ストレイト・ジャケット  

〜アヤマチのチギリ〜  

男女の仲というのは得てして不可解なものである。  
一目会った時から惹かれ合う事もあれば、十数年も友人であった相手とささいな事で結ばれる事もある。  
その事は彼女も──労務省魔法管理局二級監督官ネリン・シモンズも、知識としては知ってはいた。  
ただ、そういった転機が自分の人生に降りかかるとは、夢想だにしていなかったのだ。  
そう、ある嵐の晩までは──。  
              ●   ●   ●  
トリスタン市の郊外にある一軒家。  
その主である男──レイオット・スタインバーグは、ミルクティーを飲みつつ読み捨ての雑誌を眺めていた。  
肩にかかる程度の長髪と、容姿にそぐわぬ怠惰な雰囲気が特徴的な、二十代半ばの青年である。  
その風貌からはとても想像出来ないが、彼は戦術魔法士と呼ばれる戦闘技能者であった。  
魔素によって肉体・精神を歪められた人間──魔族を、銃と魔法で殲滅する、魔法文明の歪みの象徴。  
無資格ながらも、その戦闘能力は労務省や同業者にも一目置かれるほどである。  
もっとも、ここ数日は魔族の発生も無く、レイオットは雰囲気通りの自堕落な生活を送っていた。  
「すげぇ嵐だな……。こんな天気の夜には、呼び出されたりしたくないもんだ……」  
大粒の雨を伴った強風がリビングの窓枠を打ち鳴らす音を聞いて、レイオットは軽く顔をしかめた。  
日が暮れてからいきなりトリスタン近辺を襲った暴風雨は、分秒ごとに激しさを増していた。  
しかしどれだけ悪天候であろうとも、魔族が発生したとなれば出て行かざるを得ない。  
レイオットは、今宵の平穏を信じてもいない神に祈りたい気分であった。  

 

しかし──次の瞬間、そんな願いを打ち破るかのように、玄関の扉を叩く音が響く。  
こんな嵐の晩に彼の家を訪ねる用件と言えば、一つしかない。  
レイオットは大きく舌打ちをしつつ、ぐしゃぐしゃと髪を掻き回した。  
「やれやれ。来て欲しくない時に限って、狙い澄ましたように来やがるぜ……」  
気だるげに立ち上がると、大股で玄関まで歩み寄り、扉を開ける。  
そこに立っていたのは予想通り、ネリン・シモンズ二級監督官だった。  
「シモンズ監督官……。まさか、歩いてきたのか?」  
だが、ネリンを一目見るなり、レイオットは呆れたような声を掛けた。  
彼女は服を着たまま泳いだかのように、全身をずぶ濡れにして立ち尽くしていていたのだ。  
読書好きの女学生のような童顔は、レイオットとはまた違った意味で、労務省のエリートには見えない。  
ネリンは顔に垂れる雫を手で拭いながら、済まなそうな顔で答えた。  
「こんな格好ですいません、スタインバーグさん。書類を届けに来る途中で、いきなり嵐に会いまして……」  
ネリンは、モグリの戦術魔法士であるレイオットの担当監督官である。  
生真面目で法を重視する彼女は、レイオットの自堕落な生活を矯正する事に、常々使命感を燃やしている。  
週に一度は彼の家を訪れて、正式な資格を取るよう説得したり、事件処理に関する書類を持参したりしているのだ。  
どうやら魔族事件では無いと判り、レイオットは肩の力を抜いた。  
「……まあ、とにかく、これで身体を拭いてくれ。あんたにまで風邪を引かれちゃ、こっちがたまらん」  
「私までって……。もしかして、カペちゃん、風邪で寝込んでるんですか?」  
タオルを手渡しながらのレイオットの言葉に、ネリンはいつも彼に付き従っている少女の姿が無い事に気付いた。  
カペルテータは、魔族と人間の混血児──CSA、半魔族とも呼ばれる──であり、彼の同居人だ。  

 

感情を表に出さない少女を心配し、ネリンは髪の水気を拭き取りながら気遣わしげに眉をひそめた。  
「寝込んでると言うか……。風邪薬が無くなってて、姿を見せないから、多分そうだと思うってだけだが」  
「姿を見せないって、まさか、放っておいてるんですか!?」  
咎めるようなネリンの口調に、レイオットは肩を竦めて答えた。  
「探し出して無理矢理に看病する事も無いだろ? 大方、屋根裏かどっかでじっとしてるんだろうさ。  
 食事を用意しておけばいつの間にか無くなってるから、動けないほどじゃないらしいし」  
「はぁ、そうですか……」  
レイオットの返答に、ネリンは釈然としない様子で曖昧に頷いた。  
彼らと知り合って一年以上になるが、未だに二人の関係は良く判らない。  
屋根裏で目を光らせて丸まっているカペルテータを想像し、ネリンは何とも言えない気分になった。  
「それよりも、風呂に入って、服を着替えた方がいいんじゃないか?  
 カペルの服……は、さすがに着れないだろうから、俺の服で良ければだが」  
レイオットにそう言われて、ネリンは今更ながら自分の身体が冷え切っている事を思い出した。  
確かにこのままでは、確実に風邪を引いてしまいそうだ。  
「す、すいません、お世話をかけます……」  
ネリンは身体を小さく竦めながら、レイオットの厚意に甘える事にした。  
              ●   ●   ●  
「はぁ。ようやく生き返ったわ……」  
少し熱めの湯船に身体を沈めて、ネリンはようやく人心地がついた。  
強ばっていた身体にじんわりと温かさが染み込み、ゆっくりと解していく。  

