まるで映画のワンシーンのように、二人はベッドの白いシーツを乱していた。  
柔らかく乳房を押し上げられ、ぷっくりと紅く膨れた突起を吸われると、彼女は長い髪を散らして悶える。  
「アアッ、」  
短く零れた嬌声が欲情を煽り、男は眼前のたわわな胸にむしゃぶりついた。  
あまりの快感に耐え切れず、彼女の身体は逃げ出そうと反り上がるが、男のたくましい腕は白く細い腰を捕まえて離さない。  
「香月……。」  
耳元に彼の熱い息が掛かり、シノンは反射的に身をよじる。  
本当に逃げたいわけではない。ただ身体が慣れていないだけなのだ。  
だから、やめないで……もっと、愛して。  
そう伝えたくて顔を上げると、シノンはそのまま彼の胸に抱き寄せられた。  
男の匂いがする。  
汗によるものだろうか。いや、やはり“男”の匂いだ。  
自分にはない匂い。けれどそれは決して不快なものではなく、むしろ安らぎさえ感じている。  
ずっと、こうしていられたらいいのに。  
シノンは祈るように目を伏せる。  
 
――そして、そこで彼女の目は覚めた。  
 
寒い程に暗い部屋の中で、シノンはまだ状況を理解出来ずにいる。  
ああ、夢だったのか。  
自室に戻ってベッドに身を投げた後、いつのまにか眠ってしまったようだ。  
うたた寝自体は、そんなに珍しいことでもない。  
だが、今日は酷く寝覚めが悪かった。  
……あの匂いの所為だ。  
シノンは夢の残り香と、数時間前にあった出来事を思い出す。  
 
ただ何かに寄り掛かりたかった。  
もしあの場に彼が来なかったら、シノンはずっと壁にもたれていたことだろう。  
だが偶然ではなく能動的に、彼はそこへ現れた。  
しかし、彼女にとってもそれは都合が良かったのだ。  
どうせ寄り掛かるなら冷たい壁より、優しい背中がいい。  
静かにシノンを受け入れる背中は温かく、男の匂いがした。  
 
そうだ、夢に出てきたのは、あの時の匂いだ。  
だからこんなにも生々しく知覚が蘇る。  
――そして。  
 
シノンは、ふと己の唇を指でなぞる。  
キスをした。  
望んでやったというよりは場の雰囲気に流された感が強いが、それでも確かにあの男に許してしまった。  
「あんなことして、よかったのかな。」  
独りごちてみるものの特に後悔の念もない。  
シノンは瞳を閉じると、反芻するように舌先の感触を思い返す。  
あのキスは、そういうキスだった。  
舌が入ってくることにさほど衝撃はなく、それよりも先に官能が立った。  
態度には表れじとも、シノンだって充分興奮していたのだ。  
成り行き次第では、あのまま身体まで許していたかもしれない。  
 
しかし彼はそこまで求めなかった。  
 
……私は、したかったのかな。  
だから夢を見たのだろうか。彼に抱かれて満たされる夢を。  
「コウ、キ。」  
思わず彼の名を零し、シノンは我に返る。  
その音を耳にして手遅れだと自覚する。シノンは墜ちてしまったのだ。  
彼が無意識に残した恋の罠に。  
頬がカッと熱くなっていく。こうなってはもう止められない。  
知りたい。  
あの男のことが、もっと知りたい。  
シノンは勢いよくベッドから起き上がると、その足で自室を飛び出して行った。  
 
実際に機関室へ赴くのは、初めてのことかもしれない。  
シノンは慣れぬ道筋を辿りながら思う。  
そもそも彼女と機関室との遣り取りは密にあるものではない。  
緊急時に入電があるくらいで、それが頻繁なようではむしろ困るのだ。  
ふと、シノンの足が止まる。  
そんな間柄の自分が押しかければ、きっと機関室員は不審がるだろう。  
かといって、正直に彼の顔を見に来たとは、とても言えたものではない。  
このまま引き返すべきだろうか。  
……ううん、会いたい。  
一目、様子を伺うだけでよいのだ。そうでもしないと気持ちが収まりそうになかった。  
誰かが出入りして扉が開いたところでも垣間見れればいい。  
心を決めて機関室へと通じる角を曲がると――徐に、彼が居た。  
「!!」  
シノンは慌てて角から引き戻る。  
行き成り、本人と対峙する覚悟までは出来ていない。  
いや、いっそ勢いのまま話し掛けてみるのはどうだろうか。  
キスした直後の気まずさはあれど、好いてくれているのだ。無碍にはされないだろう。  
何より、話がしたい。  
シノンは軽く息を吸い込むと、再び目の前の角を曲がった。  
 
