「……いただきます」  
 いままでレザーグローブに包まれていた五本の白い指先が、ぶっくりとした質感のそれ  
を捕まえる。陶器できている、と言われても全く違和感のない白くて美しい指先が、ソレ  
の表皮に埋まり沈み込む。「んっ?」とアスナが小首を傾げた。  
「ん……ちょっと硬い……かも」  
 触感覚が予想していたものと違ったのだろう。柔らかいものの再現を苦手とするシステ  
ム制約で、現実のモノよりガチガチになっているはずのソレの表皮を、アスナは確かめる  
ように指先でつまびき、ようやく納得したのか、ソレに清楚な唇を寄せていく。  
 そしてはしばみ色の目にわずかな戸惑いが浮かんだ。  
「これ……どうすればいいの? 普通は、どうするの……?」  
「ど、どうすればいいの……って」  
 『良家のおじょうさまー』を素で行くアスナにそう言われ、俺は少々困惑した。そもそ  
もソレを口にしたことがないのではないか、という結論に至ったがしかし、コミュニケー  
ションスキルの修行を怠っていた俺は、「あ、アスナの好きにすれば、いいと思う。アス  
ナがしたいように、しなよ……」とアドバイスだかなんだかわからない、少なくとも気の  
利いてない回答をキラー気味に放り投げる。しかしアスナは意外にも首肯を返してきた。  
「でも……うまく食べられるかしら……なんだか、こぼしてしまいそうで、怖い……」  
 アスナは眉をよせながら、ソレの外周に桜色の唇を密着させた。  
「んっ……んんっ……」  
 楚々とした唇が上品にめくりあがり――ソレをほうばっていく。徐々にソレが可憐な口  
腔へと飲み込まれていった。  
「んんっ……」  
 少々苦しげな吐息を漏らすアスナ。ややオーバーサイズ気味に口にいれてしまったらし  
い。表皮が厚いのでん、ん、とうめきながらなんとか口のなかにいれようと、それに添わ  
している指に力を――。  
 あ、やば……と思わずアスナにむかって手を伸ばそうとしたが、わずかに遅かった。  
「うにぁあ!」  
 奇声が響き渡るとほぼ同時に、びしゃぁぁぁぁ! とやや大げさな効果音をせつつ、そ  
れが白濁した粘性の液体を吹き上げた。  
「ひやああああっ、ああ……ああ……」  
 飛びあがった液体は、容赦なく細剣使いの顔に飛びかかる。液体は当たり判定の差異で  
びゅっ、びゅっ、と断続的に放射され、アスナの頬や首もと、プレートアーマーを除装し  
た胸元までをべったりと濡らしている。  
「んっ、やっ……あう……熱っ……」  
 やや陶然と――呆然とし唇から粘性の液体がゆるゆる、おとがいに向かって垂れていく。  
 泣きそうな顔になりながらも律儀に口を動かして、「んぐ……んっ……こくっ……ん  
っ」と、最初の一口ぶんを呑み込んだアスナは、か細い声で言った。  
「……中身、あったかい……もし、あなたがわざと……ソレを食べろっていったなら……  
わたし、自分を抑えていられる自信がないわ……」  
「誓って知りませんでした。ホントに、絶対、アブソリュートリィ」  
 あわててベルトポーチから小さなハンカチを出し、アスナに向かって差しだそうとした。  
が、アスナは両手を白濁液でよごしてしまっている。刹那の間迷って、俺はアスナに近づ  
いた。ハンカチを手に、驚き、目を見張るアスナの顔に手を寄せた。そのままハンカチで  
汚れエフェクトを払っていく。  
「んんっ……やっ……だめっ……」  
「ちょ、ちょっとの間我慢プリーズ……」  
 クリーム色の汚れを頬から払うと、真っ赤になった肌が見えた。そのまま唇に指を這わ  
せる。  
「ふあっ、ああ、んんんんん!!!」  
 アスナがびくんっ、と体をヒクつかせ、。そのままあふっ、あふっ、唇を震わせる。  
 ……べつにいやらしいことをしているわけではないのだが、悔しげに目をふせ、指先の  
感触にたえるアスナの顔に言いようもないなにかを感じつつ……。顔を拭き終えた俺は、  
まじごめんほんとごめんなさいを三回ほど繰り返したあと、アスナの胸元に手を向けた。  
「や、やだっ……もういや……さわっちゃだめぇ……」  
 細剣使いの弱々しい悲鳴が、部屋いっぱいに響きわたった。  
 
 その一連の間にネズハが店じまいをしてしまい、アスナとは次の日も待ち合わせの上、  
ネズハの監視をはめになってしまい、俺も、アスナも自分の内側にわき上がる若いエネ  
ルギーを発散するのに、いろいろと奔走する羽目になったが――詳細は省く。  
 

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