微笑んだ。  
「でも…何か急な話だね」  
「べっ、別にいいじゃないか…イヤなのかい、私とじゃ…?」  
「うっ…」  
 最近、フェイトはネルに甘くなった気がしてきた。エリクールに残ったのはネルとの新しい  
生活を始めるためだったが、エレナに与えられた仕事で多忙になってしまい、ここしばらくは  
ネルとのすれ違いが多かった。そのため、フェイトもどうにかしてネルとの時間を大切にしよう  
と考えていたため、彼女の願いを聞き入れないワケにもいかなかったのだ…。  
 
「…ネルに頼まれちゃ、断るワケにもいかないよ」  
「いい子だね」  
 満面の笑みを浮かべてネルはフェイトの頭をなでた。こうして彼に触れるのは何日ぶりだろう?  
最近は復興作業や作業の妨げになる魔物の駆除などの仕事に追われ、彼と語らう時間すら  
無かった。すれ違いが多かったネルにとって、彼に触れるという行為が何とも言えない至福を  
齎す。  
「いつなの?」  
「明日の朝さ」  
「…じゃあ、明日の朝、城門の前で」  
「分かった」  
 ネルを選んだとは言え、まだ2人の中はそれ程進展しているワケではなかった。国家公務員  
であるネルと、国家公務員になってしまったフェイトにとって、まだまだ職務が見えない障害と  
なって立ち塞がっていたのだ…。  
「ところで…イリオムっていうのはどんな国なんだい?」  
「アーリグリフと正反対の国さ。緯度のせいで年中暑いし、海が近いから貿易船や観光客で  
賑わってる。戦争とは本当に無縁の国だよ」  
「へえ…そんな国がシーハーツの側にあったのか…」  
「それと、涼しい服装で行った方がいい…念のために剣も忘れずにね」  
「うん、そうする」  
 軽く会釈したフェイトはネルに髪に手を伸ばし、軽く撫でた。   
「…少し、やつれたんじゃないの?」  
「…アンタがいるから、平気さ///」  
 顔を紅めたまま、ネルは研究室から出て行った…。  
 
「お熱い事で…」  
「クレア…見てたのかい?」  
「任務を変わってくれって言うから何かと思ったら…そういう事だったのね」  
 クスクスと悪戯っぽく笑うクレアを、ネルは照れながら見ていた。  
「でも、あなた達の仲はみんな知ってるし…今回がきっかけでフェイトさんと進展できると  
いいわね」  
「…まあね///」  
 クレアの茶化しで更に顔を紅くしたネルは、明日に備えて自室に戻った。  
   
 そして、あっという間に日が昇り…。  
「あはよう、ネル」  
「フェイト…もう来てたのかい?」  
「ネルを待たせちゃわるいだろ?」  
「…悪いね///」  
 今回は服装を変えた2人。いつもの冒険スタイルではない。フェイトは薄い生地のシャツに  
シーハーツの研究服、ネルは施術士用の簡易ローブ・夏バージョンだった。  
「服装って…こんな感じでいいの?」  
「ああ…暑くなったら上着を脱げばいい。剣はいつもみたいに腰にね」  
「ハハ、久しぶりだから…腕がなまってないか、少し心配だよ」  
「フェイトなら大丈夫…体が覚えてるさ。…そろそろ、出発するよ」  
「うん」  
 イリスの野に向けて、2人は歩みを始める。が、魔物も2人の強さを感じとったのか、  
全く出てくる気配がない。数時間で、イリオム手前の橋にたどり着いてしまった…。  
「この下の川は流れが速くて渡る事はできないし、エアードラゴンに乗って空から進入しようと  
すれば高く険しい山が邪魔してうまく飛べない…イリオムは自然の要塞とも言える国なのさ」  
「橋が唯一の交通手段だったってワケか…」  
「早く渡ろう。夕方までには国境に入りたいからね」  
「ああ」  
 鬱蒼としげる木々がそびえる森を抜けると、その眼前には…。  
「見えたよ…国境の村…『ティースピィ』だ…」  
 
「さっきまで川があったと思ったら…もう海が見えるよ」  
「だがおかしいね…前に来た時は村の港に何隻も貿易船が停泊していたのに…静かすぎる」  
「村に行ってみよう、何かあったのかもしれない」  
 日差しが強くなり、上着の研究服を脱いだフェイトに先導され、ネルも再び歩みを進めた。  
 まもなく村に着いたものの、商業国家の入り口にしてはどこか変だ。かなり大きな村であったが、  
何故だか人々に活気がない。  
「あんまり賑やかじゃないね…」  
「村長の家に行こう。前に会った事があるから、事情が聞けるかもしれない」  
 
