詩乃は闇の底でゆっくり瞼を開けた。目の前に、白く、華奢で、しかしどこか強い手が差し出されている。  
そちらを見上げれば、サンドイエローのマフラーを巻いた仮想の自分――シノンが不安げな表情で身を屈めていた。色の薄い唇が何かを囁きかけてくるのだが、まるで向こうの世界のように声は詩乃に届かない。  
……だからってもう、どうにもならないよ。  
先刻の呟きが詩乃の脚を掴んで、底なしの闇に引きずり込む。水面に揺れる光が遠ざかって、手足を動かせないほどの闇が視界を満たしていった。  
 
恭二は、右手の注射器を詩乃の首に押し当てたまま、上半身からトレーナーを引き抜こうと試みているようだ。しかし片手ではうまくいかず、顔に苛立ちの色が見える。やがて引きちぎらんばかりに布地をぐいぐい引っ張り始める。  
その動きに合わせて、詩乃の身体が左に傾く。途端に注射器の先端が肌を滑ってシーツの上に突き刺さったが、詩乃は生気の欠けた瞳でぼんやりとそれを見つめていた。  
すべては無駄だったのだ。そう――これは現実ではない。無数に重なった世界の、たった一つの相で起きている取るに足らない出来事でしかない。きっと、それらの世界のうちには、《全てが起きなかった世界》もあるはずだ。  
闇のなかでぎゅっと手足を縮め、小さく凝固した無機物へと変化しながら、詩乃の魂はひたすら暖かい光のなかで笑っている自分の姿を追い求めた。  
だぶっとしたトレーナーに腕が引っ掛かり、挙手するように右腕が伸びた。支えなくトレーナーが引き抜かれると、あっという間にタンクトップ姿になっていた。  
床にわだかまる冬夜の冷気が、詩乃の六畳間でこぽこぽと音を立てる加湿器が発生させる暖気と混じり合う。タンクトップにショートパンツというラフな格好の詩乃には肌寒いはずだが、何も感じない。  
シノンである時に身に着けていたような、機能素材じみた光沢を持つ小面積の下着はつけてはいない。それどころか、詩乃はフルダイブ前にブラジャーを部屋の隅のカゴに放っていた。  
恭二はタンクトップの上から、今度は確かな手つきで腹部を撫でさすってくる。  
さっきまで目の前の少年の思い通りにさせず、また刺激せずに時間を引き伸ばそうとしていたのが自分だとは思えなかった。  
今までの行為が嘘のように、詩乃は茫然と宙を見据える。そこには笑う自分や穏やかだった恭二、シノンを救ってくれた黒髪の剣士の姿が浮かんでいた。  
腹部から手のひらが徐々に上に登ってくる。年相応に膨らんだ胸にちりっとした熱が走り詩乃が僅かに反応を見せると、恭二が下劣な笑みを浮かべて囁いてくる。  
「朝田さん……僕の、僕だけの朝田さん」  
熱に浮かされたように陶然とした声を漏らす少年を、詩乃はガラスを隔てたところから眺めていた。右耳下のかさついた指の感触や、さすられる胸の嫌悪感は感じるものの、自分がされているとは思わなかった。  
詩乃は自分を殺して、男に押し倒された少女を俯瞰していた。  
タンクトップはいつしか捲り上げられ、膨らみが晒されていた。恭二のささくれ立った指が直に胸に触れても、詩乃は表情を失ったまま微動だにしない。  
跨られた太ももの上で、何か硬いものがむくむくと大きくなっていくのが分かった。恭二が興奮で勃起しているのだろう。  
しかし詩乃はそれを嫌とも思わなかった。もはや何もかもがどうでもよく感じられたし、ならば恭二の好きなようにさせてやればいいと諦観していた。  
恭二の手つきがより露骨になってくる。手のひらで包み込むようにして胸を揉んでは、乳首を親指と人差し指でつまんでくる。奇妙圧迫感に、詩乃は思わず目を瞑る。  
瞼の裏には昨日から今日までに起きた、信じられないような出来事の数々が映し出されている。  
GGOでキリトと出会ったところから始まり、アンタッチャブルゲームでの光景、BoB予選での屈辱、死銃のこと――。  
めくるめく出来事に翻弄されながらも、詩乃はキリトと共に立ち向かったことで達成感を味わっていた。初めて一緒にいて安堵を憶え、膝に頭まで載せたことは、今までにはなかったことだ。  
耳を塞ぎたくなることもあった半面、言い知れぬ喜びを感じたことも否めない。  
そんな気が遠くなるような時間をかけた果てがこれだと言うのか。  
沈殿していた意識が、ふわっと浮き上がってくるのを感じる。ゆらゆらと水面で揺れる光の粒が、だんだんと大きな出口のように面積を大きくしていく。  
冷たく冷え切っていた指にほのかに灯りだした炎が、氷を溶かしていくように詩乃のしこりを取り除いていく。ぽっかりと開いていた胸の穴が、GGOでのことで満たされる。  
 
詩乃は目を見開いて、屹然と胸元に顔を埋める恭二の身体の下に腕を潜り込ませると、突っ張るように腕を伸ばした。  
微かに重みが遠ざかったものの、シノンであるならまだしも、現実の詩乃の力では痩せぎすとはいえ男の子である恭二をリフティングするのは容易ではなかった。  
突然の抵抗に恭二は無意識で、詩乃の頭の横の注射器を手繰り寄せた。冷たい氷のような先端が首筋に当てられるが、詩乃は首を動かしてそれを避けた。  
シーツに注射器が突き刺さった瞬間を逃さずに、詩乃は左手で注射器のシリンダーを強く握って、同時に右手で恭二の顎に掌底を喰らわせた。  
