「えっとぉ…チップ、チップ……チップはどこじゃらホイ。あ、あたっ!1枚めっけ!へへっ♪…」 …ミントは、とあるカジノで落ち  
ているチップを拾い集めていた。そう、ブラックジャックの掛金に するためである。ミントはリオからブラックジャックを教えられて  
今その魅力にハマっているのだ。  
…とはいえ、まだ幼いミントに稼ぎがあるわけではない。ちょこまかと拾っては、なけなしのチップ  
で勝負に挑んでいるのが常だ。  
「ま〜た1枚めっけ♪やったね!」  
…そんなミントの背中に低く太い男の声がかかった。  
「お嬢ちゃん、何をやっているのかな?チップを拾い集めたりして……いけない子だねぇ。ここは お嬢ちゃんのようなコがくるところ  
じゃあないんだぜ」  
ミントが振り返ると、そこにはすらっと細身の長身に金髪、ラメ入りの派手なスーツにハット、伊達 メガネと洒落込んだ出で立ちの、わ  
りと顔立ちのいい男がポケットに手を突っ込んで佇んでいた。 年齢は30前後だろうか。笑みを浮かべてはいるが、どこか人を小ばかに  
したような不敵な笑みで、 ニヒルでいけすかない感じだ。  
 
「お嬢ちゃん、ここはカジノっていうところさ。分かるかい?大人の社交場、それもありあまる金を持 ってる選ばれた階級のみが許される  
社交場さ。オレのようにな、フフ。ガキがぴょこぴょこチップか き集めて勝負する場所じゃあないのよ」  
「……ぇ?ぅ、ぅ〜んとね……ぁ、ぁのね……あたし…あたし…」男の鋭い眼光にミントはたじろぎ、 言葉に詰まった。 そんなところにリオが  
現れた。  
「あ、ミント、こんなところにいたのね。探したんだからぁ。もぉ〜〜、またチップひろい集めたりして  
ぇ〜!」  
半ば呆れ顔でリオは溜息をついた。  
 
リオはディーラーとして、ここに勤務している。ディーラーとしてはまだ、初々しさただよう新米の身 である。きょうはリオがミントをここに連れ  
て来てあげたのだが、いまはまだ勤務中であり、リオは ミントに仕事が上がるまで大人しくしているように言い聞かせていたのだが、目を離  
した隙にミント がいなくなり、探しに来たのだった。  
「ん?どうしたの、ミント?」  
リオは男に咎められて今にも泣き出しそうな半ベソのミントを見て驚いた。  
そこに男が低い声でつぶやいた。  
「お嬢ちゃんはあんたの連れかい?」  
「え?……あ、そ、そうですが……」  
リオも男の妙にクールな口調に、ややたじろいだ。  
「なんだ、あんた、ここのディーラーじゃねえか。そのコは妹さんかい?」  
「い、妹…?ま、まぁそのようなものですけど……」  
妹……血の繋がりはないが、たしかにリオはミントを妹同然に愛している。いや、いまや「妹以上」 かもしれない……。  
「…あ、あなたは……?」  
「フ…オレか?さすらいのギャンブラー、オーリン様よ。なんだ、知らないのか、あんたプロのディーラーのくせに」  
オーリン・ダンヒル……この国のカジノを股にかけ、ブラックジャックでは凄腕のディーラーをも凌ぐ強靭 な引きを発揮しては荒稼ぎを繰り返す、  
カジノ界隈ではちょっと名の知れた存在である。  
「す、すみません……」  
 
「まぁいい。しかし、こいつァ問題だなあ。ディーラーの立場にあろう者が未成年のお嬢ちゃんをカジノに 連れてきたりして。それにカジノ側の人間  
は身内の人間を連れ込んではならないという掟があるはずだが。 不正な仕込みができるからな。それをディーラーのあんたが知らぬわけがあるまい」  
リオはハッと気付いた。主に海外の上流階級を対象とし、高額なマネーが飛び交うカジノ。それだけに品格 を重んじ、様々な厳然とした規律や暗黙  
の掟がある。そのひとつに、オーリンのいう通り、未成年者の入場 を厳禁する旨の規定がある。その未成年を、しかも「身内の人間」と知りつつディー  
ラーの立場にある者が 連れ込んだとなると、これは大問題なのである。 リオはそのことを知らなかった訳ではないが、カジノに付いていきたいとねだ  
る可愛いミントを想う故につい、 「ちょっとだけなら…」と連れてきてしまったのだ。。心の緩みがあったのは確かだ。リオには自覚が足りなか った。  
 
