自分たちの星に戻ってきた私たちは、普通の生活に戻った。  
 戻った当初こそ戸惑うことは多かったけれど、慣れればサヴァイヴにいた頃のことさえも忘れそうになるぐらい、平和で、楽しい毎日が続いた。  
 サヴァイヴにいた頃、いつか私たちはあの生活のことを忘れてしまうかもしれない。でも、決して忘れないものがある。  
 それは、皆のことだ。  
 
「おはよう、カオル」  
 朝の登校途中、少し前にカオルの姿を見つけた私は、その背中を追いかけて隣に並んだ。  
「・・・・ああ、おはよう」  
 カオルは私を見ると、ほんの少しだけど顔を綻ばせて、そう言ってくれた。  
 サヴァイヴに漂着する前と後、その間で最も変化のなかったのは、カオルだと思う。カオルはこの星に戻れても、サヴァイヴに漂着する前と同じで、いつも一人で過ごしている。  
 それは寂しいような気がしたけど、でもサヴァイヴにいた頃のカオルを知っているから、何も言わない。クラスの皆もきっと、時間が経てばカオルの優しさが分かると信じてるから。  
「・・・・急ごう」  
 急にカオルが呟いて、私の手を引っ張った。  
 そうだ、忘れていた。私は今朝もつい寝坊して、遅刻ぎりぎりだったんだ。  
 カオルと一緒に走って門を抜けて、学校内に入る。どうやらセーフらしい。教室に入ると、シャアラが手を振っているのが見えた。  
「おはよう、シャアラ」  
「おはよう、ルナ。今日もぎりぎりね」  
 そう言って笑うシャアラは、初めて会った時とは比べ物にならないくらい明るくて、私もつい笑ってしまう。  
「朝って苦手。もう、ずっと寝てたいわ」  
 私の冗談めかした言葉に、シャアラは目を顔を綻ばせて笑った。  
「やだ、ルナったら」  
 私も笑って、笑いながらそっと、視線を教室内に走らせる。  
 窓際にベルがいて、ベルはハワードと話していた。  
 
 普通の生活に戻って、心に余裕ができて、その隙間を埋めたのが、ハワードだった。  
 どうしてハワードが私の心の一部を占めたのかは、よく分からない。私は今まで、そういうふうに人を想ったことがなかったから、戸惑うばかりだった。  
 でも、サヴァイヴでの生活を思い出してみると、少し分かった気がした。  
 いつでも、場を明るくさせる存在。  
 誰もが、側にいるというだけで安心できる人。  
 私はハワードのそういうところに惹かれたんじゃないだろうか、と思う。今まで、考えたこともないことだったから、それが本当かどうかは分からないけど、それでもハワードに対する想いは本当だと確証がある。  
「なあ、ルナ」  
 休み時間、急にハワードが声をかけてきて、私の心臓は飛び跳ねた。  
 顔を上げるとハワードがいて、驚いた私を怪訝そうに見下ろしている。  
 その顔を見ているだけで、私の鼓動は早くなっていく。これだ。これが、私の想いの確証。私はやっぱり、ハワードのことが──。  
「? ど、どうしたんだよ。おい」  
 ハワードは、私の気持ちになんか気付かず、首を振って周りを見ている。  
 違う、私が見て欲しいのは、ハワード、私が見て欲しいのは──。  
「う、ううん、なんでもない。どうしたの、ハワード?」  
「? ああ・・・・いや、別に用ってわけでもないんだけど、なんか最近、ルナと話してない気がして・・・・」  
「私と?」  
 早まる鼓動が、私の頬を微かに赤らめる。  
「ああ。サヴァイヴでの暮らしが長かったせいかもしれないけど・・・・やっぱさ、皆と話してないと落ち着かないんだよ」  
 苦笑するハワードにばれないよう、落胆の溜息を吐き出す。  
 皆・・・・違う、ハワードの中にいる私と、私の中にハワードの比重は、全然違う。ハワードにとっての私は、仲間、でしかないんだ。  
「・・こっちには、他にも友達がいるもんね。話す機会が減っちゃうのは仕方がないよ」  
「うーん・・そうなんだけどさぁ・・・・」  
 
