桐ヶ谷直葉にとって、桐ヶ谷和人という存在は大きかった。
その事を自覚したのは、つい最近だったか、或いは初めから分かっていたのか。
避けていた数年間。そして話したくても話せなくなってしまった現在に至る迄の数カ月間。
考える時間はたくさんあった。思い知る時間もたくさんあった。
後悔する時間は無限の様に、懺悔をしたい気持ちは留まることなく。
和人と直葉の関係は兄妹である。
幼き頃は仲が良く、そして彼が眠り姫の如く目覚めなくなってしまうまでは、お互いがお互いを避けるような関係であった。
決して、兄が嫌いな訳ではなかった。そして避けたかった訳でもなかった。
それはここ数ヶ月で、この上なく思い知らされた。
眠っている兄を見る度に、心が締め付けられる思い。
変われるのならば自身が変わってあげたい程の気持ち。
これが嫌いな人間に向けられる感情ではないことぐらい、分かっている。
寧ろ、この気持は……。
「私はもう帰るけど、直葉はどうする?」
不意に声を掛けられて、直葉の意識は現実世界へと呼び戻される。
「あ……、あたしはまだ少し残ってる」
白い部屋。白いカーテン。消毒液の匂い。白いベッド。
ここは病院の一室であった。そして今、自分は母と一緒に面会をしにきている。
目の前で、静かな寝息を立てている兄を見舞う為に。
「……そう。それじゃ後はお願いね。余り気を詰めちゃ駄目よ」
母は娘と息子を見やり、薄く微笑むとそのまま母は、部屋を後にした。
静かに閉じられたドアの音を背にしながら、直葉は兄を見つめ続ける。
どんどん痩せ細っている兄。
長い間、日に当たっていない為か、肌の色も女の子のように白い。
剣道部に属している自分よりも、白い肌。
ただでさえ中性的な顔立ちをしている兄は、こうして寝ている限りは女性のようにすら思えてしまう。
その事を兄が知ったら、きっと嫌がるに違いないだろうけど。
そう思えてしまったからだろうか。
不意に思いついたのだ。
(体を拭いてあげよう。寝ていても、汗はかくわけだし)
元より、兄に対して何かをしてあげたいとは思っていた。
無論、自身がしなくても看護婦が毎日身体を拭いてあげているのは知っている。
しかし、心の何処かでそれを嫌がっている自身もいたのだ。
兄の体を、自分じゃない女性が拭くという行為に対して。
だがそれを自身が嫌がっているという事に対して、向き合おうとせず、心の奥底に隠していた。
向きあう事が、何か自身の知らない感情を自覚させてしまいそうで。
(お兄ちゃんだって、知らない看護婦よりも妹のあたしに吹いてもらった方がいいよね……?)
それは答えが返ってこないと分かっている問い掛けであった。
しかし、返事がない事を良い事に、それを了承とし直葉は早速行動を開始した。
兄の服を脱がしていく。
今の兄は、普段着を着てはいなかった。それも当然で、寝たきりでいる人間にわざわざ脱がせにくい服を着せる理由はない。
なので、病院から支給をされている簡易な服を着ている。
和服のように羽織るタイプのものであり、それを腰の紐で締めているだけのもの。
だから初めてながらも、兄の服を脱がす事は簡単だった。
するすると、兄の服は脱げていく。そして、肌が晒されていく。
日焼けをまるでしていない白い肌。
元々は筋肉があったのだろう、引き締まりつつも細くなっている腕。そして身体。
脱がしながら、徐々に肌が顕になっていく兄の姿を見ながら、直葉は自身が少し緊張している事を感じた。
(ただお兄ちゃんの身体を拭くだけ。それだけ)
心の中で、同じ言葉を反芻しながらも、直葉の動悸は高まっていく。
先程は、女性のように思えていた兄の姿。
しかし、服を脱がしていけばそこにあるのは確かに男性の体だった。
中性的な色合いが、徐々に男性側へと変わっていく。
その度に胸が高まっていく。それは背徳か、興奮なのか。
一通り兄の服を脱がし終わる。今あるのは、簡単な下着だけだ。
トクン。
簡単な下着だけ。その事実を改めて目にした時、直葉の鼓動が強く跳ね上がる。
それは最早必然だったのだろう。
直葉の視線はただ一つ残る下着だけに向けられた。
男性器を隠す、ただ一つの布。
カーテンは、閉めてある。
ドアにも鍵を掛けてある。
ここは密室だ。
監視カメラの存在も考えたが、ひと通り見てみた所、存在していない。
(ただ、お兄ちゃんの身体を吹くだけ。ただ、それだけ)
本当にそれだけであれば、ここまで用意周到に辺りを観察する必要はなかったが、その発想すら直葉の中にはもうなかった。
呼吸を整えると、直葉はコクリと喉を鳴らし、目的の物へと手を伸ばす。
そして慎重に。だが確実に。それを下ろしていく。
起きる筈もなかった、寧ろ数分前まで起きてくれる事を願っていた筈だが、今はその逆で起きないで、起きないでと心の中で祈りにも強く捧げられている。
そして、それを膝下まで下げた時、直葉は恐恐と見つめたのだ。
それが隠していたものを。
(これが……お兄ちゃんの)
実際、見るのはこれが初めてではない。幼い頃、何回か見た記憶があった。
しかしながら、ここ数年間は全く目にしていない。
おずおずと手を伸ばす。最初の目的は既に思考の端へと追いやられていた。
今あるのは、単純な好奇心と、そして、それ以外の衝動的な何かであった。
初めて手に触れたモノ――男性器を、優しく包むように触ってみる。
太さは、剣道で握り慣れた竹刀の柄と同じぐらいだろうか。
ただ恐ろしく柔らかい。強く握ればそれだけで潰してしまうだろう。
そして他にも竹刀の柄と違う所は、……温かいという所だ。
その暖かさに、直葉の心が何か締め付けられるような、それでいて奥底から燃え上がるような感情が芽生えた。
(お兄ちゃん……)
心から湧いた感情、その衝動は静かに心の階段を駆け登っていく。
(……お兄ちゃん)
余りに衝動的な感情。気付けば兄を押し倒すように、兄の上に乗っていた。
何をしたいのか、何をするのか、それすら分からずただ直葉はその衝動の侭に、行動していた。
(お兄ちゃん!)