蛙の潰れたような声を発して恭二は仰け反った。詩乃は何度も右手を突き出しながら、必死に注射器を奪い取ろうとする。だが、利き手で注射器を握る恭二と、滑りやすい部分を握る詩乃とでは、綱引きに有利と不利が画然と表れていた。  
体勢を整えた恭二が右手を強引に引っ張りながら左手を振り回すと、その拳が詩乃の右肩をしたたか打ちつけた。  
左手から注射器がずるりと抜けると同時に、詩乃はベッドの頭側から転がり落ちて、背中をライティングデスクに衝突させた。はずみで抽斗が一つ抜け落ち、中身を床に撒き散らす。  
「なんで……?」  
突き上げられた顎を押さえながら、恭二が信じられないといった眼差しを向けてくる。息を詰まらせた詩乃は喘ぎつつ顔を恭二と向き合わせる。  
「なんでこんなことするの……? 朝田さんには、僕しかいないのに。解ってあげられるのは、僕だけなのに……ずっと、見守ってあげたのに…………」  
その言葉を聞いて、詩乃は思い当たる節があった。  
数日前の遠藤たちの襲撃から恭二が助けてくれたのは、偶然ではなかったのだ。詩乃の後を付け回して、GGOにログインしてシノンを迎えていたのだ。  
有り体に言ってしまえば、ストーカー。  
「新川くん……」張り付く唇を持ち上げ、詩乃は言った。「……辛いことばっかりだったけど……それでも、私、この世界が好き。これからは、もっと好きになれると思う。だから……君と一緒には、行けない」  
立ち上がりざまに床に突いた右手に、硬いひやりとしたものが触れた。瞬時にそれが何であるのかを察し、手探りでグリップを握って、詩乃はゆっくりと重いハンドガンの銃口を恭二に向けた。  
現実世界の詩乃の恐怖の象徴、シノン誕生の所以、GGOの縮図――モデルガン《プロキオンSL》。  
意識せずとも、詩乃の見る景色ががらりと急変していく。  
郵便局のリノリウムの床、観葉植物。  
目の前のベッドで膝立ちになった恭二は、一度も去ることのなかった幻影に呑み込まれて、あの日の男に変貌した。右手に握った注射器は、旧式の自動拳銃へと容貌を変える。  
そして詩乃の握るモデルガンもまた、忌まわしき諸悪の根源――黒星に様変わりする。  
どうしようもない寒気に、全身の毛という毛が立ちあがっていく。嫌だ、もう見たくない。今すぐ、ここから逃げ出したい。でも逃げてもどうにもならない。  
精神を揺るがせるアンチノミーが、板挟みのように詩乃の身体を釘付ける。  
詩乃は軋むほどに歯を食いしばって、親指で銃のハンマーを起こした。構えられたプロキオンSLを凝視しながら後退る恭二は、怯んで瞬きを繰り返し、開いた唇から掠れた声を流す。  
「……何のつもりなの、朝田さん。それは……それは、モデルガンじゃないか。そんなもので、僕を、止められると思うの?」  
「これはもうモデルガンじゃない。トリガーを引けば実弾が出て、君を殺す」  
恭二に照準を合わせたまま、じりじりと足を動かし、床を横切ってキッチンへと向かおうとしたのだが。  
「朝田さんが……僕を…………殺す?」  
恭二の愉快そうな声音に、背中を冷たい汗が伝った。歪んだ笑みに口角を引き攣らせている顔を、詩乃は惧れのこもった瞳で怪訝そうに見た。  
「そっか…………朝田さん、まだ銃に拒否反応が出ちゃうんだね」労わるような、憐れむような、悄気た声で恭二が続ける。「シノンとしてGGOで強くなっても……意味がなかったんだ」  
違う、意味はあった! 詩乃はそう叫ぼうとした。しかし、恭二は遮るように機先を制していく。  
「朝田さん、その銃を見ることもままならなかったんだね……。モデルガンだって、言ったよね僕。ザスカーから送られてくるモデルガンは、弾が込められてないんだよ?」  
モデルガンとは言え冷静な佇まいを崩さない恭二に、詩乃は絶句した。  
 
いくらGGOで《ウルティマラティオヘカートU》を巧みに操っても、現実世界で握るグリップの冷たさや銃の重さには耐えることが出来なかった。たまらずに脚から力が抜けて、眩暈がするからだ。  
PTSDに対するプレイセラピーに似た克服方法を取ったまま、しかし詩乃は壁を突き破ることが叶わないでいた。  
詩乃を戒めていたアンチノミーは恭二に取り払われて、両足にこめていた力がアースのように抜けていくのを感じる。  
「ほら、僕他のプレイヤーの家に侵入したりして、モデルガンも検分したんだよ。いやーでも、精巧な造りは見事だよね、弾の入ってない銃は価値もないと思うけど」  
泰然自若とした足取りで恭二が近づいてきて、銃を構えたまま震える詩乃を卵を羽毛の奥深くで護るようにそっと抱いた。人肌の暖かさに、詩乃はあっと声を漏らし、銃を取り落とした。  
ふたたび目の前が真っ暗な闇に彩られていく。  
詩乃は精一杯の力で恭二の胸に腕を押し当てて退けさせようとするのだが、青ざめた顔で視線を泳がせている状態では、満足な力はこれっぽっちも発揮されない。  
強く手首を掴まれると身体を翻されて、ベッドの縁を背もたれに上半身をシーツに押し付けられる。今度は手首をがっちりと掴まれていて、自由なのは投げ出された脚だけだ。  
しかし詩乃はもう抵抗するだけの気力を持っていなかった。  
恭二の顔がぐっと近くなる。息が顔にかかって、その唇が控えめに詩乃に当てられる。すぐに離れたかと思うと、やにわに激しい口づけをしてきた。  
貪るように舌が蠢き、唾液を絡め取りながら詩乃の口腔を動き回る。荒い息で鼻腔と口腔が満たされ、情熱的な音が、加湿器の音だけがこぽこぽと鳴る室内に響く。  
