クリスは、目の前の状況に呆然としていた。自分の彼氏であるオーリンが、どこの馬の骨とも分からない女と一緒に、裸で
寝室にいる状況を目の当たりにしたのだから、それも当然である。リオはいまだにぐったりとベッドに突っ伏し、失神している……。
『………な、なによ………これ………ちょっと、オーリン!!……どういうことオ〜!?』
『い、いや……そ、その……なんだ……これはだな……』
『説明してよ!何なのよ、これはっっ!!』
……オーリンは、観念したか、成り行きの一部始終を説明した。
『……あたしというものがいながらヒドイ、オーリン!……浮気するなんて……!』
クリスは悔しさから、心なしか目を潤ませ、キッとオーリン睨みつけた。
『す、すまん!……クリス……』
そのとき、リオが渾身の力を振り絞り、よろめきながら起き上がった。
『す、すみません……、あ、あたし…か、かかふぇります………』
リオは申し訳なさそうにベッドを降りようとした。ぷるんと美乳が弾ける。汗びっしょりに濡れたリオの肢体はロダンの彫刻の
ごとく麗しく、クリスはその美しさにハッと目を奪われた。
<……か、かわいい!……可愛いわ……こ、このコ!>
……生唾を飲み込むクリス。
クリスのレズビアンとしての本能が、そのとき、ムクムクと頭を擡げ始めた。
<……すごい……タイプだわ、私……エッチしたい、このコと……>
イルとエル……ふたりは一卵性双生児の双子の姉妹で、イルが妹、エルが姉である。実はリオの幼なじみで
同い年であるのだが、同い年とは思えないほど、ふたりとも子供っぽい。リオは弾けるようにグラマーな肢体を
持つ女性だが、イルとエルは同級生と比べても成長がかなり遅いほうで、未だ乳房もほんのりと膨らみかけて
きたような幼児体型だ。初潮が来たのは、ふたりとも中学3年になってからで、最近までスポーツブラを着けて
いたというのだから、推して知るべしである。
特にイルの方は、中学の3年間、リオとずっと一緒のクラスで、同じ部活でもあったため、殊に仲が良かった。
多感な青春時代に机を並べて、肩を寄せ合い勉強し、汗を流した間柄で、登下校も、遊ぶのもいつも一緒。年に
数回、部活動の合宿などや温泉旅行などにいっては、きゃっきゃと戯れるような、周囲が羨むような仲睦まじさで
あった。
リオの方はイルに対して、あくまで「親友」としての感情であったが、イルの方はというと、実はリオに対して、ほの
かな「恋心」を抱いていた。イルは、無口で気の弱い性格が災いして、学校では男子生徒や部活の先輩などから
ちょくちょくいじめられていた。そんなとき、毅然とした態度でイルのことをかばってあげたのがリオであった。イルが
陰でそっと泣きじゃくっているとき、リオはそっと抱きしめ、ともに涙し、励ましてあげてきた……そんなリオに、イルが
「親友以上の感情」を抱いたとしても、さほど不思議ではなかった。
また、同い年というのに、リオは美人で聖らかで、その上グラマーで・・・イルにとってはみんなに自慢したいような
憧れの女性だったのだ。
(リオに比べたら、あたし、まだコドモだし……)
自分には持ち合わせていないものを持っていて、自分のことを大切に守ってくれるリオに対して、切ない想いを、学校
を卒業して今もなお、その小さな胸に秘めていた……
時は3月の下旬、イルとエルは、雑踏と喧騒の中、週末の繁華街を歩いていた。休日を利用し、姉妹で街に買い物や
遊びに繰り出してきたのだ。
週末の街をすっかり堪能した頃、夜の帳がすっかり降りていた。街中のいたるところでネオンがさんざめき、カラオケ
ボックスや風俗店の呼び込みなどが街路の辻々に立ってチラシを配ったり、客引きをしていた。
「ごめん、イル。あたしこれからちょっと用事があるから、ここで……先に家に帰って。じゃあ」
エルはどうやらこのあと彼氏と待ち合わせらしく、イルと別れた。
(ふぅ……)
最近、エルはいつもこうだ。エルには昨年のクリスマスに彼氏ができたらしく、イルとの行動はそこそこに、そそくさと
彼氏のもとに出掛けていくように変わってきた。一方イルは、エル以上に奥手で、まだ特定の彼氏という存在はいない……
イルは、まだセックスを体験したことがない。無論、早く体験してみたいとは思っているものの、まだその機会がなく、
いっぽう、双子の姉のエルが---推測とはいえ---すでにそういうことを知っているかと考えると、気後れしてしまうのである。
(お姉ちゃんはこれからの時間、彼とエッチをするのかなぁ……)
ひとりぼっち、街に取り残されたイルの頬を、生暖かく湿った春の風がゆるゆるとくすぐる。
(ん?……)
イルは、街の喧騒に交われないまま所在無く歩いていたが、ふと1ブロック先の角を見やったとき、その視線が止まった。
(あれは……)
イルが歩いているところから30mほど先、ピンクサロンやアダルトショップの看板が毒々しい証明を放っているあたりを、
若い女が歩いている。
(……リオ……?)