 

しかしそれと同時に、またもレイオットに醜態を見せてしまった事を思い返し、ネリンは顔を赤らめた。  
「どうしてこう、スタインバーグさんには、みっともない所ばかり見られてしまうのかしら……」  
以前も、カペルテータが飼い始めた猫にでれでれと話しかける所を見られ、さんざんにからかわれた事があった。  
それからと言うもの、レイオットに正式な戦術魔法士の資格を取らせる説得は、出来なくなってしまった。  
ネリンがその話を持ち出すと、決まってレイオットはカペルテータにその時の発言を『朗読』させるのだ。  
その拷問にも等しい仕打ちを思い出し、ネリンの胸にふつふつと怒りが込み上げた。  
「──でも、今日はカペちゃんがいないんだから、あの手は喰わないわよ。  
 今日こそ、一晩中でも説得して、必ず正式な資格を……」  
そこまで考えた時、ふとある事実に気付き、ネリンは硬直した。  
「もしかして……。今夜は彼と二人っきりってこと?」  
嵐に閉ざされた郊外の一軒家。男と女。二人きりの夜。  
断片的なキーワードが、凄まじい勢いで組み合わさり、ネリンの脳裏に閃く。  
瞬時に導き出された連想に、ネリンはボッと耳まで真っ赤にした。  
「ばかばかばかっ! 私ったら、何を考えてるのよっ!」  
自分の考えを打ち消すようにポカポカと頭を叩くが、一度湧き上がった想像は、意思とは無関係に暴走する。  
「どうして私が、あんな怠惰で無気力な人と……。そ、そりゃ、嫌いな訳じゃないけど……」  
誰が聞いている訳でもないのに、ネリンは髪に指を絡めながら、言い訳めいた独り言を洩らした。  
実際のところ、監督官になってからというもの、特定の男性とお付き合いをするような暇もない。  
ネリンにとって一番身近で気になる異性が、レイオットであることは間違い無かった。  
ましてや、性格や態度はともかく、レイオットは整った顔立ちの、美丈夫と言っていい青年だ。  

 

普段は故意に意識しないようにしていたが、確かにネリンは彼に特別な感情を抱いているのだった。  
「どっ、どうしよう……。変な気分になって来ちゃった……」  
いつものように公務の一環だと思えば、そもそもそんな事は考えもしないのだが、あいにく今は裸のままである。  
監督官としての自分より、一人の女としての自分の方が遥かに勝っていた。  
「もしかして私、スタインバーグさんに、抱かれたいと、思ってる……?」  
ネリンが呟くと、まるで身体がそれに答えるかのように、下腹部に痺れるような疼きが走る。  
そっと胸を触ってみると、先端の小さな突起が、切なそうに隆起していた。  
「う〜っ。ううう、う〜っ……」  
湯船の中で身体を丸めながら、ネリンは子犬のように唸りつつ、しばらく考え込んだ。  
口元まで湯に沈め、ぶくぶくと吐息で泡を立てながら、むにむにと顔を歪める。  
どうやら彼女の脳裏では、理性と欲求が葛藤を続けているらしい。  
そして、数十分も悩んだ挙句、ようやく覚悟を決めたネリンは、  
「よしっ、決めたっ!」  
決然と立ち上が──ろうとして立ち眩みを起こし、湯船の底に尻餅をついた。  
              ●   ●   ●  
「あきゃあっ!?」  
(やれやれ。あのお嬢様、風呂で何をやってるんだか……)  
ネリンの悲鳴と大きな水音がリビングまで響き、レイオットは思わず苦笑を洩らした。  
つい一年ほど前までは、この家には澱んだような退廃的な雰囲気が漂っていた。  
レイオットも、自ら死ぬ事も出来ないまま、ただ惰性で生きている──といった状態だったのだ。  

 