糸を引いて舌が口から抜かれると、恭二が興奮していることが手に取るように分かった。  
顔が首元に埋まると、そつなく舌を這わせ始める。首筋に宛がわれた舌の熱さが通り過ぎると、唾液に濡れたところに恭二の息がかかり一瞬で寒々しいものになる。  
隈なく舐めようとしているのか、もぞもぞと耳の下で動く恭二の髪の毛がくすぐったかった。  
恭二が掴んでいた手首を片手に任せると、空いた左手で詩乃のタンクトップを頭から抜いた。  
剥き出された女性の象徴に恭二がむしゃぶりつく。縦横無尽に動く舌が乳首を捉えると、ころころと転がされる。ぴりっとした感覚に詩乃は顔を顰めて下唇を噛む。  
ただただ不快な刺激だった。唾液の饐えた匂いが身体中から立ち上っていて鼻もちならないにも拘わらず、視界に入る銃のおかげで、詩乃は竦むばかりで抵抗さえ出来ない。  
呆然と天井を仰ぐ詩乃の身体がどんどん自分のものでないような錯覚に襲われる。  
意識的にこれは現実の詩乃ではなく、虚構でのアンリアルなデータの産物なのだと思い込む。私じゃない、私じゃないと呪詛のように言い聞かせた。  
恭二の手がショートパンツに伸びると、男らしからぬ器用さでボタンとファスナーを外し、尻の下に手を入れて引っこ抜く。  
下着があらわになると、初めて見る異性のリアルの下着に興奮しているのか、恭二が音を立てて唾を呑み込んだ。だらりと投げ出された脚を広げられると、まっさきに下着の上から触れてきた。  
自分でだって見ない場所を、同級生の異性の男子に凝視され、あまつさえ触れられているという状況に、詩乃は恐怖を禁じ得なかった。  
下半身を弄ってくる指の感触はたどたどしいが、どこが女性的な感度を帯びているのかは知っているらしかった。男の子なのだから、ネットで見たエッチなビデオなどから得た知識だろう。  
手つきは不器用なくせに、一丁前に下着に指を擦りつける恭二を浅ましいと思った。  
厭わしい刺激に顔を歪め、軋むほど歯を噛み締めながら耐える。銃を握ったことの拒絶反応か、身体が痺れたように動かないのだ。電磁スタン弾を撃ち込まれたみたいに。  
ごわごわとした布の感触を押し付けると、恭二は下着に手をかけてそれもショートパンツと同じ要領で引き抜いた。最後の砦を崩されても、詩乃の身体は嫌悪に粟立つのに力が入らなかった。  
「はあ……はあ…………朝田さん……僕の朝田さんの、身体」  
鼻息荒く恭二がぼつぼつと呟くと、やにわに手首を強い力で引っ張られ、身体を起こされる。手首を両手に掴まれ床に押さえつけられると、脚を広げて身体を折り曲げた格好になる。  
 
恭二は腹這いになると、詩乃の脚の間に顔を潜り込ませた。露出した性器に恭二の息がぶつかり、ぞっとしない。  
「こんな匂いなんだ……朝田さんの」愉悦のこもった笑顔を浮かべながら、恭二がまざまざしく言ってくる。「なんか、ちょっと濡れてる……?」  
恭二に調子に乗ったようにくすりと笑われ、詩乃の苛立ちが募る。  
浅はかな男だと思った。生理的な反射を、鬼の首をあたかも自分が討ち取ったように調子づく男は、ろくでなしだ。だがそのろくでなしにいいようにされているのも事実だった。  
恭二はひとしきり女性器を観察し、躊躇いがちに舌を這わせた。詩乃は反射的に脚を閉じようとしたが、恭二がそれを許さなかった。  
「っ……! そ、そんなとこ舐めないで……汚い…………」  
か細い声で詩乃が告げるも、恭二はその声と反応に増長する。  
割れ目に僅かに舌が入り込み、押し付けられるように舐め上げられる。唾液の水気と吐息の熱気が、感じたことのない刺激を下半身に与えてくる。  
「んぅッ…………ゃぁ」  
さすがに手を振り上げようとするのだが、痺れがまだ身体を縛りつけていて、おまけに押さえつけられているので叶わない。腰を引こうにも、パイプベッドが邪魔して下がれない。  
ぴちゃぴちゃと淫靡な音をわざとらしく立てながら恭二が舐めると、詩乃としてはどうしようもなく辱められてしまう。顔が紅潮し、耳にこびりつく水の弾ける音が、蚊の羽音のように不愉快だ。  
舌がめちゃくちゃに動き回り、その熱狂さに身体の体温があがっていく。舌先が割れ目の少し上――クリトリスを探り当てると、詩乃のなかで何かが小さく弾けた。  
「あッ…………!!」  
腰から電気が走り、あっという間に頭から抜けていった。太ももが間欠的に内側にビクン、と痙攣していた。  
「朝田さん……ここが気持ちイイんだ」  
「ち、違っ――」  
詩乃が間髪容れずに否定しようとするのだが、恭二はそれを遮るように舌を忙しなく動かし始める。  
ぷっくりとソレが膨らむのを恭二は見逃さなかった。口を窄めて萌芽を唇で挟むと、甘く食みながら舌先で乱暴に刺激した。  
「――んああぁッ……!」  
電撃的な刺激が下から上へ走り抜けていく。雷が天から地へ落ちるのに対し、蕾が刺激されると文字通り天にも昇りそうだった。  
執拗にクリトリスを舐る恭二の息が割れ目にかかると、ひくひくとそこが疼くのを感じる。お尻を生温かい液体が伝うのが分かったが、詩乃はそれが恭二の唾液であることを切に願っていた。  
ふやけるくらいに舐め回されて、そのまま恭二は性器全体を口で覆うと、不意に強く啜りだした。  
「うああああッ!?」  
