「へえ、“名も無き世界”にはクリスマス、なんて行事があるのね」
海賊として海を縦横無尽に駆け回るカイル一家。その中で、いち早く情報を仕入れてくるのは
航海士兼年若い首領の補佐役スカーレルで、
「くりすます? 何々、面白そう」
目を輝かせ乗ってくるのは大体一家随一の狙撃手ソノラ、
「アニキー、今獲物もいないし良いでしょー?」
「おいおい、大掛かりなのは無理だぞ」
「ちょっとだけ、雰囲気だけでも!」
首領のカイルは口では反対しても元来祭り好き、
「あとは港に入るだけだし、みんなの息抜きにもなるわよ」
「うーむ……」
心情面からは義妹のおねだり、理屈ではスカーレルに詰められて、カイルの元々薄かった
反対意見はあっさり立ち消える。
「んじゃ、やるか」
「やっりいー♪」
「やるとなったら派手に行こうぜ―――スカーレル、料理番の奴に夕メシ奮発するよう伝えてくれ!」
「りょーかい」
というわけで、行事の由来やら宗教的意味やら全てすっとばした突発的祭りがとり行われる次第となった。
「ええと、『クリスマスはもみの木に飾り付けをします』……もみの木なんてウチにはないよー」
スカーレルから借りた本とにらめっこするソノラ、その横顔は真剣そのものだ。
「要するに飾れりゃいいんだろ? ほれ」
「えー、それ?」
カイルが指差したのは、部屋に据えつけた帽子掛けだ。
本の挿絵と見比べてみる。
「あ、飾ったら結構近いかも」
「んじゃこれで行くか」
モールやらリボンやらといった小洒落た物は見つからなかったので、ほぐしたもやい綱で代用してみる。
「……いまいち地味だな」
「……そうだね」
結果、兄妹ふたりして潮焼けした綱でぐるぐる巻きにした帽子掛けを前に考え込むこととなった。
せわしなく行き交う足音に、ひとり自室にこもっていたヤードは顔を上げる。不審に思い樫作りの
扉を開けると、丁度モップを抱えた船員にかち合った。
「客人、どうかしましたか?」
「いえ……何かあったのですか」
ああ、と船員は顔をほころばせ、
「ソノラお嬢のおかげで今日は宴会なんですよ」
客人も是非顔出してください、そう言い残して彼は足取りも軽く去っていった。
ヤードは少しばかり迷ったように目を伏せて。
「悩みすぎると禿げるわよー?」
「―――ッ、ス、スカーレル?! 何時の間に……」
「背中ががら空きね」
ぽんと肩を叩き、幼馴染が笑いかける。その腕には箱が鎮座すましている。中身は……
「気になるなら一緒に来なさい。部屋にこもりっきりじゃあ窒息するわよ」
半ば引きずられるように完全に廊下に出た。そのまま揺れる床を連れ立ち歩く。
食堂に入ったスカーレルはやれやれと首を振った。
「こうなる予感はしてたけどねえ」
兄妹が助けてくれーとばかりに駆け寄ってくる。いびつな白い一本杭(元・帽子掛け)を前に
スカーレルは両手を二三度はたいた。
「はいはい、続きはアタシとヤードでやっておくから、ふたりは夕食の用意を手伝ってきて。
ソノラ、大好物のエビだからってつまみ食いしないようにね?」
「しないって!」
「心配ねえって―――俺が見張っているからな」
ブーイング飛ばすソノラに豪快に笑うカイルが去ると、食堂は一気に静まる。
「賑やかですね」
「慣れない?」
「……そう、ですね」
スカーレルはそれ以上は何も言わず、テーブルに置いた箱を開ける。中には色とりどりのはぎれと
紐、使い古しの紙きれが詰め込んであった。
濃い色のマニキュアを塗った指がはぎれを抓み、くるくると筒状に丸める。それの口を器用に広げ、
「じゃーん。お花の完成〜」
「スカーレルは昔から器用でしたよね」
「あら、ありがと。
後はこうやって、結び目を固定して……作った分片っ端から紐で繋いでいくの。結構見栄え良くなるわよ」
女と間違えるほど細い手が次々につくりものの花を生み出す。
ヤードも微かに笑ってはぎれを手にした。
「……ヤードは昔から不器用だったわね」
「…………私も今思い出しました」
花というかボールというか未発見の虫の蛹というかな代物を目の前に、男ふたり溜息をついた。
「♪じんぐるべー じんぐるべー
すっずがー なるー♪」
でたらめな調子の歌が料理の湯気に混じる。
「ソノラ、さっきと音程違うぞー?」
「海の男なら細かいことは気にしないっ!」
好い感じにアルコールの回ってきたカイルに言い返し、ソノラは大皿へと茹でエビやら串焼きやらを盛る。
それを右手一本で抱えこむように持ち、空いた腕に持てるだけの酒瓶をぶらさげ甲板へと続く階段に出た。
食堂を出る直前、随分と豪勢に変貌したクリスマスツリー(帽子掛け+綱+何か色々)を前に何やら
落ち込んだ様子の客人と、横で慰めているのだかからかっているのだか普段の二割り増しでご機嫌な
ご意見番の姿が見えた。
甲板は、当然ながら、
「さっむう」
潮を含んだ風が冷たい。見上げると墨色の雲が夜空を覆っていた。
そんな中でも見張りは欠かせない。
「やほー。差し入れだよー」
「これはお嬢、ありがとうございます」
「ソノラお嬢も気が利くお年頃になったんすねえ」
「……なんか引っかかるなあ」
「イイ女は細けえコトは気にしないモンですぜ?」
げらげら笑う声と共に、白い息が舞い上がる。
「クリスマスって楽しいね」
これなら毎年やってもいいかも、と浮かれるソノラ。
「そっすね」
「俺らは酒が呑めるなら毎日でもいいですぜ」
「ぶーぶー。ロマンがなーい!」
ふくれる頬に、不意に冷たいものが触れる。
「……にゃ、雪降ってきちゃった」
「冷えますからお嬢はそろそろ戻ってください」
「うん、頑張ってね」
雪片が舞い落ちるなか軽やかに歩くソノラが、思い出したように降り返る。
「忘れてた―――“めりーくりすます”!」
「……何すか、それ」
「クリスマスの挨拶だってさ」
金の髪に白い雪が幾つも落ちて結晶を残す。
「なら俺らからも―――“めりーくりすます”」
「ありがとっ♪」
嬉しい、という言葉をそのまま体現したような笑みを浮かべて、ソノラは引き続きこのお祭り騒ぎを
楽しむべくスキップを踏み食堂へ向かった。