大学の図書館でレポートの資料を探していたアニーは、資料室の奥の座席に
黒峰の背中を発見する。
今までの憂鬱だった気持ちが、ぱっと花が咲いたかの様に朗らかになった。
この広いカレッジで彼に偶然会える機会は少なく、いつもアニーが追い掛け回しては
煙のように消えてしまう。
だから、ゆっくりゆっくりと近づいて囁きかけようと耳元まで口を寄せたときに初めて
彼が肘を突いたまま眠っているのだと気付いた。
こんなチャンスは滅多に無い。
隣の席に座ったアニーは、じっくりと黒峰を観賞することにした。
降ろした方が格好が良いと思える髪、神経質を表した眉間の皺、人を見透かす目は
閉じられていて少し残念。
そして綺麗だけれど、骨ばった掌は左手は頬に右手は机の上にあり、アニーは自分の
右手を添えようとするが、あと三センチのところで手が震えて動かない。
演技でエスコートされたときは、容易くこの手を取れたのに……
やはり止めようと手を引こうとしたとき、急に温もりに包まれた。
「何をしている」
しっかりと目を開いた黒峰が、アニーの手をギュッと握りこんでいた。
「起きていたの!?…意地悪ね」
大学の図書館で調べ物をしていたら、つい眠ってしまった。
珍しい失態ではあるが、気配を殺して近づいてくる人物に気付き目を閉じたままでいた。
バレバレだ。その女は気付かれないように注意している様だが、資料室の床は板張りで
彼女の高いヒールの音が響いている。
だが、いくらゆっくりと歩いているとは言えいつも軽やかに歩く彼女にしては足取りが
重そうな事が気にかかった。
そういえば、同じ大学に通うようになってからはストーカーの如く付き纏われていたのに
ここ数週間はその姿を見なかった。
別に気になったわけではないが、彼女の友人から聞いた話によると祖父の手伝いで大事な
会議を任されていたらしい。
孫を可愛がると評判の男だが、仕事に対しては容赦ないことでも有名なので彼女は
その大役を全うする為に大学を休んでいたのだ。
来たと言う事は、また付き纏われるのか……
彼女が頬に近づいてくる気配を感じて、キスでもされるかと目を開けようとしたが、何も
せずに隣の席に腰掛けている。
てっきり起こされると思ったのに、完全に起きるタイミングを逃してしまった。
すると彼女が動いた。
戸惑いがちに手を触れ様としている?
その手が引かれた時、狸寝入りを終わらせた。
「何をしている」
しっかりと目を開き、アニーの手をギュッと握りこんでいた。
「起きていたの!?…意地悪ね」
驚いて目を見開きながらも、諦めにも似た表情だった。
その手が以前パーティの時に臨時パートナーとしてエスコートした時より格段に細く
なっていて驚いた。
元々彼女は美と知性を兼ね揃えた非常に利用価値のある女だが、自分を最も美しく見せる
為に体重のコントロールや肌の手入れには専門家がついていると以前に聞いた事がある。
だが、この細さは異常だ。
マジマジと顔を見てみれば、いつもよりも厚化粧で隠しているつもりだろうが目元には
クマがあり、肌も荒れている。
そんなにも仕事にてこずったのだろうか。優秀な彼女にしては珍しいと感じた。
「何だ、その顔は……」
えっと手で顔を覆った彼女は、何でも無いのと話を逸らそうとバッグから封筒を取り出した。
見ればそれは彼女の祖父の誕生日パーティーの招待状であった。