まるで内臓が出ていってしまいそうな感覚に溺れかけた。バイブレーターのように唇が振動しながら吸われると、全体が刺激されて生気まで吸われてしまいそうだ。  
「じゅるるッ……じゅぶっぶぶっ――」  
「あっあっアッ――」  
強く吸われ、舌先がむやみやたらに性器に触れるたび、詩乃はおとがいを仰のかせた。顔がかくかくとあかべこのように上下するのを、恭二が見上げてくる。  
最後に舌がブルドーザーの排土板のように下から上へ昇ると、唾液を零さない配慮からか、詩乃の愛液もろとも丹念に舐め取った。  
「ッ――…………」  
早く離れてと念じる詩乃のなかでは、舌が外されるまでが何十分のようにも感じられた。やっと解放されて、詩乃は我知らずに止めていた呼吸を再開する。  
「はあっはあっはあっ――……はあ、はあ」  
散々に甚振られた性器がひりつく。じんじんとした痺れが性器を起点に身体に広がっていくようだった。  
「朝田さん……すごく可愛い。僕の舌で感じてくれるなんて、光栄だな」  
前後を忘れて夢中になっているのか、恭二の眼差しは狂気的な色を湛えている。その瞳の奥には、性的衝動ともいうべき嵐が巻き起こっていた。  
卒然と恭二は立ち上がると、右手を詩乃から離した。左手は依然として掴まれたまま、宙に持ち上げられる。あまりの力強さに、詩乃は戦慄した。この細い腕のどこにこんな力があるというのか。  
左手首を万力のような強さで締め付けられ、詩乃は痛みに恭二の指を一本ずつ外そうとするのだが、なかなかうまくいかない。  
恭二は右手で荒々しくベルトを緩め、ジーンズを脱ぐ。発情期の犬のように息を吐きながら、ボアつきのミリタリージャケットも脱ぎ捨てていく。目の前にある黒いボクサーパンツは切り立つ崖のように峻嶮だ。  
 
「はあはあはあっ、朝田さん朝田さんアサダサン」  
狂ったように歪んだ笑みをこぼしながら、恭二が握ったままの詩乃の左手を股間に導いた。  
「い、嫌……」  
さきの口唇刺激による余韻で、詩乃の口は震える声しか発せない。心臓が激しく脈動して、息が詰まりそうなのだ。  
詩乃の手のひらが、暖かくて硬いものに触れた。恭二が手をパンツに引き付けると手のひらに温気が伝わり、その先にあるものが一瞬震えた。  
「!」  
男の持つ膨らみに、詩乃は竦然となって手を引っ込めようとするのだが、恭二の膂力で足が空を踏むばかりだ。  
「ああ……!! 朝田さんが僕のものを……」  
不気味にくつくつと笑いながら、恭二は身震いしている。  
細い太ももに浮かぶ筋肉は、痩身ながらも男のそれだった。骨ばったすねにも毛深いというほどではない毛が生えている。  
恭二は手を一段と股間に押し付け、空いた手で詩乃の無造作なショートヘアを掴んだ。  
「あっ……?」  
髪を引っ張られる痛みに声を漏らしてしまう。恭二は詩乃の頭を太ももにくっつける。ちょうど詩乃の眼前に、むわっとした匂いを放つ男のものが広がる。  
「……う…………」  
詩乃は顔に難色を浮かべるが、対する恭二はまるで薬をきめた常習者のように幸喜に満ちていた。  
「や……やだ」詩乃は目をきつく絞って、視界から穢らわしい一物を追い出す。「新川くん……やめて…………」  
「どうして……朝田さんは僕のものなのに……!」  
恭二は猛り立つと、中腰になって上から詩乃の顔に股間を押し付けてくる。  
「んッ……!!」  
顔を襲うおぞましい感触に、遠藤にピストルのジェスチャーを向けられた時のように、胃が収縮する。  
マーキングするように男根を擦り付けてくる恭二が頭を解放すると、その手でボクサーパンツを素早く脱いでいく。声も出ぬ間に、詩乃の鼻先に露出した男の性器が突き付けられる。  
初めて生で見る男のものは、グロテスクで毒々しいナリをしていた。赤黒く屹立するものは詩乃の顔の半分ほどの長さもあるし、先っぽに穿たれた穴からは室内灯に光る液体が玉のように覗いていた。  
「あ……あ…………」  
しかしその形状は、詩乃のなかにわだかまる色濃い記憶を引っ張りだす。  
真っ直ぐに伸びたフォルムは――銃身のように見えてしまう。その先でぶら下がる二つの玉が、なぜだか拳銃のグリップに重なってしまう。  
詩乃は五四式・黒星をそこに見ていた。照準を合わせられ、いつでも発砲できるぞと言わんばかりに主張する銃口を。  
「あああああああッ!!」  
思いも寄らなかった状況に詩乃は半狂乱となって、銃口から照準を外そうともがいた。恭二の手から這這の体で逃れ、壁とパイプベッドの作る角隅で頭を抱えて蹲る。  
「違う……黒星じゃない……違う……違う…………」  
頭の奥では分かっているのだが、身体が、目が、どうしても黒々としたものを憶えている。途端に、手にこびりついた火薬が鼻を衝く激臭を放つ。手がカタカタと芯から揺れる。  
発砲音が鼓膜を突き抜けて脳を揺るがした。詩乃は歯の根が合わぬままに、おずおずと顔を上げた。  
プロキオンSLを基本的なアイソセレス・スタンスで構えた恭二と目が合った。焦点を失ってぐらぐらと揺れる視界のなかで、黒い穴のような瞳が浮かんでいた。  
それはあらゆる暗がりに身を潜めて、いついかなる時も詩乃を撃ち殺す機会をうかがっていたあの男の目だ。  
詩乃はたまらずに金切り声を上げた。歯をカタカタと鳴らし、目尻に涙を浮かべる。黒い銃口が自分を捉えている。撃たれる、殺される!  
