コックピットを背景に、カオルが微笑んでいる。
「このフライトから帰ったら、顔を見に行く」
その画像に微笑みかけて、また再生ボタンに手を伸ばす。
そのとき、同居しているペットロボットが飛び込んできた。
「ルナ、カオルが…大変や!」
ロビーに行くと、テレビの前に人だかりができていた。
近づくにつれ、断片的な言葉が耳に飛び込んでくる。
宇宙船ジャック、重力嵐、消失、乗客乗員、全員行方不明。
瞬きもせず画面を見つめるルナの手を、チャコはそっと握った。
ルナは唇を引き結び、強く握り返した。
「まったく人騒がせな奴だよ。心配して損した!」
「でも、無事でよかったわあ」
一ヶ月後。
コロニーのハワード邸では、サヴァイヴの仲間達が
奇跡の生還を遂げたカオルのためにパーティーを開いていた。
「ところで、ルナとチャコは?」
「うーん、そろそろ着く頃なんだけどぉ…」
それを受けて、ここぞとばかりハワードが声を張り上げる。
「ルナと言えば!聞いてくれよ、ベルのやつったらさぁ…」
注目を浴びて赤くなるベルを、ハワードが肘でうながした。
「あ、いや、地球への転属が決まったってだけだよ…」
「「「えー!」」」
水を口に運ぼうとしたカオルの手が止まる。
「それはつまり…そういうことなのか?」
「ベルゥ、ルナと結婚するの?」
ベルは真っ赤になって口ごもった。
「いや、そんなんじゃないよ…まだ付き合ってもないし…」
「まだなのかよ?仕方のないやつだなー」
「ハワードよせ。しかしベル、ものには順序というものが…」
カオルはそっとグラスを置いた。
そのとき扉が開き、懐かしい、明るい声が響いた。
「お、やっとるな」
「遅くなってごめーん!」
深い藍の瞳がまっすぐカオルを見つめている。
カオルもかすかに微笑み返した。
メノリがフッと微笑み、シャンパングラスを掲げた。
「さあ、全員揃ったぞ。乾杯だ!」
宴も半ばを過ぎ、ハワードのワンマンショーが始まった頃、
ルナとカオルは目配せしてそっと席を立った。
その姿をシャアラとメノリが目で追い、小声でささやく。
「あの二人、付き合ってるみたいねえ」
「そのようだな」
「えっ、そうなの?」
「シンゴは相変わらずニブチンやな。って、ハワード、
なんて顔しとんねん。まさかお前ルナのことを…」
「ち、違うよ!」
首をブンブン振ると、宇宙一の俳優は寂しそうにつぶやいた。
「馬鹿だな、あいつ…」
メノリがハッと顔を上げ、あわてて辺りを見回した。
広間にベルの姿はなかった。
「本当に、素晴らしい仲間達だわ」
客用寝室の一つに入り、ドアを閉めながらルナが言った。
パタン、という音とともに、広間の喧噪が遠ざかる。
カオルは一抹の痛みを感じながら、しかし心から同意した。
「…ああ」
ルナはカオルに歩み寄り、その顔を見上げる。
微笑もうとした顔が、みるみる歪んだ。
「ルナ…」
「よかった…、無事で…」
カオルの胸に体を預け、上着をぎゅっと握る。
カオルはオレンジの髪をそっと撫で、顔を埋めた。
「…心配かけて済まなかった」
「ううん、わたしはカオルを信じてるから…」
ルナはカオルの目をまっすぐ見上げる。もう涙はなかった。
「ずっと、お前に会うことだけを考えていた」
「うん」
ルナは右手を伸ばし、カオルの頬に触れた。
「わたしも会いたかった」
カオルはその指をとってキスをすると、
ルナの細いあごに指をかけて上向かせ、唇を重ねた。
「どうしたの?カオル」
キスの後、ルナを抱きしめたままカオルは迷っていた。
しかし、すぐに顔をあげ、「すぐ戻る」と言い残して部屋を出た。
(ベルに二人のことを話そう)
それがケジメだと思った。
「あのな、正直、見てられんかった…」
