アティは溜息を吐く。  
眼前の港には輝かんばかりの白い優美な船体が浮かんでいた。  
クイーン・アミス。帝国でも五本の指に入ると称賛される客船である。最高速度ならばアドニアス港から  
工船都市パスティスまでを三日で走り、可能収客数は二百。だがアメニティに極限までの力を入れ、  
速度と客数を半分以下に抑え尚且つ乗組員は据え置き、という何とも贅沢な船である。豪華客船という  
呼称がこれほどまでにしっくりくる船もそうないであろう。  
また、溜息。  
「乗りたかったなあ……」  
「いつまでも愚痴るな」  
いいかげん鬱陶しくなったのか、隣に立つアズリアが半眼になってたしなめた。  
「だってせっかくの『豪華客船』なのに」  
「貴様は任務を何だと思っているんだ」  
 
召喚術具の輸送手段として海運会社が提供してきたのが、クイーン・アミスだった。随分と剛毅な話だが  
下手に遠慮してしょぼい船に乗せられるよりも、きちんとした護衛船がついている方がアズリア達としても  
やりやすいし、会社側もこれを機に新しい航路の申請を軍にねじこむという下心がある。魚心あれば水心  
とでも言おうか。まあ後半部分に関しては一小隊の隊長にすぎないアズリアには関係ないが。  
 
で、作戦としては隊員を客船本体で術具の護衛を行なうグループと、護衛船に偽装した軍船に乗り込むのに  
分けることにしたのだが。  
うちわけとして、隊長のアズリア、副隊長のギャレオ以下八名及び諜報員のイスラが本船に。  
残りの人員は護衛船(偽)に。  
つまりアティは何の面白みもない軍船組というわけだ。  
「……あのな、アティ」  
妙に優しい口調から、  
 
「そんなにはしゃいでる奴を乗せられるわけがないだろうが少しは反省しろっ!」  
一転して怒鳴りつける。  
痛いところを突かれてアティはあう、と黙り込んでしまった。  
後ろではビジュがにやにやしている。  
「ま、諦めな、軍医殿」  
「良いですよ、退役後の楽しみにとっておきます」  
退役金程度では片道二等が精一杯と知って強がってみせた。  
「そうだね、今じゃなくたって何時だって乗れるさ」  
「…………すいませんエグゼクティブに対してほんのり敵意湧きました」  
さらりと相槌を打つイスラにひきつった笑顔を向ける。そりゃあレヴィノス家の人間ならこの程度のフネ  
くらい乗り放題だろう。一般人には想像もつかない世界だ。しかし理不尽ながらむかつく。  
「やれやれ……どうした、ギャレオ。まさか緊張しているのか?」  
アズリアはそれまで黙ったままの副官へとからかい混じりに声をかける。  
ぼうっと船を眺めていたギャレオが慌てて首を振った。  
「いえ、ただ、いつも護る側の自分らが護られる側になるのは不思議なものだと」  
「……ああ、なるほどな」  
普段の立場が立場だから、仮にも護衛される方になるのに慣れないのだろう。  
何故かいきなり不機嫌な表情になったイスラが会話に割り込む。  
「それならアティさんと交代して君が護衛船に行ったら?」  
「あ、その手がありま」  
「―――い・い・か・げ・んにせんかあっ!」  
襟首ひっつかまれてがっきゅんがっきゅん揺すぶられ、さすがのアティも大人しくなる、  
「は、話ふった、の、そもそもイスラさんじゃないですか、何で私だけ?!」  
筈もなく悪あがきを続ける。  
だがそれなりに思う所あったのか、締め上げる手はそのままに弟へと視線を向けて。  
「……」  
「……」  
 
「イスラはいいんだ」  
「えこひいきー。こうやって軍の腐敗は始まってゆくのですね」  
「はは、全くだな。では修正の手始めに同期との立場に甘え上官をからかうボケ軍医の粛清を行なうか」  
さらりと怖いことのたまうその面立ちは笑顔のままだ。かすかに浮き立つ青筋も切りっぱなしの黒髪に  
隠れて見えない。  
このままでは埒が明かぬと悟ったのか、ギャレオが慌てて仲裁に入る。  
「隊長、そろそろ。人目も集まってきましたし……」  
「あ、すまん。では行くか」  
女の子にあるまじき動作で抗議するアティを無造作に放り出し、クイーン・アミスへと足を向ける。  
その背中は先程までじゃれあっていた女性のものではなく、部下を指揮する軍人のそれだった。  
 