「も、申し訳ありません……つい……」  
「まいったなぁ〜……『つい』じゃあ困るなあ。オレたちゃ真剣勝負をやってるのよ。食うか食われるかのな。 おままごとのゲームセンターたぁ違うのよ。  
あんた、ディーラーのくせに、マズイぜ。身内の人間を連れ込ん で……何かたくらんでいるのか」  
「そ、そんな……あたしはそんなつもりじゃあ……」  
「それに、このお嬢ちゃんは最近よく見掛けるぜ。初めての顔じゃない。ってこたぁ、あんた初犯じゃあないっ つーことだな。最近お嬢ちゃんがぴょこぴょこ  
うろつくたびにガセって、こちとら迷惑してるのよ」  
「………………」  
リオは何も言えなかった。たしかに自分はディーラーの立場としてとして軽率だった。…「オレはここじゃあ顔 利きなのよ。オレがあんたの上役に意見すれ  
ば、あんた、どうなるかね。まぁ、クビか、よくてどなりつけられる だけで済むか……」  
「………………」  
「クビにならなくても『怪しげな行動をとるディーラー』ってことで信頼ゼロ。客は寄り付かなくなるな。まぁ、 この街にはいられなくなる。ビッグマネーが絡ん  
でいるカジノにゃあ裏社会もあるから、へたすりゃあんた、 命狙われるぜ、フフフフ…」  
 
そんなことをいいつつ、オーリンはリオに見とれていた………しかし、いいオンナだ………  
サラサラのショートヘアにほんのり赤らんだ頬、こころなし潤んだ瞳。きゅっとくびれた腰にふくよかな胸の谷間 とおへそをあらわにしている悩殺的なユニ  
フォーム……「少女」と「オンナ」の間をさまよっているかのような様が クラクラする。  
「…お、お願いです……二度とこのコを連れてきたりしませんから……今回だけはどうかご容赦を……」  
「そうはいかないな。オレはギャンブラーだが不正は許さないタチでな」  
リオは小さな頃からブラックジャックのディーラーになることが夢だった。華やかな世界で一流階級を相手に 渡り合っていくという醍醐味に惹かれて、滲む  
ような努力を重ねて難関を突破し、やっと掴んだディーラーの座 である。それが、たった1回の自らの軽率なやさしさのために、音を立てて崩れようとしている。  
「お、お願いです……あたし、あたし、ただこの子のために……決して不正なこととかするつもりなんて ……ですから、どうか今回だけ……あたし、夢にまで見  
て就いたディーラーなんです!……や、辞めた くない……続けたいんです……!!」潤んだ瞳でオーリンに訴えるリオ。  
オーリンは懇願するリオを目の前にして、ある種の異様な胸の高鳴りを感じはじめていた。  
(…しかし、この女…最高の上玉だぜ。ここはひとつ、楽しませてもらうか。フフ……)  
オーリンは何食わぬ顔でこう言った。  
「ハハッ、おいおい、そんなに泣きそうな顔するなって。オレは何もイジメようって気はないんだ。ことと 次第によっちゃあ、見なかったことにしてやってもいいん  
だぜ。ただし、それには条件がある。俺とブラック ジャックで勝負するってのはどうだ。あんたがこのオレに勝ったらこのことは見逃してやろう。これはディーラー  
としての仕事ではない。あくまであんたはプライベートとしてオレと勝負するんだ。どうだ、ありがたい 条件だろう。それとも勝負しないで諦めるか……」  
「…あ、あなたとブラックジャックで勝負ですか……あ、あなたに勝ったら…本当に見逃していただけます か……」  
「ああ、本当だ。オレはこう見えても紳士だ。嘘はいわん。誓うさ」  
「…… わかりました……」  
 
