第二十二層のログハウス。俺は客間のテーブルに積まれている、何かのパッケージを見て俺は素直に疑問を口にした。  
「なに、それ」  
「なにって、ポッキーだけど」  
 ソファーに腰かけたアスナがそう答える。その彼女が手に持っているのは確かに棒状の、おなじみのチョコレート菓子だ。  
 でもなんでポッキー?と顔に疑問がでていたのか、アスナが続けて言った。  
「ポッキーとALOのコラボ企画だって。これ一箱で抽選一回。特賞がマジックアクセサリ」  
「へえ……」  
 なるほど、と思う。古今東西のMMORPGでこの手の企画は別段目新しいものじゃない。  
 参加の企業はいくらかの広告費をはらって、MMORPGを運営している企業に依頼を持ちかけ(場合によっては逆もある)、お互いに利益があればコラボ企画として成立する。  
 その企画の成果物としてALO内にこのポッキーが出現した、というわけだ。  
 ……世界観があっているかどうかは別として。  
「ほら、キリト君も手伝って。一つパッケージをあけたら、それを消化するまで抽選に応募できないんだもん」  
「げ……」  
 改めて長方形のポッキーの箱をみる。さらに、すでに消化されたポッキーの箱も見てみる。  
 まだ未開封なポッキーの箱と開封済みのポッキーの箱の総対比は、ざっと百対一というところか。  
「――けっこう買い込んだな」  
 とはいえ、他のMMORPGのコラボ企画で同じように製品を買いあさり、レアアイテムをなんとか手に入れようとしたことがある俺はそれ以上なにも言えなかった。  
 その時は実物のお菓子を購入し応募券を入手。  
 ネットで応募券のナンバーを入力して抽選。  
 さらにアイテム入手という、なかなかに前時代的なコラボ企画だったのでお菓子が大量に余ったのにもかかわらず、結局レアアイテムは手に入らなかった。  
 しかも、無計画に買い漁ったため、お菓子を消費するのに約半年かかった。しばらく見るのも嫌だった。  
 その時の苦い思い出のせいで、この手のコラボ企画(お菓子系)にはそれ以来手を出していなかったのだが――。  
 そろそろリベンジの時かもしれない。  
 俺は無言でアスナの向かいのソファーに腰掛けると、ポッキーの箱を一つつかみ、ぴりぴりと外箱を開け、内袋を引き出す。  
 内袋の切れ込みを指で開けつつ、パックされた棒状のお菓子をつまんで、口に入れた。チョコレートの部分が甘い。  
「ん、ありがと」  
 アスナが言った。そしてしゃく、しゃく、と実に小気味のよくポッキーを食べる。  
 俺はそれを見て一言、つい余計なことを言った。  
「太るよ」  
「ぶっ――太りません!!」  
 アスナが水色の髪を揺らして言った。  
 
――しかし、平和なのはこの時までだった。  
 
「……でないなー」  
「……でないねー」  
 口の中の甘ったるさをアスナが淹れてくれたコーヒーでごまかしながら、砕いたポッキーを流し込む。さすがに甘みがきつくなってきた。  
 どうやらアスナも同じような状況のようだ。パッケージの消化率が明らかにダウンしてきている。  
 でも出ない。  
 パッケージを空にするたび、システムウィンドウを操作し抽選をおこなっているのだが、当たるのは明らかにハズレ感の強いアイテムばかりだ。  
 各種ポーションとか、あるいは低価格のアクセサリとか。  
 でも出るか、出ないかの確立論であればもしかしたら次のパッケージを空にして、その抽選でレアが出るかもしれない。  
 その可能性に希望を見てここまでやってきたものの、こうも徒労感が強いとぼちぼち気力が減衰してくる。  
 そういえば、完全なリアルラック依存のアイテムをすんなり手に入れることができた記憶は、片手で数えるほどしかないのを思い出してうんざりとする。  
「ちなみにキリト君がハマったコラボ企画ってなんだったの? その時のお菓子はどうやって消化しきったの?」  
 いったん、手に持っていたポッキーを内袋に戻しながらアスナが言った。  
 俺は記憶の奥深くに封印した記憶を思い出す。苦い、というよりも辛い思い出。  
「うまい棒めんたいこ味、確か全部で四百本――うえっ」  
 うっ、と舌先が凍りつく。甘ったるくてしかたのない口内に、あの油にまみれためんたいこ味が一瞬だけよみがえり、あわてて苦みの利いたコーヒーを口に含んで味覚をリセット。  
「よんひゃっぽん……」  
 アスナがあっけにとられているが、その本人が購入したポッキーのパッケージもその半分くらいはあるのだから、結局のところ五十歩百歩だ。  
「参考になるかわからないけど、途中からさすがに味に飽きてきてさ。マヨネーズとか醤油とか、たまにラー油とかふりかけとか、味を変えないとやってられなくなった。最後はごなごなに砕いて、ふりかけをかけたご飯の上に振りかけてたよ」  
「そこまで行くと壮絶な戦いね……」  
「最後はもう本気で嫌になって直葉の部屋に無言で百本くらい置いてきた。次の日に直葉が泣きながら突き返してきたけど、俺は応じなかった」  
 いま考えるとひどい事をしたものだ。  
 本格的に口の中の甘みがつらい。ブラックのコーヒーすら舌の上にのったチョコレートの糖分で十分に甘ったるい。  
 アスナもポッキーを口に含まず指先でもてあそんでいる。  
「んー、食べ合わせで味を変えるっていうのはいいアイデアだと思うけど」  
「けど現時点で考えられる最良の組み合わせって、コーヒーだと、俺は思う」  
「だよね……。あ、じゃあ食べ方を工夫するっていうのはどう?」  
 