「ほら、現実なんてクソ喰らえだよ。所詮こんなもんさ。……ねえ、朝田さん、そう思わない? そう思うでしょ?」  
カチリと撃鉄を起こし、恭二がモデルガンに暴虐という名の幻想の弾をこめる。  
「僕たちには次があるんだ……ねえ、一緒に行こうよ次に」恭二はだらりと銃を持った手を下ろし、ふたたび詩乃の頭を掴んで股間に寄せ付けた。「ほら、口開けて舌出して」  
 
左こめかみに銃口が押し当てられる。それだけでも、詩乃に口を開かせるのには十分すぎる仕打ちだった。狐疑逡巡する間もない。  
瞼を下ろし、恐る恐る口を開けて、舌を伸ばす。舌の先に何かが押し当てられる。  
「こっち見てよ、朝田さん」  
ぐりぐりと銃が動く。詩乃は逆らうこともできずに、目を開けて恭二を見た。見るからに恍惚そうな笑みを湛えていて、命令を加えてくる。  
「手で握って」  
顎で詩乃の手持無沙汰の手を示す。そろそろと恭二のそそり立つものを握る。その上から恭二が詩乃の手を覆い、上下に揺すりだした。こうやれということか。  
詩乃は何も考えられない頭で、その動きを真似る。皮のようなものが伸縮し、手の動きに引っ付いてくる。  
頭の横にある拳銃のせいで、GGOで培った反骨精神が音を立てて瓦解していくのを肌身で感じた。  
「ああっ――朝田さんが僕のものをしごいてる…………!」鼻の穴を膨らませながら恭二が嬉々として言う。「朝田さん……っ! 朝田さん……っ!」  
急に頭を強く掴まれたかと思うと、恭二が股間の雄々しいものを詩乃の口に入れようと腰を突き出してきた。咄嗟のことで口を閉じることもできず、あっさりと口腔にペニスが突き立てられる。  
「ンッ……!? ンんンんん――――」  
やにわに舌で押し返そうとするのだが、そうすると恭二が快哉を叫び、ますます気を良くしたのか、ペニスを出し入れしてくる。  
「んぶっ――おえっげほっごほッッ!!」  
喉の奥まで入り込んでくる一物に、詩乃は苦悶の表情に顔を歪める。男臭い汁が舌や内頬にこびりつくのが気色悪く、吐き気を催す。  
詩乃は両手で恭二の太ももを掴むことで、苦しみに耐えている。爪を立てて力一杯掴んでいるのに、蛙の面へ水をかけているようなものだった。  
「あ〜……いい、いいよ朝田さん」  
頭を揺すり動かして、より深くペニスを咥えこませようとする。喉の奥に棒がぶつかるたびに、口から情けないくぐもった声が漏れていく。  
上下の唇の間を往復するペニスは太く硬く、舌を掠めて抽出されると何とも言えない男の味が口に広がり、どうしたって噎せてしまう。溢れる唾液を嚥下することも出来ず、口角から唾液がこぼれて口元を汚す。  
恭二が口からペニスを引き抜くと、中腰になって詩乃の耳元で囁いた。  
「朝田さん……苦しくされたくはないでしょ? だったら、さ…………朝田さんから舐めてきてよ」  
想像を絶する提案に、閉口する。自分からあんなものを舐めるだなんて、冗談でもやりたくなかった。その思いを見透かしたように、恭二が眉間に銃口を向ける。  
そうされるともう、詩乃はお手上げだった。  
「うん、偉いよ朝田さん」恭二が白々しく言い、詩乃の頭を犬をあやすように撫でた。「じゃ、よろしく」  
言うが早いか、恭二は詩乃と入れ替わるようにパイプベッド側に立ち、そのまま腰を下ろした。詩乃の背後はベッドの縁からライティングデスクになった。  
恭二が座って脚を広げる。詩乃は直視できずに、部屋のあちこちに視線を彷徨わせる。目に入ったのは、左側の壁にある姿見だった。一糸纏わぬ姿で恭二の前に跪く自分を見て、泣きたい衝動に駆られた。  
……私、何やってるんだろう…………こんなことして……させられて。  
恭二は銃口を詩乃から外さずに、監視するように一挙手一投足を眺めてくる。逃げ場なんてなかった。逃げ切るだけの余裕もなかった。  
詩乃は目尻に玉のように浮かんだ涙を、瞼を下ろすことで流した。そのまま恭二の膝を割って間に入ると、中心で天を衝くように聳え立つ男の象徴に手を伸ばす。  
手のひらに生温かなものが収まり、不規則なリズムで脈動している。  
「……どうすれば?」  
無機質な冷たい声音を意識し、おそらく王座の貫録で自分を見下ろして下劣な笑みを浮かべている恭二に訊ねる。  
「舐めてよ」  
「…………どういう風によ」苦々しい気持ちに胸が痛くなった。  
「ソフトクリームを舐めるように、下から上へ」  
あくまでも強要されているといった風に、詩乃が悔しげな表情で恭二の股座に顔を埋める。不快な匂いが鼻を衝くのが抜き難い。舌をあかんべーの意味を込めて伸ばし、這わせる。  
舌に広がる何ともいえない味に身体が強張る。舌触りは不快極まりないもので、とてもじゃないが人間が舐めるものではない。それでも、恭二はさきの行為に味を占めたためか、強要してくる。  
詩乃はいっそう顔を歪めつつ、下から上へと顔を動かす。先端から液体が垂れてきて、舌を汚す。その味を自覚せずに意識から追い出す。まずいことに変わりはないのだ。  
 
諦めに近い溜息を漏らしながら詩乃は嫌々舌を動かす。膝に置いた両手から、恭二が快楽に身震いしているのが伝わってきて殊更憎たらしかった。  
どす黒い感情が湧き出すのに、心のどこかで新川恭二をいまだに信じている自分がいる。こんなことを平気でする人じゃないと、半ば本気で思ってさえいた。  
自分のなかに潜む二面性の意識が、恭二への擁護や悪罵を雨後の筍のように表出してくる。  
「あー…………朝田さん…………咥えて」  
詩乃は天使と悪魔の喧嘩を心に抑え込んで、小さく口を開くと恭二のものの先端を含んだ。  
「…………」  
口を使っているから、どうすればいいのかを目線で訊ねる。上目遣いで恭二を見上げると、多幸感に細められた二つの瞳が自分を見下ろしていた。  
「あ、ちょっと待って」恭二が腰だめの姿勢でライティングデスクに、拳銃を構えていない方の手を伸ばした。戻された手には、詩乃の淡い水色をしたセルフレームの眼鏡が掴まれていた。  
片手で器用に展開させると、ブリッジを押して詩乃の顔にかけさせた。  
「うん、やっぱり朝田さんには眼鏡がないと」  
値踏みするような目つきに詩乃は目を伏せた。恭二のなかの朝田詩乃像は固定観念のように腰を据えているらしい。いわく、拳銃で人を撃ったことのある女の子、眼鏡をかけてる女の子――  
「とりあえず、咥えたまま頭を上下に動かして。手でしごいてたみたいに」  
自分の理想を相手にまで強要する現実離れした思考回路が、死銃事件を起こさせたのだろうか。いや、現実はおろか虚構からも乖離してしまったいま、恭二の精神はどこにあるのだろう?  