「久しいのう、ネル殿…」  
「村長も、お元気そうで…」  
 ネルは懐かしそうにティースピィの村長にお辞儀をし、椅子に座った。  
「そうか…戦争は終わったのか…長かったわい…」  
「はい、それで再びシーハーツとイリオムとの国交を復活させようと、シーハート27世陛下の  
国書をイリオス21世陛下にお届けするため参ったのですが…」  
「そうか…難儀じゃったなあ…」  
 よっこらしょ、と村長は椅子から立ち上がり、窓から眼下の海を見下ろし、呟いた。  
「じゃが…今はイリオムに近づくことができんのよ…」  
「えっ?」  
「あの星の船が現れた日以降…海に住んでいたある魔物が急に巨大凶暴化してのう…イリオムや  
この村に近づく貿易船を次々と襲っておるのじゃよ。イリオムにはこの村の定期船を使わんと  
行けんし、貿易船が来ないと商売もできん…わしらも難儀しとるんじゃ」  
 かつて屈強な海の男であったろう村長も、さすがに参ったという感じでため息をつく。  
「(星の船…バンデーンが現れた日以降…魔物が巨大凶暴化……まさか!?)」  
 フェイトの脳裏に嫌な予感がよぎる。確か、あのバンデーン艦は撃沈されたはずだが…。  
「(クォドラックスフィアの生物汚染かもしれない…海の魔物が、エナジーストーンを飲み  
込んだのかも…何てことだ、バンデーンの脅威はまだ終わっていなかったのか!?)」 
 
「…わしらはアレを『シーヴァイパー』と呼んでおる。その牙は船を砕き、毒液は海を  
腐らせる…今までに何度もイリオムから討伐隊が出向いておるんじゃが、どんなに傷つけても  
すぐにピンピンしおるのよ…」  
「まさに化け物だね…」  
「…」  
 村長の言葉を聞き、フェイトは確信を持った。やはりエナジーストーンが原因だ。その昔、惑星  
エクスペルでも似たような災害があったはず。まさかエリクールにも起こるとは…。  
「…どの道、シーヴァイパーを退治しないとイリオムには行けないのなら…僕らが取るべき道は  
1つしかありません…だろ、ネル?」  
「ああ…久しぶりに骨がありそうな奴みたいだしね」  
「お主ら…アレを退治する気か? じゃが…」  
「心配は無用だよ、村長。私らに任せておきなって」  
 村長はネルの強さをよく知っている。以前、彼女が初めてティースピィを訪れた際にも村の  
周辺を荒らす魔物を退治してくれたからだ。だが、今回の相手は…。  
「大丈夫です、僕らを信じてください」  
「絶対にシーヴァイパーを退治してみせるよ」  
「…ふーむ…アペリスの加護を信じてみるか…が、お主ら2人だけでよいのか?」  
「ええ、彼女と僕だけで十分です」  
「そうか、では今日は海辺のホテルに泊まるいい。わしがオーナーなんじゃが、シーヴァイパー  
のせいで客は入らんし、従業員にも暇を出しとるのよ。自由に使ってくれい」  
 そう言うと村長は引き出しからカギを取り出し、ネルに手渡した。  
「マスターキーじゃ、好きな部屋を使うといい。ま、部屋数はそんなに無いんじゃがの…ホッホッ」  
「ありがとうございます。じゃあ、行こうか、ネル」  
「ああ」  
 村長に礼を言い、フェイトとネルは海辺のホテルへと向かった…。  
 
