ルナは目の前に差し出された手をつかんだ。  
14歳のあの頃にも、こんな風に助けられたことがあったっけ。  
ルナと大して変わらない華奢な体で、歯を食いしばってルナを引き上げてくれた。  
いま、24歳のカオルは軽々とルナを岩の上に引き上げてくれる。  
「きゃっ!」  
風に煽られるルナをカオルが支えた。  
「大丈夫か?」  
「ありがと。…うわあ!」  
緑が広がる大地の向こうから、巨大な朝日が昇ろうとしている。  
「すごい…」  
「ああ」  
隣ではカオルが、眩しそうに手をかざしていた。  
風に吹かれて黒い髪がなびく。  
「いい風だ…」  
 
その12時間前…  
 
「あ…、んんっ!」  
「どうした?」  
「んっ、こ、こんな固いの初めて…」  
「ルナ…」  
「くぅっ…!」  
「…無理なら言ってくれ」  
「ごめ…、カオル、抜いて…」  
「ああ」  
ルナは音を上げてカオルにワインの瓶を渡した。  
カオルは眉一つ動かさず、涼しい顔で栓を抜いた。  
赤い液体をグラスで受けながら、ルナはカオルの顔色を窺う。  
「どうした?」  
カオルはサヴァイヴへの試験航行にパイロットとして参加するらしい。  
いち早く情報を得たメノリがメールで知らせてくれた。  
しかし、メールでも、地球に来てからも、カオルはその話をしていなかった。  
「ううん、何でもない。…ね、何に乾杯する?」  
 
「そうだな…」  
カオルは窓の外を見た。  
暮色の中で、草木がやわらかく風にそよいでいる。  
この前来たときより、確実に緑は増えているようだ。  
「…ルナの仕事に」  
そう言ってグラスを持ち上げる。  
「そんなのでいいの?」  
ルナが脱力したように笑った。  
「…ルナ」  
「なに?」  
蒼い瞳の中でロウソクの灯りが揺れている。  
もう少しだけ、幸せな気持ちでいさせてやりたい。  
カオルは微笑んで言った。  
「頑張ったな」  
ルナの顔に、サッと赤味がさした。  
「…ありがと」  
 
「カオル…?」  
食後のコーヒーを手に、背中でベッドルームのドアを開けてみる。  
暗い部屋の中では、カオルがベッドに腰掛けて空を見上げていた。  
上着を脱ぎ、黒っぽい上下で、立てた片膝に肘を乗せている。  
「ここにいたのね」  
ルナは窓に歩み寄って、カオルが見ていた夜空を見上げる。  
「カオル、話があるんじゃ…ないのかな?」  
「…知っていたのか?」  
「うん」  
ルナは振り向いて微笑んだ。  
「メノリがね。すごく喜んでた。成功を祈ってるって」  
カオルは少し目を伏せ、それから星空に視線を戻す。  
「危険な旅だ。帰ってこられる保証はない」  
「そんなことないよ。カオルは…」  
「ルナ」  
カオルはルナをまっすぐに見つめた。  
裏表のない、きれいな表情だった。  
「もう待たないでいい。俺にかまわず生きろ」  
 
 
「男やなあ。さすがカオルや…って、なんやベル、そのガッツポーズは」  
 
 
「わたしのために、言ってくれているのね」  
長い沈黙の後、ルナが静かに言った。  
「俺のためでもある」  
まっすぐ外を見ながら言い切った。  
ルナが息を呑む気配を感じる。  
「お前の言葉と存在だけを支えに俺は生き抜いた。それには感謝している」  
「なら…」  
言いかけるルナを手で制した。  
「ルナを犠牲にして幸せになるなんて、俺が耐えられない」  
「そんな…」  
ルナはカオルの隣に座り、顔を覗き込む。  
「犠牲だなんて思ってないよ?」  
ルナはいつもこうだ。  
人のためには、自分の痛みなどものともしない。  
満身創痍になっても笑顔でいるだろう。  
 
「ねえ、カオル。わたしもみんなに同じ思いをさせたことがあるでしょう?」  
あのときのカオルの声を、ルナは忘れられない。  
ルナ、待っているぞ、生きてくれ、かけてくれた言葉も忘れない。  
待っている人がいたからルナは帰ることができた。  
だからこそ、ルナはその一生を地球に投じることにしたのだ。  
「あのとき、カオルはわたしを信じて待ってくれた。  
 待つのが辛いからって、待ちたくないなんて思わなかったでしょう?」  
「あ…」  
 