 そう言いながら、ポッキーをちょうど真ん中で折って俺に片方を差し出す。  
「はい、あーん」  
「あ――、ちょっと待てアスナ。せめてチョコのついてないほうを」  
「あーん」  
「ん、ぐ……」  
 SAOの新婚時代を思い出すそのしぐさについつい、差し出されたポッキーをくわえる。  
 釈然としないものを感じながらも、しゃくしゃくとおとなしくポッキーを食べていると、アスナはあまったもう一本を自分で食べ、さらにもう一本ポッキーを追って俺に差し出す。  
「はい、あーんっ」  
「……だから、そっちの……」  
「あーんっ♪」  
「……あーん」  
 仕方なく、はむっとポッキーにパクつく。  
 アスナは残った、すこしだけチョコレートの残っていないほうを口に放り込む。  
 しゃくしゃく。  
「アスナ……そろそろさ」  
「うん。はい、あーん♪」  
「……あーん」  
 アスナがあまりにも面白そうにポッキーを差し出すので、俺もつい食べてしまう。  
 しゃくしゃく。  
「たしか……なんか別の甘ったるさがあっていいけどさ」  
「うん。食べ方一つでこんなに食べやすくなるなんて……。はい、あーん♪」  
「……そろそろ、そっちのチョコのついてないほうをください」  
「だめー。なんだか食べるときのキリト君かわいいんだもん。ほら、キリト君、あーん♪」  
「……あーん」  
 ふたたび、ポッキーにパクつく。そしてしゃく、しゃく。  
 アスナはどこか穏やかな微笑をうかべ、自分の手元にのこるポッキーを唇にくわえる。  
 俺は――そこを強襲した。  
「はむ――!?」  
 アスナが目を丸くする。  
 俺はいま発揮できるありったけの速さでアスナの顔に接近。まだアスナの口に含まれていないポッキーのチョコのない部分を素早く自分の口の中に放り込み、前歯で折る。ぽきん。舌にチョコが一片も乗っていないクッキーのような味を感じ、勝利を確信する。  
 心の中でガッツポーズ。  
 そして何事もなかったかのように、ソファーにもどる。  
 そしてしゃく、しゃく。  
 アスナは目をぱちぱちと、何度か目を瞬いたあと、どういうわけか悔しそうに唇を尖らせた。  
 俺はポッキーをしゃくしゃくとしながら、わざと片頬を笑みに変える。  
「……キリト君。なんのつもり?」  
「や、そろそろチョコがついていないがほしくって。それにこれだと効率下がってないか?」  
「じゃあなにかいい考えあるの?」  
「……あるには、ある」  
 俺は持っていた内袋からポッキーを一本取り出すと、アスナにチョコ付きのほうを突きつける。  
「ポッキーで勝負、どうでしょうか?」  
「へっ……?」  
 アスナのけげんな顔をよそに俺はゲームの説明をはじめた。  
 