しかし、ネリンが来るようになってから、この家の暗い影は徐々に薄くなっていった。  
あくまで前向きに生きるネリンの明るさに、その住人──レイオットとカペルテータが影響を受けたせいだ。  
以前は心から笑う事など無かったレイオットも、今ではこうして自然に笑みを浮かべられる。  
口や態度にこそ出さないが、レイオットは彼女の存在によって救われている事を自覚していた。  
(全く、カペルが野良猫なら、彼女は差し詰め、小型犬といった所か……)  
同業者にさえ恐れられる自分の戦いを見た上で、物怖じもせず平然と傍に近づく。  
そればかりか、小柄な身体に力を込めて、猛獣──レイオットにキャンキャンと吠え掛かりさえする。  
獰猛な虎の檻に大きな態度で座っているスピッツを連想し、レイオットは顔を伏せて含み笑いを洩らす。  
しばらく笑った後、バスルームからペタペタという足音と共に、人の気配が近づいてきた。  
「お風呂いただきました、スタインバーグさん」  
「んっ? ああ、もう上がったのか、シモンズ監督か……」  
ネリンの声に顔を上げたレイオットは、彼女の格好を見て言葉を詰まらせた。  
彼女は濡れた自分の服を両手に抱え、上半身にはレイオットの貸したシャツを身に付けている。  
そこまではいいのだが──腿の半ばまで届いたシャツの下には、剥き出しの素足が覗いていたのだ。  
「あー、監督官? 確か、ズボンも一緒に置いておいたと思うんだが……」  
微妙に目を逸らしながら問いかけると、ネリンは恥ずかしげにシャツの裾を引っ張りながら答える。  
「えっ、ええ……。でもあの、少しサイズが大きくて、ずり落ちてしまうので……」  
「……ああ、そう」  
(参ったな……)  
普段の表情を何とか保ったまま、しかしレイオットは内心、非常に困惑していた。  

 

小柄な上に大き目のシャツを渡したので、肌の露出といった点で見れば、普段とそれ程変わる訳ではない。  
しかし、上半身に男物のシャツ一枚だけという格好は、下手な下着姿よりも、よほど扇情的だ。  
ネリンの姿は、風呂上りの上気した肌と相まって、レイオットの男の衝動を強く刺激していた。  
「濡れた服は、暖炉の前にでも干してくれ」  
「……はい、分かりました」  
声に動揺が出ないように苦心しながらそう言うと、ネリンはどこか不満げな顔をしながら、暖炉に近寄った。  
傍にあった椅子を暖炉の前に並べると、几帳面に皺を伸ばしてから、一枚ずつ椅子の背に掛けていく。  
それを横目で見ていたレイオットは、ネリンが小さな布地を手に取るのを見て、天を仰いだ。  
(おいおい、勘弁してくれよ……)  
彼女が持っているのはブラとショーツ──要するに、シャツ一枚の下は、全くの裸であるらしい。  
暖炉の炎にシャツの布地が透け、ネリンの滑らかな身体の線が鮮明に浮かび上がる。  
大きくなった股間のモノがズボンに引っ掛かり、レイオットはネリンに気付かれないように、そっと位置を直した。  
              ●   ●   ●  
(やっぱり、止めておけば良かったかしら……)  
下着を暖炉の前に干しながら、ネリンは早くもこんな無防備な格好をした事を後悔し始めていた。  
ズボンのサイズが合わなかったと言うのは、実は理由の半分でしか無い。  
これは精一杯の、レイオットに対するアピールでもあったのだ。  
しかしネリンが見る限り、レイオットは普段と全く変わらない様子である。  
ちらりと振り返り、レイオットがつまらなそうに雑誌に目を通しているのを見て、ネリンは落胆した。  
(そんなに私って、魅力が無いのかな……)  

 

暖炉の前でしばらくそうやって悩んでいると、いきなりレイオットから声を掛けられた。  
「シモンズ監督官」  
「はっ、はいっ!?」  
驚きと僅かな期待に、ネリンの声が裏返る。  
「良かったら、紅茶でも飲むか?」  
「は? え、ええ、お願いします……」  
軽くポットを持ち上げて示すレイオットに僅かな期待を裏切られ、ネリンは内心で大きく肩を落とした。  
(もっとはっきり示さないと、スタインバーグさんには伝わらないのかしら?)  
とは言え、自分から男を誘った経験の無いネリンには、どういった行動を取れば良いのか判らない。  
混乱した思考を抱え、ネリンは誘われるままにリビングのソファーに歩み寄った。  
シャツの裾を押さえながら、きっちりと膝を揃えて、レイオットの正面に座る。  
ここで足でも開けば、さすがにレイオットにも伝わるだろうが、そんなあからさまな誘いが出来るネリンではない。  
普段は使った事の無い知識を総動員して、遠回しな表現を頭の中でシミュレートした。  
『今日は何だか、少し寒いですね』  
『まぁ、そんな格好じゃあな。毛布でも持って来ようか?』  
「寒いですね」「俺が暖めてやろうか」という流れにしようという思惑は、見事に失敗した。  
『この部屋、何だか暑いですね』  
『湯当たりでもしたんじゃないのか?』  
「暑いですね」「服を脱いだらどうだ」という流れも、敢え無く玉砕。  
『私の事、どう思ってます?』  
『……熱でもあるのか?』  
かなり直截的に言っても、こんな感じで切り捨てられる気がする。  
(ああっ、もう! どうしてそんなに鈍いんですかっ!)  
ネリンは想像上のレイオットの鈍感さに、身勝手な苛立ちをぶつけた。  
──と、そこで、自分の顔に向けられている視線を感じ、ネリンは目線を上げる。  
そこには、いささか呆れた様子で、頬杖をついて自分を見つめるレイオットの顔があった。  
「……何をしているんですか?」  
「いや、あんたの百面相が、面白いなと思って」  
「──っ!」  
からかうようなレイオットの言葉に、恥ずかしさと悔しさとが混ざり合い、ネリンの頭に一気に血が昇る。  
音を立ててテーブルに両手を突くと、勢い良く立ち上がって、レイオットを怒鳴りつけた。  
「そもそも、スタインバーグさんが鈍いのがいけないんじゃないですか!」  
「はぁ? あの、シモンズ監督官?」  
ネリンの激昂の理由が分からず、レイオットは間の抜けた声で問いかける。  
一方ネリンは涙目になりながら、身を乗り出して混乱した想いを──そのまま口にする。  
「それとも、私がこんな事を考えるのが、そんなにおかしいんですか!?  
 でも私だって、これでも生身の女なんです! ストレスとかだって、沢山溜まってるんです!  
 たまにはそんな気持ちになったって、しょうがないじゃないですか!」  
「あー、ちょっと待った」  
レイオットは、ネリンの目前に手の平をかざし、彼女の言葉を遮る。  