フルーツジュースをすすりながら、チャコが言った。
「無理ないよ、恋人が一ヶ月も行方不明だったんだから」
電燭をいじりながらシンゴが言った。
「…うちが思たんは、これからルナは、
何度もこういう思いをするやろうってことや」
メノリとシャアラが顔を見合わせる。
「カオルはひとつところにはおれん男や。
ルナと一緒に…地球に住むことはできへんやろ」
「地球か…。そういえばベルはどうしたって?」
「ああ、明日早いから寝るって。疲れたんだとさ」
カオルはドアの隙間から離れた。
やや乱暴にドアが開く気配がした。
「あっ…」
窓際に佇んでいたらひょいと抱え上げられ、
ルナはあわててカオルの首に腕を回した。
軽々と自分を運ぶ力に男を感じて、少し心拍数が上がる。
優しく降ろされると、ベッドに体が沈んだ。
「ルナ、愛してる」
カオルの低い声が耳もとでささやく。
この声は反則だといつも思う。
「ルナ、俺と…」
カオルは言いかけて、うつむいた。
黒い髪が顔にかかってカオルの表情が読めない。
「カオル?」
「…愛してる」
なぜそんな苦しげな声を出すのだろう。
カオルはルナにゆっくりと覆いかぶさり、首筋にキスをした。
「ふあっ…あ…んっ…」
カオルが触れるたびに、ルナは体を震わせた。
「カオル…」
わたしも愛してるよ。怖くなるぐらい。
「カオルってルナのお父さんに似てるの?」
シャアラがシャンパングラスをあおりながら言った。
「なんや唐突に…」
「そういえば、女性は父親に似た男性を好むというな」
「メノリもそうなの?」
「なっ、わたしは一般論をだな!」
「…画像あるで。見るか?」
チャコの目が白く輝き、中空にルナの父親が写し出される。
「全然似てないね」
「目、細いよね…」
「大柄よねえ」
「たしか惑星開発の仕事をされていたとか…」
ハワードが立ち上がる。
「よし、飲もう。とっておきのワインを出してやる」
ベッドの周囲には服が無造作に脱ぎ捨ててある。
シーツの上で、ルナの白い肌にカオルの浅黒い肌が重なっている。
二人はもう長いこと唇を重ねていた。
ルナは両手をカオルの首に回し、指を黒髪にもぐりこませている。
カオルは指をルナの奥に沈めて執拗な愛撫をくり返す。
「んあっ…」
愛撫に堪えかねたルナが唇を離すと、唾液がキラキラと輝いた。
「あっ…んっ…」
眉根を寄せて耐えるルナが、たまらなく愛しい。
「くっ…あ…、いく…っ、ああっ」
「指だけで行くのか?」
カオルが親指で軽く刺激してやると、ルナは体をきゅっと丸めた。
「あうっ、あっ、あっ…」
余韻に震えるルナを横たえて、その顔を堪能する。
「要するにチャコは、二人の結婚に反対なんだな?」
「いや…っていうか、まだそんな話でてへんし…」
「チャコはルナには家族が必要だと思っているのね」
「ウチがいる、と思うてたけどな…」
「家族かあ」
皆、あの頃の同じ場面を思い出していた。
ただ、あまりにも重くて口に出せない。
「思い出すなあ。あいつのプロポーズって『家族になるよ』だっけ?」
「ハワード…お前は歌でも歌ってろ…」
「入れるぞ」
「うん」
横たわったルナの膝裏あたりを持って、カオルは先端を滑り込ませた。
暗くても目視でわかるほどルナは濡れている。
上半身を起こしたまま、カオルはゆっくりと腰を押し進めていく。
「んあっ…はぁ、はぁ、あぅぅ…」
ルナが苦しげに身をよじり、体を反らせた。
久しぶりに味わうルナの胎内は、記憶よりも熱い。
「カオル…」
ルナが苦しげに微笑むと、胎内がねじるように動いた。
「う…っ」
思わず体が前に傾く。
女性とは皆このようなものなのだろうか。
いや、違う、とカオルは思った。
ルナの体はきっと奇跡なのだと。
俺は、彼女を手放せるだろうか?