取り留めもない思考に頭を使っていると、詩乃の後頭部にそっと手が当てられる。早く咥えろという催促だ。もともと私の意見なんてお構いなしなのだ。  
詩乃はゆっくりと自己主張の激しい塊を呑み込んでいく。太さと長さに憂き潮に立つ思いだ。むわっとした臭味に涙がこぼれる。その涙を呑んで、ようやく口が一杯になった。  
気乗りしないが、さきの手の動きを瞼の裏に浮かべ、口での再現を試みる。顎の引き上げを繰り返すと、どうにかそれらしくなったと思えたが。  
「違うよ朝田さん。もっと、頭全体を動かせて」  
四の五の言えば要求ばかり。一瞬、思い切り噛みついてやろうかと考えたが、今も目を開ければ視界にちらつく銃を意識すると、すぐに伝法な気勢が萎んでいく。  
頭を持ち上げ、ペニスが口から出そうな所ですとんと落とす。恭二の膝に手を突いて、腕も使って顔を上下に動かしていく。  
「っうう…………いい、気持ち、いいよ朝田さん」  
何も恭二のためにしているのではなかったから、勝手に喜んでいる声を聞くと心外だった。しかし切除できない脅威を放置したままでは、逆らうことすらままならず、従順に命令に従うしかなかった。  
詩乃は頭を上下に揺すって、口全体で恭二のものに、不本意ながら性的な刺激を与えていく。動くたびに眼鏡が跳ね上がるものだから、むしろ外した方がやりやすいくらいだ。  
「朝田さん……舌も使って」  
野放図に指図してくる恭二に嫌味を言ってやりたくなった。  
しぶしぶ、詩乃は極力使うまいとしていた舌をペニスに宛がった。唇と舌の与える刺激が如何ほどのものかは詩乃には知る由もないが、肩に置いてくる手の震えから推し量れば、多分に極楽なのだろう。  
舌の剣は命を絶つとはよく言うが、言葉を失っては舌鋒など丸みを帯びた錆でしかない。思いつく限りの罵詈雑言を浴びせてやりたかったのに、口は見当違いな行為に使われている。  
意に沿わぬことを根気よく続けたり、自分を押し殺して辛抱に徹することにも限度がある。  
恭二は命令を湯水のように溢れさせ、詩乃に次から次へと飲み干させようとする。飲んでも飲んでも、強引に口に流し込まれては、いささか我慢に堪えない。  
「……ぷぁ…………いい加減に、してよ…………」  
息を求めて肩を大きく上下させ、呼吸を整えようとする。顎を開きっ放しだったからか、耳のすぐ下あたりが倦怠感に包まれていた。ズレた眼鏡の位置も直さぬままに、恭二に食ってかかる。  
「私は……、新川くんの…………げほっ……オモチャじゃ………………ない」  
毅然と睨み上げたはいいが、視線をぶつけられた恭二は飄々とした態度を崩さず、皮肉めいた口調で当然のように言いのけた。  
「何言ってるのさ、朝田さん。朝田さんはもう僕のものじゃないか」  
言うや否や、いつからだろうか、恭二は左手に持った携帯電話のパネルを操作し、その解像度の高い画面を詩乃に向けてきた。画面の中では、自分が恭二の一物を熱心に咥えこんでいる動画が映し出されていた。  
 
「こんな好色めいた自分を見ても、そう言えるのかな? 朝田さんは」  
「……なんて…………卑劣な」詩乃は眼鏡の奥の瞳をぎらつかせ、キッと眼前の男を睨みつける。「こんなことして……させて…………何が楽しいわけ? 何がしたいわけ?」  
「女の子が僕の慰みものにされてるなんて、それだけで天にも昇る気持ちだよ。ましてや、憧れの朝田さんが…………こんな…………やらしいこと、してるなんて」  
積もり積もった不満と怒りが飽和点を超え、詩乃の肩がわなわなと震え始める。  
「新川くん…………目を醒ましてよ…………こんなの…………君じゃない、よ……。まだ、今ならやり直せる。私だって、許せるかもしれないから……だから…………」  
訥々と詩乃が心の裡を吐露していく。こんな行為を強要されてなお、詩乃の恭二への信頼はヒビが所々を走っているものの健在だった。  
「……なんだ、朝田さん…………」恭二が沈鬱な表情を浮かべたのも束の間、おもむろに嘲りの色を滲ませた。「そんな……そんなつまらないこと、気にしてたんだ」  
ゆらりと立ち上がった恭二の目はファナティックで、雫も心が動いた様子は感じられなかった。  
「朝田さんは僕の憧れだよ…………カッコいいし、クールだし。でも、僕のものだ。朝田さんのおっぱいも口も、髪もマ○コも何もかもが――僕だけのものだ」  
毀誉褒貶相半ばの言い様に、詩乃は開いた口が塞がらなかった。同じ人間とは思えないほど、恭二が興奮のあまり口走った言葉の一つ一つは理外の理だった。  
これがあの怯懦な新川恭二だとはにわかには信じられなかった。引きも切らずに、恭二が何かに取り憑かれたかのようにうわ言を並べていく。  
「朝田さんは僕だけを見てくれてればいいんだよ。きちんと僕が次の舞台に案内してあげるから……」恭二がベッドの脇から、サクシニルコリンの入った注射器を摘まみ上げた。  
恭二が詩乃の右手に回り込んで退路を塞ぐと、じりじりと注射器の先端を首筋目がけて伸ばしてくる。詩乃は激情と悲歎を綯い交ぜにしたような複雑な表情を浮かべた。  
腰を低く浮かせて悪漢の魔手から逃れようとするのだが、恭二はそれぞれの手に銃と注射器を握っていて臆病風に吹かれてしまう。  
今恭二をむやみに刺激すれば、少年はためらうことなく注射器を押し当てて液体を注入するだろう。最初から勝つことが設定されていない、まさにアンタッチャブルゲームに他ならない。  
詩乃は肩を薙ぎ打たれ、右肩からベッドに倒れ込んだ。すかさずに恭二が跨ってきて、手を凶器もろともシーツに押し付ける。腹部に感じる重みに呻き声を上げる。  
「朝田さんはじっとしていればいいんだよ……すぐ、終わるから…………」  