「今の話を総合すると……つまり、俺を誘ってるのか?」  
「ううっ!」  
図星を指されて、ネリンの全身がギクッと硬直する。  
そんなネリンに苦笑を漏らすと、レイオットは静かに立ち上がり、彼女の横に回りこんだ。  
「えっ!? あの、スタインバーグ、さん?」  
「……あのなぁ。我慢してたのは、あんただけじゃ無いんだよ──ほら」  
「えっ──ええぇっ!?」  
そう言いながら、レイオットはネリンの手を取り、自分の股間へと押し付ける。  
硬くて熱い感触が伝わり、ネリンは大きく目を見開き、驚きの声を上げた。  
「言っとくが、いくら俺でも、こうなったら止まらないぞ……」  
「あっ、ちょ、ちょっと待っ──んんっ!?」  
ネリンに最後まで言わせず、レイオットは彼女の口を自分の唇でそっと塞ぐ。  
そしてそのまま、硬直したネリンの身体をゆっくりとソファーに押し倒していった。  
              ●   ●   ●  
「んっ! んんーっ! んっ、んむっ、ふんっ!?」  
レイオットに唇を塞がれて、ネリンは声にならないうめきを漏らした。  
抗議するようにレイオットの胸板を緩く固めた拳で叩くが、引き締まった身体はその程度ではびくともしない。  
それどころか──その抵抗に力を得たかのように、レイオットの舌がネリンの口腔に侵入する。  
ぬるりとした感触に、ネリンは官能混じりの慄きを感じた。  
「んん、んっ! ふむっ、んんん、ん!」  

更にレイオットは、ネリンの舌を絡め取ろうと、彼女の口の中を探る。  
ネリンは甘い鼻息を漏らしながら、自分の舌を逃がそうとするが、狭い口の中ではそれも果たせない。  
たちまち捕まり、うねうねと弄ばれるうちに、ネリンの身体から徐々に力が抜けていった。  
「……っぷぅ。まったく、本当に可愛いな、あんたは」  
「あっ、あ……。ス、スタインバーグさん……」  
くんにゃりと脱力したネリンを見詰め、レイオットは優しい声で囁く。  
今まで見たことの無い真剣な眼差しで見据えられ、ネリンは潤んだ瞳で見詰め返した。  
「触るぞ……」  
「やっ、待って下さ……んんっ!」  
レイオットは、耳元に息を吹きかけつつ宣言すると、シャツの上からネリンの胸に手を這わせた。  
軽く耳たぶを甘噛みした途端、ネリンはビクッと首を竦ませる。  
むずがるように身体を捩じらせるネリンを押さえ込み、彼女の柔らかな膨らみを揉み解す。  
ネリンの──幼い顔立ちにそぐわぬ──豊満な乳房が、レイオットの手の中で、淫らに揺れ動く。  
シャツの滑らかな生地が、ネリンの敏感な胸の先端をくすぐる。  
痺れるような官能と共に──そこは次第に固いしこりに変わっていった。  
「あっ……、待って、待って下さい……」  
レイオットが空いた手をネリンの胸元に伸ばし、シャツのボタンを外し始めると、ネリンは更に顔を赤らめた。  
ボタンを外そうとする手を両手で掴み止め、脅えたようにふるふると首を左右に振る。  
しかしレイオットは無言のまま、そっとネリンの手を振り解く。  
手早く全てのボタンを外すと、開いた胸元に手を滑り込ませ──素肌に指を這わせた。  