 
「聞こえたやろ、ベル。うちが浅はかやったわ。もうやめとき」  
 
 
「そんなこと…思うわけない」  
そんな一時の苦痛よりも、ルナを失う方が遙かに恐ろしいことだった。  
ルナはカオルの肩に頭を乗せたまま、静かに言った。  
「わたしね、みんなの帰る場所を作るために頑張ってるの。  
 どんなに遠くに行っても、帰るところがあれば生き抜けるから」  
「ルナ…」  
「地球をカオルが帰ってきたいと思える故郷にする。  
 そうしたらカオルはどんな遠くに行っても帰ってくる、って」  
カオルは紅潮と動悸と息苦しさで口が利けなかった。  
「だからいま、うれしいの。帰りたいという気持ちがカオルを助けたなら…  
 わたしの信じてやってきたことは間違いじゃなかった。これでいいんだわ」  
抱きしめたい。だが、そうしたらもう後戻りはできない。  
「俺は、お前が寂しいときにお前のそばにいてやれない」  
「寂しくないよ…」  
ルナがつぶやいて、右手をカオルの胸に当てる。  
「カオルのここがわたしのものなら、全然寂しくない」  
カオルはルナに向き直った。  
ルナの蒼い瞳が星の光を映して潤んでいる。  
カオルは目を閉じた。  
しばらくして目を開けたときには、意を決していた。  
「…俺は全部、ルナのものだ」  
 
「んっ…、はぁっ、はぁっ、あ…」  
ようやく唇を解放したかと思うと、首筋に這わせる。  
首筋、鎖骨にキスしただけで、ルナはぺたんと床に座った。  
その肘を持って立たせ、体を支えてベッドに座らせる。  
カオルはその前に跪いてブラウスのボタンを器用に外した。  
ルナのあまり大きくない胸が、星明かりの元に露わになる。  
細い腰に腕を回し、胸に顔を寄せる。  
「はぅっ、あ…っ、あんっ」  
淡い突起を舌で愛すると、ルナは声を上げた。  
「あ…、んっ…、んあっ…」  
ルナの腕がカオルの頭を抱きしめる。  
カオルは壊れ物でも扱うように愛撫した。  
「あぅっ…、あ…、んっ…」  
声が大きくなり、ルナの腕に力が入る。  
「ああっ、あっ、ああっ」  
 
カオルはルナのオレンジの髪を撫で、後ろに倒した。  
立ち上がって上着を脱ぎ去り、黒いTシャツだけになると、  
まだ息の上がっているルナに覆い被さって深いキスを交わした。  
「ん…」  
ルナの膝頭、太ももにそっとカオルの指が触れる。  
秘所に指を滑り込ませると、ルナの腰が反応した。  
「っ…!」  
ルナの舌がおろそかになる。  
カオルは唇を離し、ルナの顔を見つめた。  
「ああ…」  
カオルの長い指が入ってくる。  
「カオル…」  
ルナはこの指が大好きだった。  
カオルの指なら、中指だけで達してしまう。  
親指が陰核を剥くと、ルナは泣き声を上げた。  
「ああっ!ああんっ、ああっ…!」  
目の前が白くなり、涙が溢れる。  
 
ルナは乱れた髪も服もそのままに、ゆっくり起きあがった。  
目が潤んで淫蕩な表情になっている。  
「今度は、わたしの番ね…」  
「っ…!」  
「すごい…」  
有無を言わせず脱がそうとするが、すでに固く反り返っているため苦労した。  
「カオル、こんなになってる」  
「いちいち言うな」  
ようやく取り出すと、ルナはうれしそうに先端をちゅっと吸った。  
「うっ…」  
「濡れてるわ」  
囁いてカウパー線液を舐めとる。  
十分に濡らしてから、先端をぱくっと銜え、  
慣れた手つきでしごくルナの白い指がいやらしい。  
カオルは自分の息が上がっていくのを感じながら、  
ブラウスからのぞいた肩や、少し開いた脚を見ていた。  
 
