[羊達はさまよい 〜イツワリハ ウツロヲミタシ〜]  
 
 頭の何処かで、酷く冷めているもう一人の自分を感じている―――。  
 
 何も考えたくない。  
 
 何も考えず、突き上げるような刺激に身を任せていたい。少なくとも、その瞬間だけは真っ白でいられる。  
 自分の中にある空隙をそれで埋められる訳ではない。渇きを満たせる訳でもない…。  
 
 ただ、肉欲に身を任せて刹那の快楽に溺れていたかった――――  
 
 
 打ち合わせを終えて部屋を出ていこうとした時、突然、背後から二本の腕が伸びて青年は羽交い絞めにされた。  
 「!!」  
 「んふふふ……」  
 楽しげな含み笑いと背中に感じる柔らかな感触。  
 「――――」  
 レイオットは深い溜息をついた。また、彼女に付き合わされる事になるのだろうか。一応人並みの欲は持っているつもりだが、こうも頻繁だといい加減疲れて来る。  
 彼女の手が滑らかに緩やかに、シャツの上からレイオットの胸板をなぞった。嫌そうにしている青年の反応を心底楽しんでいる。  
 なんのかんの言って最後まで自分に付き合ってくれる年若い未熟者が、フィリシスのここ最近のお気に入りなのだ。  
 「相方を労わるという事を覚えるつもりは無いのか?」  
 レイオットは物憂げな声で不平を洩らした。  
 「何、年寄りみたいな事言ってるのよ。若いんだからもっと楽しまないと」  
 全てに膿んでいる女が、まるで反対のことを口にする。  
 「一人で愉しんでくれよ。俺は寝る」  
 「それじゃぁ、つまらないでしょ」  
 「物足りないのならここで見ててやるから、どうぞ頑張って下さいませ」  
 適当に言葉を紡ぐと、軽く頭を振って部屋の端にどっしりと構えているベッドを示す。  
 背後の娘が肩を竦めて呆れたように笑った。  
 「共同作業の方が好きなんだけど?」  
 話しながらフィリシスの手が降りていき、レイオットの下腹部を柔らかくなぞった。その密やかな刺激を受けて、青年の腹がぴくりと波打つ。  
 「真っ昼まから、そんな気にはなりません」  
 「あら、そうなの?」  
 わざとらしく彼女が笑った。  
 
 徐々に硬度が増していくそれの事を言外に指摘され、レイオットは舌打ちする。フィリシスの巧みさが、この時ばかりはちょっと憎い。  
 「言っとくけど、ファーゴには用事を頼んであるから、今は居ないわよ」  
 どうしようかと考える青年を見越して、彼女が先回りする。手合わせが有ると言って逃げるための非常口が消え去った。  
 (サヨナラ俺の安眠……)  
 面倒くさくなって、レイオットは早々に白旗を上げる。彼女の気の済むようにしよう。別段、強硬に拒否したい訳ではない。  
 つまるところ、どうでも良いのだ。  
 一つだけ、深く溜息をつく。  
 「解ったよ。取りあえず離してくれないかな、御嬢様」  
 「ご理解頂けて何より」  
 手を離したフィリシスは、ベッドへ足を向けながらブラウスのボタンを外し始めた。思い切りよく、開けっぴろげに服を脱いでいく彼女を見て、つい苦笑が漏れる。  
 (色気も何もあったもんじゃねーな)  
 「レイ」  
 ベッドに片膝を乗せて、甘い声とともに彼女が振り向いた。うなじから腰にかけての曲線が色香をにじませる。ちらりと奥にある陰りが覗いた。  
 「はいよ」  
 だるそうに肩を竦めると、レイオットも手早く服を脱ぎ、フィリシスの元へと向かう。  
 ベッドに上がって彼女に手を伸ばしながら、レイオットがぽつりとこぼした。  
 「記録に挑戦とか、する気は無いからな」  
 「人を絶倫みたいに言わないでくれる?」  
 猫を思わせる仕草でフィリシスが笑う。  
 たいていは、自分の方が先に一度なりとイかされるので、テクニック云々以前に体力勝負になる事が多かった。主導権を取れたためしがないのだ。   
 (似たようなもんだろうが)  
 青年は心の中で相手を罵った。  
 