「やぁっ、んっ!」  
レイオットの指は、まるで羽毛が触れるような軽いタッチで、ネリンの瑞々しい肌を撫でていった。  
思いがけぬほど繊細な指使いに、ネリンの背筋が弓のように反り返る。  
ピアニストのように指を閃かせながら、指は膨らみの麓に近づき、外周をゆるゆると旋回した。  
そのまま円を描くように、ゆっくりと頂上に向かって動き出す。  
頂点の蕾に辿り着くと、切なげに隆起したそれを、親指と人差し指で捻るように刺激する。  
「やんっ!」  
ネリンは鋭い快感に、一際大きな声を上げた。  
「随分、感じ易いんだな……」  
レイオットはそう呟くと、シャツの胸元を大きく広げ、ネリンの双丘を露わにした。  
触れていない方の乳首もすでにつんと立ち上がり、ネリンの鼓動に合わせてゆるやかに揺れている。  
張りのある乳房は、仰向けの状態でも殆ど形を崩さず、美しい曲線を描いている。  
その美しさに魅了されたかのように、レイオットは顔を寄せ、柔らかな膨らみに吸い付いた。  
「んっ……、ちゅっ、ちゅうっ……、ふもっ……」  
「やっ、だめっ! そ、そんな吸っちゃ……ひゃうんっ!?」  
先端を吸われた事で、ネリンは拒否の言葉を漏らし──しかし、周囲の柔肉ごと咥えこまれ、言葉を失う。  
レイオットは膨らみの半ばまでを頬張り、口の中全体を使って、ネリンの官能を引き出しにかかった。  
唇で揉み解し、舌で表面をくすぐり、──時折り肌に歯を立てて。  
もう片方の膨らみも、手の平と指先を駆使して、快楽を高めていく。  
「だめっ、だめえっ……。駄目ですっ、スタインバーグさぁん……」  

口ではレイオットを制止しながらも、ネリンの身体は素直に反応していく。  
身体をくねらせる度に、はだけたシャツの襟元がずれてゆき、ネリンの細い肩が顔を出していった。  
              ●   ●   ●  
しばらくネリンの胸を攻め立てた後で、レイオットは一旦身体を起こした。  
「スタインバーグ、さん? ──っ!」  
訝しげに問いかけたネリンは、相手の視線が己の下腹部に注がれているのに気付き、息を呑む。  
乱れていたシャツの裾を慌ててそこに被せ、太腿を引き寄せて、レイオットの視線を阻んだ。  
「……おいおい。今更照れてもしょうがないだろう?」  
レイオットは苦笑しながら、ネリンの膝に両手を掛け、開かせようとする。  
「そっ、そんな事言われても、恥ずかしいものは恥ずかしいんですっ!」  
むきになったネリンは、レイオットの手に対抗するように、両足に力を込めた。  
「やれやれ、難儀なお嬢様だ……」  
レイオットは、ぴったりと重なった膝の合わせ目に、ツッと舌を伸ばした。  
「やっ、なっ、何するんですか!?」  
足先を両手で外に広げ、二つの太腿の間を、ゆっくりと下までなぞってゆく。  
舌先のくすぐったさに、ネリンの足の力が少し緩んだ。  
そこで強引に足を開く──ことをせず、レイオットは更に根元へと舌を滑らせる。  
視線を下げると、しっかり閉じているつもりでも、ネリンの太腿の付け根には、僅かな隙間が存在した。  
そこまで顔を寄せると、その隙間から、軽く濡れた花弁の下端が覗いている。  
レイオットは、力を込めた舌先で、女の蜜の匂いがするそこを、掬うように舐め上げた。  

「きゃうんっ!?」  
いきなり秘所に与えられた刺激に、ネリンは子犬のような鳴き声を上げた。  
自分の足に遮られ、レイオットが自分の敏感な場所に何をしているのか、ネリンには見えない。  
ぬるぬるとした感触に続いて、今度はそれより固く器用なもの──レイオットの指が、そこに触れる。  
花弁の端をなぞるようなその愛撫に、ネリンの足は──そうとは意識しないまま──開かれていった。  
「いやぁっ……。やめ、止めてっ、下さいっ……。そこっ、そんなっ、ああっ!」  
舌と指で同時に花弁を弄られ、ネリンは激しくかぶりを振った。  
中心に宛がわれた中指が震えるように左右に動き──時折りその指が花弁の中に入り込む。  
レイオットの唇が、外側にはみ出した襞を咥え──更に舌の上で転がすように舐め回す。  
新たな刺激を受ける度に、ネリンの身体が水揚げされた魚のように跳ねた。  
「やあっ! だめっ、そこだめっ! 私、そこ弱いんで……くぅぅっ!」  
包皮から顔を覗かせていた、最も敏感な突起をきつく吸われると、ネリンは悲鳴に近い喘ぎを漏らした。  
レイオットはその叫びにも怯むことなく、舌先で包皮を捲り上げ、まだピンク色のその中身を剥き出しにする。  
上唇と舌で挟むようにして、くりくりとそれをこね回した。  
「ああっ……だめぇ、そこ、そんなに、激しく……。やだっ、恥ずかしいっ……」  
十分に濡れてきたのを確認すると、レイオットは中指をネリンの体内に根元まで侵入させた。  
そこから、最初はゆっくりと──そして次第に激しく、前後に出し入れする。  
音高い水音が響き、それを耳にしたネリンが、羞恥に耐えかねたように顔を逸らした。  
「大分、こなれてきたみたいだな……」  
ネリンの快楽の雫が手首まで伝うのを感じ、レイオットは彼女の股間から顔を上げた。  

