今夜は確かに蒸し暑かった。湿度は何時降り出してもおかしくない高さで不快指数を煽り、それこそ。
服に僅かばかりの風が遮られるのも、露出した肌にシーツがべったり貼りつくのも、ましてや汗で濡れて
生暖かい誰かとくんづほぐれつなぞ―――考えただけでもうんざりする夜だった。
左顔面に趣味の悪い刺青を入れた男がだらだらと手を振った。
「汗臭せェから寄るな」
長い赤毛を団子にして結い上げた女が恨めしそうに振り向いた。
「それは女の子に言う台詞ですか」
軽口にもキレがない。
何時もの医務室。時刻は深夜。ありがちなことにビジュとアティの二人きり。普段であればひとつ布団に
転がり込んでいる時分なのだが、暑さは食欲と睡眠欲だけではなく性欲まで減退させるのか、薄物一枚の
童顔巨乳美女が同じ寝台に、それこそ二秒で押し倒せる近場にいるというのに、男ときたら腰掛けたまま
手扇で風を送ろうと努力を続けるのみである。
「……帝都は我が恋しふるさとよりも北なのに、夏場のこの暑さは詐欺です……」
「テメエの所は冬きついんだろうが。お相子だろうよ」
「冬はいいんですよ、私は寒いの平気ですし」
どんなにぼやいたって今宵は熱帯夜に違いなく、健やかな眠りとはどうにも無縁。
窓の外、暗い夜を見る。
分厚い雲が天を覆いつくし不穏な唸りを上げていた。
一雨くるかもしれない。来ると好い。
このまま無意味に蒸されてゆくのは真っ平だ。
アティが了承も得ずに寝転がる。髪を留めていたピンが落ちて癖の強い赤毛がシーツに広がった。
「うっとうしい」
「暑いのは私であって貴方ではないでしょうに」
「見てるだけで暑苦しい。……切りゃあいいんだよ」
「やです。髪は女の命、です」
口とは裏腹に、汗で貼りつく髪を梳き落とす仕草は乱雑そのものだ。
ピンを探して目線が彷徨う。見つけられずに手も加わるが、それらしき影も感触もない。
「あれ〜……」
床に落ちたのだろうか、うつ伏せになりそこいらを探し回る。
アティの細い二の腕がビジュの腿に当たった。張りのある腰が視界の隅で揺れた。
「触るな。暑い」
「仕方ないでしょう……ないなあ、ちょっとどいて下さい」
「何で俺が」
「はずみで潜っちゃったのかもしれないじゃないですか」
「面倒臭せェ」
だからどかない。アティの眉間に皺が寄る。それならば、と生乾きの汗がこびりつく腕がそこいらを這う。
もう探し物をするというよりビジュへの嫌がらせが目的だ。
唯でさえ絡むズボンの布地越しに別の熱が重なる。生暖かい息がかかる。
両の膝に腹を乗っけられる段になり、元々耐久力に難ありの堪忍袋の尾が切れた。
「ンなところにあるわけねェだろ!」
上目遣いの可愛らしい(中身さえ気にしなければ)顔も、豊かな乳房が(幾重もの布越しとはいえ)当たる
のもカケラも嬉しくないのは、全部この最悪の天気のせいだ。
「だって髪の毛絡むとうっとうしいんですよ」
「切れ」
「却下」
睨み合う。しばし静寂。
話題がループしているのに気づき、どちらからともなく溜息を吐く。
「……大体ヤるわけでもねェのに同じベッドにいるのがおかしいんだよ」
当初はそのつもりだったような覚えがある。確かアティが上着を脱いでいるのもその為ではなかったか。
「暑いのが悪いんです」
つまりは全て其処に帰結する。
「……汗かいたら気化熱の関係で涼しくなるそうですけど、試します?」
「ふざけてろ」
さて。諦めて寝るか、雨が降って過ごし易くなるという都合の好い事態に好転するのを待つか、気化熱とやらを
期待してみるか―――選択の結果は、二人のみぞ知る。