「祖父のパーティには今後知り合っておいた方が為になる人物が大勢来るわ。
コネクションも必要でしょ。それに祖父が貴方と話をしたがっているの。
もちろん出席よね」
取り繕った態度でありながらも、自分のペースで話続ける女だ。
まぁ正直に言えば面倒くさいが、有難い話でもある。
「女性の知り合いなどいないでしょうから、仕方なく私がパートナーで許して頂戴ね」
無理ににっこりと微笑む彼女の手を乱暴に離しながら、席を立った。
「……当日までにそのクマを直しておく事だな」
そしてその場を離れた。
パーティー当日、普段はざっくりと胸元の開いた体のラインを強調するようなドレスを
選ぶアニーが、シースルーの長袖で胸下にリボンのポイントがあるAラインの服装で
首元にはラメのついたスカーフが巻かれていた。
髪は上げているがサイドの髪を下ろして顔のコケを隠している。
どうやら体調は戻っていないのだろう。
「いらっしゃい。祖父が待ちかねていたのよ」
いつもは服装の感想を求める彼女が一切そこに触れていない。
些か強引に腕を引っ張られ、彼女の祖父に挨拶を述べて話し込んでいると他の男が彼女を
ダンスの誘いに来た。俺の方をじっと見つめていた彼女だが祖父が一曲お相手しなさいと
いえば、その男の手をとってダンスフロアへと移動していった。
「黒峰君、最近アニーの体の調子が思わしくなくてね。今のあの子には荷が重い仕事を
頼んでしまったせいでどうやら不眠症になってしまったらしい。医師にも見せたのだが
薬で眠らせる影響で体重は落ちる一方……精神的なものだから、どうかあの子の心が
安心できるように話し相手になって貰えないだろうか」
黙って聞いていたが、無理だ。
彼女は私と話をしていてリラックスできるはずが無い。
だっていつも彼女は緊張しながら仮面を付けて話をしているのだから……
私にとって必要となる利用価値のある女としての仮面。
だが、彼からの話を断るわけにもいかないと考えているとダンスフロアからざわめきが
聞こえた。
どうやらアニーが倒れたらしい。
すぐに彼女の元へ駆け付け、その細い体を抱き上げるとあまりの軽さに驚いた。
男に比べれば軽いのは当たり前だろうが、この軽さは異常としか言いようが無い。
使用人に案内されてパーティ会場から少し離れた来賓室へ運ぶとベッドへ寝かせた。
するとすぐに目を覚ませた彼女は、使用人にたいしたことは無いから医師は呼ばなくて
良いと告げた。
「運んでくれたの?ごめんなさいね。貴方は会場に戻って頂戴」
「パートナーを置いて戻ったら、私は最低の男ではないか?気にする必要はないから寝ろ」
困った表情でベッドに横たわる彼女が眠る気配が全く無い。
本当に眠れないのだろう。
彼女の首に巻き付いているスカーフを外すと私はベッドへ上がり彼女の首筋に口付けた。
「きゃっ!な、何をするの!黒峰」
「眠らせてやろう、アニー」
話をして彼女に安らぎを与えるなど無理なのだ。
眠るためには疲れればいい。適度な運動で……ただ女を抱いた事がないので上手く行くか
分からないが……
下肢を弄って何度かイかせれば眠るだろうと考えていたが、彼女の涙に濡れた瞳を見て
いたら考えが変わった。
「貴方、女に興味ないって…んっ……」
彼女の言葉を遮ってその唇を塞ぐ、合わせた後に舌を差し入れるが不思議な事に不快感が
ない。女を相手にしているのに……相手がアニーだからだろうか?
