しんしんと降り続く雪。このアーリグリフという地方は“夏”を知らない。  
だが、一年のうち殆どが銀世界というこの辺境の地も、激動の一年を終え、  
新たな年を迎えていた…。  
 それはここカルサアも同じこと。町に雪が降るなど、この時期だけの光景である。   
 
「おい…起きなよ」  
「…っせェ、もう少し寝かせろ」  
 ベッドから身を乗り出した赤髪の女が長髪の男の身体を揺さぶる。  
見る限り、共に肌着は身に着けてはいない…つまりは、裸であった。  
 男女共に二十代前半だろうか…女の身体は均整が取れ、しなやかで美しく。  
男の身体は鍛え上げられた肉体とあちこちに見受けられる古傷が歴戦の勇士である  
ことを物語る…が、一番目を引くのはその左腕。上腕骨の下半分が無い、その左腕だった。  
「ったく…寝起きの悪い男だね」  
「…寒ィのは苦手なんだよ」  
「暖房器具を持ってきてやったろ?」  
 ベッドから降り、床に散らばっていた衣服を身に纏い始めた女…ネルが指さす先に  
あったのは、彼女が自国からわざわざ彼…アルベルのために持ってきた暖房器具。  
 紅い水晶から暖気が流れるという、施術の生み出した生活の知恵である。   
「…それでも寒ィもんは寒ィんだ」  
「…大雪の日でもヘソ出して歩いてるクセに」  
「ほっとけ」  
 そう言うとアルベルはまた、毛布を頭まで被って眠りに着こうとする…が、ネルは  
それを許さない。彼の伸びきった髪をグイと引っ張り、夢の世界から引きずり起こすのだ。  
「アンタねぇ…新年なんだよ?   
今日は陛下もわざわざこっちにお見えになるんだし、私だってアンタのとこの王や  
ロザリアにだって顔見せしなきゃならないんだ…それはアンタも同じことだろうが」  
「…かったりぃ」  
 
「漆黒の団長だろうが…シャキッとしな」  
 “全く…どうしてこの女はこうも口うるさいのか…”などとボヤいたらまた  
何か言われるのは必至。仕方なくアルベルも名残惜しそうにベッドから身を乗り出し、   
衣服を纏い始める…。  
「ふぅん…やれば出来るじゃないか」  
「フン…元はテメェのせいだからな」  
「何で私のせいなのさ?」  
「…夕べ、誰かさんが喘ぎまくったおかげで眠れなかったんだよ」  
「なッ…!」  
 ここまで押しを強くしていたネルだったが、アルベルの一言で急に黙ってしまった。  
どうやら図星だったらしく、昨夜の自分の痴態を思い出したのか…顔を赤らめている。  
「ほらな」  
「な、何が“ほらな”だよ! さ、散々あんなことしておいてさ!」  
「あんな時間に俺の家に来るテメェが悪い…年末くらい静かに過ごさせろ」  
 俺の家…とはアルベルが戦争終了後にウォルターによって与えられた一軒家である。  
当初、ウォルターの屋敷に住み込むのをアルベルが嫌がったために急遽  
建てられた家だったのだが…まさか、年越しソバを食っている最中にネルが  
尋ねてこようとは思いもしなかった。  
 いや、正確にはずっと前にウォルターに、シーハーツから女王が新年の挨拶に  
来ると聞かされていたのを、アルベルが忘れていただけなのだが…。  
「テメェは部下共と一緒に女王の護衛をしてる方がいーんじゃねえのか?  
それとも…一日早く俺のトコに来たのには何か理由でもあんのか?」  
「べ、別に深い意味はないよ…」  
 アルベルは背中で語る。ネルの顔を見ようとはしない。と言うより、彼女が今  
どんな顔をしているか分かっている…そんな感じであった。  
「ホラ、腕だ」  
「あッ…うん」  
 衣服の纏ったアルベルは最期に、ベッドの側に置いてあった義手を掴んでネルに  
差し出した。ネルも彼が何を言いたいのか理解し、義手を受け取って彼の左腕にそっと  
はめ込む。カシャッ、という乾いた金属音が響いたかと思うと、アルベルは徐に左手を  
閉じたり開いたりして具合を確かめるのだった……どうやら、調子は良好らしい。  
 
