レベルアップを告げるファンファーレの音が響く。  
目の前に飛び出したウィンドウを見ると、  
そこにはレベルが70にあがったと記載されていた。  
 
「やった! ピナ」  
「キュルルゥ」  
 
パートナーに向かって微笑みかけると、  
あたしの胸に淡い青色をした猫ぐらいの大きさの竜……ピナが飛び込んでくる。  
ふさふさした体毛を優しくなでると、嬉しそうにピナは喉を鳴らした。  
 
「これで、キリトさんに会えるね。ピナも嬉しい?」  
「キュルゥ!」  
 
モンスター用のAIでは、当然今の言葉の意味なんて理解しているはずがないのに、  
まるで好物のナッツをあげたときのような声をあげるピナ。  
あたしは、システム的はありえないことだが、ピナに心があると信じていた。  
だから、ピナもあたしと一緒に喜んでくれているのがすごく嬉しかった。  
 
「そっか、ピナも嬉しいんだ。じゃあ、さっそくメッセを送るね」  
 
フレンド登録からキリトさんを呼び出す。それだけの動作なのに胸が高鳴っていた。  
 
★  
 
ピナを生き返らせてから、すでに二か月近くが過ぎていた。  
あの日、キリトさんの迷惑になるから、連れて行ってという言葉は必死に呑み込んだ。  
だが、あたしはキリトさんと一緒にいたい。  
そのための方法を一晩必死に考えて出した結論が……  
レベルをあげて最前線にたどり着くというものだった。  
 
しかし、それには困難が付きまとう。  
あたしの活動している場所はちょうど中級プレイヤーが多い階層だ。  
つまり人が一番集中しているということ。  
しかも、かなり調査が進んでいて、  
美味しいと言われている狩場はさらに人口密度があってまともな狩などできない。  
パーティなど組もうものなら、さらにその少ない獲物の経験値が分散される。  
最近では軍の人たちが長時間美味しい狩場を封鎖することも多々ある。  
これでは最前線に追いつくどころか引き離されるばかりだ。  
 
だから、あたしは経験値の効率をあげるためにソロで、  
人が少ない上にソロでも安全で狩れて経験値の多いモンスターが湧く狩場が必要だった。  
だが、そんな都合のいい狩場なんて簡単に見つかるわけもなく、  
フレンド登録してもらったキリトさんに相談すると……  
 
『あるよ。案内してあげる。今日会えるかな?』  
 
と心強い返事をもらった。  
その日は、キリトさんに案内してもらった狩場(やたら裏路地やら隠し通路を通ってまず気が付かない場所)で、  
二、三時間レクチャーを受けてそこにいるモンスターの行動パターンや注意点を教えてもらい、  
そのお礼に私がごはんを奢って、しばらく会話をして別れる運びとなった。  
 
「ありがとうございます。キリトさん」  
「こちらこそ楽しかったよ。シリカと一緒にいると、ほっとする」  
「そっ、そんな、キリトさん。あたしだって、その、えっと楽しかったです」  
「それじゃ、教えた狩場で3レベルあげたら、また連絡してもらえるかな」  
「また、会ってもらえるんですか!?」  
 
想定外の幸運に声が大きくなった。  
 
「もちろん。だって、そこが美味しいのって、あと3レベルぐらいだから。  
それを超えたら次の狩場を教えてあげるよ。  
 シリカの装備は、今の最前線でも通用する装備だから5レベルはマージン削れるし、  
ピナも居るから、俺の時よりずっと効率よくレベルがあがると思うよ」  
「ありがとうございます。あたしから、頼んでおいてなんですが、どうしてそこまでしてくれるんですか?」  
 
今日は会えると聞いただけで舞い上がって、キリトさんの好意に甘えてしまっていたが、  
正直なところ、キリトさんにはなんのメリットがないことで長時間拘束してしまっている。  
一度だけならまだしも、今後は定期的に迷惑をかけることになる。前は、悪い人を捕まえるって目的があったけど、  
今日は完全にあたしのためだけだ。  
 
