アティが船長室の扉を開けると、落ち着かない様子の副隊長が廊下に立っていた。中を気遣わしげに
見やる彼へ安心させるように微笑む。
「隊長は、その」
「―――ギャレオがいるのか?」
様子を尋ねる言葉を遮りアズリアがひょっこり顔を出す。涙の痕はきっちり拭い、目蓋の腫れも先程まで
当てていた濡れタオルのお蔭で、余程注意しなければ判別できない程度に引いていた。
「丁度良い。意見を聞きたいことがある、入れ」
言って無造作に招き入れる姿には弱さは微塵もない。
もう大丈夫だろう。
アティは閉まる扉を見送り、静かに歩き出した。
軍船においてのアティの割り当て部屋―――というか縄張り、とでも表現しようか―――は医務室である。
薬やら治療器具やら私物の文庫本やらが渾然一体となった空間は、住人にとって一番心地好いように
整えてある。友人である隊長のみならず、女性、ということで用もなく押しかけて来る連中も少なくはない
ので、紅茶ポットとお茶請けが常備してあるのも居心地の好さに一役かっているのだろう。
しかし腹立たしい話だが、こういった場合不埒な行いに及ぼうとする不届き者が出現する危険性があるのも
また事実。
というか、あった。
但し、その大馬鹿野郎をアティが中々えげつない方法で撃退してからは、あえて手を出そうとする者はいなく
なったが。
一体どんな方法を採ったのか、彼が第六海戦隊から姿を消した今では真実を知る者は少ない。
赤毛の軍医は微かに揺れる床を踏みしめ医務室に向かう。
船は浅瀬に乗り上げる格好で漂着していた。今は満ち潮なので後ろ半分が海に浸かっているが、干潮時は
すっかり砂地にめり込んでしまうという話だった。ミズンマストは根元から折れてしまっているし、船底の大穴
には必要最低限の処置がどうにか施されているだけという話だった。頭を抱える船匠の姿が目に浮かぶ。
と。廊下の先に見知った顔を発見し、歩みが緩まる。
男は一瞬アティに視線をずらしたが、直ぐに興味なぞないとばかりにそっぽを向く。
医務室の手前に立っておいて、だ。
アティはむ、と眉根を寄せ、
「……」
「……」
無言のまま近づく。足音が深夜の船内に響く。
「……」
「……無視か」
先に我慢が利かなくなったのはビジュの方だった。機嫌の悪さを隠すどころか叩きつけんばかりの空気に
しかしアティは全く動じることなく平然と応える。
「お互い生きてて良かったですね」
「……へえ」
思いっきりな半眼で睨まれた。
気にせず医務室に続く戸を開け中に入り、灯りを点す。
「味方に攻撃しといてそれだけたあ随分だな? 言い訳のひとつもしねェとは」
「あの場合、最善の方法だったと思いますけど」
「どこが」
「皆生きて戻れたじゃないですか」
それは正しい。
正しいが。
「―――できれば戦いたくなかったですしね」
視線を彷徨わせての呟きは誰に向けたものでもなさそうだ。
「……とと」
不意に背後より廻される腕。抱き寄せられて、閉じ込められる。
汗と脂と潮の混じったにおいが鼻をくすぐった。
「うあちょっとちょっと?!」
シャツのボタンに手を掛けられてさすがに慌てる。いや、そういうコトが予想されてしかるべき関係では
あるには、あるのだが。
今日は海で溺れたり砂浜で日干しになってみたり必死こいて汗みずくで走ったり戦ったりしたのでつまりは
「や…だっ」
消え入りそうな抗議はそれなりに効果があったらしい。
「んだよ」
「だって……」
羞恥心が発声を阻害する。お湯と石鹸が切実に欲しい。聞けるものか。「臭いませんか?」なんて。
ビジュは気にした様子もない。ここら辺は男女差、というやつだろうか。
―――硬直したままの身体をもう一度抱きしめて。
「だ、だから―――」
耳元で囁かれ、本当に、一切合財動けなくなる。
「ったく、よく生きてたな」
この男ときたら。不意打ちで。顔が見えないのをいいことに。こういう時に限って。
「ひきょーもの」
こんな。こんな感情剥き出しの言葉に逆らえようはずもないではないか。
薄暗い部屋に響く物音はふたつ。ベッドが立てるぎいぎいと軋む音。さわさわとした衣擦れの音。
ベッドに、より正確に言えばベッドに腰掛けたビジュの足の間に座り込むかたちで、アティは小さく喘ぐ。
微熱に揺らぐ視界には嵐でもみくちゃにされた医務室が映る。
家具は打ち付けだし、戸棚の薬品類も固定してあるのでそちらは心配ないが、机の上に置いてあった分は
全滅だった。壁にインク壷が激突したらしくべったり跡が残っている。普通のやつだからまだましだが、これ
が修正用の赤インクだった日にはとんでもなくスプラッターな光景になること間違いなし。
「……んうっ」
耳朶を甘噛みされて思考が引き戻される。余裕だな、との囁きが耳を濡らす。
アティのものよりごつくて広い掌がはだけたシャツのなか潜りうごめく。
乳房をすくい、無駄な肉のない腹をなぞり、その下へ。
アティの今の格好ときたら、シャツを全開にしながらも着けっぱなし、下は秘所をぎりぎり晒す分だけずらす
といったものだ。特に下着が太腿辺りで絡み動きにくいことこの上ない。
ビジュの方も前だけくつろげ性器を曝け出している。
ひらきかけた場所を、硬度を増し始めたモノが引掻いた。
「……は、うくう……っ」
じゅく、と身体の奥で熱い雫が滲む。それは密やかに、しかし確実に敏感な襞を滑り落ちてもどかしい