「カルサアにも雪が降るとはねぇ…」  
 窓の外に広がる普段とは違うカルサアの景色に、ネルはため息を漏らす。  
それ年中、常夏の様な気候のシーハーツではお目にかかれない光景だった。  
「…な、何だい?」  
 ふと、アルベルの視線に気づくネル。  
彼も窓の外に振る雪を見ているのかと思ったが、どうやら見ていたのは雪ではなく…。  
「…あの時のガキがこんな冷めた女になっちまうとはな」  
「な、何さ…急に?」  
「昔、テメェがテメェの親父と何度かここに来たことがあったろ?  
あの時はまだ可愛げがあったと思ったんだが…まさかこんな風に化けるとはなぁ…クク」  
 珍しくアルベルが思い出し笑いを浮かべ、口元を緩ませた。  
が、当のネルは納得がいかない。そっちがそうなら、と思い出せる限りの記憶を  
振り絞り、アルベルに対抗しようと必至に“冷めた女”を演じるが…。  
「そ、そっちだって…あの頃はまだ常識人だと思ってたけど…今じゃヒネた  
戦闘バカで、ついでに服や髪のセンスも狂っちまった…変わるもんだねぇ」  
「そのヒネた戦闘バカに抱かれに来た女は…もっとバカなんだろうな」  
「うッ…うるさい」  
 いけない…攻勢に出たつもりが完全に遊ばれている。  
やはり、口ゲンカではアルベルには敵わない。昔からそうであった様に…。  
「…都合が悪いとそうやってダンマリか。昔からテメェは変わらねえ…」  
 アルベルの言う通り、あの頃も今もネルは変わらない。恥ずかしそうに俯き、  
そして彼が次に何を言うかを待っているのだ。これは、昔から変わらない…。  
「…ほ、本当のコト、言うとさ」  
「あン?」  
「アンタ、いつも独りだから…年の瀬くらいは一緒にいてやろうって…思ったんだよ」  
「…そりゃ、ご親切なこった」  
 と、ここで会話はストップ。満足そうな笑みを浮かべたアルベルに窓際から  
引き寄せられ、否応なしにネルは口付けられた。だが、抵抗は見られない。  
 
乱暴ではないけれど、どこか自分を狂わせる力をもった口付け…そう言えば昔、  
父と共にカルサア来た時も年末で…同じ年頃のアルベルとウォルターの屋敷で  
一緒に過ごして…そして…。  
「(あぁ…そう言えばコイツ…あの時も…)」  
 一瞬、ネル自身も忘れかけていた思い出が蘇った。遠い子供の頃の記憶…。  
まだアルベルが左腕を失う以前、“歪”の名で呼ばれる遥か昔のこと…。  
「(…マセた子供だったね、2人ともさ…)」  
 ゆっくりと、だが確実に続くアルベルとの口付けを楽しむかの様に、  
ネルも彼の背中に手を回す。あの頃は、こんなに広くなかったのに…。  
「…機嫌がよけりゃ今年もよろしくやってやる…阿呆」  
「…そうかい…そりゃ、どうもね」  
 長い口付けが終わった後の、素っ気無さ過ぎる会話。でも、2人にはこれで十分。  
 でも、確かあの時は…そう、確か…。  
「な、なぁ」  
「あんだよ」  
「確か、子供の時にも一度…したよね?」  
「何をだ」  
「そ、その…今の…」  
「?」  
 はて? と言わんばかりにアルベルが首をかしげる。  
ネルはおぼろげながらも覚えているのに彼は覚えてない…これはさすがにどうだろうか。  
「忘れた」  
「なッ! わ、私は初めてだったんだよ!? ア、アンタが誘ったからしてやったのに…!」  
「んなコト言われてもなぁ…テメェが親父とここに来たことしか、覚えちゃいねえよ」  
 アルベルの物忘れもここに極まった。  
「こ、この男は…ヒトを散々弄びやがって…!」  
「記憶に無いものは仕方ねェだろうが、阿呆」  
 形勢不利と見て、冷静を装いつつ軽やかに階段に駆け出すアルベル…逃げられたか。  
そっと彼によって吸われた口元をなぞり、彼の痕跡を確かめるネル…まだ、熱はある。  
「…ったく。昔から罪作りな男だね…」 

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