「答えられないな」  
 
キリトさんの拒絶の言葉で、胸に冷たいものが突き刺さるのを感じる。  
 
「あの、えっと、あたし、なにか悪いことしましたか?」  
 
はじめて見たキリトさんの拒絶の態度に、嫌な想像が次々と湧き上がってくる。  
 
「ああ、したね」  
 
そこでキリトさんはむすっとした顔で押し黙る。  
あたしは、なにも言えずにただ茫然と立っているだけだった。肩が震えている。  
 
「シリカは、笑わないって言ったのに笑った」  
「えっ?」  
「はじめて、会って助けた理由を聞かれたとき、笑ったのを俺はちゃんと覚えているからな」  
 
そういってむっすとした顔を笑顔に変えるキリトさん。  
 
「意地悪」  
 
あたしは照れた顔を隠すため、そしてほんの少しの抗議の意味を込めて、ほほを膨らませてそっぽを向く。  
 
「ごめん、ごめん、シリカ。シリカの反応が面白くて、つい悪乗りしちゃったんだ。  
……理由だっけ。一つは少しでも攻略のために前線にいるメンバーを増やしたい」  
 
そう、今アインクラッドでは絶望的に攻略組の人数が減っている。  
戦死もあるが、一番多いのは、前線にいるようなプレイヤーはそれなりのコルを稼ぐことができ、  
何不自由のない生活を送ることができるからだ。  
命をかけて、この世界から抜け出すために戦うよりも、  
この世界で面白おかしく暮らしたいと思っても当たり前だ。  
 
「キリトさん。もう一つはなんですか?」  
「もう、一つは、さっき言ったように俺が楽しいからかな。一つ目はこれに比べるとおまけだ」  
 
その言葉で顔が真っ赤になる。  
感情がオーバー気味に表現されているSAOだから、キリトさんからどう見えるかは想像するだけでも怖い。  
 
「じゃあ、こんどこそ行くよ。がんばってくれよ。なるべくはやくシリカに会いたいから」  
 
「はい、あたしも、キリトさんに早く会いたいので、がんばります」  
 
「あともう一つ。絶対に、俺の指定した狩場以外では狩りをするなよ。命にかかわることだ」  
 
「はい。わかりました」  
 
この狩りのレクチャーから食事。そして近況報告は習慣となり、  
あたしがキリトさんの指定したレベルになる度に繰り返された。  
レベルをあげればデートができる。  
そんなモチベーションを得たあたしは、キリトさんが教えてくれた最高の環境で、  
ピナと身に過ぎた装備があったとはいえ、驚異的なスピードでレベル上げをこなしてきた。  
あたしと一緒にピナまでたくましくなってきている気がする。  
進化とかしないかなぁ。それこそあたしを乗せて飛べるくらいに。  
そしたら、キリトさんに一緒にこの広い空を……  
 
★  
 
ついに今日はレベル70になった。キリトさんの指定したレベル。  
メッセで、あえて簡潔な言葉を送る。  
 
『レベル70になりました。次の狩場を教えてもらえませんか?』  
 
このレベル70という数字が持つ意味は大きい。  
キリトさんが指定したレベルであると同時に無理をすれば前線に出れるレベルでもある。  
今、キリトさんのレベルは82。まだまだ差はあるのは自覚している。  
でも、それでも、キリトさんの居る階層で戦えないことはないレベルだし、  
それに危険なソロプレイを繰り返して、そこらのギルドのメンバーに負けないプレイヤースキルを身に着けた。  
多少の自惚れをさしい引いても、キリトさんとパーティを組んでもおかしくないレベルだ。  
あたしは、キリトさんに追いつくと決めたときに、もう一つ決めたことがあった。  
 
「キリトさんについていけるようになったら、  
告白して、そして一緒に連れて行ってもらえるようにお願いする!」  
 
今のあたしはついにその条件を満たした。  
 
決意に燃えている私に、メッセでキリトさんからの返事が返ってきた  
 
『おめでとう。まさかこんなに早くレベルがあがるとは思ってなかった。  
がんばったねシリカ。二時間後に、六十二層の転移ゲートに来れるかな』  
 
もちろん答えはOK。  
光のような速さで指を動かし返事をする。  
 
『もちろん。OKです。お待ちしております。それはそうと……キリトさん、赤と青どっちが好きですか?』  
『了解。青と赤? どっちかって言うと赤かな。あと、ちょっとしたサプライズを用意していくから』  
『……サプライズ? 楽しみにしてますね♪』  
 
あたしは、髪をほどき、とっておきのリボン二つから  
キリトさんの好きな赤色のリボンを選び身につけながら高鳴る鼓動を抑えた。  
さて、二時間。それまでに防具の手入れと化粧、間に合うかな。  
約束の時間まで、あたしは少しでも自分をきれいに見せるために最大限の努力をした。  
 
それにしてもサプライズか……あたしを喜ばせるためにキリトさんが。  
くすっと笑い声が漏れた。  
胸がぽかぽかする。いいな、こういう気持ち。  
 
★  
 
いつもは、待ち合わせの十分前には指定された場所に来るが、今日は最後の最後まで粘ったため一分前だった。  
荒い息を戦闘で培った技術と、根性と、乙女の意地で落ち着かせて、  
涼しい顔で、キリトさんが現れるだろう転移門に目を向ける。  
そして、薄緑色の光がともり、特徴的な黒いコートを身にまとった細身の男剣士……キリトさんが現れた。  
しかし、おかしい。まだ転移門が光っている。  
そしてキリトさんの後ろに、赤と白の騎士服をまとった少女が続いて現れた。  
初対面の人。でも、その人をあたしは知っている。  
 