今まで抑圧されていた感情。意識をしないようにしていたそれは、抑圧されながらも確かに膨らんでいたのだ。そしてそれが今――
パンツを脱いでいた。
パンツの内側に、しっとりとした何かを感じたがそれはどうでもよかった。
空気に触れた為か、陰部がひやっとする。
だからという訳でも無いだろうが、その陰部を先ほど暖かさを感じた場所へと。
ゆっくりと導いていく。
――くちょり。
何かが触れ合った。温かい何かが、自身の陰部へと触れる。
柔らかいそれは、柔らかいながらも自己主張をするように、陰部の割れ目を分け、挟まるように収まった。
自身が何をしているのか、直葉は分かっていなかった。
否、分かってはいた。だが、分かろうとしていなかった。
そして、理性は、自身の衝動的な何かに抑えつけられるように制圧されていく。
――兄に何かをしてあげたい。
触れ合った二つの性器は、くちゅくちゅと音を立てて擦りあっていく。
――兄の体を自分以外の誰かが触れるのは嫌だ。
一つの性器は、相手がその気になってなくても受け入れてしまいそうな程に、濡れていた。
――お兄ちゃん、あたしは。
そしてもう一つの性器は、気のせいだろうか。僅かに硬くなってきていた。
そんな筈は無いと、学者は言うだろうか。生理現象であっても起き得ないと。
彼の体に起きる感覚は、実際、彼の脳には届かないのだから。
しかし、事実、彼の体は反応しつつあったのだ。
――貴方が、好き。
腰を振る。淫らな行為だ。剣道で鍛えた体。こういう行動自体は初めてだが、体の使い方は熟知している。どう動けば、自分の性器が、彼の性器を擦る事が出来るのか。考えた通りに、自身の体は動いてくれる。そして、同時にその動いた回答として快楽を、自分に返してくれる。
兄の性器が徐々に硬くなっているのは分かっていた。
それが彼の状況を考えるに異常な事なのだという事は考えていなかった。
それよりも自身の行動に対して、彼が返してくれているこの反応がとても愛おしかった。
手を握っても、握り返してくれる訳ではなかった。
胸を叩いても、それを止めてくれる訳でもなかった。
あたしの行動に、お兄ちゃんは全く何も返してくれなかった。
それが兄のせいでない事は分かっている。
拒絶でないと、分かっている。それでも。
それでも、悔しかったのだ。悲しかったのだ。
だから、今、自分の行為に関して、彼が反応をしてくれているという事に、大きな喜びを感じている。自身が動く。彼が反応をする。自身が擦りつける度に、彼の脈動が強くなる。彼が反応してくれている。その事だけで、もう彼女を縛るものはなかった。
そこに兄弟の一線なんて、考える余地もなかった。
気付けば、否、自覚的に。
彼女は、彼のソレに手を添えて、自身のソレへと、導く。
動いて、下ろして、挿されて、抜いて。
痛みは当然あった。だがそれが何だと言うだろう。
彼が、数ヶ月振りに反応した行動に、勝る感情など等ない。
痛みなんて、この喜びに比べれば。
「お…にぃ…、ちゃ、んっ…!」
彼の脈動を、自分の中に感じる。暖かい、いや熱い。
これが、兄の。
締め付ける。離さないように。せっかくの反応を、逃さないように。
締め付けながら、体を上下に動かす。
彼の表情に全く変化は見られない。
だが、少し汗をかいているようだ。
仄かに香り立つ兄の匂い。
それを嗅ぐように彼の首元に顔を押し付ける。
腰を動かしながら。
彼のモノを咥え込みながら。
荒い息遣い。抑えつけようとして堪えられない嗚咽。
ギシギシと軋む音。それらが静かなこの部屋を彩っていく。
求める様に、上に乗る影が、下にある影を登っていく。
そして、ただ一つ、静かな音がこの部屋に広がった。
甘く切ないような、口付けの音が――。