去年までは、どこにでもいる中学生だったのだ。
父は証券会社のロンドン支部営業部長だったけれど、
かといってそれほど裕福な家庭という訳でもなかったし、
母は夫の稼ぎでギャンブル放蕩するような情けない人だったし、
そもそもぼく自身が父ほど出来が良くなかったこともあって、
勉強もせず、ただ中高一貫の私立をエスカレーターに導かれるまま登っていた。
せいぜいゲーム機を全機種持っている程度の、
今の世ではさほど羨ましがられもしない普通の中学生だった。
それが一変したのは、去年の正月、祖父の家に行った時からだ。
浄水器の濾過部に使われる部品の特許を持っていた祖父は、
日本に帰って来ない親不孝の父にではなく、
お年玉を毎年せがみに来ていた僕に、その特許を譲渡したのだ。
お年玉が、年収一億八千万円。どんなポチ袋にも入りきらない額。
父は、僕の出来が良くないことを知っていたから拒まなかったし、
母は毎月生活費としていくらか納めることで許可が下りた。
祖父の七光り――貯金残高、一億七千万円。
僕の通帳には、何もしなくても毎日五十万円が入ってくる。
「あら、また来られたんですね」
バニーガールのイルが僕に気づいてにっこりと笑った。
体のラインを隠さず露わにするバニースーツに包まれた
小さな体に自然と目が行ってしまう。
でも、サングラスをしているから視線がバレることはないはずだ。
「どうも」
僕は言葉少なに挨拶すると、会釈しながらイルの横を通り過ぎる。
スロット、ルーレット、シガーバー……昔ながらのカジノの眺め。
そう、今僕はラスベガスのホテルカジノを歩いている。
ネバダ州ラスベガスのストリップ地区にある老舗のホテル。
最近のカジノはマカオのほうが流行っているらしいけれど、
このホテルはサービスの質が良いことから未だに人気が衰えない、らしい。
というのも、僕はこのカジノ以外行ったことがない。全部聞きかじりなのだ。
去年、特許を相続して収入が入るようになった途端、
変なDMが入ってくるようになった。
そのうちの一つ……海外での遊び、教えます。
ものは試しと、その業者に連絡を取ったのがきっかけ。
毎月二百万円を支払うことで、通訳やチケットなどの手配をしてもらい、
以来連休があればこのホテルに通うようになった。
もちろん、僕はまだ未成年の中学生。アメリカとはいえカジノには入れない。
そこで、業者の人たちが用意してくれたシークレットブーツや偽造パスポート、
サングラスや肩パットの入ったコートなどを使って
誤魔化しているという次第だ。
ここに通い詰めて一年。
学校では全然で頭に入らなかった英語もそこそこ使えるようになり、
今は通訳を従えなくても一人でカジノへ出入りできるようになっていた。
慣れた足取りでスロットラインの横を抜けると、
目的地……人垣に囲まれたブラックジャックテーブルに到着する。
「あ〜負けた負けた、○○○!」
途端、下品なスラングが人垣から聞こえたと思うと、人垣が四散してゆく。
テーブルを見ると、総額一千万円にはなろうチップの山が、
ごっそりとディーラーの手元に引き寄せられている最中だった。
そう、僕が毎月ここに通ってしまう理由。
それは、このホテルカジノでも随一の人気を誇る彼女を見たいが為だった。
(ああ……リオ……!)