海辺の木造ホテルの一室…。  
「さて、シーヴァイパーについて何か心当たりがあるんだろ、フェイト?」  
「相変わらずネルは鋭いなぁ……うん、実は……」  
 フェイトはシーヴァイパーについて、自分の見解をネルに説明した…。  
「―――と言うワケなんだけど…」  
「なるほどね…星の船の動力源を野生の魔物が飲み込んだってワケか…」  
「エナジーストーンを破壊しない限り、シーヴァイパーを退治する事は不可能なんだ。  
どうにかしないとね…」  
「腹をかっさばいて、その石を出しちまえばいいじゃないか」  
「て言うか、最初からそのつもりさ」  
 そう言うとフェイトはカバンを取り出し、何やらゴソゴソと探し始める…。  
「こんな事もあろうかと…新開発したコレを持ってきて正解だったよ」  
「…何だい、このブーツは?」  
「僕のここ数週間の研究成果さ…名付けて『パワーブーツ』!」  
 フェイトが取り出したブーツ…兵士が戦場で履くグリーブ型の形状をしているが、何やら施術  
の気配がする…。  
「このパワーブーツにはリパルサーシフト機能を搭載している。靴の底面に仕込んだパワー  
ストーンがこの星の自転と反発して、ある種の磁界を生み出すんだ。そもそも、この技術は辺境の  
惑星『スペルバインダーランド』を支配する『スペルバインダー』が開発したもので、未開惑星  
保護条約にひっかかっちゃうんだけど…」  
「…簡潔に説明してくれないかい?」  
「あ、ああ、ゴメンゴメン…つまり、これを履けば空を飛べるんだ」  
「何だ、初めっからそう言ってくれればいいのにさ…」  
 ネルはふう、とため息をついた直後、目を見開いた。  
「空を飛べるだって!?」  
「う、うん、飛べるよ」  
 
「このブーツを大量生産できれば、アーリグリフのエアードラゴンにも負けない機動力になるよ!」  
「そ、それが…パワーストーンの充電には営力を使うんだけど…充電するためのエネルギーが  
ハンパじゃないんだ。それこそ、サンダーアロー並で…この1足を作るためにもかなりの営力が  
必要だったんだ」  
「そ、そうかい…」  
 空を飛べるブーツと聞いて目を輝かせたネルだが、1足作るだけでもやっとだと聞いて非常に  
残念な様だった。確かに、戦場や災害地において空を飛べるというのは非常に有利であろう。  
「さっき言いかけたけど、これは元々、スペルバインダーという種族が作った『パワースーツ』  
って兵器の応用版なんだ。その兵器は施術の力なしに雷を撃ち出す事ができて…」  
「…もうブーツの説明はいいよ。で、それを履いてどうするんだい?」  
「ん、ああ…本題に入ろう」  
 フェイトは紙を取り出し、図を書き始めた…。  
「僕がコレを履いて沖まで飛んでシーヴァイパーを浜辺までおびき寄せるから…」  
「…うん、それで?」  
「アイシクルエッジでシーヴァイパーの周りの海水を凍らせて動きを止める、と。ネルはその  
時、黒鷹旋を撃って」  
「…なるほどね」  
「エナジーストーンがシーヴァイパーの体内のどこら辺にあるかは、このクォッドスキャナーで  
解かるから、トドメは僕が刺すよ」  
 図を描き終わり、フェイトは筆を置いた。久々に剣を握るのでいささか不安要素もあったが、  
ネルがいてくれるのでそう心配することはないだろう。だが、相手はエナジーストーンを飲み  
込んだ相手である。油断はできない。  
「…今も…あの海の向こうに反応がある…」  
「…この光ってるやつだね?」  
 窓から夜の海を眺めながら、シーヴァイパーの体内に存在するエナジーストーンに反応する  
クォッドスキャナーを持つフェイトの手に、ネルの手が触れた…。  
 
「…ネル?」  
「…」  
 ネルは何も言わない。けれでも、彼女の言いたい事は何となく分かる気がした。  
「あのさ、フェイト…化け物退治の前にこういう事言うのも何だけど…その、久しぶりに…」  
「…ネルからお誘いが来るとは思わなかったなぁ」  
 ニコッと笑ったフェイトに対し、ネルは耳まで赤くなって少しだけ俯いてしまう。  
 普段お堅いイメージのあるネルだけに、こういう反応が可愛らしい。  
「フェイト…どうなのさ…?」  
 ティースピィは夜と言えども蒸し暑く、部屋にはフェイトが持ってきたアイスボールが置かれ  
見えない冷気を発しているものの、この2人の間に流れる空気だけは何となく熱く、甘ったるい  
気がしないでもなかった…。  
「…私、変わっただろう?」  
「…?」  
「アンタと出会っちまって…私は変わってしまった。…仕事一筋を演じてきたはずだったんだ  
けどねぇ…」  
「…今は、どうなの?」  
「…アンタ一筋さ///」  
 媚びる様な瞳でネルはフェイトに迫る。いつも真面目な反面、こういう時のネルは何だか淫靡  
的で、フェイトもこれには弱かった。  
 とは言え、機を逃すのも惜しいし、ネル程の美人からのお誘いを断るのは男としてどうか。  
それ以前に、自分はネルのためにエリクールに残り、技術者として生きていく事を決めたのだ。  
自分の選んだ女性が自分を欲してくれているのだから、応えないのはあまりにも失礼すぎる。  
「…ネルにそう言ってもらえるなんて…光栄だね」  
「…///」  
 ネルの顎を指でクィッと押さえ、フェイトはもう一方の手を彼女の背中に回しつつ、口付けを  
交わしてやる。相変わらず真っ赤なネルだったが、今はフェイトに甘えたい一身だった…。  
 