カオルの息遣いで終わりが近いことを悟ったルナは  
のどまで深く銜えて射精を促そうとした。  
「ぐっ…うぐっ」  
先端が喉の奥に当たると苦しいが、かまわず顔を動かす。  
「ま、待て…」  
頬を両手で挟まれて動きを止めた。  
カオルは肩で息をしている。  
「……ルナ」  
肩を押されて後ろに倒れた。  
その拍子に開いた脚の間にカオルが割って入る。  
「あっ」  
抱きしめられたと思った瞬間、貫かれていた。  
「ああっ!」  
奥に当たった衝撃で、声が出てしまう。  
「あっ、あっ、熱…」  
前よりも、ずっと大きくて熱い気がする。  
押し込まれ、引き出されるたびに快感が押し寄せる。  
「も、いっちゃ…」  
ルナはカオルの背中に手を回し、黒いTシャツを掴んだ。  
脚に力が入り、シーツを乱す。  
「あっ、あ…、ああっ!」  
背中を反らした瞬間、奥に何度も叩きつけられた。  
「ルナ…」  
熱い粘液が胎内に張り付いていく。  
「カオル…出てる…」  
 
四つん這いになったルナが怪訝そうに振り向いた。  
「カオル、どうしたの?」  
「いや、なんでもない」  
つい背中に見とれていたとは言えなかった。  
スレンダーだが見事にくびれていて色気がある。  
「んっ…」  
手で腰を押さえ、ほんの少し埋めるとルナが反応した。  
「あ…あ…う…んっ…ああ…」  
声を楽しみながらゆっくりと腰を押し進めていく。  
「はうっ!」  
根元まで押し込むと、ルナは声を上げてシーツを握った。  
「大丈夫か?」  
「う、うん」  
その声を受けて、カオルは抽送を開始する。  
やがて二人のリズムが合い、快感が急激に高まっていく。  
「ルナ」  
前のめりになって顔をシーツに押しつけていたルナの肘をカオルが掴む。  
そのまま引っ張って、ルナの背を反らせた。  
「ああっ!」  
こうしたときのルナの反応がカオルは大好きだった。  
「ううっ、あっ、あっ、カオルっ」  
オレンジ色の髪が乱れる。白い肌が汗で光る。  
「だめっ!いっちゃう…っ」  
ルナは半泣きになり、あっけなく達してしまった。  
奥から熱い愛液が溢れ、膣内はゆっくり収縮する。  
カオルは快感で腰を止めることが出来なかった。  
「くっ…」  
やがて動きを止めたカオルが体を起こすと、  
ルナの秘所からは栓を抜いたように精液が溢れた。  
 
星明かりの下で、ふたりは飽きることなくキスを交わしていた。  
こうしていてもカオルのペニスはルナの膣内に優しく抱かれている。  
胡座をかいたカオルの上にルナが座る形で交わっている。  
苦しくなってルナが息を継ぐと、カオルが耳元で囁いた。  
「ずっとこうしていたい」  
「そうね、わたしも」  
ふたりは額をコツンとつけて、微笑んだ。  
「カオル、大好き」  
 
窓の外が白んできたのを見て、ルナが朝日を見たいと言った。  
「いまから行けば、いいところから見られるわ」  
 
 
「明け方はやっぱりちょっと涼しいね」  
カオルは無言で上着を脱ぐと、ルナの肩にかけた。  
「あ、ありがと。でも寒くない?」  
「いや、このくらいがちょうどいい」  
ルナは一瞬きょとんとして、それからくすっと笑った。  
「どうした?」  
「そういえばカオルは人より薄着だったよね。  
 でも、サヴァイヴでの冬は、正直言って寒かったでしょ?」  
「そ、そんなことはない」  
「うそだぁ」  
「からかうな」  
「ふふっ、あ、この岩場を登るの」  
 
緑が広がる大地の向こうから、巨大な朝日が昇ろうとしている。  
「すごい…」  
「ああ」  
隣ではカオルが、眩しそうに手をかざしていた。  
風に吹かれて黒い髪がなびく。  
「いい風だ…」  
 
「ここからの朝日が、わたしは好きなの」  
「ああ、また見に来よう」  
「カオル…」  
「必ず帰ってくる」  
カオルの表情は晴れ晴れとしていた。  
もう、迷いはない。  
「ルナ」  
「ん?」  
「この前会ったとき、お前に言おうとしていたことがある」  
一陣の風が吹いて、カオルとルナの髪を乱した。  
 
「結婚しよう」  
 
白い朝日が姿を現し、世界が瞬く間に輝き出す。  
ルナの目に涙が溢れた。  
 
「はい」  
 
 
 
 
    カオル君のプロポーズ;後編 完  
 

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