 
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  
 
 ポッキーの両端を二人でくわえる。  
 上半身をテーブルの上に乗り出してポッキーを口にしているから、はたから見たらかなり間の抜けた状態に違いない。  
 最初にじゃんけんで決めた通り、俺が最初にポッキーを一口噛む。  
 しゃく。ほんの数ミリだけ短くして、アスナにターンを譲った。  
「んっ……はむっ」  
 しゃく、とアスナが一かみして、またもポッキーは小さくなる。これでいいの? と目線で聞いてくる。  
 しゃく、と俺は一かみして答える。またほんの少し距離が縮まる。  
 ルールは簡単で、先にポッキーから口を離したほうが負け。ものは試しとアスナを挑発してみたら、見事に乗っかってくれた。  
 アスナにターンを譲って待機する。するとアスナはほんの少し迷った後、  
「はむっ」  
 と、しっかりとポッキーを口に含む。さきほどよりほんの少しだけ量が多めだ。その分ポッキーは短くなるものの、それも戦略だろう。  
「んっ……はむっ……んっ」  
「んっ……んっ……」  
 当たり前だが口がふさがっているせいで、呼吸はしづらい。どこか悩ましげに聞こえるアスナの吐息にどぎまぎしながら、慎重にポッキーを削っていく。  
 しゃく、と一かみすると相手にもその感触が伝わる。アスナはそのタイミングを見計らって、しゃく、と一かみする。  
 アスナの吐息すら感じる距離で、ポッキーがじわじわに短くなっていった。  
「んっ……んっ……」  
「はむっ、んっ……はぅ……」  
 しゃく、しゃく、しゃく。  
 あんまり多く口に含みすぎると、今度は自分を追い込むことになる。  
 しゃく、と俺の一かみが終わる。  
 長さはあと1センチもないが、俺もアスナもポッキーをくわえたまま離さない。  
「……」  
「……」  
 無言で見つめあう。  
 そこで俺は心の中で失策を思い知った。  
 このゲーム、お互いが親しすぎると意味がない――!  
 だって別にキスしても大丈夫だもの――!  
 俺の動揺を見てとったのか、アスナの目がけげんそうに細められる。どうやらまだアスナは気がついていないらしい。  
 その状態でアスナはもう一かみして、ポッキーを短くした。  
 しゃく。  
「――!」  
 唇と唇の間は五ミリもない。どうやっても次のタイミングで唇が触れ合う。  
 もう――もういいや。  
 
 そもそもゲームとして成立していないんだから、このゲームはイーブンだ。と心のなかで決めた俺は、手をそろそろと動かしはじめる。  
 ソードスキルが使いやすいようにする配慮なのだろうが、アスナの着ているチュニックには袖がない。そのむき出しの両肩にふれる。  
「っ――!?」  
 アスナの動揺がポッキーを通して伝わる。でも俺は手をとめない。彼女の肩をなでる。そのまま二の腕にふれてゆっくりと指を上下させた。  
「んっ――ふぅ――!?」  
 このままポッキーから口を離してくれれば万歳なのだが、アスナは涙目になりながらもそれに耐えきった。  
 ふと、アスナの目に慌てふためいているのとは違う感情が浮かぶのがみえた。  
 澄みきった泉のようなクリアブルーの瞳に俺の目が映っていた。  
「んっ――ん――」  
 すると今度はアスナが俺の肩に触れて、ぎゅっ、と服をつかんでくる。  
 俺の言葉にならない訴えをアスナはたしかに聞き届けてくれた。  
 俺はアスナの肩をつかむ手にほんの少しだけ力を加えて、テーブルに片膝を乗せた。膝を乗せた影響でソーサーに乗ったコーヒーカップが、かちん、と音を立てる。  
 そのままほんの少し口を開けて、アスナがくわえるポッキーとさらに深くくわえ込もうとし、あわよくば彼女ごと食べてしまおうと画策したところで――。  
 ばぁんっ!  
「パパ! ママ! ただいまですっ!」  
「「――!!」  
 リズのところに行っていたはずのユイが、扉をうちこわすような勢いで帰還した。  
 どちらともなく、ポッキーを前歯で割って、あわてて立ち上がる。  
 幸い、ユイは手にもっている何らかのアイテムに夢中だったらしく、不審丸出しの俺たちには気がついてない。  
「見てください、ママ! これ抽選で当たったレアアイテム……あれ、パパ、ママ?」  
 あわててしゃく、しゃく、ポッキーを飲み込む。それでも口の中がごもごもしてしかたなく、ほぼ同じタイミングでコーヒーを飲みくだす。  
 かつん、とコーヒーカップを戻すところまで完全に動きを同調させ、やっと一息つけた。  
「こほん――。ユイちゃん。もうすこしゆっくり扉を開けようね」  
「はい。ごめんなさい、ママ」  
 アスナの注意にしゅん、とうなだれるユイ。本当にいい子だ。ふと、ユイの持っているアイテムに目が行った。  
 涙滴型のペンダントとそれから、いまテーブルの上に積まれているポッキーのパッケージを小さな体いっぱいに抱えている。  
 いやな予感、とまではいかないけれども、この数時間を徒労に帰す出来事が今後待っているような気がして、恐る恐る聞いてみた。  
「ユイ……そのアイテムって」  
「はい。リズさんに、その、ポッキーを買ってもらって、そうしたら抽選でもらえました。ママにプレゼントです!」  
「は――はは」  
 俺とアスナは一気に脱力して、ソファーに座りこんだ。  
 わけのわかっていないユイだけ、困惑顔でホバリングを続けていた。  
 
 

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