ぐいぐいとベッドの足側に押しやられ、恭二が後ろへ膝行する。腰が下がったのを見て、詩乃は恭二が何の行為に及ぶのかを悟り、声を張り上げた。  
「嫌ッ!! 新川くん、やめてッ――!」  
詩乃はじたばたと恭二の胸の下で暴れるも、圧し掛かってくる男の体重を押しのける程の力は、もともと現実の詩乃には備わっていない。これが仮想空間なら話は違ったろうが。  
「大丈夫、朝田さんは僕と一つになるんだ……一つに…………一つに」  
腰を低めて尻を突き出すような姿勢を取ると、恭二は猛々しいものを詩乃の穢れを知らない秘所に宛がう。  
「嫌……嫌ああああ!!」  
泣き喚きながら必死の思いで抵抗をするが、腕は押さえつけられ、脚は空を蹴り上げるばかりで、てんで効果がない。詩乃の制止を振り切って、恭二は断行する。  
膣が押し拡げられて、その大きさに合わせてペニスがゆっくりと自分の中に入ってくるのを感じた。  
圧倒的な無力感に苛まれて、詩乃は歯噛みして涙を流す。喉は嗄れんばかりに喚き声を上げ、手足は空しく宙空を掴み、蹴り上げる。  
じわじわと潜り込んでくる一物は太く、とても入るとは思えない大きさだ。純然たる恐怖が詩乃の身体を侵食して、徐々に精神までをも蝕んでゆく。  
「もう、少しで……」  
恭二が腰を引いたり押し当ててきたりすると、少しずつ奥まで硬い杭が打ち込まれてくる。裂けるような痛みと生理的な嫌悪感がとぐろを巻き、詩乃を押しつぶそうとする。  
一瞬、恭二の動きが止んだかと思ったのも束の間、一気に締め付けが強引に拡げられて、ずっしりと重たい衝撃が詩乃の全身を貫いた。息をするのもままならないほどの刺衝だった。  
 
「ぜ、全部入ったよ、朝田さん」  
「ッ――――…………」  
嬉々として報告してこなくても、肌身で感じていた。形のない絶望が胸に渦巻いて行き場もなく停滞していた。おそらく、この竜巻は一生涯自分のなかを吹き荒れ、凄惨な状態にしていくだろう。  
身体が消え入りそうな喪失感を身を以って知ると、あれほどまでに駆られていた激情が雲散霧消していき、手足からは力が一挙に抜けていった。肉体的にも精神的にも、土足で踏み躙られてしまった。  
恭二がそんな詩乃を憐れむような目で見下ろしてくる。呆然自失となった詩乃は、しかし恭二に対して冷罵する気力すら絞り出せなかった。  
初めのうちは遠慮がちに動いていた腰も、次第に波に乗るように勢いを増して、恭二は陶然とした顔つきで詩乃の身体に杭を打ち込んでいく。  
「っはあ、はあ…………朝田さん、僕の朝田さん」  
詩乃は歔欷の声を上げ、恭二にされているぞっとする行為を意識しないように努める。はたして、それは不可能なことだった。  
あのグロテスクで禍々しいブツが詩乃を突き上げるたびに、頭の奥底で火花がバチバチと弾け、まざまざと恭二と交わっていることを知らしめされるのだから。  
「うっ――ぅッ…………」むせび泣く詩乃の涙を恭二は舌で舐め取った。「ッはあ…………ああ……………………」  
詩乃の喘ぎともつかない切ない声音に、恭二が逐一反応してくる。  
「朝田さんも、気持ちよく、なってよね…………僕が、して、あげるから」  
まるで罪悪感を感じていない恭二の救いようのない心胆に呆れ返った。目を覆うような行為に無理に及んでおいて、この言い様はあんまりだ。  
「ふざけ…………ないでよ…………」  
だのに、自由に動くのは口を置いて他になかった。手足は脱力しきっていて、まともに機能すらしない。  
「ふざけてなんかないよ。朝田さんは僕がちゃんと、イかせてあげるから」  
どの口がほざくのか、恭二は腰の動きをたちまち激しくし、詩乃の奥へ奥へとペニスをめり込ませてくる。突かれるごとに目の奥がチカチカと明滅して、ともすれば意識を持っていかれそうだ。  
恭二が詩乃の左肩を持ち上げるように捻らせると、側位の姿勢をとった。前側位という体位で、恭二は詩乃の左太ももに抱えるように腕を回しながら腰を振りだす。  
刺激の種類が変わって、詩乃は思わず伸吟してしまう。今まで当たってなかったところにペニスが擦れて、慣れない触感に顔をしかめた。いわゆる肯綮に当たったという奴だ。  
「ンッんんぅ――っああああ!! アッい……嫌っあああ」  
身体を横にされたまま突かれると、痛みが引いて、代わりに快楽の波が打ち寄せてくる。それは次第に高さを増して、砂浜を呑み込む勢いで嵩を増していく。  
「嫌ッ……ああっ――ッ!! お、お願い新川くん、もっもう抜いてぇッ――…………」  
眉根を寄せて必死に抗議するも、恭二にはスパイスにはなれど劇物にはならなかった。  
激甚な腰使いに翻弄されながら、快楽の波は高さを増して襲ってくる。詩乃は身体をくの字に折り曲げたり弓なりに仰け反らせたりと、やり場のない感覚を持て余していた。  
つま先から頭頂部までがぴりぴりとした痺れに覆われる。あれほどまでに感じていた慨嘆が波にさらわれて、今となっては杳として行方が知れなかった。  
「うあアッ!! ヤッ――壊れちゃう……っ!」  
詩乃が上げる嬌声は恭二にとって火種にしかならないことはわかってはいる。けれど、何かを撒かなければ頭がどうにかなってしまいそうだった。狂おしく頭を殴打してくる快感に抗う術を探るために。  
恭二に手や口での辱めを強要された時は、面従腹背の意思を持っていた。それが今はどうだろう、傍から見たら快楽に身を捩ってよがっているようにしか見えないのではないか。  
辱められ、挙句の果てに凌辱の限りを尽くされ、詩乃は口惜しさに涙を流して歯噛みする。  
艱難辛苦を経た先に、一体私は何を見るのだろう。  