なぜなら、その人はあたしなんかとはくらべものにならない有名人で、  
この世界で知らない人なんていない人だから。。  
最強ギルド……血盟騎士団。副団長。剣技そして、その容姿でSAOトップクラスと言われる”アスナ”様だ。  
偶然だと思いたい。たまたま転移が重なっただけだと。  
だって、もしこの人がキリトさんと、そういう仲だったら、そんなのどうしようもない。  
だって、何一つかなう要素なんてない。  
スラリと伸びた女性らしい発達した体。  
整った鼻梁と、強い意志を伝えながらも愛嬌を忘れない瞳。まるでシルクのように柔らかそうな髪。  
そして、なにより、”強さ”。  
必死で戦った2か月で身に着けた技量なんてアスナ様は一瞬で吹き飛ばしてしまうだろう。  
早く通り過ぎろ。祈るような気持ちになる。  
しかし、現実はそんなに甘いはずはなかった。  
 
「シリカ、紹介するよ。こいつは、アスナ。俺のパートナーだ」  
「よろしくね。シリカちゃん」  
 
アスナさんは笑顔を浮かべながら握手を求めて手を伸ばしてくる。  
私はその手をおそるおそる掴み、こちらもまけじと笑顔を浮かべて、  
 
「こちらこそ、よろしくお願いします。アスナさん。その、アスナさんみたいな有名人と知り合えて幸せです」  
「そんなに気を使わないで、たぶん、噂にかなり背びれとか尾ひれとか、いろいろついちゃっているから」  
「そうそう、アスナは、女神みたいに言われているけど、こう見えていろいろがさつで、この前なんか……」  
「キリトくん。今日は、お弁当抜きね」  
「悪い、アスナ。アスナは、完璧な女性だ。シリカくんも、アスナ様を見習いたまえ」  
「もう、キリトくんは調子がいいんだから」  
 
ぴったりと息のあった会話をする。キリトさんとアスナさん。  
会話に割り込めず二人の笑い声に合わせて愛想笑いをするしかない。温かかった心がどんどん冷えてくる。  
どんな馬鹿だって二人の様子を見せつけられればどんな関係かなんてわかる。  
この二人は恋人同士だ。  
涙が出そうになるのを必死にこらえる。  
 
「にしても、キリトくんの弟子ってこんなにかわいい女の子なんて聞いてなかったよ」  
「いや、俺はかわいいやつだと何度も言っただろ」  
 
冷や汗を垂らしながらキリトさんは必死に弁解のことばを探す。  
 
「それ、わざと別の意味に取るように言ってるわよねキリトくん」  
 
アスナさんは笑顔のままキリトさんを責める。  
怒りたいのはあたしのほうだ。  
 
「シリカちゃん。キリトくんに変なことされなかった? 剣技を教えるって言って体を触られたり。怪我したから舐めてとか」  
「アスナ、おまえは俺をそういう目で見ていたのか……」  
「いえ、そういうのは、キリトさんは優しい人ですから」  
 
そう、本当に優しい人。だけど、それと同時に。  
 
「本当かなぁ。シリカちゃん。本当に何でも言っていいからね」  
「いい加減にしろよ。アスナ。シリカはそういうのじゃない。シリカは俺にとって弟子で、妹みたいなもんだ。どこに妹に手を  
出す兄が居る」  
 
ひどく残酷でもある。せめてそのセリフは告白してから言ってほしかった。あらかじめこんなことを言われたら、  
胸に秘めたこの思いを吐き出すことすらできない。永遠にこの気持ちは胸で燻るしかない。  
 
「キリトくんのその目、うそは言ってないね。信じましょう。じゃあ、シリカちゃん。狩場に行きましょうか」  
 
あたしの手を引いて歩き出そうとするアスナさん。その手をなけなしのプライドが無意識に振り払ってしまった。  
空気が重くなる。  
キリトさんの表情に少し影ができた。まずいなんとかしないと。  
 
「ごっ、ごめんなさい。急だったんでびっくりしちゃって。  
その、あたし嫌とかじゃなくて、ほんと無意識に、アスナさんごめんなさい」  
 
いつもは意識して背伸びした大人の声を出すが、今は子供らしさを意識した。  
気持ちとはうらはらに本当に無邪気な子供の声だった。私は今日知った。  
心と体は切り離して動かすことができるのだと。  
 
「シリカちゃん。気にしないで、じゃあ、仕切りなおして行きましょうか。キリトくんもほら、急いで急いで」  
 
そして3人、キリトさんの案内のもと、未知の狩場に向かっていった。  
今日は地獄のように感じた。  
アスナさんの手作り弁当は信じられないほど美味しかった……こんなものあたしには絶対に作れない。  
アスナさんとキリトさんに敵の倒し方をレクチャーしてもらった……  
レベル云々よりプレイヤースキルの時点でアスナさんは私より圧倒的に上だった。  
そして、なにより、キリトさんとアスナさんのコンビネーションでの戦闘はすさまじかった。  
まるで一個の生き物のように、どこまでも自然にお互いの意図を組みとり動く。  
これ以上のパートナーなんてこの世に存在しないと、理性でも感情でも無理やり納得させられた。  
 