快さを生み出し、外へと至る。
粘りのある体液がふたりの間の僅かな空白を細く繋ぐ。体臭に混じるとろつく匂い。
背後から揶揄の気配を感じてかあっと血が昇った。
「尻ちっと上げろ」
蕩ける直前の柔らかい部位を片手で器用にこじ開けて、ビジュが言外に『次』をほのめかし告げる。
ついでに豊かな胸の先で硬くしこる乳首に強く―――但し痕が残らない程度に―――爪を立ててやり、
ささやかな逡巡を根こそぎ奪う。
予告なく、胸を弄っていた手が離れて、アティのうなじへと移った。
行為に対しては大袈裟に跳ねるしなやかな身体。その背に貼りつく長い髪を右肩口へとまとめ前に払い
手は先程の位置に戻る。しかし長くは留まらずへその辺りへと移動し抱え、アティを促す。
おずおずと、しみひとつない臀部が引締まった腹筋に押しつけられて、そこを支点にじわりと上がる。
そうして。
揺れながら。震えながら。
あてがい。のみこんだ。
重なる声と声。だがまだ先端が隠れただけだ。適した角度ではないのか、幾度もナカで進入を拒まれる。
その度に、力をこめ、擦り、ずらし、泣き声に似た嬌声が洩れる。
不規則に。しかし確実に、収まってゆく。
その間心臓が何回打ったのか数えるのも馬鹿らしいおかしくなってしまいそうな時間が。終わる。
根元まで埋めて安堵したのも束の間。
内側にて凝る熱と質量。突き上げられて背を反らす。
片脚だけをビジュの太腿に載せ、もう一方はベッドに落ちているという不安定な姿勢では、自分の身体を
支えることすらままならない。
濡れた吐息を呑み込んで男の膝を掴み体重を掛けた。
重心が移動しベッドがぎしりと大きく軋む。
何時の間にか再び乳房にまとわる手は、飽かず位置を換え力を変え白い肌とその先の突起を蹂躙し続け。
耳朶を撫ぜる湿った呼気と相まって自律を削り取ろうとするそれに、ただ唯翻弄される。
されていた、のだが。
「――〜っ!」
急な圧迫にビジュは喉の奥で呻く。
脚を閉じることで締め付けてきた当人は、というかアティ自身も貫かれる感触を増して覚えるはめになった
らしく涙を浮かべていた。
「……んだよ、急に」
仕置きに抱く腕に力を入れてやると、だって、と涙と喘ぎで途切れ途切れに、
「下着、破れそうだったから……」
言われて視線をアティの太腿に遣る。
ビジュのものと同じ黒ズボンの下から覗くのは、汗で湿り透ける薄布。女性用下着にどれ程の伸縮性が
あるのか男のビジュには分からないが、真っ最中に気にしなければならないものなのだろうか。
……どうせ考えても答えは得られぬだろう。所詮男女差というやつだ。
疑問は放っぽり出して、アティの身体を抱き寄せ腰を浮かさせる。
短い甘やかな悲鳴。
新しく溢れた愛液が助けとなり、挿入時よりは随分と楽に抜けた。
状況を理解する前にアティはベッドへとうつ伏せに倒される。
横倒しにした視界の端に、男の腕が映った。次いで腰を持ち上げられて、
涎を垂らす閉じきらない場所に、ひくつくソコに、
硬いままのものが押し込まれた。
柔肉をかきわけ襞を巻き込み奥へ。深く。
「―――っ!」
声を殺そうと顔を正面、すなわちシーツへと向けて。吸い込む息に混じるのは。
己れのにおい。
―――コレを、このひとも
そんな考えが浮かんだ途端、心臓が、ひときわ大きく跳ねる。羞恥か興奮か双方は両立するのか。
呼吸困難を引き起こす勢いでシーツに顔をうずめ視覚を遮断する。その分他の感覚に脳が反応する。
嗅覚のみならず、肉をぶつける音や繋がりから零れる体液のつくる気泡がはじける微かな音を捉える
聴覚に、ソノ箇所や触れる場所から伝わる自分以外の体温と痛みに近い快楽を知覚させる触覚を。
欲求のままにアティも腰を合わせる。揺らす。打ちつける。
激しくなる、行為。限界まで。
限界。近づく終わりの予感。
そして。
何度も突かれた部分のはずなのに、その時に限って。
壊れるような
蕩かすような
「 っ……っ!!」
最後の、高い高い嬌声はくぐもり消える。しかし男を咥え繋がる部位は構わず締め付け離すまいとし。
健闘空しく、破裂する寸前の膨張したソレは内壁を擦り再び引き抜かれる。
もう終わりだと思っていた身体が、重ねた快楽にひきつる。
熱い粘液が露出した肌に散った。
「……しかし」
着衣のまま、ズボンと下着を最低限引き下げただけの格好で、ほの赤く上気した背中にべたりと精液を
染み付かせたアティの姿は。
「強姦された後みてえだな」
「……やな喩えはやめてください」
恨めしそうに答えてアティは起き上がる。第一それだと貴方犯罪者ですよ、と付け加えるのも忘れない。
感触に顔をしかめながらも下穿きを直しベッドの下から衣装箱を引っ張りだした。
ついでに床からティッシュ箱を拾って何枚か抜き出し、ビジュにも本体を渡す。
「はい。着替えますから、始末終わったら帰ってくださいね」
声自体は優しげなものだったが、もしかしたら存在していたかもしれない『甘い雰囲気』とやらを一気に
霧散させるに足りうる事務的な台詞だった。
「面倒だからここで寝てくか」
「不可。ベッドひとつしかないのに、そうしたら私はどこで眠ればいいんですか」
「床があるだろ」
「女の子になんという言い草ですか」
大体ここは私の部屋ですよ、というアティの主張は。さて、どこまで通ることやら。