カオルが歯を食いしばるようにして腰を動かしている。
脚をぐっと押さえつけられ、上から刺されているように錯覚する。
「んっ…んっ…、あっ…」
無理な体勢が痛いけれど、それが少し気持ちいい。
会えない間ずっと、毎夜ひとりで思い出していた。
ひきしまった体、乾いた肌の手触り、真直ぐな黒い髪、
そして胎内に残る、力強く甘いカオルの感触を。
でも、それはいま、全部ここにある。
カオルは半ば絶望的な気分で、ルナを抱いていた。
彼女を離したくない。
だが、いつか離さなければならないのだろうか?
皮肉なことに、迷えば迷うほどルナへの執着は強くなる。
感情が理性を駆逐して、かつてないほど激しくルナを抱いている。
カオルは叫びだしそうになるのを懸命に堪えていた。
助けを求めるようにルナの顔を探し、
その目尻に涙がたまっているのに気付いた。
「悲しいのか?」
低い声が耳もとでささやいた。
悲しい?どうして?そんなわけない。
「涙が出ている」
涙?そういえば流れている。
きっと、あんまり気持ちいいから。
カオルが中で動くたびに、おかしくなりそうだから。
目の前のカオルは心配そうにルナを見つめていた。
その頬に手を伸ばし、黒い髪をかきあげる。
カオル、大好き。心配しないで。
胎内のカオルをぎゅっと抱き締める。
わたし、いますごく幸せなだけだから。
「も…だめ……、あっ、あっ、ああ!」
ルナの奥から熱いものが溢れてくる。
「カ、カオ…んんっ…!」
カオルはしがみついてくるルナを抱きとめた。
「ルナ…」
腕の中で震えているルナが愛しい。
こんなに可愛いのに、胎内は別の生物のように蠢き、
収縮をくり返してはカオルの全てを搾り取ろうとしている。
鋭い快感に目の前が霞んだ。
「…っ」
「カオル…」
「ルナ…っ!」
「あ…熱いよカオル…」
カオルは目をぎゅっとつぶって射精の快感に堪えていた。
気を緩めたら声を出してしまいそうだった。
(ルナ、俺は…)
くちびるを噛み締めると血の味がした。
プロポーズ編:前編おわり
おまけというかオチ
クローゼットの中で、ベルは右手を見つめていた。
べっとりと白い液がついている。
この部屋にいたのは偶然だった。
広間に入った時からカオルしか見ていないルナ。
時折意味ありげな視線を交わす二人。
それでもベルは食事が終わるまで耐えた。
そしてハワ−ドに言い訳して早々に退散したのだ。
二人の声が聞こえた時に出ていけば良かった。
どうしてとっさに隠れてしまったのだろう。
気配を悟られたら、槍が飛んでくるところだ。
いや、出ていく機会はいくらでもあった。
容姿、才能、頭脳、実行力、収入、社会的地位。
どれをとっても自分はカオルに遠く及ばない。
ベルは決して自分に誇りを持てないわけではなかったが、
二人を前にすると嫉妬すらする気になれないのが現状だ。
淡い光の中で絡み合う二人の肢体は、それほどに美しかった。
しばらくしてゆっくり起き上がったのはルナのようだった。
ベルは再び、扉の隙間に顔を押し付ける。
横たわったカオルにキスしているのか?
オレンジ色の髪が揺れて、カオルの息遣いが荒くなる。
やがて彼女は腰を降ろすようにカオルを呑み込み、甘い声をあげた。
ベッドが軋み、カオルが呻き、ルナがカオルの名をささやく。
ベルは再び自虐的な行為に没頭した。
疲れ切った二人がバスルームに消えるまで、一体どれほど経ったろうか。
ベルは音を立てないようにクローゼットの扉を開くと、
急いでドアに向かい、用心深く廊下に出た。
皆寝たらしく、外は静まりかえっている。
ベルは後ろのドアを振りかえった。
いま彼女はカオルの腕の中にいる。
だが、彼女のそばにずっといてやれるのは僕だ。
そのことを、君もわかっているだろう、カオル。