四人掛けのコンバートメントにいるのはアティとビジュの二人きりだった。
くつろいだ様子のアティが思い出したように鞄から弁当箱ふたつ取り出す。
「はい。朝、村のほうで作ってきたんです」
ふたを取ったところで、一言。
「茶色いな」
「保存性第一です。……まあちょっと彩りさみしいけれど、味は大丈夫ですよ」
返事は気のないものだったが、素直に弁当箱受け取って広げてくれたのはちょっとだけ嬉しい。
いきなり、アティが悪戯っぽい表情を浮かべて芋の煮っ転がしをビジュへと差し出し。
「はい、あーん」
本気ではなかった。駅でからかわれたことに対するちょっとした意趣返し、
嫌がる顔見れればそれで溜飲下げてお終い。
の、はずが。
フォークを持つ手に重み。気づいたときには芋が消えていた。
「食えねェことはないか」
思考力が回復したのはビジュの言葉が耳に届いてからだった。
「ビジュさん、た、たべ……」
「食えっつたのテメエだろうが」
ビジュはにやりと笑って、
「ほれ」
お返しとばかりにフォークに突き刺した魚フライをアティへと押しつける。
「何考えているんですかっ」
「そりゃこっちの台詞だな。人にやっておいて自分がやられるのは嫌なのか、先生?」
『先生』という単語をわざわざ区切って発音してやる。
あう、とアティは顔真っ赤にして黙り込んだ。
面白いので追い討ちをかける。
「遠慮するなって」
「してません!」
逃げられぬよう座席の上を、壁際まで追いつめる。
覆いかぶさるようにして器用に足を絡め取り、身動きとれなくしたところで、再度攻撃。
アティが涙目になる。微妙に嗜虐心そそる表情にやばい感じに興奮した。
このまま決着かと思われたその時。
天の采配か悪魔の気紛れか、いきなりドアが引き開けられる。
「失礼します。乗車券を拝け」
まだ若い車掌の目に飛び込んできたのは、顔に刺青入れた男が赤毛の結構可愛い
娘さんを押し倒してる風景だった。
「あ」
「あ」
後にその車掌はこう語る。
「……でも本当に知り合い同士だとは思わなかったんです。女の子押し倒されて
すごく嫌がってる風に見えましたし。大体男の方完全に悪人ヅラだったんですよ?!
あれで誤解するなってのが無理ですよ!」
挿話終了。
「うわーっ! 変質者がお客さまをー?! 誰かだれかああっ!!」
「誤解だってえの!」
「ああ聞いてないし!」
パニックに陥った車掌がコンバートメントを飛び出す。
後には弁当片手に呆然とする二人が残された。
十数分後、車掌室にて「公共の場でまぎらわしくイチャつくんじゃない」とこってり
油搾られる男女の姿があったとかなかったとか。
どっとはらい。