彼女の抵抗を押さえつけ、纏められた髪を解きその頭を枕に押し付けながらキスを続ける。
「ふっ……やぁ……」
彼女の細い指が私の頭を押しのけ様とするが、セットした髪が乱れるくらいでたいした
事など無い。
背中を少し持ち上げファスナーを下ろし、ドレスを腰辺りまで下ろすと随分と肋骨が
目立っていた。ブラジャーを外そうとしたが、外し方が分からなかったので上に
ずらしたらその拍子にあっさり外れた。
男と違って丸みのある胸に手を伸ばすと初めて触れるそれはとても柔らかかった。
「くろみね……止めて……ああ!」
彼女の泣き顔に何故か興奮しているようだ。胸の先端に舌を這わせると彼女は
一際高い声を発した。
胸を吸いながら、手はドレスを脱がせてベッドの下に落とす。
彼女の下肢に指を這わせると薄っすらと濡れていた。
さっさと下着を脱がせると遠慮無く濡れた部分に指を入れる。
多少の抵抗はあったが、男とするよりは比較的簡単にことが進んで行く。
しかし、男と女では勝手が違うなと思っていると指先に突起が当たり、アニーの
体が跳ねた。
「あああっ……ひゃぁ……」
ここが弱いのかと集中的に指で擦ったり、摘んでみたりすると体液が手全体を濡らし
フッと彼女の体から力が抜けた。
どうやらイったらしい。
呆然としながら荒い息を吐くアニーを見ていたら、己の体に異変が起きている事に
気付いた。……女相手なのに反応している。
彼女を素っ裸にしておきながら、自分は正装を崩さずにいたことを今更気づいた。
まさかアニー相手に立つと思っていなかったのだ。
大分彼女を疲れさせたから、きっともう眠る事は出来るだろう。
このまま眠らせて、これの始末は自分でつけるかとベッドから離れ様とした時に
アニーが首筋に抱き付いてきた。
「黒峰……少しだけでもいいの。私の事、好き?」
彼女にしてみれば行き成り体を弄ばれたと思うだろう。
最初のきっかけは彼女の祖父の言葉だったが、辛そうなアニーを見ていられなかったのは
黒峰自身だ。
彼女の姿が見えなかった数週間に何かが変わっていた。
「……嫌いではないな」
正直に自分の変化を告げる事など出来なくて、捻くれた物言いになったが彼女は
嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、最後までして?欲しいの、黒峰が」
そのまま彼女の方から口付けてきた。
女を可愛いなどと感じたことは、今まで一度もなかったのだが、目の前にいる存在は
言葉で表せないが大事に思えた。
ズボンから取り出したそれを充分に準備が整った彼女に挿入して行く。
「あ……あっ……あぁぁ……」
彼女の声がより一層自身を高ぶらせる。
私に抱き付こうとさ迷った指先が頬に当たり、僅かに傷を作った。まるで猫に
引っ掻かれたかのように……
彼女の手を自分にしがみ付かせると全てを入れるために腰をぐいっと押し付けた。
彼女の目から涙がポロポロ零れる様を見るのは、嫌いじゃない。
「……好きよ……私は…すき……なの……」
腰を動かすと彼女はうわ言の様に繰り返す。
もう我慢の限界に来て、彼女がキュッと締め付けてきたのを合図に一気に注ぎ込んだ。
「 」
その時言った言葉は、アニーには聞こえなかっただろう。
彼女を裸のまま寝かせておくわけにもいかないので、洗面所で濡らしたタオルで体を
拭いてから、またドレスを着せた。思い返せば男相手にこんな後始末をしてやったことは
なかったな。そんなことを考えながら己の身支度を整え、グシャグシャにされた髪を
手櫛で整えていると半分寝ぼけたままのアニーがまた髪を撫でてきた。
「……本当は分かっているのよ。御爺様に何か言われたのでしょ?このことを盾に
迫ったりしないから安心してね。これは二人だけの秘密。顔…傷付けてごめんなさい」
顔の傷をペロリと一舐めして、言う事は言ったと安心したのか再び眠りについた。
きっと彼女は次に会った時、本当に今夜の事について触れないのだろう。
こんな時まで仮面を被らなくても……だが、そう仕向けたのは自分だった。
男が好きな事に変わりは無い。でもアニーを抱けたのも事実。
分かった事は、彼女だけが特別だという事。
先程言った言葉に嘘はない。
クリスマスの天使は今宵ベッドの上で女となったが、黒峰の中に占める割合は大きく
なっていた。
『おやすみ、アニー。良い夢を』
終わり