切りそろえられたボブヘアー、整った目鼻立ち、
男を誘うような口紅の引かれたふっくらとした唇、
長い睫毛に縁取られた形の良い猫目、
何より全身の三割ほどしか隠せていない黒のディーラースーツ。
短いスカートからは股下十センチにも満たない場所から白い柔肌をさらけ出し、
そこから伸びる太ももは肉付きが良いながらも筋肉質で引き締まっており、
何より目立つのはふくよかな胸。
大きく胸元の開いたジャケットを、これでもかと押し返す豊乳は、
締め付けにも負けず形を維持し、生意気そうに突き出ている。
そんなセクシー極まる異国の女性は、
その体つきに見合わず少女のような愛嬌たっぷりの笑顔を見せた。
「さ、次はいくらベットされますか?」
「もう無理だよリオちゃん、また今度な」
そう言って、テーブルに座っていた中年の男が立ち上がった。
恐らく彼の付き添いであったのだろう両隣の人も去り、
大勝負の後ということもあって人もまばら。
どうやらちょうど波が引いたところらしい。
いつもなら一、二時間は平気で待たされるところだったので運が良い。
僕はチップの束をテーブルに置きながら席に着く。
「あら、お久しぶりですね」
リオは僕に気づいて声をかけてくれた。
僕は頭に血が登ってくるのを感じながら応える。
「え、ええ。二十日ぶりです」
「いつも来てくださってありがとうございます。
たっぷり楽しんでいってくださいね」
たっぷり楽しんだ結果、すでに四千万円は負けこんでいる。
それでも僕は一回の勝負につき五百万円まで使い込む。
この程度の出費であれば、今の生活に支障をきたすこともないし、
一時間程度ならしっかりと遊べる。
何より――ずっとリオを見ていられるから、惜しくない。
三十分ほど経っただろうか。
僕は珍しく連続して勝っており、
なんと現在一千万円はプラス収支になっていた。
そんな調子の良い僕を見てか、
周りの人たちが次々と席を立ってゆく。
気づけば、いつもは人が絶えることのないリオのテーブルに、
僕一人しか座っていなかった。
「珍しいですね、人がいないなんて」
「まあ、たまにありますよ。時折運が良すぎちゃって、
勝ち続けちゃうとこれです」
イカサマしている訳じゃない、と言いたいようだが、
どうなのだろう、実際のところは僕なんかにはわからない。
ただ、イカサマだってことがわかった所で、
ここに通わなくなるということはないだろう。
僕は勝ちに来ている訳じゃない――
リオを眺めに来ているのだから。
「……お客さん」
「え、あ、はい?」
突然、リオに声を掛けられて僕は戸惑う。
今までこういうケースはなかった。
リオはテーブル越しに、しどろもどろしている僕へと顔を寄せてくる。
開いた胸元からくっきりと胸の谷間が覗いており、僕は更に動揺してしまう。
「お客さん、子供なんでしょう?」
「――――!」
僕は言葉を失う。こういう時、業者の人曰く、
笑い飛ばして偽造パスポートを見せるように、と指示を受けていた。
しかし僕は、彼女の突然の行動、何より間近に見える豊乳の谷間に、
弁明すら出来ず、ただ閉口することしか出来なかった。
「やっぱり。たま〜にそういうケースがあるんですよ。
資産家の息子さんとかが、専用の業者を通してカジノに入り込むケース」
「そ、それは……」
「そのお金、坊やのものではないのでしょう?
駄目よ、そういうことしちゃ。
それにね、坊やがここでギャンブルしていたことがバレたら、
このお店も閉めなきゃならなくなるの。最近その手の監視が厳しいから。
だからもうここに来ちゃ駄目よ」
「そ、そんな!」
リオはブラックジャックテーブルに休憩中の札を置くと、
回り込んで僕の腕を掴んできた。
間近にあるリオの豊満な肢体、香る香水、それらに頭がくらくらとする中、
僕は必死に弁明をする。
「ゆ、許してください! お願いです!」
「駄目。これも仕事なの」
「お、お金はきちんと僕のものです! 僕の収入です!
貯金もあります、一億七千万円!」
「一億……?」
僕の口走った貯金残高にピンと来たのか、僕を引っ張る力を弱めるリオ。
恐らくドル換算の計算をしているのだろう、暫時黙っていたものの、
「……へえ」
と妖艶に笑った。途端、何故か僕の腕を引き寄せて、
その豊満な胸元に僕の二の腕が当たる。
服越しに伝わる感覚は、思った以上に柔らかく、
しかし潰されるばかりではなく張りかえしてくる弾力もある。
すでに僕はその感覚の虜になっていた。
もぞもぞと体を動かしながら、その感覚を味わう。
「……いいこと思いついた。こっちへおいで、坊や」
そう言って、彼女は僕を引っ張ってカジノの奥へと進んでゆく。
集まる視線。
その視線は余さず、僕の腕にひしゃげたリオの胸の肉に集まっていた。
――やがて、リオと僕はカジノの最奥に並んだ部屋の一つに入る。
「VIPルーム……?」
そこは豪華なシャンデリアが飾られ、
厚みのある柄物の絨毯が敷き詰められた一室。
部屋の中央にはブラックジャックテーブルがあり、
向かい合うようにソファーが置かれている。
「大丈夫よ、この時間なら使っても怒られないし」
「で、でも、僕はVIPって訳じゃ……」
「いいえ。お得意様なんだから充分VIPよ」
さっきは追い出そうとしていたのに、対応が変わっている。
僕はリオの心変わりの理由を探す――。
(――貯金? そうか、お金か)
リオの狙いは僕の貯金みたいだった。
やはりギャンブルのディーラーだ。えげつない。
でも、それがリオだったら軽蔑する気も起きない。
どうやら僕は病的なまでにリオに入れ込んでいるらしい。
「――ねぇ、坊や」
とリオ。
気づけば彼女はブラックジャックテーブルの縁に腰掛けており、
むっちりと張った太ももを組み替えながらこちらを見下ろしていた。
僕は単純にも、その太ももの奥、スカートの闇を凝視してしまう。
「こうしましょう。
今から少し特別なブラックジャックの勝負をする。
坊やが勝てば、私は坊やの歳については一切口外しない。
私が勝てば、坊やの貯金を私にチップとして支払う。
これでどう? 断る理由はないと思うけど」
その通りだ。
ここで断ればこのカジノに来られなくなるということ。
僕に選択肢はない……がしかし……
「それだと、僕が勝って得られる報酬と負けて支払う金額の
割が合わないよ」
「ん〜……そうね。それじゃあ、こういうのはどう?
