先日、アニーは黒峰に抱かれた。
それは何があっても変わらない事実。でも、アニーには何故ゲイである黒峰が女である
自分を抱いたのかが分からなかった。
これが愛を囁かれた後の行為だったら、今ごろ幸せの絶頂だっただろうが彼は強引に
行為を進め「嫌いではない」と言っただけだった。
あの時のアニーは、精神的にも肉体的にも追い込まれていた為に体を許してしまったが
体調が戻り心も安定してきて考え始めれば、後悔に似た感情が生まれてきた。
愛してはくれない人とあんなことをしてはいけなかったのに……
久しぶりに大学へ行けば、目当ての講義が休講だとホワイトボードに張り出されて
アニーは残念に思いながら歩いていると自然と黒峰のいそうな場所に向かっていた。
彼の事が好きでしつこく誘い続けているが、あまり色好い返事を貰えたことがないの
だが会えるだけでも嬉しいので、彼の講義の時間割を調べつくして空き時間にいそうな
場所もチェック済みだった。
でも今のアニーは、黒峰に会いたい気持ちもあるが会っても平静でいられる自信がない。
やはり行くのは止めようと立ち止まり急に振り返ったら、後ろを歩いていた人物と
ぶつかってしまった。
「ごめんなさい。私の不注意で……」
慌てて誤った彼女の肩に手を置いた男は、彼女と同じ講義を取っているケイン。
「僕の方こそごめんね。君に見てもらいたいレジュメがあって探していたんだ。
今、時間いいかな?」
緩いパーマをあてた髪を書き上げながら資料を手渡してきたので、受け取ると彼女が
向かおうとしていたカフェテラスへと歩き出す。
一緒に歩いていると妙に体の距離を近づけてきたので、アニーはさり気なくバックを持ち
替えて彼との間にバリケードを作った。
「第一に要点がまとまっていないわ。それに利点ばかりに目が言っていて根本的な
問題を誤魔化していては、成果を得られないでしょ?もう一度見直した方が良いわ」
ざっと資料に目を通して言ったが、スペルミスが多くて話にならないレジュメだった。
確かそこそこの家の坊ちゃんであるケインは、親から用意された会社で学生社長を
していると聞いたが、これでは使えないとアニーは冷静に判断していた。
黒峰なら完璧な資料を作るのにと考え、慌てて首を振った。
どんなときでもつい彼の事を思い出してしまう。
そんなことに気を取られていて、隣の席に座っていたケインがアニーを抱き寄せようと
していたことに気付かなかった。
「やあ、アニー。用があるから彼を借りて行くぞ」
二人の間に割って入ってきたのは、黒峰だった。
彼はアニーの返事を聞く間も無く、ケインの腕をとって歩いて行ってしまった。
黒峰の方から声をかけてくれて嬉しかったのに、彼はケインに用事があったと思うと
アニーは寂しい気分になる。
そういえばケインは日本にいた彼の部下?寒椿に似た感じである。
それに気付いたアニーは、ケインが黒峰の恋人の中の一人なのだろうと考えてやはり
自分との事は、彼の気紛れに過ぎなかったのだと落胆して涙が出そうになった。
その後、何度か黒峰がケインと一緒にいる姿を見る事になり想像は現実の事なのだと
打ちのめされ、それでも彼を好きな自分がいて滑稽に思えた。
せめて彼に疎まれないように賢く使える女でいようと祖父の仕事の手伝いを更に
頑張るようになり、周囲の評価も上々だった。
前回休講だった講義が今回は無事に終わり、教材をしまおうとした時にするりと
手紙が落ち、何だろうと拾ってみればケインからでアニーは不思議に思いつつも
呼び出された学生の集まるエントランスへと向かった。
そこには真っ赤なバラの花束を抱えたケインが待っていて、アニーへ片膝をつきながら
捧げた。
「アニー、君は僕の女神だ。知的で類稀なる美貌を持つ君と平凡な僕では釣り合わない
かもしれないけど、君が好きなんだ。僕と結婚を前提にお付き合いしてください!」
あら?ケインは黒峰の恋人ではないの。とアニーが混乱している隙にケインが花束を
受け取らせてOKの返事を貰おうと必死になっている。
「貴様は馬鹿だと思っていたが、言っても分からない程とはな」
ケインの花束を横から毟り取り地面へ叩き付けたのは、黒峰だった。
アニーは目の前の黒峰の背中に戸惑いを隠せない。
「馬鹿とはなんだ。お前こそ何なんだ!僕がアニーに近寄るたびに邪魔して失礼だぞ。
アニーの恋人でもないくせに!」