「じゃあ、こっちはどうかな……?」  
レイオットは片手で器用に自分のベルトを外し、スラックスのジッパーを引き下ろしていく。  
その間に、残った片手の中指は、ネリンの薄茶色をした菊座へと移動していた。  
「えっ!? そっ、そこは違います! 何をするんですか!?」  
自分の指でさえ触れたことの無い場所に指を添えられたネリンは、戸惑った顔で尋ねた。  
「あれ? ここはされた事が無いのか?」  
レイオットはスラックスを引き下ろしながら、固く閉じた穴の入り口を、くすぐるように刺激する。  
「えっ、やっ、嘘っ!?」  
前の穴とは違う、むずむずするような──けれど何処か甘美な快感に、ネリンはたちまち引き込まれていった。  
残った自分の下着を脱ぎながら、レイオットは中指の第一関節までを菊座に突き入れた。  
指に絡んでいた愛液がローション代わりになり、軽々と狭い穴に飲み込まれる。  
入れた中指を細かく震わせながら、親指で花弁を恥骨に押し付けるように、ぐりぐりと刺激した。  
「ほら、こっちも悪くないだろう?」  
「嘘っ、嘘です、こんな……こんなっ!」  
初めて受ける後ろの門からの快楽に、ネリンの身体がガクガクと震える。  
剥き出しになったレイオットのモノは、そんなネリンの身悶える姿に、ビクンと跳ね上がった。  
「あ……。スタインバーグさん、私、もう我慢できません……。だから……」  
その動きに、レイオットの長大な怒張に気付いたネリンは、悦楽に潤んだ瞳で、それに熱い視線を向ける。  
「……だから?」  
「だから……。もうっ、意地悪しないでくださいっ……」  
レイオットの問い掛けに、ネリンは艶を含んだ目で軽く睨み、拗ねたふりをする。  

その仕草は、直截的に求められるよりも、何倍も激しい欲求をレイオットの胸に湧き上がらせた。  
「じゃ、行くぞ……」  
レイオットは反り返った怒張を押し下げて、先端の大きく開いた傘の部分を、ネリンの入り口に軽く当てる。  
それだけで、濡れ切ったネリンの秘所は、自ら吸い込むかのようにレイオットの先端を飲み込む。  
そのまま腰を進めると、ネリンのそこは柔らかい熱泥のように、易々とレイオットのモノを受け入れる。  
「ああああぁっ!」  
──熱くて硬い肉棒が肉襞を掻き分ける感触に、ネリンは甲高い叫びを上げた。  
              ●   ●   ●  
「あれ? もしかして、もうイッちゃったとか?」  
身体をプルプルと震わせるネリンに、レイオットは意外そうな顔で尋ねた。  
ネリンは軽い絶頂にわななきながら、両腕で眼鏡の上を押さえている。  
しばらく呼吸を整えると、ネリンは顔を隠したまま、済まなそうに囁いた。  
「ごっ、ごめんなさい……。わたし、ひさしぶりだったから……」  
「いや、ここは謝るところじゃ無いと思うぞ。──むしろ、その方が燃えるしな」  
「ああっ!? だめっ、すぐはだめっ!」  
レイオットが腰を揺すり出すと、ネリンは顔を隠していた腕をどかして、その動きを制止した。  
まだ冷め切っていない絶頂を再び呼び覚まされ、ネリンの身体が妖しくうねる。  
ネリンはレイオットの身体を押し退けようと、弱々しい両手を胸板に添え、ぐっと押し返す。  
しかし、レイオットに軽々と手首を掴まれ、すぐに頭の両脇に押し付けられてしまった。  

