「あの、今…何と…?」  
「修行のために村を出る…と言ったんだ」  
 アリアス・領主屋敷内の一室。  
 小さな明かりが灯す中、そこに佇んでいたのは釈然としない様子の  
クレア・ラーズバートと彼女の様子を無言のまま見つめるアルベル・ノックスの2人。  
「随分と…急なお話ですね」  
「復興も殆ど終わっちまった今、俺は暇で暇でしょうがねえんだよ」  
 アーリグリフとシーハーツ両国に和平が齎されてから、かなりの時が経つ。  
アルベルがアーリグリフ王の勅命を受け、復興の手伝いのために漆黒部隊を  
引き連れてアリアスを訪れるのを快く思わない者も多数いたが、それでも彼は  
寡黙に部下達と復興作業を続けた。  
 たまにアーリグリフによって肉親の命を奪われた者がアルベルらに  
詰め寄る様な場面もあったけれど…そういう時は大抵ネルかクレアが間に入り、  
争いになる前に何とかしていたのである。  
 そうして、そんな日々が何ヶ月も続き…今に至る。  
「…何か言いたいことがあるならハッキリ言え、阿呆」  
「……」  
 アルベルはハッキリ言え、と言うがクレアはそうもいかなかった。  
彼の紅い瞳はまるで自国の女王の様な威圧感があり、言いたくても言い出せない。  
 そんな魅力がアルベルにはある…が、それに逆らえないクレアは…。  
「…ここの居心地が悪かったのですか?」  
「あン?」   
「私…何かアルベルさんの気に触る様なこと…」  
「してねえ」  
 
 上目遣いでアルベルを見つめながら、クレアは恐る恐る尋ねた。  
と言うのも漆黒部隊のうち、隊長の彼だけはこの領主屋敷に住み込みながら  
生活していたのである。無論、当初クレアの部下達は彼と一つ屋根の下で暮らすことに  
猛反対した。が、クレアの尽力により、最初は様子を見る…ということで何とか  
了解を得ることができた。今では彼と親しくなった者もいるし、未だに戦争時の  
彼の非道を許せない者もいる。そんな状況がずっと続いていたのだが…。  
「言ったろうが…復興が終わったら俺は用済みなんだよ。  
かと言ってアーリグリフに戻っても、部下共は戦争が終わったせいでヘタレてやがる…。  
修行して暇を潰すのが一番手っ取り早いんだよ」  
「でも…」  
 クレアは思う。“今でも十分強いのに…”と。  
自分やネルが2人同時にかかってもきっとアルベルは軽くあしらってしまうことだろう。  
何しろ、この世界を救った英雄の1人…“歪のアルベル”の強さは十分知っていた  
つもりだが、異世界への旅は更に彼を化け物染みた強さにしてしまった様で…それは、  
彼の腰に下げられた魔剣クリムゾンヘイトが十二分に物語っていた。  
「俺は疫病神なんでな…今回はちっとばかし長居が過ぎた」  
「でも、まだ私達には貴方が必要なのに…」  
「ハッ…そりゃ語弊があるな。“私達”ってより、“私”じゃないのか?」  
「そんなコトは…」  
「あるよな」  
 壁によりかかっていたアルベルが不意に体勢を立て直し、クレアの背後に回って  
そのまま覆い被さる様に抱きしめる…別段、クレアは抵抗しようとはしない。  
 ただ、顔を上気させて俯くだけだった。  
「…親友が惚れた男を寝取る気分は…どうだ?」  
「やめて…言わないでください…」  
 そう、クレアは気づいていた。ネルがあの戦いを通して、密かにアルベルに対して  
敵対心や憎しみ以外の感情を抱いてしまっていたことに。   
 