 さざ波の音が心地よい…この穏やかな海に巨大な化け物が潜んでいるなど、到底考えられない  
程だ。だが、明日にはその化け物を退治しなければならない。休むなら今のうちがベストのはず。  
しかし、若い2人は…。  
「今日の服は…ちょっと脱がしにくいね」  
「…施術士用の…簡易ローブだから…」  
 さんざんネルの唇を貪ったフェイトは腰の方に手をやり、彼女の服を脱がしていく。  
いつもの忍装束なら割と簡単に脱がす事ができるのだが、今回はちょっと勝手が違った。  
「イリオム王に会うんだ…シーハーツの使者の私が…あんな格好じゃマズイだろ…」  
「そうかなぁ? いつもの格好の方がネルのラインが良く見えて好きだな、僕は♪」  
「…アンタ、そんな目で見てたのかい? やらしい奴だよ…全く…」  
「そのやらしい奴が好きなんだろ、ネルは?」  
「うっ…///」  
 少しフェイトに意地悪してやろうとしたネルだが、見事に墓穴を掘ってしまった。  
「…怒った?」  
「…別に」  
「怒った顔も可愛いね、ネルは」  
「…マセガキ///」  
 そう、確かにフェイトはネルからして見れば4つ年下の彼氏になるワケで…。  
「でも、たまにはネルの口から聞きたかったんだ…」  
「…?」  
「僕はネルの事好きだけど…ネルは本当に僕の事好きなのかな…ってさ」  
「…バカだね、嫌いなら…アンタにこんな事される前にブチのめしてるよ」  
「…ブチのめされてないって事は?」  
「…私に言わせる気かい? …悪趣味だね///」  
 自分が口下手なのはネル自身がよく知っている。フェイトの事は出会った頃は利用するための  
存在としか見ていなかったものの、今では無くてはならない存在として見ている。  
 
 だが、どうも面と向かってそういう事を言うのはネルにとって気恥ずかしい事であり…。  
「こうやって態度で示してるんだから…それでガマンしな///」  
 そうこう言っているうちにフェイトの手がネルの服を脱がし終わり、ベッドに軽く押し倒した。  
もし別の男にこんなことをされようものなら間違いなくネルの鉄拳が飛んでいるのだが…。  
「…フェアじゃないね、アンタも脱ぎな」  
「うん」  
 フェイトも研究服を脱いだ。室内には電器など無いため、星明りが頼りなのだが、フェイトには  
ネルの真っ赤な顔がよく見える。しかし、この前に比べて…。  
「やっぱり…少しやつれたでしょ?」  
「…元からこういう体なのさ、私は」  
 昔から訓練や実戦で生傷の絶えなかったネル。施術治療のおかげで傷跡が残っているワケでは  
ないが、少なくとも10代の頃にはロクな思い出がなかった。  
「…でもキレイだよ」  
「…アンタがそう言ってくれるだけマシだね///」  
 両腕でフェイトを自分の胸に抱き寄せ、ネルは窓からこぼれる星明りに目を向けた。  
「(アンタは…あの空の向こうから来たんだろ…?)」  
 イーグルがアリーグリフに不時着したあの日…。  
「(あの日から…私とアンタの運命が動き始めたんだ…)」  
 共に潜り抜けてきた戦火の数々…。  
「(アンタには色々と教えられたしさ…『命の尊さは、計算なんかでは表せやしない!』だろ?  
名言だったよ…あれは。少なくとも、私には効いたね…かなり)」  
 銀河の運命を賭けた戦い…。  
「(私もアンタと一緒に生きたいから…だから…最後まで戦えたんだって…知ってたかい?)」  
 フェイトは無邪気な赤ん坊に戻ったかのようにネルの胸の中で甘えている。さっきとは立場が  
逆になったという事なのだが、ネルはそれを咎めるつもりはなかった。  
「(…つまりさ、私も……アンタが好きだよ…私の…星の王子様…)」  
 星と月だけが見ていた―――――――――――――――――――――――。 
 