 誘われるまま艶やかな肌に舌を這わせ、彼女の体を昂ぶらせていく。手と口を使って、フィリシスの体を愛撫し、求めに応じて彼女の秘芯に舌を忍ばせた。  
 「ぁ、は、ぁあん………」  
 鼻にかかった甘い声を上げながら、自分の秘所に顔を埋めるレイオットの黒髪に手を伸ばして掻きまわす。彼女は、素直に自分が感じていることを青年に伝えた。  
 「く、ふん。ぅん、ん、ん……レイ…」  
 催促の呼びかけを無視して愛撫を続ける。舌先で、敏感に張り詰めている小ぶりの真珠をくすぐりながら人差し指と中指を、淫裂へ侵入させた。一度、奥まで差し入れてから、間をあけて潤みを確認する為にゆっくりと数回出し入れする。  
 「ふっ、…んあ、あ、っは…ぁあぁ――」  
 その度に彼女の腹が震え、うねった。  
 入り口から中程で指を止めると、その付近を満遍なく擦り上げる。  
 体の関係を持ってから、それなりに時間が経っているのでだいたい把握しているとはいえ、流石に一発でその場所をあてるのは難しかった。  
 (確か……)  
 記憶と感覚を頼りに、僅かしかないポイントを探し出す。指先を曲げ、軽くノックするように刺激を与えると、たちまち全体が収縮し始めた。ぬめりが増し、淫靡な音を奏でる。  
 「くぅ……、んっっふっ…っは、ぁんん、だ、ダメ…んっ、ふっ、ぁああっ――」  
 適度な強弱をつけつつ指をうねらせ、ざらつく襞を柔らかく摩る。  
 フィリシスの体が小刻みに揺れる。両の太股に力がこもり、レイオットを締め付けて震えた。一瞬の緊張の後、肢体は緩やかに弛緩する。様子を見計らって、彼女の中に潜ませた二本の指をゆっくりと引き抜くと、それに合せ、とろりと愛液が零れ落ちた。  
 シーツの上に余韻の残る体を横たえ、息を荒くしたまま彼女が文句を言い始める。  
 「ん、……ちょっと…。………このまま、手だけでイかせて…、……ごまかそうとかって、……思ってないでしょうね…」  
 「まさか。軽くイっといた方が、フィリシスだって後々気持ちいいだろ…」  
 自分の指に絡みつく蜜を舐めとりながら、レイオットがさらりと答える。  
 「…とてもそうは思えなかったけど……」  
 彼女が、青年の内心を見透かして苦笑を浮かべた。  
 ばれていると解っていても、レイオットは平然と素知らぬ振りを通す。ばれようが、ばれまいがそんな事はどうでもいいのだ。所詮その程度のやりとり。  
 「折角の人の努力に、文句たれんなよ。止めても良いのか」  
 フィリシスは、軽く息をはく。  
 「…はいはい。努力は、努力として認めてアゲル。その調子で、もう少し頑張ってくれるんでしょ? 私の為に」  
 そう言って、彼女は体を起こすと、サイドボードの小さなケースから避妊具を取り出す。レイオットがそれを受け取ろうとするのをフィリシスは止めた。  
 「いいわ。たまには私が着けてあげる」  
 意味ありげに、口元を歪めた。  
 
 「…………」  
 微妙な表情のレイオットをほおって置いて、その下腹部へ手を伸ばすと、根元から筒先へ白い指先を滑らせた。あやすようにくすぐり、何度も扱く。  
 態勢を変えた。  
 レイオットの伸ばした脚の間にフィリシスが坐り、起立している肉茎を銜え込む。緩やかに彼女の頭が降りていき、根元までたどり着くとまたゆるゆると上がっていく。その動作を何度か繰り返し、時折裏筋から亀頭にかけてを舌先で丁寧になぞった。  
 その度に、レイオットの腿に、僅かに力が入る。腰から背筋へぞくぞくと快感が走っていった。  
 「……く、ふっっ…」  
 ひときわ強い刺激を受けてレイオットの体がびくりと反応する。思わず手が伸びて、彼女の頭を抑え込んだ。  
 フィリシスが、先走りの液ごと筒先を吸い上げる。小さく口を開けている鈴口へ、尖らせた舌先をあてて重点的に嬲っていった。  
 「――――――っ!!」  
 男のツボを抑えた絶妙な技で、レイオットを強く揺さぶる。フィリシスを押さえつけていた手に力が入り腰が無意識に跳ねる。このまま彼女の口の中に白濁した欲望を放ってしまいたかった。  
 あと少し――――  
 「!!!! っふっ、――っっぁ、あ、ぁ、ぁ…」  
 張り詰めた肉茎の根元を強く抑え込まれ、青年は思わずうめく。行き場を無くした欲望に圧迫されて、目眩を起こした。視界が揺れる。乱れて浅くなる呼吸を無理遣り整え、苦痛とも快楽とも取れる激しい感覚を逃がした。  
 口撃を止めたフィリシスが僅かに顔を上げると、上目遣いで口元に淫蕩な笑みを浮かべる。とても、富豪の御嬢様の仕草ではない。  
 「………さっきのお返し」  
 つぶやいて、さも愉しそうに笑う。  
 何か言い返してやりたかったが、レイオットはすぐには言葉が出なかった。瞬間的に昂まった快感の余波が、頭の奥を痺れさせている。仕方ないので、軽く睨むだけですませたが、内心では彼女を口汚なく罵っていた。  
 