榊原コウキは口元に手を置いたまま、微動だにしなかった。  
時折その短い頭髪を掻き毟り、難しい顔でまた腕を組む。  
思案に暮れた瞳には周りの景色が映る様子もなく、  
数メートル先に想い人が立っていることに気付く由もなかった。  
一つ、重たく溜息を漏らすのがシノンの耳にも届く。  
刹那、シノンは、彼がエンジンの1基が不調だと零していたのを思い出す。  
……今は、邪魔してはいけない。  
 
シャッとエアの擦る音を立て、機関室から一人の青年が顔を出した。  
「おやっさん、ちょっといいかな」  
「ん、ああ」  
コウキは己を呼ぶ声に顔を上げると、漸く気付いて通りを振り返る。  
「おやっさん?」  
「……今、そこに誰かいなかったか?」  
「ハァ?」  
「いや、何でもない」  
青年達は揃って扉の中へ消えると、廊下には静寂だけが残された。  
 
私室まで戻るのは、あっという間だった。  
シノンは逃げ込むように再びベッドへ潜り込む。なんて、浅はかなんだろう。  
告白に舞い上がっていた。彼はいつでも自分を想っているものだと自惚れていた。  
しかし今は航行の最中で、しかも戦争中で、その中、彼は機関長という重大な任務を請け負っている。  
自分とは違ったところで、彼はいつも戦っているのだ。  
そんなことさえ、気付かなかった。  
「私、最低」  
厳しい眼差しの横顔を思い出す。怖いくらい真剣な表情と、無骨な手だった。  
その大きな手を思い浮かべた途端、シノンの脳裏に先刻の夢がフラッシュバックする。  
……あの手に抱かれたら、どんな感じなんだろう。  
魔が差したようにそう思うと自然と体が動き出した。  
夢の中の青年がしていたように、シノンは両手を己の胸に押し当てると大きく揉み上げる。  
柔らかく弾む双丘の先端が、次第に硬く突起してきた。  
 
「……コウキ……」  
シノンはうわ言のように彼の名を呼ぶ。  
あの手で、触って欲しい。  
「んっ」  
シノンは服の中に手を入れると、強いくらいの力で乳首を摘む。痛いと思う奥にむず痒く甘さが走った。  
そのまましばし乳首を弄ぶ。指を上下に這わせるだけで充分に痺れるのだ。  
上気して息が荒くなる。と、同時に子宮の辺りが疼き出した。  
シノンは堪らなく秘部へと指を伸ばす。下着の上から擦ると、ひどく気持ちがよい。  
「あふっ、ん」  
羞恥すらも忘れ、シノンは布越しに陰部を摩り続ける。  
快楽の中、彼の匂いがふわりと押し寄せた気がした。  
……お願い、触って……  
シノンは夢の中の彼に呼び掛けると、指を下着の中へ沿わせていく。  
くちゅり、と湿った音が響いた。  
「コウキ、コウキ……!」  
実際にそんな風に呼んだことはない。だが、今のシノンにおいて、彼は既に恋人であった。  
すっかり潤った膣口に指を宛がう。  
少し力を込めると指は、じゅぶじゅぶと簡単に飲まれていった。  
「んんっ、んはぁっ」  
意識して乱雑に指を動かしてみる。まるでそれが他人のものであるかのように。  
「コウキ、ああっ」  
いつのまにか大きく股を開き、誰かを受け入れるような体勢でシノンは秘部を掻き乱す。  
 
そして、ひとしきり満ち足りた後、シノンは激しい罪悪感に苛まれた。  
 
悩みは二つあった。  
一つは、相変わらず言うことを聞かないプラズマエンジンのこと。  
そしてもう一つは……彼女に対して、致命的な失敗を犯したこと。  
榊原コウキは溜息を漏らす。  
業務に当たっている時は前者にだけ集中しているのだが、仕事から離れた途端  
後者が頭をもたげ出す。  
コウキは一人、食堂の机に肘を突いた。  
あんな風にキスをしてはいけなかった。  
自分の想いを告げるだけで退散しておくべきだったのだ。  
そうすれば、ただの失恋で終わったのに。  
「あれじゃ、半分押し倒したようなもんじゃないか……」  
香月シノンには絶対的に嫌われた、と思っている。  
好きでもない男に唇を奪われたのだ。嫌悪されても詮無いことであろう。  
あれ以来、コウキはシノンと顔を会わせていない。  
どちらかというと、コウキの方が彼女を避けているようだった。  
後ろめたさだけが、彼の心を支配する。  
――もう二度と、彼女に接してはならない。  
コウキは改めてそう誓った。  
 