「あ…」  
「ん…どうしたのさ」  
 ネルを抱いていたフェイトが唐突に呟いた。まだ夜は明けていない。  
「ネルに…言い忘れた事があったんだけど…」  
「何だい? 言ってごらんよ」  
 そう言うネルに少しフェイトは苦笑いしつつ…。  
「実は…あのパワーブーツ…水に濡れると…壊れちゃうんだ」  
「…は?」  
 初耳である。しかも相手は海にいるというのに、よりによって水が弱点とは…。  
「…て事は、水しぶきがかかったりしたら…海にドボン、って事じゃないか!」  
「防水加工を施そうにも予算が足りなくてさ…ゴ、ゴメン…」  
「…不安になってきたよ」  
    
 朝。いよいよシーヴァイパーの討伐に乗り出す2人。手はずどおり、ネルは浜辺で待機。  
フェイトはパワーブーツを履いて沖まで飛行、シーヴァイパーをおびき寄せる事に…。  
「くれぐれも濡らさない様に注意しなよ」  
「ああ…ネルも頼んだからね」  
 パワーブーツの電源を入れ、フェイトはトン、と地面を蹴り、浮かんだ。  
「…だいたい100mくらい浮かべば大丈夫かな…じゃあ、行ってくる!」  
「何かあったら連絡するんだよ!」  
 そう、フェイトは事前にネルにイヤホーン型通信機を渡しておいたのだ。連係プレーに連絡  
はかかせないし、テレグラフくらいの技術があれば開発も造作ない。  
 
「クォッドスキャナーの反応が強いのは…この真下か!」  
 パワーブーツで沖合いまで飛んだフェイトはシーヴァイパーが潜んでいると思われる海域に  
達した。いよいよ、作戦開始である!  
 
「ネル、到着したよ。これより、シーヴァイパー退治を開始する!」  
『了解!』  
 クォッドスキャナーをしまい込み、フェイトは腰の剣を抜く!  
「パワーブーツはエリクールの自転と反発して空を飛ぶ…その際、ブーツを履いた人間の周囲に  
は強力な磁場が発生するなら…この海の底まで届くはず!」  
 剣を大降りに構え、フェイトは叫ぶ!  
「ライトニング……バインドッ!!!!!!」  
   
ズド―――――――――――――――――ンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!   
 
 バチバチと巨大な稲妻がフェイトの剣を経由して、真下の海に降り注ぐ!  
それは遠目でも確認でき、浜辺のネルも身構え、黒鷹旋を握り締めた。  
 
「シャァアアアアアアアア―――――――――――――――――ッ!!!!!!!!」  
 出た! シーヴァイパーだ! ゆうに200メートルはあろうかという巨大な青海蛇だ!  
旧約聖書に出てくるレヴィアタン(リヴァイアサン)を彷彿とさせる凶悪さ、まさに『海の毒蛇』  
の名に相応しい!  
「何てデカイんだ…!」  
 さすがにフェイトも驚きを隠せない。どうやら、エナジーストーンの力と施術(紋章術)に敏感  
なエリクールのモンスターがかけ合わさると、遺伝子構造が根本的に変化してしまうらしい。  
「エナジーストーンの反応は…アイツの腹の中…!?」  
 とは言え、コイツを浜辺まで誘導しなければ話にならない。フェイトは踵を返し、追ってこい  
と言わんばかりに挑発する。  
「シャァアアアアア―――――――――――――――――ッ!!!!!!」  
「うわっ!?」  
 
 シーヴァイパーの吐く毒液がフェイトを襲う! 海面から100m近く浮かんでいるにも  
関わらず、シーヴァイパーの毒液は容赦なく飛び掛ってくるのだ! 無論、よける事には成功したが、  
真下の岩礁は…。  
「何て溶解度だ…岩が一瞬でドロドロに……これもエナジーストーンの力か!」  
 だが驚いている場合ではない。  
「さあ、僕はここだぞ!」  
「グシャァァァァアアアアアアアアッ!!!!!!!!」  
 シーヴァイパーの泳ぐスピードは異常なまでの早さだった。パワーブーツの飛行スピードと  
同等か、それ以上か!?  
「くっ…浜辺に着く前に追いつかれる…!?」  
 あと数キロという所まで来ているのに…!  
『フェイト、もしかしてヤバイのかい!?」   
「まだ大丈夫! もうすぐだから待ってて!」  
 浜辺が見えた! だが、ネルの黒鷹旋が届くにはまだまだ距離がある!  
「もう少しなんだ…!」  
 あと少し…!  
「よし、ここまでくれば!」  
 ギリギリセーフでおびき寄せポイントに到着し、再び剣を抜くフェイト!  
「アイシクル……エッジッ!!!!!!!!!」  
 
 ピキッ、パシパシ…ピシィッ……!!!!!!!!!  
 
