「おらァ!!!!」
アルベルの放った一閃により、がむしゃらに飛び掛ってきた魔物共は
無残にも皆次々と吹き飛ばされてゆく。それも、ある人物に向かって…である。
「全く…トドメを刺すのも楽じゃないわね」
その先に佇んでいたのはマリア。アルベルのカタナから生じた剣圧により
巻き起こる突風で乱れた髪をいじりながら、静かに腰のフェイズガンを抜き…。
「チェック!」
【EXEED CHARGE】
フェイズガンに音声入力によるターゲット指定を終え、
マリアはその両脚に全神経を集中…向かいくる魔物共に狙いを定め、地を蹴る!
「ハァァァ……トライデント・ア――――――ツ!!!!!!!!」
当ても無く続く旅。ルシファーを倒してから、ずっとこんな状況が続いていた。
辺境の未開惑星ならではの不便な歩き旅……でも、苦痛ではなかった。彼と一緒にいるから。
「今日はあの街に泊まりましょ」
「…俺は野宿で構わん」
「そういう訳にはいかないの」
旅の道中…魔物の襲来に合いながらも、久々に街の灯りを発見した2人。
アルベルは宿に泊まるのを嫌がっているが、マリアはそうもいかない。
ここ数日間の野宿により服は汚れるし、身体も洗っていない。
何より、先程の戦闘で浴びてしまった少量の魔物の返り血が気になってしょうがない。
「女の子の気持ちなんて…キミには一生、分からないでしょうね」
「分かるか阿呆…って言うより、テメェはもう“女の子”って歳じゃ…」
「うるさいわね!」
アルベルの無粋なツッコみに、マリアの乙女心は少しだけ傷ついた。
彼のためにこんな辺境の惑星に残ったのに、その彼はいつもこんな調子なのだ。
「…ったく。泊まればいいんだろうが、泊まれば」
「あら、最初からそう言えばいいのに」
マリアに迫力負けしたアルベルは、ついに野宿を観念…街の宿に宿泊することを了承した。
幸いにも旅の途中で発見したお宝や、アイテムクリエーションで作ったアイテムを売った
金がまだかなりある…宿代に困ることはないだろう。
「ほら、行くわよ!」
「はしゃぐな…阿呆が」
アーリグリフ地方から遥か彼方に位置する大陸…
それが今、彼らの旅する土地である。2人が旅を始めてから、もう一ヶ月程過ぎただろうか。
アーリグリフやシーハーツと違い、季節の移ろいを感じさせるこの土地。
そう言えば昼間は日差しが強く、セミの鳴き声が耳に痛かった…もう夏なのか。
「よかったわね、ちょうど部屋が空いてて」
「フン…観光客ばっかじゃねぇか…俺は人ゴミは好かん」
宿のおばさんの話によると、このシーズンは観光客が海水浴などのレジャーを
楽しむために大勢押し寄せるらしく、客室はいっぱいになる寸前だった…とのことである。
「でも…たまには私だって息抜きしたいもの」
「……」
寛ぐためにブーツとストッキングを脱ぎ、マリアは大きく背伸びをする。
ここ最近は滅多に魔物に遭遇しなかったものの、アルベルのペースに合わせて
歩いていたら脚が持たない。彼は身長が高いために歩幅が広く、背の低いマリアは
それを必死で追ううちに疲れてしまう…彼女の脚に負担がかかるのは、戦闘だけではないのだ。
「…オイ」
「何?」
「…脚、見せてみろ」
アルベルとて、マリアが心配ではないワケでは無かった。
が、自尊心の強い彼女のこと…自分から“脚が痛い”などと言うはずがない。
今までマリアは気丈に振舞っていたが…やはり無理はさせられない。
「え、ちょ、ちょっと…」
「いいから見せろ、阿呆」
ベッドにマリアを座らせ、アルベルは彼女の脚を手に取る。
「フン…やっぱりな」
「ッ…ゥ…!」
摩る様にマリアの脚を這うアルベルの指…特に負荷がかかったと
思われる部分を少しだけ強く触ると、自然とマリアの口からも声が漏れる。
「無茶しやがって…痛けりゃ言えってんだ」
「…キミの口から、そんな言葉が聞けるなんてね」
少しだけ顔を苦痛に歪ませながらも、マリアは軽口を叩いた。
それでも、初めて自分を気遣ってくれたアルベルの気持ちは嬉しい…が。
「あのね、気遣ってくれるのは嬉しいけど…」
「あン?」
「その…もう少し…優しく触ってくれないかしら…?」
彼の触り方は普段と違い、とても優しかった。けれど、マリアには十分過ぎる程…。
「ね、ねえ…お願いだから…」
「だから…十分優しくヤってるだろうが」
「そ、そうじゃなくて…」
以前にもアルベルは自分以外の女性の脚を摩ったことがあるのか…かなり巧みな手つきだった。
「魔物共のトドメ刺すのに、何も蹴り技を使うコトはねぇだろ…馬鹿か?」
「そ、その方がビジュアル的にカッコイイと思って…」
「…くだらん」