 ハワードは唸るように言って、後頭部に手をやった。  
 その表情を見ていて、私は不意に──不意に、暴力的な、感情の昂ぶりを覚える。  
「・・ねえ、ハワード・・」  
「ん? なんだよ」  
「・・・後で、ちょっと話したいことがあるんだけど」  
「あん? ここじゃ、駄目なのか?」  
「・・・・・・うん、放課後、教室で」  
「ああ・・いいけど」  
 その時、授業開始の音が鳴って、ハワードは訝しげな顔のまま自分の席に戻っていった。  
 私は──私は、自分の気持ちを打ち明ける決意を感情の波によって決めたことに驚きながら、それでも尚、高鳴る鼓動に頭をぼうっとさせていた。  
 
 放課後、人のいなくなった静かな教室に、私とハワードだけが残っている。  
 夕日の差し込む教室は扇情的な思いを感じさせたけど、私はぐっと気持ちを抑えて、ハワードの紅く染まっている瞳を見据える。  
「どうしたんだよ、ルナ?」  
 ハワードは、私を取り巻く張り詰めた空気に困惑しているのか、しきりに視線を泳がせている。  
「ハワード・・・・私、あなたに言いたいことがあるの」  
「・・な、なんだよ?」  
 まるで防衛本能みたいに、ハワードが身構える。  
 私は──そんなハワードの態度にすら、愛情を感じている。  
 思わず笑みがこぼれた私がおかしいのか、ハワードは妙な顔をして、私を見つめている。  
 ──言おう。今、この場でしか、言う機会はない。  
 
「ハワード」  
「な、なんだよ」  
「あなたが好き」  
 その言葉は、まるで教室に浸透するように広がって、私の視界に映る全ての色を変えた。  
「・・・・な、ななな、なんだよっ、それっ?」  
 ハワードはうろたえて、半歩だけ体を引いた。  
 私は拳を胸のところに当てて、必死に言葉を探す。  
「本当なの、ハワード、私は・・・・私は、ハワードのことが・・好きなの」  
 一体、どういう言葉を放てばいいのか分からなかった。でも、私の言葉を受けて、ハワードは女の子みたいに頬を染めて、それから腰を落とした。  
「ハ、ハワード?」  
 予想できなかった反応に、慌てて駆け寄る。  
 ハワードは、私の伸ばした腕を取って、私の顔を間近で見つめる。  
「・・なんだよ・・・・!」  
「・・・・え?」  
 ハワードは泣きそうな笑顔で、私を見つめている。  
「・・・・なんだよ、てっきり・・話しかけてもくれないから、てっきり・・・・ったく、もうちょっとで僕の方から言うとこだったよ・・・・・・!」  
「・・・・・・・・・・」  
 その言葉を理解するのに、把握するのに、しばらく時間がかかった。  
 でも──分かってしまえば、それはなんていうことでもなくて、私は吹き出すように笑って、ハワードの唇に自分の唇をくっつけた。  
「・・・・・・ルナ」  
 ハワードは驚いた顔で私を見て、微かに唇を震わせて、今度はハワードの方から顔を寄せてきてくれた。  
「・・・・・・・・ん」  
 私は軽く口を開けて、それを受け入れる。  
 