「グシャ……シャアァァ!!!!????」  
 凄まじい冷気がシーヴァイパーの周囲の海水を凍らせ、動きを封じる!  
「ネル、頼む!」  
『…いくよ!』  
 浜辺のネルは目標を捕らえ、勢いよく技を繰り出す!  
「黒鷹旋――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!!!!!!!」  
 
「ギャアアアアアアアアアア――――――――――――――――――スッ!!!!!!!!!!!」  
 ネルの放った黒鷹旋はシーヴァイパーの堅牢な鱗を裂き、胴体を真っ二つに!  
「エナジストーンは…あれかッ!!!!!」  
 すかさず、肉の切れ目から毀れでるエネジーストーンの結晶を発見し、空中から切りかかるフェイト!  
 
 ザシュッ…ピシッ…パキィィィィィンッ!!!!!!!!  
 
 フェイトの一撃がエナジーストーンを破壊し、かけらも残さず消滅させた!  
「よしッ!」  
『フェイト、よくやったよ!』  
 だが…!  
「シャシャシャ―――――――――――――――ッ!!!!!」  
 エナジーストーンを破壊され、不死身の生命力を失ってしまったシーヴァイパーが、最後の命を  
振り絞ってフェイトに毒液攻撃をしかけてきたのだ!    
「クッ、往生際が悪いぞ!」  
 フェイトはよろけながらも毒液をさけ、シーヴァイパーの頭部に稲妻を落とす!  
「シャアァァァ………………ッ」  
 ついにシーヴァイパーは力尽き、風化しながらエナジーストーン同様、消滅した…。  
『#$%☆♪』  
「えっ、ネル?」  
 ネルからの通信が入ったのだが、何故か彼女の言っている事が分からない…もしや!  
「しまった! クォッドスキャナーが!」   
 見ればヒュウウウ、と下の海に落ちようとしている! あれを無くしたらこの星の住民と会話  
する事もできない!  
「間に合え――――――――――ッ!!!!!!」  
 パワーブーツ最大出力! 電動線がむき出しのために水に濡れればショートしてしまう事も  
忘れ、フェイトは海に突っ込んでいった…。  
 
「…あれ、僕は…」  
「…気がついたかい?」  
 この天井は見覚えがある。昨夜、ネルと過ごしたホテルの天井だ。  
「ネル…君…言葉が…」  
「…心配かけるんじゃないよ、全く…」  
 腫れた目をこすりながら、ネルは涙目でフェイトに呟く。  
「何で…海に飛び込んだりしたのさ!? あのブーツが水に濡れると壊れるって言ったのは  
アンタだろう!? それなのに…どうして!?」  
「…ネルとの絆を…失いたくなかったからね…」  
 フェイトは自分の手にクォッドスキャナーが握り締められているのを確認し、あの時の状況を  
思い出した。海に飛び込んでクォッドスキャナーを掴んだのはいいものの、海水に濡れたパワー  
ブーツがショートして漏電、フェイトはそのまま感電して気絶してしまったのだ。  
「バカ…言葉なんか通じなくて…私はアンタの事…!」  
「…ああ…それは僕も同じだよ…」  
 少ししゃがれた声だったが、フェイトの声は力強く、自信に満ちていた。だが、ネルはそっぽを  
向いて目を合わせようとしない。  
「…ネル、泣いてる?」  
「泣いてないよ!」  
「泣いてるでしょ?」  
「…アンタが無事だったからさ!」  
「…」   
 クスリと笑ったフェイトはまだ少し重い体を動かし、ネルへ手を伸ばす。  
「…心配かけちゃったね…ゴメン」  
フェイト後ろから抱かれ、ネルは静かに嗚咽をこぼす。  
「…私を泣かせるなんて…ちゃんと…責任…取ってもらうからね…」  
「うん…」  
 夕焼けが眩しい。シーヴァイパーの消えた海は、とても心地よい波音を生んでいた…。 

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