避けられていると気付いたのは、少し前のことだ。  
談笑する機関員達の中に、彼も居た。  
その後姿を見た瞬間、シノンの心が小さく弾む。  
機会が掴めれば話し掛けようとさえ思っていたのだが。  
青年はシノンの姿に気が付くと、視線を落としてそっぽを向いた。  
「……えっ?」  
拒絶された。  
シノンの心は瞬時に凍りつき、今まで味わったことのない痛みが走る。  
結局それ以来、コウキはシノンの前に姿も現さなくなった。  
 
――だから、それは最初、幻影かと思った。  
休憩時間でもないのに何故か一人、彼が食堂に座っている。  
コウキは背を向けているので、シノンが通りかかったことに気付いていない。  
声を掛けるなら、今しかなかった。  
「機関長」  
ギクリ、と音が聞こえそうな程、青年は驚いて振り返る。  
己を呼んだのが、接してはならぬと決めたばかりの相手と知り、彼は一瞬顔を曇らせたが  
すぐに平静を装い、「やあ」と声を返した。  
「こんな時間にどうしたんですか?」  
「……ちょっと煮詰まってたら機関室を追い出されて、ね」  
空気が重くなるから出て行けと、暇を与えられたらしい。  
「仮眠でもとってくるよう言われたんだが、なかなか寝付けなくてさ」  
「そうでしたか。私は当直明けで」  
「ああ、今日は第一艦橋が当番だったんだな。お疲れ様」  
 
じゃあ、そろそろ、と立ち上がる男の腕を、シノンは咄嗟に捕まえる。  
「香月?」  
「二人きりで、話がしたいんです」  
深刻に言う声色に、コウキは罰が下るのだと悟った。  
真面目な彼女のことだ。きちんと告白の返事をしなくてはならぬと思ったのであろう。  
或いは、先日のことをなじられるのかもしれない。  
「わかった」  
「機関長の部屋へお邪魔しても、いいですか?」  
「……ああ」  
 
勢いとは怖いものだと、シノンは後になって慄いている。  
ただ、逃がしたくないと思った。  
これで別れたら、もう彼と話すことは出来ないと感じたのだ。  
だが引き止めるならまだしも、彼の部屋まで入り込もうとするとは。  
己の知らない一面を目の当たりにし、シノンは気恥ずかしさに頭を垂れた。  
「どうぞ、入って」  
「はい。お邪魔します」  
艦内の私室の造りはどこも変わらぬ殺風景なもので、シノンの部屋と同じはずなのだが  
他人の部屋はやはり落ち着かない。しかも男性の部屋なら尚更である。  
……でも、ここは彼の匂いがする。  
シノンは少し浮き足立った。  
「適当に座って」  
「ええ」  
「それで、話って?」  
「あ、ええと……」  
正直、シノンに話題などなかった。本当に勢いだけだったのだ。  
「この間のことだったら、すまなかった」  
少しの沈黙にも耐え切れず、コウキから口火を切る。  
「香月の気持ちも考えずに、あんなことをしてはいけなかったんだ」  
「機関長?」  
「忘れてくれとは言えたものじゃないが、本当に、すまない」  
 
あのキスのことを言っているのだとシノンは気付く。と、同時に悲しくなった。  
「後悔、してるんですか?」  
思わぬ質問にコウキが面食らう。後悔しているのは彼女の方であろうに。  
「俺の欲望だけで、あんな風に奪ってはいけなかった、と思ってる」  
……ああ。  
シノンは得心する。  
彼は行為そのものではなく、同意を得ずに行動したことを悔いているのだ。  
「して、ください」  
「?」  
「もう一度、キス……してください」  
彼女は自棄になっているのだろうか。自分はまた要らぬことを口にしたのだろうか。  
コウキは真意を汲めず、茫然と立ち尽くしている。  
「機関長?」  
「いや、出来ないよ、香月」  
「どうしてです?」  
「どうしてって、君は……俺を」  
 
好きなわけではないだろう?  
 
