あるのどかな昼下がり
二級魔法監督官ネリン・シモンズは今日も不機嫌な表情を顔に貼り付けて魔法士資格取得のための書類と、
先日発生したケースSA――魔族事件――の処理に関する書類片手に、
非公式ながら担当している戦術魔法士であるレイオット・スタインバーグの自宅に向かっている途中なワケである
「まったく…あの人は何でいつもいつも(中略)いつもいつも街中で強力な魔法をぶっ放すかなァッ!?
おかげで書類の束が人を殺せる厚みになってますよ?どこぞの島国の辞書ですか?
ただでさえあの人が無資格なせいで他の戦術魔法士より書類が多くなるって言うのに!!!」
こんなにも青い空の下で独り蒼天に向かって吠える妙齢の女性。
田舎で人が居ないからまだいいが、どう贔屓目に見てもただの危ない人にしか見えない
しかも叫ぶ前にもブツブツと独り言を言っていたのである。
駅員や乗車客などに微妙に引かれていたことはおそらく知らない方が幸せだろう
さて、溜まっていたフラストレーションが叫んだことでいくらか解消されたのか、幾分軽い足取りでスタインバーグ邸に向かうネリン。
しかし叫んだ程度では解消し切れなかったのか、歩いている間にも愚痴がこぼれている。
「とにかく!今日は直帰の許可が出ていますし家に帰ったら…寝よ…と」
そうこう言っているうちにスタインバーグ邸に到着したようだ。
呼び鈴を鳴らす
・
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「?」
秒針が一周しても反応が無い
以前にもこういうことがあったが帰ってきた時にネリンにこっぴどく叱られた為か留守の時は玄関の取手に
「お出かけ中」
という木札が掛けてあるのが通例となっていた…
それに前日に今日書類を書いてもらうために訪ねるという事を電話で知らせておいたのだが…
とりあえず取っ手を回してみる
カチャ
「えっ!?」
鍵が開いていた。
いくらレイオット・スタインバーグが尽くダメ人間とはいえ、
CSAの同居人兼助手のカペルテータは年の割にしっかりしているため、
盗まれるようなものが無い(レイオット談)とはいえ戸締りはしっかりしていた筈だ。
とりあえず家の中へ入ってみることにする
「おじゃましまーす…あら?」
中に入ってみると家主であるレイオットはソファで寝ていた。
しかも珍しく雑誌を顔に被せていないし、サングラスもかけていない
「スタインバーグさんは寝ているとは言え、居るわよね…カペルちゃんは・・・」
辺りを見回す…誰もいない
首を捻りつつも流石に疲れてきたのでデスクの上に書類を置く。
書類を置いたデスクの上にはよく見るとメモが置いてあった。
内容は・・・
『カペルちゃんは預かった。返して欲しければおいしい茶菓子かおつまみを持ってムーグ邸に来るのだ!
あなたのフィリシスより(はあと)』
なんとも体の力を根こそぎ奪っていくようなものだった
(あの人はホントなに考えてんだか……)
正直頭を抱えたくなるネリンだった。
多分誰も解らないだろう
(ん?もう一枚ある)
『フィリシスさんが用事があるとのことなので連れ去られることになりました
レイオットが寝ていたら起こしておいてください。シャロンも一緒ですのでご心配なく。
カペルテータ・フェルナンデス』
彼女らしい何とも事務的な書置きだった
少しほほえましいと思いつつ、態勢を立て直す
「…まあ、何はともあれスタインバーグさんを起こしますか」
向き直り、眠りが深いのかまだ寝ているレイオットの方向へ歩いていく
「仮にも戦いを生業にしている戦術魔法士がこんな無防備でいいんですかねぇ…?」
付き合いがなんだかんだで長くなっているネリンでも流石に寝顔までは見たことが無い。
「黙ってれば端正な顔立ちなんですけどね・・・」
呟いて覗き込み、顔を近づける
食い入るようにレイオットの寝顔を見つめ、唇が近づいていることにネリンは気が付いていない
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あと10p
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あと5p
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あと…
「積極的だな、シモンズ監督官」
レイオットの目が覚める
「へ・・・?」
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1秒
急速に現状を脳が認識していく
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2秒
サァ――――
ネリンの顔が真っ青になる
・
・
シュバッ
壁際にまるでアクセラレータをかけたレイオットもかくやのスピードで張り付くネリン。
その表情は絶望と羞恥が混ざり合って泣きそうになってる
「ス、ス、スススススタインバーグさんッ!?」
「なんでしょうかね、シモンズ監督官?」
ネリンの同様を気にする風も無く答えるレイオット。
「い、いつから起きてらしたんですか?」
「ついさっきだがね。そうだな〜『黙っていれば端正な顔立ちなんですけどね…』辺りからかな?」
真っ青だったネリンの顔がゆでダコのように真っ赤になる
その感情は羞恥か怒りか…
「何ですぐに起きてくれないんですか!!」
「いや、寝ぼけてたし、シモンズ監督官にまともに褒められたのは多分初めてだし、それに…」
最後の言葉を濁しつつネリンに近づいてくるレイオット
「そ、それに…?」
いつもと違うレイオットの雰囲気に気圧され、若干表情を引きらせながら壁伝いに移動する
「……」
無言で壁に両手を当ててネリンを逃がさないようにしている
ネリンはもう殆ど半泣きだ
「……」
未だ無言のレイオット
「スタインバーグさん…?」
真剣な顔でネリンに顔を近づける
「えッ?ちょっ!?」
この状況から予想される未来に困惑し、目を瞑るネリン
・
・
・
「?」
いつまでたっても予想された接触が来ないと思って恐る恐る目を開けると
「と、こういう風に狼狽えて少しかわいらしいシモンズ監督官が見られるから?」
いつもの様に人を食った表情と仕草で答えるレイオットの姿があった
カァッ
からかわれたと知り、怒りで顔が真っ赤に染まるネリン
同時に振り上げられる拳
その拳が言葉と同時にレイオットに突き刺さったのはその一瞬の後だった
「スタインバーグさんの・・・バカァァァッ!!!!」
その拳を食らったレイオット・スタインバーグは後に語る。
「あの時のシモンズ監督官の背後にはスペードと女王の紋章が輝いていたな…」
と。
終わり
おまけ
トリスタン市内某所
怪しげな三人が無線機のようなモノの周囲を囲んでいた
???「ちっ、感づいたか」
??「どうやら作戦失敗のようですね」
?「途中までは上手くいってたんですけどなぁ」
???「まあ、いいか。まだ次の作戦はあるしね」
?「ほう。ではアレを実行するので?」
???「ああ。」
?「ですがアレは時期尚早では」
???「ターゲット『黒の魔術士』は勘が鋭い。生半可な策ではすぐ気付かれる」
?「ああ、伊達に戦術魔法士やってないよね」
??「その割には『栗色の指揮者』が至近距離に来るまで気付いてませんでしたけど」
???「それだけターゲットにとって近しい存在になってきたということだろう」
??&?「なるほど」
???「我々の計画は多少の誤差はあれ、目的達成へと近づいている・・・」
??&?(コクリ・・・)
???「では今日のところはコレで解散とする・・・」
散らばる三人。一人は機材を回収している
謎に包まれた三つの影・・・
彼らの正体とは?
計画とはなんなのか!?