ケインが放った一言がアニーに深く突き刺さった。確かに黒峰は恋人になどなってくれる
はずがない。
「アニーは私のものだ。貴様の出る幕は無い。来い、アニー」
黒峰の言葉がアニーには理解できなかった。でも呆然としながらも強い瞳で手を差し
出され、その手をとることに戸惑いは無い。
二人が手を繋いで去って行くとその場に残されたケインはガックリと両膝を落とし
周囲の人々からは溜息と喚声が上がった。
黒峰に連れられて来たのは、研究室の一室。ここは教授が研究旅行に出掛けているため
今日は使われていないのだ。
「クロミネ?あの……んっ」
先程の言葉の意味を聞こうとしたアニーの唇が黒峰によって塞がれる。
必死に離そうと両手で押し返そうとするが、その手を壁に押し付けられて口内を黒峰に
犯され続けた。
休み無く施されるキスに体の力が抜けた頃、いつのまにやら机に押し付けられていた
アニーの耳に背後から黒峰が囁いた。
「あの馬鹿に隙を見せるなんて、お仕置きが必要だな」
「何故?私は……」
貴方にとって何なの?と尋ねる前にワンピースの上から胸を鷲掴みにされ、強く揉まれ
その痛さに彼女の口から悲鳴があがる。
「いいのか?この部屋は使われないが、廊下には学生が歩いているぞ。大きな声を出せば
人が来るかもしれないな?」
背後で笑う気配を感じながら、アニーは震えた。
黒峰が本気で怒っているのが伝わってきたから、恐ろしくて仕方が無い。
表情が目で確認出来ないことが更に不安を増大させた。
ワンピースのファスナーを下ろされ、下着をずらして彼の指が素肌に触れると声が我慢
出来なくて、自分の指を噛んだ。すぐにそれに気付いた黒峰は、アニーの指を口から
離して自分のハンカチを噛ませた。そして彼女の両手を黒峰が脱いだシャツで後ろ手に
縛りアニーの体の自由を奪う。
それが彼女の体を傷つけない為だと彼女に分かるはずも無いのだが……
そこまでされて、アニーはもういいと諦めてしまった。
黒峰の態度の理由はよく分からないけれど、どうせ一度彼に抱かれているのだし
彼がしたいなら、別に構わない。一度目も今回も無理やりだけど最初にキスをくれた
のが彼の優しさなのかもしれないと思いこみ、彼から好かれなくても彼のものにして
くれるなら、きっと好きで居る事は許してくれるのだろう。それならもういい。
そう結論を出したアニーは、抵抗を止めて黒峰に体を任せた。
黒峰の手がアニーの性感帯以外の場所にも伸ばされ、彼女の肉付きが前回よりも良く
なっている事を確かめていた。
押し上げられたブラジャーは、鎖骨辺りで捻れて痛いがそれ以上の快楽を黒峰は
アニーの胸に与え、膝上まで下ろされたショーツは伝った液体で汚れてしまったけど
今はどうでも良かった。
ただ早く黒峰が欲しい。
アニーは自分でも気付かないうちに誘うように腰を振っているとその誘いにのるように
後ろから黒峰のものがアニーに挿入された。
考える事を放棄して、快楽に身を任せても見えない黒峰に不安ばかりのアニーは掌を
力の限り強く握りこんで爪をくい込ませていると黒峰は、すぐに彼女の拘束を解いて
爪のせいで血の滲んだ掌に舌を這わせて、その傷を癒そうとした。
そして彼女の体を横向けに机へ乗せ、ぐいっと足を持ち上げて互いが向き合うようにした。
黒峰の表情はアニーが想像していたものと違って、切羽詰りながらも少し困ったような
微妙な表情だった。
そして彼は彼女の口からハンカチを取り出し、柔らかに唇を合わせる。
もうそれだけで、アニーは幸せだと感じる事が出来て黒峰に向かって微笑みかけた。
「クロミネ、好きよ。……大好き」
その安心感の中、黒峰が中に注ぎ込んでくるものを感じてアニーは意識を手放した。
あの後、何も無い研究室に寝かせていてはアニーがまた体を壊してしまうので彼女を
抱えてタクシーに乗った黒峰は自分のアパートメントへ運んだ。
黒峰家が所有している家では息が詰まるから、一人で生活するために借りた部屋で
今まで誰も入れたことはなかった。したがって、彼女が初めての客人だ。
眠ったままの彼女をそっと自分のベッドに寝かせて、優しくその髪を撫でた。
アニーは何も知らない。
ケインが親の金で得た会社の経営に失敗した為、アニーのバックグラウンドに頼ろうと
したこととそれを見破った黒峰の計略によって、その会社の社長職を奪われていたことも
知らないままだった。
でもそれでいいと黒峰は、ほくそ笑み彼女の腹部を撫でた。
終わり