私の名はクノン、医療用看護人形<フラーゼン>です。最近は医療ユニットとしての  
活動に加え、人間の感情を理解するために情報収集を行なっています。  
「笑いが人間いちばん大切や!」とのアドバイスに従い、オウキーニ師匠から  
漫才の手ほどきを受けているのですが、今日は師匠(こう呼ぶのが慣例なのだそうです)  
に用があり来れないので自主活動をすることに致しました。  
ラトリクスを出て向かうのは風雷の郷、ミスミさまの屋敷です。  
 
 
面会を求めると台所に行くよう言われました。  
「あれ、珍しいね」  
「こんにちは、クノン」  
真っ先に声を掛けてきた方はイスラさま。赤毛の女性はアティさま。  
アティさまの隣で軽く視線を上げただけの男性はビジュさまです。  
三人とも帝国の軍人で、島に来られたばかりの頃は少々ごたごたもありましたが、  
現在はこの屋敷にて間借りしています。私の知る限りでは特に軋轢もないらしく  
レックスさまも安堵しているようでした。  
皆さん野菜が入ったかごを囲んでいます。中身は人参、大根、芋、白菜ですね。  
「今夕飯の仕込み中なんですよ。ただ飯食いも何ですし、家事でもと思って」  
包丁であっという間に芋の皮を剥きながらアティさまが説明します。  
私は、  
「本日はお願いがあって参りました」  
彼らに―――正確にはアティさまとビジュさまに、  
 
「お二人の漫才の極意を学ばせてください」  
 
ざくっと音を立ててビジュさまの手から大根の皮が落ちました。  
「あ、もう少しで桂むき一周できたのに」  
妙に残念そうな口調のアティさまに目もくれず、何故かひきつっています。  
「……漫才だァ?」  
 
「貴方がたの掛け合いには学ぶところが多いと判断しました。  
 ご迷惑でなければ側での観察を許可していただきたいのです」  
見る見るうちに機嫌が悪くなっていきます。  
そんなに気に障ることを言ってしまったのでしょうか。  
あのね、とアティさまが、  
「いくら私たちでも年がら年中面白いことしているわけじゃないですから」  
「注意すべきはそこじゃねェだろが?!」  
やっぱり素晴らしい息の合いぶりです。  
「駄目、でしょうか」  
「まあ参考になるか分かりませんけど、それで良いならどうぞ。  
 その代わり下ごしらえ手伝っていただけますか?」  
芋と包丁を渡されてしまいました。  
「……申し訳ありません。私には調理に関するプログラムは組まれていないのです」  
「ええと……やり方が分からない、ってことですか。  
 だったら心配ありません。ちゃんとお手本見せますから」  
そう仰って説明を交えつつ新しい芋の皮を剥いてゆきます。  
なるほど、持ち手はこう…、刃を当てる角度は……  
「わあ、上手ですよクノン」  
「私は機械人形ですから、ルーチンさえ構築すれば作業は行なえます」  
「……どこぞの隊長殿にでも見習ってほしい話だぜ」  
「姉さんは料理できるんだけど」  
ビジュさまの嘆息にイスラさまがややむっとした口調で反論します。  
「そうかァ? 見たことねェよんなモン」  
「失礼だな、やらないだけだって。ね、アティさん」  
話を振られてアティさまは頷きます。  
「ええ、学生の頃調理実習でアズリアの料理の腕は見てます。  
 純粋な味だけでいったらレックスより上手いと思いますよ」  
レックスさまの作る食事はとても美味しいのだそうです。  
味覚の存在しない私には確認は不可能ですが。  
「じゃあ何でしねェんだよあの隊長殿は」  
 
「必要にかられて料理を覚えた人間と、教養の一環として習い覚えた人間との差ですね」  
どこか遠くを眺める瞳でしみじみ呟かれ、  
「思い出すなあ……スパイス厳密に量りまくって殆ど化学実験状態だったとか、  
 材料切るのにミリ単位でこだわるのとか、鍋使いすぎて片付け大変だったのとか。  
 アズリアの料理は手間掛かるから日々の台所には向かないんですよ」  
「ぶっちゃけると足手まといっつうことか」  
「ぶっちゃけすぎです……イスラさん、そんな恐い目で見ないでください」  
 