 
「やっとうるせえのが消えたか」  
襟元直すアティの横で、いかにもせいせいした様子でビジュが言い捨てる。  
いつもの事と割り切っているから特にツッコミもない。  
「さて行きますか。一週間よろしくお願いします」  
「テメエの面倒はテメエで見ろ」  
「単なる挨拶ですよ」  
軽口を叩きあいながら見上げた空は、絶好の航海日和。  
(レックス、お姉ちゃんは頑張るよ。だから)  
「―――貴方も、頑張れ」  
何か言ったか、とビジュが振り向くのに何でもないと返した。  
 
 
さて、アティは知らなかった。  
大事な弟がクイーン・アミスに搭乗していることを。  
 
 
本当に二等室だろうか、と疑いたくなる程豪奢な船室でレックスは溜息を吐いた。  
まさか単なる家庭教師の身分でここまでの船旅ができるとは予想だにしなかった。  
「さすがマルティーニ、って言っていいのかな」  
軍属時代の任務が縁で、貿易商マルティーニ家子息の家庭教師兼軍学校のある工船都市パスティス  
までの護衛を任されたは良いが、慣れないことの連続で正直戸惑うばかりだ。この船もそうだし、ひとに  
何かを教えるのは初めてということもあるし、  
何より問題なのは。  
『良家の子息』とのイメージからはかけ離れたきかん気そうなやんちゃ坊主の顔を思い出す。  
ナップ・マルティーニ。レックスの生徒の名前。出会い頭に後ろから飛び蹴り入れてきた腕白小僧。  
それでも不快感がないのは、レックスが剣を得意とすると言った時に見せた、興味と憧れの入り混じる  
眼差しがあまりにも素直だったから。  
そして、母親を早くに亡くし唯一の肉親である父親も商用で滅多に会えぬというナップの境遇に、双子の  
姉であるアティとふたりっきりで暮らしてきた自分を重ねたせいもあるのだろう。  
一度、音を立てて自分の頬を叩いた。  
ここでごちゃごちゃ考えていても始まらない。  
「まずは話してみないとな」  
悩むのはそれからでも遅くない。  
よし、と気合を入れてレックスはナップの部屋へと向かった。  
 
 
愛らしい頬を赤らめ、ソノラは溜息を吐いた。  
ここ三十分近く、さんさんと陽を浴びる甲板に鎮座するソレに熱い眼差しを注ぎ続けている。  
「……んふふ、新型砲〜」  
ハートマークの十や二十は余裕で飛ばしそうな甘ったるい声は対象とはあまりにもそぐわない。  
無機質なしなやかさを備えるカロネード砲のフォルムは凶悪なまでに優美で、触れれば確かな黒鉄の  
重さが伝わる。三日前に買い求めたばかりなのにもうソノラの手に馴染み従順の意を伝えてくる気がした。  
いや、気がするのではなく。実際に『そう』なのだ。  
 
台座近くに組み込まれた金属のからだ持つ召喚獣。機界ロレイラルより召喚されたというそれは、  
大砲の精度と飛距離を上げる能力を備えているという話だった。原理は召喚士ならぬソノラには理解  
できない。する必要も感じない。コレは自分に従う、自分の助けとなる。それで充分。  
「気色悪りいなあ……」  
「アニキうるさい」  
呆れた声のカイルにすっぱり言い捨てて、  
「ねえアニキー、コレ使っていいでしょー?」  
「使うたってなあ、沈めたら元も子もねえんだぜ?」  
「だーいじょうぶ! ちゃんと気をつけるからさ」  
明るい口調に真剣な色を見てとり、少々考えた後、  
「―――ま、そこまで言うなら任せてみるか」  
「おーしっ! 軍の奴らのどてっ腹に風穴開けてやるんだから!」  
さっきと言ってること違うぞ、とのツッコミもどこへやら。はしゃぐソノラの金髪に陽が踊る。  
 
 

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