「すみません、スタインバーグさん。有難う御座います」  
 タオルで頭を包んで、監督官が居間のドアを開けた。汚れを落として奇麗になったネリンはすっきりした顔でソファーに腰かける。  
 彼女はいつもの制服ではなく、随分とラフな格好だ。  
 偶然に出くわした魔族と格闘したレイオットの巻き添えを食い、自宅が近かった事もあり風呂を借りたのである。不足の事態で着替えの準備がなかった監督の為に、洗濯した制服が乾くまで自分の服をひとまず貸したのだが。  
 
 「…………」  
 向かい側に腰かけたネリンを見て、レイオットは微妙に困惑した表情を浮かべる。  
 「どうかしたんですか?」  
 カペルテータがいれてくれた紅茶に口をつけながら、ネリンが不思議そうに聞いてきた。  
 「いや、何でも無い……」  
 ちらりと視線を彼女に移し、すぐに手元の文庫本に目を落とした。  
 (失敗した)  
 今更ながらに、自分の大雑把さが悔やまれる。クローゼットの奥から適当に引っ張り出して、何も考えずにそれを渡したのだが、もうちょっと考えるべきだった。  
 視界の端に彼女の膝が見える。  
 監督官が着ているのは裾が長いゆったりしたティーシャツだけ。  
 相手はネリンだし裾が長いから別にいいだろうと、いい加減に考えて下は出さなかったのだ。彼女もすんなり受け取ったので、気にもしなかったのである。  
 だがしかし、ここに来てそれが裏目に出た。  
 シンプルなデザインのティーシャツから、すらりと伸びる手足。湯上がりのために微かに色付いた白い肌。  
 タオルでまとめ上げた湿った髪が、幾筋かこぼれて首筋にかかる。そして、薄手の生地に浮かび上がる豊かな曲線。  
 生地の黒さにそれらが合わさって妙な色気を醸し出していた。サイズが合わないために、襟繰りがかなりあいていて、綺麗な鎖骨が晒されている。  
 点々と肌に残る水滴につられて、視線が胸元に吸い寄せられそうだ。  
 
 はっきり言って、全く落ち着かない。むしろそわそわする。  
 
 外見上はいつもどうり、ぐうたらな雰囲気をまき散らしていたが、レイオットの内心は真逆だった。  
 
 (……大体、それは反則だろうがよ)  
 小柄な娘は身体もそれなりだとレイオットは考えていた。現実的にもそれは大体において当てはまる。  
 ところが、目の前に居る生物は確かに小柄で華奢で、けれど、反比例的に尻と胸は豊かだった。俗に、エックス体形と言われるヤツだ。そんなアンバランスさが、どうしてもエロティックに映る。  
 透けそうなほど白い肌は、地下に生息する生き物に似て何か淫靡だ。  
 滑らかで何処までも指が埋って行きそうな、自分の体温で溶けてしまいそうな、悩ましげなその陰影。酷く柔らかそうに見えて、実際に指を這わせて確かめてみたくなる。  
 イケナイと思いつつ不謹慎な欲求がむくむくと頭をもたげ、レイオットは無意識に姿勢を低くした。  
 「ぁ、あの……どうしたんです? さっきから」  
 「! んあ?!」  
 気が付けば、逸らしたはずの青年の視線はネリンを凝視していた。彼女は困惑気味に見つめ返している。  
 「あー……、済まん。その、ちょっと……」  
 咄嗟に言葉が浮かばず語尾を濁してしまった。  
 ついと顔を逸らした彼女の肌は、見られ続けたせいなのか、湯上がりとは別の意味で赤く染まっているような。そう考えるとこっちも余計に意識して恥かしくなってしまった。  
 二人の間に奇妙な沈黙が訪れる。  
 
 (苦手なんだよな、こういう雰囲気)  
 このおかしな空気を払拭せねば。レイオットはその場を取り繕うべく口を開いた。  
 「あー……。結構、肌白いよな。監督官って……」  
 「……ええっ? ぅ、あの…」  
 彼女が一瞬固まった。  
 しまった、何だか解らんけど誤解だよ。それきっと。レイオットは慌てて言葉を付けたす。  
 「ああっ、あ〜いや。……日焼けとかしたら、大変そうだなぁってー……」  
 「……あぁ…。そ、そうでも、ないんですよ。私、あんまり日焼けしないみたいです。ちょっと赤くなるくらいで」  
 ネリンは、ほっとしたのか話題に乗り始めた。  
 「皮が剥けたりとかしないんだ」  
 「そこまでは無いですね。でも、日焼けした肌とかって、ちょっとうらやましいです」  
 「ナンデ?」  
 「健康的に見えるじゃないですか。私って顔色悪く見られる時があるから」  
 コンプレックスなのだろう、彼女が苦い顔をする。フォローを入れるつもりで、レイオットは考えナシに言葉を口に出した。  
 「そうかぁ? どちらかって言うと、魅力的なんだがなぁ。柔そうだし」  
 少なくとも自分の目には綺麗に映っている。  
 「…………」  
 ネリンが再び凝固。それを見て口を滑らせたと気づいた。繰り出した言葉は本心ではあるのだが、明らかに問題のある発言だった。  
 案の定、彼女は真っ赤になって俯く。当たり前だ。今の言い方では下心が有ると、取られても仕方ない。  
 
 「…………」  
 「…………」  
 
 困った事に、またしても沈黙が始まった。  
 (ここから逃げたい)  
 それはもう脱兎のごとく、光より早くこの場から逃げ出したい。  
 微妙な空気が漂う中、静かに二人のやりとりを見ていたカペルがぽつりと呟いた。  
 「レイオットは、迂闊すぎると思います」  
 「まったく持ってそのとーりデス」  
 レイオットが素直に同意する。ネリンは俯いたままで深々と溜息をついた。  
   
 そもそも、上しか服を出さなかった段階で激しく間違っていたのだ。そんな、いかにもアレな格好をさせたのがどうかしていた。みんな俺のせいさ。ああ、そうともさ。  
 
 (いろんな意味で俺が悪かったんだよ、このヤロウ)  
 
 青年は己の未熟を深く反省したのである。  
 

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