夕飯は、いつものようにあたしがキリトさんを奢るわけではなく。  
アスナさんの部屋に呼ばれて彼女のあつあつの手料理をふるまわれた。  
 
本当なら食後にキリトさんといろいろ話すのだが、一刻もはやくこの場から逃げ出したいという誘惑にしたがい、  
一番最初に見つけた宿にとまり、涙を流し、泣きつかれると意識を失った。  
 
★  
 
あたしが失恋した次の日。  
昨日、キリトさんに教えてもらった狩場に来ていた。  
既に、キリトさんのとなりに立つという私の目的は永遠に達成されないということはわかっている。  
だけど、ここで立ち止まったら、本当に、キリトさんとあたしに残った、最後の細い絆まで切れてしまう気がした。  
 
必死になって、右手に持ったダガーをめちゃくちゃに振り回す。  
目の前にいたゴリラ型のモンスターがポリゴンの光になって消えていく。  
 
涙がこぼれた。昨日の夜に出し切ったと思っていたのに、まだ出るのか……  
その涙をピナが舐めとった。  
 
「ありがと。ピナ。ピナはずっと一緒にいてくれるよね?」  
「キュルゥ」  
 
ピナは返事の代わりに舐めるのをやめて、自身のほほをあたしのほほに摺り寄せた。  
私はピナを両手でつかむと、やさしく胸に抱き寄せた。  
 
「ピナ。ごめんね。ちょっと苦しいけど。しばらく我慢してね」  
「キュルルゥ」  
 
今の私にとって、小さくあったかいピナの体は壊れそうな心を支える唯一の確かなぬくもりだった。  
十分はそうしていただろうか?  
やっと落ち着いた私は立ち上がり、ピナを開放し、狩りを再開した。  
ピナはプルプルと体を震わせるという猫みたいなしぐさをした。  
ピナのおかげで全力で後ろ向きだった思考が少しだけ前を向き始めた。  
 
「ピナ、たとえば、キリトさんに、一日だけ思い出をくださいなんて言い出したら、どんな顔するかな?」  
 
ほとんど思いつきで、昔読んだ少女マンガのヒロインの行動を言ってみる。  
さすがにピナには理解できないのか、首をかしげるだけだ。  
わたしは苦笑して、それもいいかなぁ、なんて思っていた。  
 
「一日だけをOKしたら、次は、やっぱりキリトさんを忘れられなくて、とか言って、ずるずる……」  
 
完全にダメ人間の思考だと思いつつも、そういう妄想は甘い。少なくとも前向きにはなってくる。  
今言った方法を実施するかは別にして、この時点で諦めるのはまだはやいといった思考ができる。  
それにあたしには、ピナがいるから辛いことがあっても、がんばれる。  
精一杯の信愛の気持ちを込めてピナのほうを向くと、信じられない光景が目に映った。  
赤い光がピナに向かって伸びていた。  
次の瞬間には、ピナに光が吸い込まれてピナのHPが瞬時にゼロになり、砕けて、羽一枚になって消えた  
キリトさんが使っていたからわかる。これは片手剣・重突撃ソードスキル  
 
「これが、わいのヴォーパルストライクやぁ」  
 
赤い光が収まると、そこには30台前半で、性格の悪そうな顔をした若干小柄の男が居た。  
そんなことはどうでもいい。ピナの心を、あれを、はやく!  
 
「ピナぁ! ピナぁ!」  
 
男の足元にあるピナの羽を拾うために、姿勢を低くすると、  
胸に、とてつもない衝撃が来て、吹き飛ばされる。  
あたしのHPが一割ぐらい減り、二回ほどバウンドしてようやく止まった。  
そしてあたしは、ピナの羽があったほうがに目を向けると、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている男と目があった。  
この男に蹴り飛ばされたのだ。  
 
「行儀の悪いお嬢ちゃんやなぁ、ワイが倒したモンスターがドロップしたんやで、これはワイのもんや。ほんま第三次ゆとり教  
 
育のせいか、おじょうちゃんみたいな子が多くて困るわ」  
 
そう言うと、男はピナの羽を拾い上げて、腰につるしているポシェットに入れようと手を伸ばす。  
あれに入れられて、ストレージ化されたら、ピナを取り戻せなくなる。  
心さえ取り戻せば生き返らせてあげられる。  
あたしは、ダガーを正眼に構えて、男に飛び掛かった。  
 