皆さまの会話を収集する傍ら、しばらく黙々と皮むきをしつつ新しい行動プログラムに  
修正を加えていたのですが、このままでは目的達成には至りません。  
私は思い切って質問することにしました。  
「アティさまはツッコミに必要なのは何だと思われますか?」  
アティさまはしばし手を止め、  
「――――――愛情??」  
「なんで疑問形なのさ」  
ツッコミは相方以外の人物が入れても宜しいのでしょうか。  
このパターンには着目すべき価値があります。  
「愛情ですか」  
「そう。好きな人程構いたくなるというか、自分に関心向けてくれるのが嬉しいとかまあそんな感じで」  
「でもアティさんってどっちかって言うとボケじゃないか」  
とすれば。  
「……んだよ」  
嫌そうな顔です。愛情なんて感じられません。  
けれどアティさまはふふっと笑いました。  
「問題ありません。私はボケもツッコミもいけるハイブリッドな軍医を目指していますから」  
楽しそうな声に含まれるこれは……そう、『からかい』に分類される波形です。  
とすれば本気ではないのでしょうか? よく分かりません。  
 
「それと、私がビジュ好きですし。  
 戯言にいちいち反応してくれるガキんちょ…素直なところとか、  
 ひねくれてるくせに行動パターン見切りやすいところとか愛しすぎて構いたくなります」  
「迷惑だってえの!」  
「ほらそうやって直ぐ返す。身体は厭とは言ってないぜー」  
「テメエはどこの狒々爺だ!」  
少し離れた場所で見ていたイスラさまが、こちらに顔を向けて、  
「……本当にあの人たちを参考にする気?」  
笑顔なのでしょう。只うまく表現できないのですが、別の感情が混じっている気がします。  
神経回路にノイズを発生させる、何か。  
「はい。お二人を見ていると面白い、と多くの方が仰いました。オウキーニ師匠に漫才を  
 教わるだけでなく、サンプル収集も人間の感情を理解する上で有効だと認識します」  
「ふうん……」  
ノイズの種類が変わりました。  
「ま、好きにしなよ」  
イスラさまは再び白菜を刻み始めました。  
アティさまとビジュさまはまだ漫才?を続けておられます。ところでかごの中の野菜が  
減っているのはあの状態で下ごしらえを行なっていたからでしょうか。だとしたら  
優秀な平行情報処理能力です。  
ですが私の蓄積情報に「刃物を使う際は集中すること」とあるのが気になります。  
ツッコミどころ、でしょうか……悩みます。  
 
 
夕刻、ラトリクス中央管理センターへと戻りアルディラさまに帰還報告をしました。  
残念ながら結局ツッコミはできませんでした。  
「―――それで、クノン、今日帝国の人達に会ってきて何か収穫はあったかしら」  
「はい。本日は芋の皮むき法と、『ツッコミには愛情が必須』と学びました」  
「そ、そう……?」  
何故アルディラさまは困った顔をなされているのでしょう。……感情を理解するには  
私はまだまだ未熟です。経験を体系化し知識への変換を行い、実践ルーチンを  
構築しなければなりません。  
 
努力あるのみ、です。  
 
 
後日。  
 
「アティ」  
姉を訪ねてきたレックスは開口一番、  
「クノンに妙なこと教えた?」  
「クノン? またどうして」  
「最近俺にボケてくれって頼んでくるようになったんだけど、理由聞いても  
 『アティさまから教わった限りでは、貴方にツッコミを入れるのが適当なのです』って  
 言うばかりでさ。なんかアルディラにも同じこと言って困らせてるらしいし」  
「……ねえレックス」  
首を傾げるのにきっぱりと。  
「この 朴 念 仁 」  
理不尽軍医は哀れにも困惑する教師の頭を小突くのだった。  

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