マリアの言い訳に呆れつつも、アルベルは彼女の脚を摩り続ける。
と、そろそろマリアも限界なのか…アルベルの手を止めてベッドから立ち…。
「も、もういいから……お風呂、入ってくるわね…」
「あン?」
「フゥ…」
アルベルのおかげで火照ってしまった身体…沈めると、湯船が小さく音を立てた。
「さすがはリゾート地ね…露天風呂まであるなんて…」
ここ最近は風呂に入っていない…念入りに身体を洗っておきたいし、
魔物との戦闘で返り血を浴びてしまった服は、クリーニングに出すのがベストだろう。
第一、観光地であんな異星の服を着て歩き回っていたら…目立ってしょうがない。
「(後で宿のおばさんに聞いてみようかしら…)」
もしかしたら、替えの服を貸してくれるかもしれないし…。
あと、脱衣所にフェイズガンを置きっぱなしにしているのも気になった。
だが、音声ロックがかかっているのでマリア以外が使うことはできない…心配はないはずだ。
「(…キレイな月)」
海を見やれば、月が浮かんでいるのも見える…もうすぐ満月らしい。
「(もう少し、ココに滞在するのも悪くないわね…)」
歩きと戦闘で疲労した脚を念入りに湯船の中で摩りながら、マリアは機嫌よく呟いた…。
入浴後、マリアが部屋に戻ると既にアルベルも風呂に入ったのか…髪が濡れていた。
何より、彼の格好と言ったら…。
「…何だ」
「フフ…結構似合ってるじゃない、その浴衣」
「…テメェもな」
アルベルもマリア同様、浴衣を着て彼女の帰りを待っていた。
普段の格好が奇抜なだけに、こういう庶民的な格好でも違和感がないのが彼の特異点か…。
「宿のおばさんにね、服のクリーニング中、替えの服を貸してくれないか頼んでみたの」
「ほぅ」
「そうしたら、娘さんのお古を貸してくれるって」
「フン…そりゃよかったな」
壁に凭れかかっていたアルベルは身を起こし、風呂から上がったばかりの
マリアの髪に触れる。まだ少し濡れているものの、どうやら本来の色艶を取り戻した様だ…。
「キミ、私の髪の色…好きでしょ?」
「別に…色が好きなワケじゃねえ」
「じゃあ…何が好きなのかしらね?」
「…テメェ、俺に言わせる気か」
「たまには…キミの口から聞きたいわ」
「……」
現時点ではマリアが攻勢であった。先程のお返しだろうか…マリアとて、
アルベルに言いようにされるがままでは面白くない。元クォークのリーダーなのだから…。
「ねぇ…言って」
「…どうしてもか」
「ええ、どうしてもね」
「…チッ」
根負けしたアルベルは小さく舌打ち、マリアの髪を触っていた手を下へとずらし始め…。
「え…な、何…?」
「いいから黙ってろ」
「ちょ、ちょッ…」
慌てるマリアを無視し、アルベルの手がゆっくりと…はだけた浴衣の中へ…と思ったら。
『お客さーん、ご夕飯をお持ちいたしました〜!』
何とまあタイミングよく、ドアの向こうから宿の女中さんの声が…。
「ホ、ホラ…夕御飯、来たから…」
「…間の悪い連中だ」
そして、あっという間に夕食タイム終了。食後は縁側で夕涼みをする2人。
「ねえ」
「なんだ」
「私…もう少しこの街に居たいんだけど…いい?」
「…駄目だ、と言っても聴きやしねぇんだろうが」
「分かってるじゃない」
まだ暑さは残っており、涼しさを得るためパタパタと団扇で扇ぐマリア。
アルベルはスイカを手にとってかぶりつき、外に向かって勢いよく種飛ばし…。
「テメェも…喰うか」
「あら、いいの?」
差し出されたスイカを手に取るマリア。
シャリッとした歯応えが堪らない。だがそれ以上に、ディプロで過ごしていたマリアに
とって季節の移ろいというのは新鮮で、生きていることを実感させるものだった。
「へえ…美味しいじゃない」
「スイカも喰ったことねぇのか?」
「この星のスイカは…初めてね」
果汁のついた口元を拭いながら、マリアが笑う。アルベルは無言で見つめたままだ。
「キレイな空だと思わない…?」
「いつもこんなモンだろうが」
「この大陸は緯度が違うから星がハッキリ見えるわ…気づかなかったの?」
「俺は寝るのが早いんでな」
マリアに言われるまで気づかなかったが…どうやらそういうコトらしい。
確かに星の位置で方角を見る時もあったが…正直、アルベルはあまり天文には関心が無い。
「星なんぞ見ても腹は膨れねぇよ」
「もう…ロマンのカケラも無いヒトね、キミって」
先程アルベルに言い寄られたマリアだが、今度こそ攻勢に出るべきだと判断したのか…
続けざまにスイカをシャリシャリと頬張る彼の肩に身を寄せ、星を眺めながら…。
「小さな星の話を…しない?」
「…好きにしやがれ」