思わず口に出して呟いてしまった。
「リオ……!?」
(だけど、リオが……)
イルが知る限り、リオは普段から化粧といい服装といい、ごくおとなし目な装いが常だ。けばけばしい装いが流行る中、リオの
いでたちは、その清楚な美しさを際立たせるものであった。
(……あんな格好をするだろうか)
……いま、イルの視線の先にいる女は、ニットらしきワンピースを着ているが、かなりタイトな型らしく、大きく豊かなバストといい、
くびれたウェストといい、身体のラインは遠目からもあからさまに判るほどだ。
ノースリーブにアームウォーマーを着けているらしく、肩と脇の下の部分が夜目にも露出している。丈は思い切り短めで、瑞瑞
しく張りのある太腿がほとんどあらわになり、足元にはソールの分厚いブーツを履いていた。あれがもし本当にリオだとすれば、
イルの知っている普段のリオからは想像も出来ないような露出の多い刺激的な装いだ。
この距離では本当にあの女性がリオなのかどうかわからないが、イルにすれば、あの女性がリオであって欲しくないという気持
ちがある。リオは優しく清らかで憧れの女性であり、こんな繁華街をあんなに露出の多い服装で闊歩するようなオンナではないのだ。
あれこれ考えを巡らせているイルの視線の先で、リオとおぼしき女性は歩みをとめず、そのまま角のところを通り過ぎ、ビルの陰に
消えた。
(確かめなきゃ)
イルはその女の後を追った。
(どこ……?)
つい今しがたリオらしき女が歩いていた街角に立ち、イルは周囲を見渡してみる。
(ん?)
いた。さっき見かけたニットのワンピースの女が、イルに背を向け、街路樹に沿って、ラブホテル街の方向に歩いていく。その姿を、
イルは小走りに追いかけた。その時イルははじめて気付いたのだが、リオと思しき女のすぐ横を、べつの女が寄り添うようにして歩いて
いる。小走りに駆けるイルの靴音が聞こえたのか、リオとがふっと後ろを振り返った。
「イ、イル……!?」
(ああ、やっぱり……)
思ったとおり、リオだった。これまで目にしたことのない服装を纏っているリオを、イルはしげしげと見つめる。一方リオは、イルを見るなり
一瞬大きく目を見張り、すぐに恥ずかしげに顔を伏せた。
「イル……ど、どうして、ここに……?」
そのとき、リオと一緒に歩いていた女性がリオに声をかけた。
「ねえ、リオちゃん、このコは誰?」
「……あ、は、はい……イルっていって、あたしの幼なじみで……」
「ご、ごめん、リオ……あたし……」
イルは見てはいけないものを見てしまったというような、申し訳なさそうな表情で、いきさつを語ると、その女は「そう…」とうなずきながら、
「それで、後を追ってきたというわけね……じゃあ、イルちゃんは、リオちゃんが何故、こんな普段とは違った服装で、こんな場所を歩い
ているのか、知りたいわけね……?」
と問いかけてきた。
「あ、ちょっと、クリス……」
その言葉を聞くと、顔を伏せていたリオが、切なげな表情を浮かべながら、クリスの袖を引いた。
「お願い、そのことは……」
(…………??)
リオの、何か意味ありげな仕種を不審に思いながらも、「知りたい?」と聞かれれば「はい」と答えざるを得ない。イルが、その女の問いに
うなづく。
「そう……いいわ。じゃあ、教えてあげる。ふたりともこれから私の家にいらっしゃい……あ、そうそう、紹介が遅れたわね。私はクリスって
いうの……フフ……」
クリスが瞳を妖しく輝かせながら言うと、リオは半ば哀訴するように、
「…あ…ねえ、お願い、クリス。そんなこと、やめて……」
と言って、クリスの手を握った。
(なんなの……一体……?)
イルにすれば訳がわからない。親友のリオがこんな服装をしている理由を自分が聞くと、一体どうなると言うのだろう。
「リオ……ダメでしょ。だって……」
クリスが、口元に笑みを湛えながらリオの耳元で囁き、
「……誰とでも、って、そういう約束だったでしょう?」
握られていない方の手を伸ばしてリオの腰に回し、スッと顔を伏せた次の瞬間、
(ええっ!?)
イルは驚愕に息を呑み、
「んんっ!」
リオの唇からうめき声が洩れた。
リオとクリスの唇が、重なっている……!
(!!!)
繁華街の外れ近くまで来ているとはいえ、周囲に人通りが途絶えているわけではない。そんな街中で謎の女が、同性の、イルの大好きな親友
の唇を奪っている……あまりに大胆すぎて、イルにすれば、あっけにとられて見つめるばかりだった。
「……ふふふ」「……んふぁ……」
リオとの口づけをほどくと、クリスは妖しい笑みを浮かべながら、
「さあ、ふたりとも、ついてきて……」
と、リオとイルに告げた。
つづく。