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」  
 
たとえ、オレンジになっても構わない。それよりもピナだ。あたしは絶対にピナを、友達を失いたくない。  
そのためなら! しかし……  
 
「遅いわぁ、あくびが出る。シリカはん有名やからもう少しやると思ってたんやけどな」  
 
あたしのつきだしたダガーは、男の右手の人差し指と中指で挟まれて、男を傷つけることができなかった。  
そして、男は空いた左手の裏拳であたしを吹き飛ばす。  
また、一割ほどライフが減った。  
 
そして、あたしが見ている前で、あたしのピナを、ストレージ化し、ポシェットにいれた。  
 
「ピナぁ、ピナぁ!」  
 
涙を流してピナの名前を呼ぶ。  
そんなことをしている場合ではない。前向きに取り戻すための行動をとるべきなのに、泣きじゃくるしかできなかった。  
 
「シリカはん。ちょっとうるさいなぁ。そないに、このアイテムがほしいんか? やったらものは相談や」  
 
性格の悪そうな笑みが、粘ついた、嫌らしいものに変わる。  
しかし、ピナをとり戻せるかもしれないという状況は少しだけあたしに冷静さを取り戻させた。  
 
「さっき、シリカはんほど有名って言いました。なら、あたしの二つ名、”竜使い”も知っているはず! はじめっからわかっ  
 
ていて、ピナがPOPモンスターじゃなくて、テイムモンスターだとわかってて攻撃した!」  
 
これは事故じゃない。明らかに故意の事件だ。  
しかし男の笑みはみじんも揺るがない。  
あたしは男に気づかれないようにウインドウを背後にだし、キリトさんに助けてとだけ簡潔にメッセを打ち込む。  
 
ばれないように助けを呼ぶのにはこれがぎりぎりだ。  
 
「そや、その通りや。はじめっからあんさんから、このくそ竜を奪うんが目的や」  
「なんで、そんなこと! ピナの心を奪っても。テイムモンスターの所有権はうつりません」  
「んなこと知ってるわ。このキバオウをあんま舐めんといてや」  
 
わけがわからない。だったらどうして?  
既に男……キバオウは私を二度殴ったことで、ネームタグがオレンジになっている。  
それだけのリスクを負って。あたしからピナを奪うだけなんて、そんなことありえない。  
 
「不思議そうな顔してんな。教えたるわ。シリカはん。これ持ってたら、わいのいいなりやろ」  
 
そういいながらピナの羽をオブジェクトかし、右手でひらひらと左右に降る。  
わざとらしく、おっ滑ったといいながらピナの羽を落とした振りをするなど、徹底的にあたしをからかう。  
 
「めんどくさいから。簡単にいうわ。全部脱いで、論理コード解除せえや」  
「いやぁ!」  
 
そこでやっとキバオウの目的に気が付いた。  
あたしは自分の体を抱いてうずくまる。  
 
「いやぁ! っかほんまシリカはん酷いな。ピナちゃんよりも、自分のほうが可愛いいんやね。  
ええよそれでも。可愛そうなぴなちゃん。ご主人様に見捨てられて、生き返れるはずやのに!」  
 
ピナ。大好きなピナが死んじゃう。でも、はじめてが、こんなの、いやぁ。でもピナがぁ。  
思考がぐるぐる同じところを回る。  
 
「どうしてあたしなんですか?」  
 
震える声であたしは問いかける。キリトさんがくればなんとかしてくれる。なんとか時間を稼がないと。  
キリトさんから返事が返ってきているのはわかっているが、  
メッセを開いたことを気づかれたら、何をされるか……。  
それに純粋に気になっている。  
まだあたしは、子供で、女性的な魅力にはかける。しかもある程度レベルが高く手を出しにくい。  
もっと手軽で、しかもちゃんとした女性なんていくらでもいるはず。  
 
「シリカはんは、キリトはんと仲がええやろ。  
わいはな。キリトはんのせいで、軍の副団長やったのに、追い出されて、  
いまやソロしかできへんようになったんや。  
やから、キリトはんと仲のええ奴に復讐するんや!!」  
 
「キリトさんは、いい人です! 軍を追い出されたのなら、あなたに何か理由があったはずです」  
「口応えすんなや! わいはキバオウや。わいが悪いわけないやんか!   
だいたいあいつベータ―やで、うまい狩場やボロいクエストを独り占めして  
自分たちだけ強くなって知らん振りした外道や。  
つまり、あいつらはため込んだアイテムや金や口説いた女を吐き出す義務があるわけや。  
つまりキリトはんのものは、わいのもん。わいのもんはわいのもんや」  
 
空いた口が塞がらない。  
このキバオウという男は、キリトさんに復讐心を抱きながら、  
おそらく本人には勝てないとわかっていて、仲のいい人間を狙っている。しかもその卑怯な手口をわけのわからない理由で正当  
化。  
 