坊やが勝ったら、一晩私を好きにできる」
「――――!」
途端、くらくらと朦朧する意識。
彼女は今、なんと言った?
一晩、リオを――好きに、できる?
「これでいい?」
無意識にも僕は首肯していた。
喉が渇く。唾を何度も飲み下す。
「OK……じゃあ、勝負のルールを説明するわね」
そう言ってリオはテーブルから降りると、
テーブルのサイドのくぼみに手を伸ばした。
「使うトランプは、これ」
それは変哲のないトランプの束、に見えた。
しかし、よく見るとサイズが一回り小さい。
縦幅十センチ、横幅七センチほどのかわいらしいトランプ。
「元々はマジック用に使われるものよ。
防水性、防火性に優れていて、こうして折っても」
と言いながら、両手でカードを握りこむリオ。
その手が離れると、トランプはしわくちゃになっていた――
――が、時間が経つにつれすぐに元に戻る。
「すぐ元通り。特殊なゴム樹脂で出来ているから、
折ったり丸めたりしてもダメージは無い」
「へぇ……それで、ブラックジャックをするんですか?
なんでそんな特殊なカードを?」
「そう焦らないの。今から始めるゲームは、通称SBJ。
何の略かわかる?」
「BJはブラックジャックで……S、は……ん〜、わかりません」
「答えはSEXYよ」
リオの低い言葉に、僕は更なる喉の乾きを覚える。
彼女はそんな僕に構わずトランプを覗き込むと、
手際よく三種類の束に分けた。
「まず、坊やはこのスペードの1から13までのトランプを取る。
私はハートの1から13までのトランプを取る。
その残りが山札。ジョーカーは抜いてあるわ」
「ブラックジャックなのに、二種類の柄しか山札にないんですか?」
「これは基本二人遊びのゲームだし、
別に足してもいいけど結果は一緒よ。
で、この山札からそれぞれのカードをオープンする」
そう言ってリオは二枚のカードを並べた。
12のダイアと、4のクローバー。
「……え? オープン? 最初は隠すんじゃないんですか?」
「これがこのゲームの特殊な所よ。
カードは基本伏せないでオープンにする」
「それじゃあ心理戦にならないんじゃ……」
「違うところの心理戦を楽しむのよ。つまり……」
そう言いながら、リオは自ら取ったハートのトランプの一枚を、
豊満な胸元に差し入れた。
僕は固唾を飲んでその光景に見入る。
白くも弾力のある胸の肉が、
すっぽりとトランプを隠してしまった。
「このように、それぞれのカードがオープンにされた所で、
持ち札である1から13までのトランプを体中に隠す。
ポケットの中でもいいし、服の中に隠してもいい……
3分の間にそれを隠したら勝負がスタート。
それぞれの体をまさぐってカードを探す。
自分が隠したカードの場所はわかっているから、
相手がブラックジャックになるカードはわかりにくいところに隠そうとするし、
相手がバーストになるカードはわかりやすい所に隠したりするって訳。
そのカードを引いた後も、バーストになるまでは引き続けることが出来るわ。
相手の現在の数値がわかる以上、引き分けでない限りは、
どちらからバーストして負ける仕組みよ。
相手にブラックジャックされても、
こっちがブラックジャックになれば引き分けだしね」
「えっと……」
僕は呆然とする意識の中で言葉を探した。
リオはそんな僕を見て妖艶に笑うと、山札のトランプをきりはじめる。
「つまり、お互いの体を探れるゲームって訳。理解できた?」
□
僕はソファーに座って深呼吸をしていた。
現在、リオは何故か忘れ物があると言って部屋を出ている。
VIPルームでただ一人、喉をからからにしてリオを待ち続ける僕。