「じゃあ今夜、オレのプライベートルームに来な。プラザホテルの069号室のスイートルームだ。時間は11時だ。 待ってるぜ。……あ、そうそう、おまえさん独りで  
来るんだ。独りでだ。ガキはいらん。気が散るからな」  
「…承知しました。約束です……ですから……本当にお願いです……」  
リオにはオーリンとの勝負に勝つ自信があった。まだ若く新米の彼女ではあるが、なにしろその実力は全 ディーラーの中でも指折りであった。自分の腕前には  
絶対の確信を持っていた。  
リオはペコリと一礼して、ミントを引き連れてオーリンの前から立ち去った。  
「ククク……こりゃあ今夜は楽しい一夜となりそうだぜ……」  
オーリンはキラリと目を光らせて不敵に笑いを押し殺していた……。  
このときリオには、この先どんなことが待ち受けているかなど、知る由もなかった。  
 
喧騒に包まれたカジノの街に白暮が迫り、その時が刻一刻と近づいていく……  
 
 
リオはいつもより仕事を早めに切り上げ、自宅へ戻った。シャワーを浴びて汗を流し、軽めに 化粧をして私服に着替えると、  
オーリンの待つプラザホテルに向かってタクシーを走らせた。  
清楚な感じの淡いシャーベットオレンジのワンピースに真っ白なスニーカーといった、いかにも 夏らしく軽やかな服装だ。  
 
ホテルに到着するなりベルボーイがうやうやしく迎える。「ようこそ。いらっしゃいませ」。見紛う ばかりの一流ホテルだった。  
カジノは一晩に何百万、何千万ものお金を落としてくれるお客様 にはホテル代はもちろん、航空チケットまですべて招待する  
のが通例である。中でもオーリン は上得意と見え、最上級のもてなしを用意しているようである。  
「こんな豪華なホテルの、しかも、スイートルームだなんて……」  
リオは眩むような眼差しでホテルを下から見上げた。  
 
夜風が生暖かい……。シャワーを浴びてきたばかりのリオの額に、しっとりと汗が滲んでいる。 フロントで宿泊客との面会の  
受付を済ませ、エレベーターで069号室に向かう。スイートのみ の特別階に降り立った。この巨大なホテルの1フロアがスイ  
ート10室だけで構成されている。 選ばれし者だけが味わうことのできる贅の極み。ふかふかな絨毯の敷き詰められた広々とした  
廊下を踏みしめ、069号室に向かう。このフロアの他のスイートは寝静まっているのか、誰も 宿泊していないのか、静まり返っている。  
 
「069号室…069、069……シックス…ナイン………やだっ…あたしってば何を連想してるの かしら………」  
リオは心臓がドキドキしていた。  
(自分はブラックジャックの勝負には自信があるのに、いったい このドキドキは何なのだろう……このドキドキは………)  
 
069号室だ…。なぜか扉が重々しく感じる。なにか胸騒ぎがする……しかし今更ここで引き返す わけにはいかない…なんとしても  
オーリンとの勝負に勝って口止めを取り付けなければ……  
軽く深呼吸をし、目を閉じて一拍置いてから、意を決したようにリオは「コツン…」と扉を叩いた。  
 
「どうぞ」  
オーリンが扉の向こうで答える。  
 
「カチャッ…」  
……ついに「その」扉が開かれた……  
 
「やあ、待ってたよ」  
オーリンがゆったりとソファにくつろいでいる。  
リオは目を見張った。なんという豪華な部屋だろうか……それは「部屋」というより、さしずめ、ちょっとした「広場」ともいえるくらいのだだっ  
広さだ。 足首が埋まるくらいの毛足の長い絨毯が一面に敷き詰められており、ふかふかのソファ、大理石のテーブルが中央に鎮座して  
いる。部屋じゅうのそこかしこに観葉植物が置かれていて、バーカウンター式のダイニングに、50インチはありそうなプロジェクタテレビ、  
壁には人の背丈ほどもありそうな絵画がセンスよく飾られており、床から天井まで一面のガラス窓の向こうには、宝石をちりばめたような  
カジノ街の夜景が広がっている。そしてこの広大なリビングの奥には別室があるようで、そこには大きなダブルサイズのベッドが見える……  
そして枕が「ふたつ」、肩を寄せあうようにして並べられている……。  
 
