寝ずの番、というのが果たして宗派を超えて存在するのかはわからなかった。
ただ、お通夜の席で決して仲のよくなかった祖父の棺を一晩をかけて見守ったのは覚えている。
なかなか泣きやまない直葉の隣で、棺の上に置かれた魔除けの懐剣をじっと眺め続けていたのを、俺はユウキが旅立った日に唐突に思い出した。
人並みはすくなかった。
俺はユウキが形見に残した剣を片手に、初めて彼女とデュエルを行った――昼間に彼女を送ったその場所に訪れていた。
剣を突き刺そうとして失敗する。破壊不能オブジェクトです、という表示が視界の端に表示されるまで、俺は石畳の地面が非破壊オブジェクトであることを忘れていた。仕方がなく、剣を鞘に納めて地面に置いた。
剣から離れて、俺は近くの木に背を寄せ、しばらく腕を組んでいた。
でも気がつくと視線がずるずると下がっていた。
足にまったく力が入らなかった。俺は木に背をあずけたまま、俺はあぐらをかいてユウキの剣を見守った。
――俺が剣を手放してから、三百秒が経過した。
放置状態となった剣の所有者属性が解除されたころだろう。
このまま所有者が決定されず、放置されればそのうち消えてしまう。
形見として保存する、という手もあったかもしれない。だけどユウキ以外にあの剣の所有者は考えられなかったし、<<絶剣>>はアスナにオリジナル・ソードスキルを、この世界で生き抜いた証拠を残していた。
剣をユウキに送ってやろう思いついたのは、俺の魂の何割かが<<黒の剣士>>であるからだろう。
ユウキとの剣士の誇りをかけた戦いを得た今、俺はすんなりとそう考えることができた。桐ヶ谷和人という人間の核に、<<黒の剣士>>は確かに存在している。
夜の町のBGMと虫の翅歌を聞きながら、しばらく剣を眺め続けていた。
ふと俺の隣に誰かが立った。
数値的ステータスでは表せない暖かさ、親しさを持つ優しい空気。それだけで誰だかわかった。
すっと、衣擦れの音がし、アスナは俺の隣にすわり込んだようだった。背を丸める俺の肩に、ことん、と頭をのせてくる。
視界の端に水色の髪が映ったが、俺は視線をユウキの剣からはなさなかった。
アスナはなにも言わない。ただただ肩をよせてくる。温い体温が肩越しにつたわってくる。
気がつくと、口が動いていた。
「――もっと言いたいことがあったんだ」
ふれあえる体温。そして、二度とふれあえない無邪気な体温を思い出した瞬間、ユウキに言いたかった言葉が止めどなくあふれてきた。目頭が熱い。
「剣士として決着をつけたかった――。ありがとうって言うべきだったのに……な」
こらえきれずにしゃくりあげる。あとはもう吐き出すように言ってしまった。
「もっと――、言うことがあったはずなんだ――。アスナのことは、みんなのことは心配、いらないって、自分から言うべきだったのに」
涙が頬を伝い流れるのを感じた。きっと人間は後悔をする生き物なのだ。
剣が月の光に溶けていく。ポリゴンが月へ登って行くように、消えていった。
以上です。