「もう、好き、なんです」  
 
シノンはそう呟くと、動かない青年に口付けた。  
「香月!?」  
「本当のことを言えば、告白されたときはまだ何とも思ってなかった。  
 でも、あれからずっと、貴方のことばかり考えてるんです。」  
キスをしたから意識しただけかもしれない。恋とは違うのかもしれない、けど。  
「機関長は、まだ私のこと……」  
 
「……好きだ」  
 
今度は、青年の方から彼女に顔を近づけた。  
 
じっくりと味わうように舌をねぶられ、シノンの頭は真っ白になっている。  
まるで全ての感覚がそこに集中しているみたいだ。絡んでくる舌が熱い。  
――彼らは長いこと、そうして時を重ねていた。  
 
ふと、コウキが彼女から唇を離す。  
「……」  
「どうしたの?」  
「いや、その」  
いつのまにかシノンの腹部に、硬いものが当たっている。  
 
「……もう、これ以上は」  
歯止めがきかなくなるとコウキが言外にほのめかすと、その勧告に  
シノンは微苦笑する。  
いっそ押し倒してしまえばいいのに。  
でも、それを選べないのが榊原コウキという人間なのだろう。  
不器用な、それでいて自分を大事にしてくれる彼をシノンは愛しく思う。  
シノンは青年の目を見つめてから、静かに瞳を閉じる。  
彼女の受託に、コウキの覚悟も決まった。  
 
するり、と簡単に着衣が外される。  
顕になった白い肩が、外気の冷ややかさに小さく震えるのに気付いて、  
コウキは華奢な体を己に引き寄せた。  
「温かい」  
薄く笑ったようにシノンが呟く。  
彼の厚い胸板からは、はちきれんばかりの鼓動が聞こえてくる。  
 
抱えられてベッドの上に位置を移す。そこから静かに彼の愛撫が始まった。  
 
首筋に優しく唇を這わして、ゆっくりと下ろしていく。  
その感触がくすぐったくて、シノンは思わず身を強張らせた。  
「怖いか?」  
「……ううん」  
不安げな問いに、シノンは首を横に振る。  
怖くなどない。むしろ、その逆だ。  
シノンは彼を思って自慰にふけったことを思い返し、顔を赤らめる。  
案外、自分は清純でもないらしい。  
 
固まった体をほぐすように、大きな手が優しく彼女の肩を撫でた。  
シノンは顔を上げてコウキを見る。  
再び、彼らは口付けると舌を絡めあった。  
「んっ」  
目を伏せてキスに集中していたシノンだが、突然訪れた刺激に息を漏らす。  
乳房を揉まれたのである。  
反射的に乳首が勃ち上がり、コウキの手にもそれが伝わったようだった。  
指が、その敏感な部分を摘む。  
「やっ……!」  
「随分、反応がいいんだな」  
冷静に観察するかのようなコウキの言葉に、シノンはただ頬を染めて下を向く。  
その愛らしさに、彼の空気も幾分緩んだようだ。  
ぷっくりと腫れた乳首を甘噛みしては、シノンが悶える様子を眺めている。  
「……意地悪……」  
拗ねるように言うシノンを見て、コウキはくすりと笑った。  
 
「んっ、く……っ、ふっ……は、っ」  
四つん這いに肘と膝をついた姿勢で、シノンは荒く息を漏らし続けている。  
背後に回ったコウキが、宛がった陰茎で彼女の秘部を擦っている所為だ。  
彼の腰が動く度、硬い肉茎がクリトリスを剥き出して触れる。  
次第にくちゅくちゅという淫猥な音が響いて、彼女の準備が整ったことを告げた。  
 
コウキの腕が、シノンの身体を抱き起こす。  
「……香月」  
その合図に、彼女は小さく頷いて応えた。  
「いくぞ」  
向かい合ったまま、シノンは青年の腰の上に引き降ろされる。  
満ちた膣は何の抵抗もなく彼を受け入れた――。  
 
 
シノンは隣を歩く恋人の顔を確かめるように見つめている。  
「ん、どうした?」  
視線に気付いた彼は少しだけ照れたように首をかしげた。  
「ううん。なんでもない」  
もうしばらく行けば自室の前である。  
そこへ着けば逢瀬が終わると思うと、シノンはこの瞬間すらも惜しく感じた。  
しかし、これからはいつでも彼に会うことが出来る。  
「それじゃ、送ってくれてありがとう」  
「当直明けなんだから、ゆっくり休めよ」  
とは言うものの自分こそが彼女を疲労させたことを思い、コウキは苦く笑う。  
「コウキも、あんまり煮詰まらないようにね」  
「ああ、もう大丈夫だ」  
悩みは半分に減ったから。  
コウキはそう心の中で付け足すが、勿論彼女に伝わるはずもない。  
じゃあ、と片手を挙げ、彼は恋人を後にした。  
 
後姿を見送ったシノンは一つ深呼吸すると、自室の扉へと振り返る。  
その瞬間、なびいた髪から彼の残り香が零れ、シノンは思わず動きを止めた。  
 
 
                                  了  
 

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