「まぁ、こっちにきなさい。座りたまえ」  
オーリンがゆったりとした声でリオに促す。リオは緊張した面持ちで、ちょこんと膝を閉じてオーリンと向かい合わせに腰掛けた。  
「きょうは疲れただろう。さぁ、ワインでもいかがかな。ここのソムリエお奨めの最高級のビンテージワインだよ」  
ワイングラスにトクトクと注ぎ、リオに奨める。  
リオは気が気でなかった。ワインなど嗜んでいる余裕などなかった。はやく勝負にケリをつけて、口止めの約束をもらって安心したい。そして  
何より居心地が悪いのは……こんな夜更けに、どこの誰かもまだよく知らない男の部屋に、無防備にもひとりでやって来ていることだった。  
そう……相手は血気盛んな若き「オトコ」なのである……。早く帰らねば……  
 
「……ぁ、ぁの……も、もう時間も時間ですし……し、勝負の方は…………」  
「まあまあ、そう慌てなさんな。夜は長い。楽しいゲームの前にひとつ乾杯しよう。今宵ふたりのためにね」  
「………………」  
「ははっ、大丈夫だよ。睡眠薬など入っていないから。安心して飲みたまえ」  
リオにはオーリンの奨めを断ることが出来なかった。口止めを「お願い」している立場である。機嫌を損ねては絶対にならない。リオはワインを味  
わう余裕もなく、ぐいと一気に飲み干した。  
「ほぉ、あんたいい飲みっぷりだねぇ〜。さすが、いいオンナは違うねえ……」  
ケラケラと笑うオーリン。実はアルコールにはあまり強くないリオである。1杯口にしただけで、すぐに顔がぽっぽと火照ってきた。  
 
そのあと、ふたりは取り留めのない話をいくつかした。リオはお酒のせいか緊張のせいか、ほとんど上の空であった。小1時間ほどの時間が経ち、  
オーリンが切り出した。  
「……さて、ではお待ちかねの勝負に入るとするか……」  
「……あ、は、ハイ!……お、おねがいします……」  
リオは我に返った。  
「いいかい?あんたがこのオレに勝ったらあのことは内緒だ。約束しよう。しかし、もし仮に、あんたが負けた場合のことも決めておかねばならんな。  
あんたがオレとの勝負に敗れた場合……何を差し出すかい……?」  
「……え?え、え……そ、それは……」  
「……あんたが決めるがいい。その代わり、約束は厳守だ。オレは勝負事は容赦しないからな……フフフ」  
 
急に聞かれて、リオは悩んだ。そういえば自分が負けた場合の「代償」はまだ正直、考えていなかった。一方のみが差し出すという虫のよい勝負事  
などありえない……それは当然のことである。しかし、リオはまだ新米の身である。カネ目のものなどほとんど持っていない。貯金もせいぜい5,000  
j程度しかない。華やかな世界に身を置きつつも、実生活は慎ましく真面目な暮らしぶりの「女の子」であった。  
「……何を迷っているのかね?オレはあんたの希望で口止めしてやろうっていうんだ。それ相応の対価をあんたも用意してくれなきゃ、この勝負に応じ  
ることはできないね。まさか、50jや100jとなんていいだすつもりはないだろうね?」  
「……」  
オーリンが不敵な笑いを浮かべて、リオに答えを求める。リオはもう平常心ではいられなくなっていた。  
「……わかりました!わたし、いま貯金が5,000jあります。カジノに勤めてずっとこつこつと貯めてきた全財産です!これが私に出来る、精一杯の  
代償です!いまは財布に300jしかないけど、きょうはこれで勘弁してください。負けた場合、あした必ず銀行から下ろしますから……」  
オーリンはリオの真剣な眼差しをじっと見つめておもむろに答えた。  
「……よかろう……では早速はじめよう……」  
 
オーリンがカードをテーブル越しにシャッフルする。ついに運命のゲームが開始された‥‥  
 
 
 

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