(略
「キリト君! 私よ! 開けるわね! いまリファレンスを見ていたら,救済手段が―
―!」
(略
意外にもかわいらしい悲鳴が響きわたる。
トランクス一枚で就寝に入ろうとしいたキリトを極力目にしないようにしつつ、先ほ
どリファレンスマニュアルに表記されていた方法を促す。
「そ、そうか! 俺もうっかりしてたな!」
叫び、キリトが手慣れた動作で<<コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタ
イズ>>を実行する。
どさどさどさ、と最寄りの床にできあがったアイテムの山にアスナは近づいた。
――どうしてこんなに下着が少ないのかしら、ブリーフとトランクスと――ブーメラ
ンパ(略
間に合って良かった……と思いつつ、アスナはまだキリトを直視できない。仮の身体だ
とはいえ、目の前には半裸の男性がいるのだ。顔に血が集まるのを感じつつ、思わずかす
れた声でこう言ってしまった。
「……あなたの奥さんになる人は幸せかもしれない
わね。洗濯や手入れの手間がラクでいいわ」
「……」
<<アニール・ブレード+6>>を胸にかき抱き、キリトはバツ悪そうに頬をひっかいてい
た。
――――
――それがまさか、キリトくんの服を作ることになるなんて……ね。
第二十二層のプレイヤーホーム。燃える暖炉の前でアスナは自然と頭に浮かんだ述懐に、
思わず口元をほころばせた。
裁縫スキルの派生で、この手の布衣類は作成することとができる。
元となる布アイテムと作成したいオブジェクトの雛形を選択し、後は規定回数分、針を
とおすだけの簡単な作業ではあるが、その針を通す動作一つ一つにアスナは心魂を傾けて
いた。
料理とおなじくかなり簡略化されている裁縫の衣類作成ではあるが、ずっとずっと一緒
にいたいと思える彼のためにアスナは一生懸命、針仕事に精を出す。
裁縫レベルがあがれば「アイアンミシン」なるミシンで衣服作成がおこなえる。
しかしアスナは針仕事の動作に言いようのない幸福感を得ていた。
だれかの為に行う作業がこんなに楽しく、終わるのが切ないものであることをアスナは
知らなかった。針仕事が終わりに近づくと、アインクラッドの雲海に沈む夕日を眺めてい
る時のようにきゅっ、と胸が切なくさざめく。
ああ、終わっちゃうんだ――と。
やがて布のアイテムが成功のエフェクトを発生させ、アイテムが実体化する。
まだ裁縫スキルはそれほど高くないため、できはそれなりだ。しかし針に込めた愛情は
必ず成功率に補正がかかるはずだと、とアスナは確信している――そもそも、キリトの身
につけるものを作成するのに、一手順でも手を抜きたくない、のも理由の一つではあるが。
「ん……できた……かな?」
アスナは針と糸をそばのソーイングセットに格納しつつ、変化を待った。
オレンジ色のエフェクトが腕の中でゆるやかにはじけて、布地のアイテムができあがる。
出現した現実世界ではほとんど目にしなかったアイテム――男性用のトランクスに目を細
める。
心にしんしんと染み込む感動が目頭を熱くする。名前のかわりにフェルト印字した<<二
刀流>>の文字が、涙でよく読みとれなかった。
今日からこれがキリトを守るのだと切ない感傷と熱い達成感を胸に――
アスナは、ほわんほわん笑いながらキリトの下着を抱きしめた。
――――
アスナは寒い、寒いとキリトのベッドに滑り込んだ。アスナ一人分のスペースを空けて
待っていたキリトの横に身体を横たえる。上はキャミソール、下はショーツという格好な
ので、トランクス一枚で横になるキリトの体温を即座に感じる。
アスナは抱きしめられるまま、そろそろとキリトの背に腕をまわした。
深いキスをかわしながらお互いの肌に手のひらで触れていく。アスナは最後に昼間に作
ったトランクスをスナッチアームして……。
キリトをぺろぺろ、した。