 だが、いくら和平を結んだからと言っても、かつての敵であることに間違いはない。   
彼女の親友としての正義感に駆られたクレアは、必死になってアルベルとネルの関係が  
これ以上発展しない様に努力した。それが、ネルのためだと信じて。  
 けれど、いつの間にか…いつの間にか、彼に恋焦がれてしまっていたのは…。  
「(私…だった…)」  
 今思うと、あれは嫉妬に近い感情だったのかもしれない。  
敵同士など、そんなの無しに…ただ純粋に、男と女の本能的な感情として…。  
 だが、アルベルは全て知っていた。知っていた上で、甘んじて今まで受け流してきた  
のだ。ネルが自分に対して複雑な感情を抱いていたのを知ったのは旅の終わり頃だが、  
敢えて気づかないフリをし、彼女と一定の距離を置くことで関係を保とうとした。  
 別にネルを…彼女のことは好きでもないし、嫌いでもない。  
飽くまで、旅が終わるまでの「仲間」なのだ。それ以上でも以下でもない。  
 そのため、自分とネルの関係を誤解したクレアの奮闘する姿はアルベルにとって  
絶好の暇潰しとなった。特に、当初はそれなりに強気な態度で接していたクレアが  
いつの間にか汐らしく、また恥らう様な接し方をしてくるのが堪らなく滑稽だったのだ。  
「テメェはいつも…俺を追いかけ回してたよな」   
「そう…ですね」  
「俺がこの屋敷に住むことが決まっても反対しなかった…あれも作戦の一つか」  
「……」  
「ダンマリかよ」  
 だが…いつの間にかクレアの態度も気にならなくなったのか。  
それとも、自分の意思でそうしたのか…気がつけば彼女を抱き、共に夜を過ごすことが  
多くなった。どちらかと言うと、求めたのはクレアだっただろう。  
 普段が普段だけに、時折ベッドの中で垣間見えたクレアの“雌の顔”はとても  
淫らで、それでいて美しかった。黒い髪が夜に冴える…とでも言えばいいのか。  
 彼女の反応を見る限り、初めてだったのだろう…だが、アルベルにとってそれは  
どうでもいいこと。要は、自分を熱くする女かどうか…それだけ。  
 
「アルベルさんは卑怯です…そうやっていつも、私ばっかり…」  
「不器用なだけだ…これが俺流なんだよ」  
 クレアにしてみれば顔から火が出るくらいに恥ずかしかった。  
仮にもクリムゾンブレイドの1人たる自分が彼の前では…ただの女に成り下がって  
しまうのだから。その思いが、彼がかつての敵であるという事実と合わさると…更に。  
「俺はな…今まで本気で誰かを愛したことなんざ、一度もねえ」  
 クレアを抱く力が強まり、最初は鎖骨の辺りにあったアルベルの腕が徐々に下がり…。  
「んッ…ぅ…」  
 クレアの甘い声が掠れる様に漏れる。顔は一段と上気し、微かに震えを呼んだ。  
「別に気取ってるワケじゃねえけどな…怖いんだ、俺は」  
「え…?」  
 胸を鷲掴みにされて悶えていたクレアも、アルベルの発した意外な言葉に反応せずには  
いられなかった。“怖い”…彼の口からそんな言葉が漏れるなんて。  
「俺は自分に自身が無ェ…クロセルを従えた後も、クリムゾンヘイトを手に入れた後も、  
この世界とやらを救った後も…俺は自分に自身が持てなかった…」  
 その言葉に比例するかの如く、先程まで強くクレアの胸を掴んでいた  
アルベルの力が少しだけ弱まった。クレアは、黙って彼の言葉に耳を傾けている…。  
「誰も本気で俺を受け入れてくれやしない…そう、バカみてぇに思い込んでた」  
「……」  
「心の底から他人を信じたことも無ェ…信じられるのは、自分だけだ…」  
 ここで、アルベルの言葉が詰まった。次は何を話せばいいのか…普段、自分からこんな  
話をする様な人間ではないため、自分でもよく分からないアルベル。  
 けれど、クレアは…。  
「心の飢えを癒すために…自分を傷つけていたんですね」  
「…そう、かもしれねえ」  
「強さを示すことで、誰かが自分を受け入れてくれると信じて…」  
「あぁ…間違っちゃいねぇ」  
「本当は誰よりも…愛に飢えているヒト…それが、本当の貴方…?」  
 今なら分かる。どうして、彼が自分を抱いたのか。  
「貴方は…独りが怖かったんですね…」 

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