「でっ、結局シリカはんは、脱ぐんか? 脱がんのか? あと三十秒以内に、  
わいの言ったとおりにせんかったら、転移結晶でどっか飛んで行って、NPCに、ピナはんを売却すんで」  
 
あたしは息をのむ。そんなことをされれば二度とピナに会えなくなる。  
捨てられたなら拾えばいいし、PCに売られたのであれば回収ができないことはない。  
でも、NPCに売却されたアイテムは消滅する。  
 
言うことを聞くしかない。それに、一つ逆襲できる考えがあった。  
あたしは装備画面を開き、すべての装備を解除する。  
さらに、設定の深いところにある、論理コードをオフにした。  
下唇をかみしめる。涙がぽろぽろとこぼれるのを我慢できなかった。  
 
「ガキや、ガキや。おもっとったけど、少しはあるやんけ。これなら十分。わいのもびんびんや」  
 
キバオウは、あたしの体を見ながらズボンを下ろす。  
キバオウのあれがそそり立ってた。  
 
「ヒッ」  
 
息をのむ。  
あれを見るのは、小学校二年生ぐらいに一緒にお父さんとお風呂に入ったのを見たとき以来だ。  
当然勃起なんてしていなかったわけだから、凶悪さは比べものにならない。  
 
「なんや、これ見るんはじめてか? 最近のガキは進んでるいうてるから、てっきり経験済みやと思ったんやけどな」  
 
下種な笑いを浮かべながらキバオウはあえてゆっくりとあたしに向かって歩いてくる。  
でも、あと少しの辛抱だ。  
キバオウのごつごつした手があたしのむき出しの肩に触れた。  
体がびっくとする。  
あまりの怖さに目をつむる。  
もう少し、もう少しで……  
 
「もう少し抵抗したらどうや。これはこれでつまらんな。じゃあ、あえて次何やるか言うたるわ。  
今からシリカはんの唇奪うわ」  
「そんなのダメ、キスは、好きな人としたいです」  
 
あたしは、目を見開いて必死に抗議した。キスは、はじめてのキスはキリトさんがいい。  
 
「なに言うてんねん。キスどころか、なにもかもやる予定や。キスぐらいでがたがた言うなや」  
 
肩に回された手に力が入る。  
キバオウの顔が、あたしの顔に近づく。  
そのとき、ついにそれが来た。  
<<警告:ハラスメントコードが発生しました。プレイヤー名:キバオウの行為を承認しますか>>  
キバオウの体がシステムによって、空間に縫い付けられたかのように一切の動きをとめ、  
あたしの目のまえに、承認ボタンと拒否のボタンが表示される。  
 
これは、女性プレイヤーが身を守るためのシステムによる防護だ。  
もし、このシステムがなければ、レベルの高いプレイヤーによる  
低レベルプレイヤーへの性的な犯罪が大量に怒っていただろう。  
 
あとは拒否のボタンさえ押せば牢屋にキバオウが転送される。  
あたしは震える手で、拒否のボタンに手を伸ばそうとした。  
 
「ええんか。わいのストレージには、ピナはんの心が入ってるんやで。それ押したら、ピナはんも一緒に牢屋行きや!」  
「えっ、そんな、うそ」  
 
言われるまで気が付かなかった。キバオウの必死の言葉によって、あたしの手がピタっと止まる。  
 
「あたりまえやろ。それにな。ただ、牢屋行くだけやないで。わいは、アナルオナニーが大好きなんや。  
牢屋いかされたら、道具ないから、ケツ穴ほじんのに、ピナはんの羽使うでぇ!   
あんさんの行動次第じゃ、ピナはんはゲームがクリアーされるまで、わいのケツ穴ほじり続けるんや。アンさんがピナはんを、  
 
わいのケツ穴奴隷にしてまうんや!」  
「ピナに意地悪しないで!」  
「わいもそんなことしたくないわ。約束する。もし、わいの言うこと聞いてくれたら、ピナはんは返したる。だから、シリカは  
ん。承認ボタンを押すんや」  
 
選択肢なんてなかった。あたしはうつろな瞳で承認ボタンを押した。  
その瞬間だった。あたしの右頬に、キボオウの拳がめり込んだ。  
ゴキっと鈍い音がして、またもや吹き飛ばされる。  
これで三度目で、体力の一割ほどを削るのも一緒。だが、一点だけ、あきらかにさっきと違うところがあった。  
 
「痛い。痛いよぅ」  
 
気が狂いそうなほどの痛みがほほに走る。  
ありえない。こんな痛み現実でも味わったことがない。  
ほほに手をあて全裸で蹲るあたしをキバオウが見下ろす。怖い。怖い。怖い。  
 