「駄目ったって、止められる訳がないだろ?」  
「だっ、だって、またすぐきちゃうっ……くるのっ……!」  
腰を前後に振りながら呟くレイオットに、ネリンは聞き分けの無い子供のように言い縋る。  
それほど激しい動きでもないのに、ネリンの身体は早くも次の絶頂を迎え始める。  
ネリンは快楽の波に耐えるかのように、レイオットの手に指を絡め、ぎゅっと握り締めた。  
「だめっ、もうだめ、んっ、んっ……んーっ!!」  
「くうっ!?」  
ネリンは唇を噛み締めながら、二度目の絶頂に身体を強張らせた。  
きゅうぅっ、と一際強く締め付けられ、レイオットの口からも快楽のうめきが漏れる。  
ほんの数秒ほど収縮し──力尽きたかのようにふわぁっと脱力する。  
その拍子に、コポッと音を立てて、ネリンの中から快楽の証が零れ落ちた。  
「はぁっ、はぁっ……。お、おねがい、お願いですから、ちょっと待って下さい……」  
「あっ、ああ。分かったよ……」  
自分の胸にきつく抱きつきながら、必死な様子で頼むネリンに、レイオットは腰の動きを止めた。  
小柄な身体を胸に抱えるようにしながら、落ち着かせるように優しく背中を撫でる。  
下半身は繋がったまま、そうして抱き合っていると、えも言われぬ安らぎがレイオットの胸を満たす。  
しばらくして、ネリンの身体からも、徐々に力が抜けていった。  
「もう、いいか?」  
「はっ、はい……」  
まだ少し湿っている髪を撫でてやりながらレイオットが訊くと、ネリンは小さく頷いた。  

ネリンの許しを得て、レイオットは彼女の腰を横に捻り、片足を脇に抱え込む。  
そして、ネリンの胎内を突き破るかのように、強く腰を打ちつけた。  
「やっ!! そっ、それっ、さっきより奥に……ひんっ!?」  
最奥の肉壁を激しく貫かれ、ネリンの声は裏返った。  
レイオットは、腰を前に突き出すたびに、抱えたネリンの足をぐいっと引っ張る。  
それによって、互いの恥骨がぶつかり合うような、深い結合が生まれた。  
「やあっ、だめっ、そんな、激しっ……。わた、わたしっ、壊れちゃ……!」  
激しく中を貪られ、ネリンの声が途切れがちになり──しかし膣内は、それを求めるように収縮する。  
レイオットが突き込むたびに、ネリンの秘所から、押し出されたように蜜が溢れ出る。  
十重二十重に打ち寄せる波のような絶頂の連続に、漏れ出る喘ぎを止められない。  
ネリンは上体をうつ伏せにし、ソファーの布地に食いついて、声を押さえ込んだ。  
「んんっ! んむぅ、ふっ、んっ、ん〜〜〜っ!」  
「何だか、すげぇ乱れようだな……」  
カリカリと猫のようにソファーを引っ掻くネリンの痴態に、レイオットは感心したような声を漏らした。  
抱え込んでいた足を離すと、少し身体を引いて、一旦ネリンの中から己のモノを引き抜く。  
ネリンは膝をソファーに突き、丁度レイオットに尻を突き出すような格好になった。  
「あ……、もう、終わりですか……?」  
「いいや、まだだ」  
ネリンの問いに答えながら、レイオットは彼女の肘の辺りに引っ掛かっているシャツを、手早く剥ぎ取った。  
快楽に我を忘れているネリンは、人形のようにされるがままになっている。  

一糸纏わぬ姿にすると、レイオットは白桃のようなネリンの臀部に両手を掛け、高々と持ち上げる。  
ひくひくと震える菊座と、既にぐちゃぐちゃに濡れている薄桃色の花弁が、レイオットの目に晒された。  
「やだっ! スタインバーグさん、こんな格好、恥ずかしいですっ!」  
自分の全てが男の目前に突き出している状態に、ネリンは逃れるように尻を左右に振った。  
しかし、レイオットからすれば、その動きは男を誘う媚態にしか見えない。  
レイオットは、両手の親指で尻肉を掻き分け──再びネリンの中へと侵入していった。  
「ああっ! やっ、いやですっ、こんなっ、動物みたいな、格好っ……!」  
背後から襲い掛かられて、ネリンは屈辱的な体位に恥ずかしさを覚えつつ──倒錯的な快感に飲み込まれた。  
尻肉とレイオットの下腹部が当たる、濡れた布を叩くような音が、リズミカルに響き渡る。  
何とかその体勢から逃れようと、ネリンはソファーの背もたれを伝い、じりじりと身体を起こす。  
けれど、それ以上は逃がすまいとするかのように、レイオットの両手がネリンの乳房に回された。  
「だから、逃げるなって」  
「だっ、だって、いやって言ってるのにっ……んんっ!」  
レイオットは、馬の手綱を引くように、腰の動きに合わせてネリンの乳房を引き寄せた。  
円を描く動きで二つの膨らみを押し潰し、指の股で乳首をつねるように刺激する。  
レイオットの巧みな愛撫に、ネリンの反抗心はみるみるうちに削がれていった。  
「どうだ……、これでも、まだ嫌か……?」  
「んんっ、もうっ……、知りませんっ……あっ!?」  
レイオットの問いにそっぽを向いたネリンは、彼の片手がするすると下に伝っていく感触に、小さく叫んだ。  
指は胴体を滑り、臍をくすぐり──柔らかな茂みを抜けて、固くしこった突起へと向かう。  