 フィリシスが手元の避妊具の封を切ると、取り出したものをおもむろに口に銜える。  
 「!!!」  
 レイオットは、何をするのか悟って唖然とした。  
 見るまに彼女の顔が下がり、天を向いている肉棒に器用にそれを被せていく。  
 「…………」  
 作業を終えたフィリシスが再び顔を上げた。  
 「面白いでしょ」  
 「……何処から仕入れてくるんだ。そういうネタ」  
 「女には、秘密がいっぱい有るモノよ」  
 (んーな秘密があってたまるかっ!!!!)  
 してやったりといった様子のフィリシスに、心中で激しくツッコミを入れるレイオットだった。  
 「…まったく、良家の御嬢様とは思えん腐れっぷりだな」  
 「親が家に居ないのをイイ事に、男をつれ込んでよろしくやってる段階で、もうすでに腐ってるわね」  
 そう言ったフィリシスが、少しだけ、本当の顔を見せる。  
 
 物事が、舞台の上で演じられている芝居のようにしか感じられないという彼女。全てが、分り過ぎるほどに解っているゆえの、空虚。それは、埋めようとしても簡単に埋められる訳ではない。  
 けれど…、だからこそ……。  
 
 フィリシスが、レイオットの身体をまたぎ膝立ちになる。快楽を求めて猛る剛直を己の秘肉にあて、ゆっくりと腰を落としていく。  
 「…ん、っふ……」  
 自分の中に埋没していく熱い塊を感じて、彼女が震えた。  
 「…は…ぁ、ア、…あん……」  
 最奥まで呑み込んでも、すぐには動かず、馴染むまで暫く間をおく。その間に上半身を下げ、レイオットと唇を重ねた。彼女の舌が、籠絡するかの如き動きで青年の歯列をなぞり舌を絡めとる。  
 「…ふ……」  
 「ん、ん……」  
 ひとしきり堪能すると、フィリシスが青年の唇を解放した。  
 
 「…もうちょっとだけ、私を楽しませてよ。レイオット。人生は一瞬なんだから」  
 
 そう呟いて、含みのある何処か自虐的な笑みを、彼女は浮かべた。  
 
 「ただれてるな」  
 
 自分達の関係を思い、レイオットが苦笑する。  
 フィリシスが身じろぎ、ゆっくりと動き始めた。レイオットを包み込み、適度に締め付けながら柔らかな襞が扱くようにうねる。  
 痺れを伴って快感が腰からせり上がり、身体が昂ぶった。彼女の腿に手を添える。  
 ミルク色の肌がしなやかに屈曲し、自分の上で惜し気も無く痴態を繰り広げた。  
 その、あえかな肢体を更なる快楽に落すべく、潤みを満たす己の剛直で、レイオットは彼女を突き上げた。  
 
 互いの身体を貪り、泥のような快楽に浸り。いっそ喜劇的な程の虚しさが、その後に残るだけだと解っていても、求めることを止めない。  
 好きとか愛してるとかそう言う事ではない、もっと別の所で互いを求めている。とてもまともとはいい難い関係。  
 刹那に満たされる事を思い、虚を偽りで満たすくだらない行為に耽る。  
 
 自分にあるのは過去だけで、未来など無い。無くていい……。  
 どうせ流されて、やがて何処へなりと消え去る身の上だ。  
 
 だから、今だけは……。  
 

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