「ほんま、シリカはん、あほやね。わいがわざわざ言わんでも、ピナはんごと牢屋に行くことぐらい想像しとけや、ぼけぇ!」  
 
キバオウがあたしのおなかを蹴り飛ばす。手加減されているのか、  
HPは、さっきの半分ほどしか減らないし、派手に吹き飛びもしない。  
でも、  
 
「ひぐぅぅ」  
 
壮絶な苦痛。変な声がでて、ほほの焼けるような痛みではない。奥からの痛みが来る。  
あたしは右手でほほを、左手でおなかを抱えるという、ひどくみじめな姿を晒す。  
 
「シリカはん。しらんやろ。人間の快楽っていうのはな痛みと紙一重なんや。  
痛みを切るっていうのはな。触覚や神経からの信号をカットすることと同義や。  
そんなんで、セックスしても気持ちよくないやろ?   
やからな。論理コード解除すると、自動的に、ペインアブソーバーも切られんねん」  
 
キバオウはしゃがみ。蹲っているあたしの髪を左手でつかみ、自分の顔まで持ち上げる。  
当然。その行為にも痛みが発生する。顔と顔の距離が十センチほどしかない。恐怖がさらに倍加する。  
 
「シリカはん。今からキスするわ。舌もいれる。言うとくけど、少しでも抵抗したらもっと痛いめにあわすで。  
わいもかわいそうやと思うけど、悪い子しつけるためには仕方なんや。じゃあ、準備はええかシリカはん」  
 
優しげな表情を浮かべるが、あたしのなかは二つの感情でぐちゃぐちゃだった。  
殴られるの怖い!  
キスは嫌だ!  
殴られるの怖い!  
キスは嫌だ!  
もう、どうしていいかわかんないよ。  
 
「さっさと返事せんかい!!」  
 
優しげな表情をかなぐり捨て、空いている右手で、さっき殴った右頬と反対側をビンタされる。  
パチンと甲高い音が鳴り響く。  
 
「ああああああああああぁ」  
 
またもや新しい種類の痛み。今度はひりつくような。  
口から変な音が漏れる。  
涙が止まらない。  
いっそ狂ってしまいたい。そうすれば楽になるのに。  
もし、排せつのシステムが導入されていたら、失禁してしまっていただろう。  
 
「わいは優しいから。もう返事はせんでええ、でももし抵抗したら……そんときわ」  
「……」  
 
あたしは無言で首を何度も縦に振る。  
キバオウの顔が十センチからゼロになる。  
あたしは抵抗なんてしなかった。できるはずがなかった。  
口の中を生温かい感触……キバオウの舌が蹂躪する。  
 
気持ち悪い。臭い。  
自分の中の何かがどんどん、汚されていく感覚。  
キバオウの気が済むまで、どれだけ時間がたったのだろうか。  
永遠に感じたキスが終わり、やっとのことで解放された。  
 
「ひっく。うわぁぁぁぁぁああんん」  
 
痛みも治まったこともあり、私はぺたんと女の子座りになり、幼児のように大声で泣き叫んだ。  
ひどい、ひどいよ。こんなの。あんまりだ。  
 
「そっか、はじめてのキス。わいみたいなええ男で、そんなに嬉しいんか。そうやろシリカはん」  
「……そっ、その、とおりです」  
「そやろ。そやろ」  
 
そんなわけない。そう言いかけたが途中でやめた。  
キバオウの顔を見てしまったから。  
表面上は笑顔だが、理性を失いつつあるあたしが見てもわかるほど、底冷えしていたから。  
そう言わなければ、どんな目に合わされるか……  
 
「じゃあ、次イコか」  
「おっ、終わりじゃないんですか?」  
「あたりまえやん。全然、わい気持ちよくなってへんし。ふつうやったらフェラなんやけどな。  
けど、シリカはん頭悪そうやから、途中で歯ぁ立てられたら、あかんし。  
しゃぁないけど、いきなり本番行くか。じゃぁ、シリカはん四つん這いになってや」  
「……その、本当にするんですか」  
「あれ、シリカはん? わい言わんかったけ? 口応えしたら殴るって。  
わいは遠慮せえへんで。現実と違っていくら殴っても顔はれへんし、歪めへんから、  
萎えずに済むし、殴り放題や。まぁ、HPがんがん減ってるから死なれたら困るけど」  
 
キバオウさんは私の後頭部をつかむと地面にぐりぐりと押し付けた。  
痛みはない。あるのは屈辱と恐怖だけ。  
そして、それは警告でもある。  
 
「ごめんなさい! なんでもしますから! もう痛いのはやだぁ」  
「やったらさっさと、四つん這いにならんかい。ほんま、愚図やなぁ」  
 
体の震えが収まらない。だけど、殴られるという恐怖から、四つん這いになる。  
ちょうどキバオウにおしりを向けた格好。あの人の顔を見るのも怖いけど、見えないのも十分怖い。  
大事なところに変な感覚がした。  
 
「やっぱ初物は綺麗やなぁ」  
 
指先で広げられる感覚。  
羞恥心はわかなかった。ただ、生理的な嫌悪で全身に鳥肌が立つ。  
 
神様。ピナ。キリトさん。助けて!  
 