秘洞を突かれ、胸を揉みしだかれたまま、敏感な肉芽をも弄られて、ネリンの脳裏に白い火花が散った。  
「だめえぇっ!! こんなのっ、わたしっ、おかしくなっちゃ……はあぁっ!!」  
「ああっ、俺も、もう止まらないっ……!」  
限界が近づいてきたレイオットも、ネリンの背中に胸板を密着させながら、熱い吐息を漏らす。  
逞しい男の身体に包まれて、ネリンの意識から羞恥心や自制心といったものが次々と剥がれ落ちていった。  
「んんっ、あっ、お願い、キスして下さいっ……」  
「ああ、んっ……んっ、くっ、ふっ……」  
完全に理性を飛ばしたネリンの求めに応じて、レイオットは彼女の唇に吸い付く。  
一杯に首を捻ったネリンも、今度は自分から舌を絡め、淫らな動きでレイオットの口中を探る。  
二人は既に情欲の獣へと変貌し、互いの与える快感を貪欲に求め合っていた。  
「っはぁっ、済まん、そろそろ、俺もっ、いきそうだっ……!」  
「あっ、おねがい、なかはダメっ……。そとにっ……!」  
「ああっ、分かってるっ……、くうっ!」  
レイオットが限界を告げると、ネリンは僅かに残った理性を振り絞り、懇願する。  
それに諾と返しつつ、レイオットは最後の一押しを求めて、更に激しく腰を振り始めた。  
射精を間近に控えた剛直が更に一回り大きくなり──ネリンの中でビクビクと震える。  
既に何度も達していたネリンは、その感触に最後の昂りを呼び覚まされた。  
「だめっ、もうっ、ほんとにだめ──やあああぁっ!!」  
「くっ、やべぇっ──うっ!!」  
握り潰されるような締め付けに、レイオットは慌てて己の肉棒を引き抜いた。  
先端が外に出ると同時に、大量の白濁の液が勢い良く迸る。  
(ああっ、あ、あつい……)  
尻から背中の半ばにかけて注がれる精液の熱さを感じながら、ネリンの意識は遠くなっていった──。  

              ●   ●   ●  
チチュン、チュン、チュン……。  
(……えっ!?)  
小鳥のさえずりに意識を呼び覚まされ、ネリンは勢い良く起き上がった。  
見覚えの無い家具に、微かに男の体臭が漂う布団──彼女が寝ていたのは、レイオットのベッドのようだった。  
(私、あれから気が遠くなって……。それから、どうしたのかしら?)  
身体の芯に残る充実感からも、夕べの事が夢では無かったことは確かである。  
身体を探ってみると、昨夜の痕跡は綺麗に拭き取られ、最初に借りたものとは別のシャツを着ている。  
サイドボードを見ると、眼鏡と一緒に乾いた服と下着が軽く畳んで重ねてある。  
どうやら、レイオットが意識を失ったネリンを抱き上げて、ここまで運んできたらしい。  
自分の身体を拭いたのも、シャツを着替えさせたのも、おそらくレイオットであることは間違いなかった。  
(ああああああ! わっ……、私ったら、私ったらっ!)  
激烈な恥ずかしさと自己嫌悪で、ネリンはベッドの上をゴロゴロと転げ回った。  
十数分もそうしていただろうか、やがてネリンの鼻腔に香ばしい香りが届き──彼女の腹が音を立てる。  
(はぁ。恥ずかしがってても、お腹って空くのね……)  
健康的な自分の身体に、ネリンは呆れたような溜息をついた。  
何にせよ、いつまでもこうして一人で悶えていても仕方がない。  
ネリンは眼鏡を掛けると、乱れた髪を撫で付け、のろのろと着替えを始めた。  

              ●   ●   ●  
「おっ、お早うございます……」  
「おー。丁度起こそうと思ってたんだ」  
おずおずと挨拶をするネリンに、レイオットはフライパンを動かしながら、いつもと変わらぬ口調で答えた。  
「おはようございます、シモンズ監督官」  
「あらっ!? カペちゃん、もう風邪は大丈夫なの?」  
「ええ、特に問題はありません」  
カップに紅茶を注ぎながら、カペルテータも普段通りの起伏のない声で応じた。  
ネリンがテーブルに着くと、台所に向かうカペルテータと入れ違いに、目玉焼きの皿を持ったレイオットが来る。  
皿をテーブルに並べてゆくレイオットの胸元を掴んで引き寄せ、ネリンは彼の耳元に小声で囁いた。  
「おいおい、何を……」  
「あ、あのっ、スタインバーグさん! さ、昨夜の事は、間違いなんです、気の迷いなんですっ!」  
「……はぁ」  
「で、ですからっ、お願いですから、あの事は、無かったことに……」  
「……ところで、お二人とも」  
そこまで言った時、台所の方から、カペルテータの感情を欠いた冷静な声が届く。  
「膣外射精が、不確実な避妊法だと言うことは知っていますか?」  
「ふみゃぁっ!?」  
カペルからトドメを受け、ネリンは尻尾を踏まれた猫のように叫びながら、食器をなぎ倒してテーブルに突っ伏した。  

〜END〜  

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