すでに僕の股間は痛いほどにそそり立っていた。
(り、リオの体を触れる……い、いや、これはあくまでゲームだ。
変な所に触るのは駄目に決まってる。……で、でも……)
さっきからずっとこんな調子だった。
今から始まるセクシーブラックジャック、
その概要の半分を聞いた時には、すでに頭が正常に回らなくなっていた。
これから、ずっと憧れていたリオと二人っきりで、
エッチな勝負が出来るのだから、冷静でいられる訳がない。
だがしかし……。
(確かに貯金はあるけれど、すべて使う訳にはなぁ……)
貯金はもちろん僕の管理下にあるけれど、税金の管理の都合上、
税理士や母にも筒抜けになっている。
毎月カジノで使うお金は語学留学や株式投機などと言って
ごまかしているけれど、いきなり全額無くなればそうも言えなくなる。
(一億七千万……そう、せいぜい半分だ。八千五百万円。
それまで使ったらなんとか言い逃れして逃げないと。
それに――)
――勝負に勝てば、リオを一晩好きにできる。
そのご褒美は、きっちり八千五百万円と釣り合う。
また喉が鳴る。もう唾さえないほど口内は乾燥していた。
……間もなく、ドアからノックが聞こえる。
僕が緊張に声さえ出せずにいると、遠慮気味にゆっくりとドアが開く。
「おまたせ〜」
「――――!」
衣装ケースを持ったリオが、手を振って部屋に入ってくる。
その服装はいつものディーラースーツではなく、
シンプルでありながらゴージャスなカクテルドレスだった。
首もとや裾にウール地らしい装飾の施されたパープルのドレス。
そのドレスは上下共に大きく切れ込みが入っており、
上は左腋のあたりから左乳房の三割ほどが露わに、
下は左の腰骨から太ももの付け根手前までが露わになっていた。
右側はノースリーブなだけで、全身のほとんどは隠せているのに、
形の良い左の乳房や、まぶしいほど白く艶々しい太ももが隠せていない。
それは下手な水着姿なんかよりもよっぽど扇情的な服装だった。
「ごめんね〜時間かかっちゃって。ほら、これ」
そう言ってリオは、太ももを晒しているドレスの切れ込みの裾をつまんだ。
「着るのに時間かかっちゃった。買い物とかもあったから……」
「――――」
リオは僕が言葉を無くしているのが怒っているからだと思っているらしい。
しかし、僕はそれどころではなかった。
一人でいるときから悶々としていた欲望が、
扇情的な彼女の姿を見てから沸々とわき上がってきていたのだ。
しかし、直接行動を取れるほどの度胸もない。
ただ、心臓をフルスロットルで稼働させながら彼女を眺めるしかなかった。
「そうそう、買い物なんだけどね」
リオは衣装ケースを床に置くと、もう一つ抱えていた紙袋を開ける。
「坊やの衣装も用意したわよ。そんな似合わない格好よりも、ね」
「え……そ、それは……水着?」
「そうそう。男用ビキニ。まあこれは下着として使ってね。
これだけじゃカード隠せないし。他にも色々あるわよ、これとか、これとか」
そう言って紙袋から出てきたのは、ダンス用レオタードとか、
スパッツとか……体に密着するタイプの服ばかり。
どちらかというと女の子向けのものじゃ、と聞くと、
「他はそんなになかったし〜、それにほら、坊やなら似合うわよ」
確かに、僕は中学生の中でも華奢な体形で、すね毛もないし、
こういう服を着て見苦しくなることはないと思うけど、それでも、
「は、恥ずかしいよぅ……」
「私だってそうよ。でもそういうゲームだから仕方ないの」
そう言って紙袋を押しつけてくるリオ。
男の子供にそういう服を着せて喜ぶ女性がいる、
とは下世話な友達から聞いていたけれど……まさか、リオが?