 ハワードは私の求めるものに気付いてくれたのか、怯えながらも、舌を伸ばしてくれた。  
 私はハワードの舌を優しく唇で挟んで、その舌に自分の舌を伸ばす。舌は絡み合って、唾液の濡れた感触が生温かくて、気持ちよかった。  
「・・・・ルナ」  
 ハワードは私をゆっくりと床に寝かせて、私に覆い被さるようになって、私の唇や舌を舐めた。  
 私は、嬉しさのあまり体の力を抜いていて、ハワードの行為を心地よく受け入れている。  
 ハワードは、服の上から私の胸の膨らみに触れ、罰が悪そうな顔を見せたけど、私が微笑むと、彼は笑って私のシャツを脱がした。  
 誰にも見せたことのない下着が、ハワードの目の前にある。それはむず痒くて、微笑ましい気持ちよさで、私はハワードの頭をそっと抱いた。  
「・・ルナ」  
 ハワードは私の顔に手を添え、もう片方の手で私の下着の上から胸を触っている。ハワードの手が肌に触れるたび、その箇所が熱くなるような感覚に襲われた。  
 そんな、たどたどしいじゃれ合いがしばらく続いてから、私は合図のようにハワードの唇に自分の唇を寄せた。  
「・・・・・・・・」  
 それを察してくれたのか、ハワードが手を下へと滑らせる。ハワードの手は私のお腹をさすって、スカートに伸びた。そのスカートも捲られ、ハワードの繊細な指が私の下着に触れて、私は体を震わせる。  
 私のそこは、驚くほど潤っていた。  
 ハワードも気付いたのか、微かに、優しく笑って、体を起こす。そして私の、湿った下着を脱がせて、露出したそこに指を滑らせた。  
「・・・・・・ぁ!」  
 痺れに似た快感が、そこから私の頭にまで上ってくる。  
 ハワードは、私のそんな反応を見て、嬉しそうに笑った。私も嬉しくなって笑うけど、ハワードの指がもたらす快感が邪魔をして、うまく笑うことができない。  
「ルナ」  
 ハワードが真剣な眼差しで私を見ている。それの意味することに気付いて頷くと、ハワードはズボンと下着を下ろして、男の子のそれを露出させた。  
「・・・・ゆっくり、してね」  
 初めてが不安をもたげて、ついそんな言葉が漏れた。  
 
 ハワードは緊張した面持ちで頷いて、私の足の間に体を入れた。ハワードは私のあそこを見ながら、腰を寄せてくる。  
「・・・・・・ぁ」  
 ハワードの先端が、そこに触れた。  
 体を押し広げられる感触が、私を襲う。それは、痛くて苦しいのに、漠然とした幸福感があった。  
「・・・・・・入ったぞ」  
 うん、と私は頷く。  
 私の額には汗が浮かんでいて、きっと可愛くない顔をしているんだろうと思ったけど、ハワードはそんな私に唇を寄せてくれた。  
 痛みが、苦しさが、あっという間に引いていく。  
「・・・・・・動くぞ」  
「・・・・・・・・うん」  
 私がハワードを抱き締めると、ハワードはゆっくりと腰だけを動かした。  
 ハワードのものが出入りしているのを感じる。いや、それしか感じない。まるで熱に浮かされたように感覚が鈍化して、そこだけの感覚が先鋭化されているような感触がある。  
 痛いのとも違う、苦しいのとも違う、気持ちいいのとも違う、何か別の──恥ずかしさの詰まったもどかしさみたいな、初めての感覚。  
 その感覚が、ハワードの腰の動きに合わせて、私の中で大きくなっていく。  
「・・・・ぁ、ぁ、ぁあ、はっ、ぁぁ、ぁぁ、はぁっ・・・・!」  
 切ないような、引き裂かれるような、痛みを伴う快楽が私を犯し、高まらせていく。  
「・・・・うあっ!」  
 そして──ハワードが身を引いて、私のお腹に温かいものが放たれた。  
「・・はぁ、はぁ、はぁ・・」  
 ハワードは荒く息をしながら、私の体の上に倒れこんでくる。私の肌にハワードの体が触れると、そこから幸福が広がるような、不思議な気持ちになった。  
「・・・・・・ハワード」  
 小さく名を呼ぶと、ハワードは顔を上げて、私と視線を合わせる。  
 自然と、まるでそうすることが当たり前のように唇を重ねて、私もハワードも、優しい笑みを浮かべた。  
「・・・・これからは、一緒に・・・・」  
「・・・・ああ・・・・」  
 夕日の差し込む教室の中で、私とハワードは抱き合って、今という時間を感じていた。  
 
     終わり。  
 

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