「朝田さん、ほら、これ」  
シーツに右頬をつけた詩乃の眼前に、プロキオンSLが差し出される。黒々とメタリックな光沢を帯びたそれに、否応なしに身が竦んでしまう。  
「い…………や……」  
「ほら、舌出して舐めてよ、ねえ」  
拳銃の口を、詩乃の唇に押し付けてくる。今にも引鉄を引かれそうで、詩乃は熱のこもった息を吐き、そろそろと舌を銃口に触れさせた。目尻から垂れてくる涙が舌に落ち、しょっぱさにまた涙が出てくる。  
 
詩乃は銃身を、恭二のものを舐めるかのように舌で舐めた。金属の苦い味が舌に広がるが、もはやそんなことはどうでもよくなっていた。  
「はは、凄い…………何だか二人で朝田さんを犯してるみたいだ」  
詩乃の疑似フェラに、恭二が嗤い声を上げて快哉を叫ぶ。詩乃は捨て鉢になって、啜り泣きながら拳銃に奉仕する。その淫らな姿に、身を裂かれそうだったが、銃を前にして平静を保ってられなかった。  
「あふっ……ううっ、ひっく…………ちゅぷっあむ、んむ、れろ」  
詩乃を突き立てる恭二は、ますます興奮した様子で腰を振っている。心なしか、膣に収まったペニスがさきよりも膨らんでいる感じがした。  
いやでも膣は反射で収縮し、醜悪な男性器を締め付けてしまう。そこではあらゆる言葉や行動が意味を成さず。ただただ人間の本能のやり取りが交わされるだけだ。  
「ッ〜〜〜…………朝田さん、僕も、そろそろ…………」  
恭二の息遣いがいっそう荒くなると、腰のスピードも勢いを増した。掉尾の勇を奮って、恭二は欲望を全て吐き散らす気だ。  
「あっああ――だ、ダメッ!! 中は…………中には出さないでッ!!」  
声を振り絞って、詩乃が涙交じりに叫ぶ。  
「どこに!? どこに出して欲しい!?」  
「――外以外ならッ……どこでも、いいわよ…………勝手に、すればいいじゃないの!」  
詩乃はシーツをぎゅっと掴みながら、自らのなかで膨らんでいく風船が弾けるのに身構えていた。恭二は恬として、昂りに身を任せていた。  
硬く太いペニスに膣内を掻きまわされると、風船にどんどん空気が入ってくる。まるで尿意のようで、しかし画然とした隔たりを感じる。これが、恭二の言うところの『イく』の予兆なのだろうか。  
執拗に突かれた膣は、じんじんとして自分のものでないみたいだ。自分ではこんなことしないのだから、当然と言えば当然なのだが。  
「あっ――イく………………!!」  
ひときわ強くペニスを突き刺して、恭二が迅速に腰をグラインドさせて引き抜いた。  
膨れ上がった風船は弾けなかったものの、あと少し何か衝撃に見舞われれば、押し留める間もなく破裂することは目に見えていた。  
恭二はペニスをしごきながら詩乃の胸に跨ると、あろうことか顔の上に勢いよく白濁した液体を吐き出してきた。  
顔を何度も撃つしたたかな衝撃に、詩乃の風船が耐えきれずにはち切れた。顔に射精されながら、詩乃はまだ堅物が入っている感覚の残っている膣をひくつかせ、果てた。  
荒波が身体の内側から一気に細い出口を通り抜けていくような快感だった。快楽の刺激は長く長く尾を引いて、恭二が全ての精液を詩乃の顔や髪にかけ終えた後も、身体は意識とは裏腹に悦びに打ち震えていた。  
顔を埋め尽くさんばかりの精液が、強烈な異臭を放っている。眼鏡や瞼、鼻の穴や口にも容赦なくどろりとした液体が浴びせられたのが分かる。  
口角から忍び込んでくる液体を差し止めようと口をもごもごと動かせていると、口に肉感的なものが押しあてられて唇を割って入って来た。  
「朝田さんのエッチな汁で汚れちゃった…………ほら、舌使って掃除してよ」  
詩乃としては断固として拒否したかったが、身体のあちこちが気だるくまた痙攣しているため、顔を引くことすら満足にできない。このままでは二進も三進も行かないと判じ、詩乃は止むを得ず舌を這わせた。  
饐えた味が舌の味に広がり、こびりつくようにして鼻から抜けていった。まだ残っていたのか、先から精液らしき液体もまだ出てきた。  
恭二がペニスを引き抜くと、顔の上をそれが這うのを感じる。精液を肉身に塗りつけると、また口に宛がい、それを舐め取れと要求してくる。  
無理やりにペニスを口に突っ込まれ、喉の奥まで嬲られる。噎せたことで、口内に落とされた精液が喉を伝って食堂に流れていった。張り付くような粘り気が、異物感を増大させる。  
顔にかかった精液を何度も何度も舐め取らされ、それが終わると詩乃はようやく瞼を上げた。案の定、眼鏡は白濁で使い物にならなかった。わずかな隙間から、したり顔の恭二が覗いていた。  
恭二は携帯画面を詩乃に向けた。そこにはてらてらと室内灯に光る、夥しい量の精液を顔に浴びた自分が映っていた。髪にも糸を引いて、精液が垂れていた。  
 
「朝田さんは……まだ銃に対して怖がってるね。僕と一緒に、克服していこうよ。拳銃も、僕のこの銃も」  
恭二は自分の少しも衰えていない一物を指差した。  
「身体に馴染ませれば、きっと治るよね、うん、そうだ」  
言い聞かせるように勝手に呟くと、恭二は「もっと可愛がってあげるからね、僕の朝田さん――僕だけのシノン」と言い、視界から外れた。  
扉の開く音がしたが、詩乃はどこか遠くにそれを聞いたような気がする。  
すごい匂いと、喉のはりつきと、膣に残る異物感が、恭二が去った後も詩乃の心身を責め苛んだ。  
倦怠感の海に沈みかけたところで、チャイムが鳴ったが、その時には詩乃の意識は薄れ、現実の世界から乖離し始めていた。  
 
 
(終わり)  
 
 

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