(僕のこういう服を着ているところが見たい、ってことは……ないか)
まったく、自惚れもいいところだ。
大人の女性で、ずっと憧れていたリオが、そんな趣味の人な訳ないじゃないか。
「さて、それじゃあ早速ゲームを始めましょうか。
一回のゲームでのベット金額は固定で一千万円、どう?」
「――はい、それで」
一度で一千万円なら、負け続けたとしてもたっぷり遊べる。
もちろん負けたらここを追い出されかねない訳だけど、
それだけ戦っていれば勝機が出てくるだろう。
リオはブラックジャックテーブルに戻ると、
慣れた手つきでトランプをきりはじめる。さすがディーラーだ。
充分きれたのを確認すると、
僕のカードとリオ自身のカードをオープンにする。
僕のカードが12、リオのカードは2。
「あら、坊やのほうが有利みたいね」
リオの言うとおりだ。
ブラックジャックにおいて11〜13は10として計算される。
つまり僕のカードは10な訳で、1と11の数を選べるAを引けばブラックジャック、
それ以外でも10〜13を引けば合計20でほぼ負けはなくなる。
対し、リオのカードは2。
一番数の多い10を二枚引けば負けだし、
かといってブラックジャックに数を近づけるには、
最低二枚のカードを引かなければならないという、
一番不利とも言えるカード。
「ま、仕方ないわね。それじゃあシークレットタイムね」
「し、シークレットタイム?」
「カードを隠す時間ってこと。
持ち札の1から13までのカードを体中に隠すの。
相手の現在のカードの数字から隠す場所を変える、
このゲームの一番の醍醐味よ」
「でも、どうやって隠すの?」
部屋を見わたす。
そこにはソファーとブラックジャックテーブル、
それに付随した椅子と、床に敷き詰められた絨毯しか存在しない。
「それぞれの隠し場所を見られたら意味がないものね。
そこでこれの出番」
そう言って衣装ケースから取り出したのは、
ピンク色の布とステンレスの棒がいくつか。
リオは手際よくそれを組み立てると、
マジックなんかでよく使われる円柱型の衣装着衣用のカーテンが出来上がった。
「私はこの中でカードを隠す。坊やはこの外でカードを隠す。
遮光性のない生地でできてるから、
カーテン越しにも人影が見えるようになってるから、
相手を覗いたり出来なくなるわ。
あ、捕捉だけど部屋のどこかに隠すっていうのは反則ね。
ゲームが終わった後にカードの隠し場所を明かしてもらうから」
「り、リオさんが、この中で……?」
「そうよ。逆でもいいけど?」
「い、いえ、そっちがいいです」
そういう意味で言ったのではないのだ。
リオが体中にカードを隠しているシルエットが見れるということに
反応しただけなのだ。
「じゃあ、早速始めましょう。
時計はブラックジャックテーブルに置いておくわね……はい、スタート」
リオは衣装ケースから取り出した目覚まし時計を手際よくセットすると、
カーテンの中に入り込んでしまった。
ピンク色の、どこか淫靡なレース生地のカーテンの向こうで、
リオの体がしゃがんだり、立ち上がったり、脚を上げたりする。
僕は呆然とそれに見入っていた――。
――やがて。
「そろそろだよね? きちんと隠せた?」
「――――!」
リオの声に慌てて時計を見る。
すでにあと10秒を切っていた。
リオのシルエットに夢中になって、
肝心なカードの隠蔽を忘れていたのだ。
僕は大あわてで体中にカードを隠す。
現在、僕は肩パットの入ったサイズの大きいスーツを着ている。
Aを胸ポケット、2を右腕のシャツの中、
3を左腕のシャツの中、4を後ろの首筋に、
5を背中のシャツの中に、6を右のズボンのポケット、
7を左のズボンのポケット、8は右の胸元に直接、
9は左の胸元に直接、10は右の靴の中、
11は左の靴の中……
(――ああ、時間がない!)
すでにあと2秒を切っている。
僕は咄嗟に――残りの二枚のカードを、ズボンの中、
ブリーフの中へと隠してしまった。
目覚ましの音――カーテンから出てくるリオ。
「あら、ギリギリまで粘ってたみたいね」
リオは少し余裕げな笑顔。
僕はじっとりと汗をかいていた。
(どうしよう……カードの場所を最後に言う時に、
ブリーフのカードも出さなきゃいけないなんて……恥ずかしいよ)
ゴムで作られたカードだけに、
背中や胸元に貼りついたカードはびくともしない。
けれど、股間に入っているカードはどこかに貼りつくでもなく、
ブリーフのゴムに挟まれていて、どうももどかしい。
「じゃあ、数の少ない私からね」
そう言って、リオはこちらへと優雅に歩を進めてきた。
これから、リオに体中をまさぐられる――そう思うと、
早鐘を打っていた心臓が更にヒートアップする。
まるで追い詰められた羊みたいに震えている僕を、
眼前まで来たリオは余裕げな笑みで見下ろすと――
――僕の体に手を触れてきた。