大好きな人たちに祈る。そんなことをしても意味ないのに。  
 
「せっせとクリーム塗って。わいって優しいな。さすが、気遣いのできる男や。  
ほんまは、濡れてないと男も痛いからなんやけどな。正直なわいって、まじでかっこええわぁ」  
 
ひんやりとした感触が何度も、わたしのなかを往復する。キバオウの言葉からして、何かを塗りたくられているのだ。  
 
「うんじゃ、まぁ、行きますわ」  
 
あたしの腰に手がかけられる。こちらからは見えないが、入口に指とは違う、変に生暖かい感触がふれた。  
圧迫感がつよくなる。ちょっとずつ中に入ってくる異物感。  
 
「固いなぁ。じゃあ、一気にいこかぁ!!」  
 
そして、それは来た。    
 
「痛いっ、痛いっ、痛い、やめて、痛いから、やめてぇええええええええええええええ」    
 
声が勝手に出た。殴られるのは嫌だからおとなしくしておこう。そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。  
あたしを襲ったのは人生で最大の痛みだった。これに比べたらさきほどの殴打なんて生ぬるい。    
あたりに響くひび割れた声。これが自分の声だとは信じられなかった。    
暴れたいのに、止めさせたいのに、そんな余裕はない。    
ただ、この痛みに耐えるので精一杯だ。    
地面を思い切りひっかく。  
 
「シリカはん、ホンマきもちええわぁ、シリカはん」    
   
あたしのあそこが裂けそうだ。    
キバオウさんのあそこが私のあそこを何度も、何度も行き来する。  
その一往復ごとに、痛みが幾重にもなる     
 
「うわあぁあああああああああああああああ」    
   
ただ、思いっきり口をあけて絶叫する。そうすれば口から少しだけでも痛みが抜ける気がする。    
あそこから、ぶちぶちぶちと、そんな音がしているとすら思える。    
 
「気持ちええよな。シリカはん。そう? 気持ちええって。わいも最高に気持ちええわ。シリカはん!!」    
 
苦痛にあえぐあたしとは裏腹に、心底気持ちよさそうにキバオウは一人、  
気持ち悪い顔をさらに歪ませて、上っ面だけの優しい言葉を吐く。    
痛みになれて余裕が出てきた。    
すると、心のほうが急激に痛み出した。    
涙がこぼれる。さっきの殴られて流した涙とは別の涙が。キスのときにも流したけど、やっぱり違う。  
 
「シリカはん。ワイと結ばれて嬉しいんやね。めっちゃわかるわ。ワイら最高のパートナーや」    
 
あたしのパートナーはピナだ。死ね。どけ。心がどんどん汚くなっていく。  
あたしはいつのまにか、あたし自身が完全な汚物になってしまったと感じていた。  
そして、恐ろしいことに気が付く。  
キバオウが腰を動かすたびにあたしのHPが減っている。  
そして、もうイエローゾーンを超えていた。  
 
「いやぁ、死んじゃう。やめて! 死んじゃう」  
「ああ、わいも死ぬ! 死ぬほど気持ちええでぇ」  
「ちがうの! ほんとに死んじゃうの、お願いだからやめて! あたし、まだ死にたくない!」  
 
HPはレッドゾーン。いやだ。そんな、こんなことで死ぬなんていやぁ。  
どうすればいい?  
この行為を終わらないと。  
そのためには……  
聞きかじりの知識で、あそこに力を入れたり抜いたりを繰り返す。  
キバオウの様子が変わる。もうすぐ終わるんだ。  
でも、助かりそうと思うのと同時に。どんな事情があるにしても、  
ついにあたしは、自分からこの行為に積極的に貢献してしまった……  
 
「あかん。いてまう。わい、いてまうわ。うっ」    
 
その言葉の後に痛みで麻痺したあたしのあそこへ、信じられないくらい気持ち悪い感触があった。    
全身の力が抜けて四つん這いになっていた体が崩れ落ちて仰向けになる。  
キバオウのあれがあたしのあそこから抜けた後に白い何かが私のあそこから流れた。  
なぜか赤色のマーブル模様が入っている。    
キバオウさんが身体を退かしても、まるで壊れた人形のように私の身体は動かなかった。  
 
「シリカ!!」  
 
ずっと聞きたかった声があたしにとどく  
そこにはキリトさんが駆けつけてきてくれていた。  
メッセを読んだキリトさんがここに来てくれたのだろう。  
でも、  
 
「遅すぎですよ。キリトさん」  
 
キリトさんの姿が視界に映る。  
そして、驚いた顔を見せた。  
ここで何が起こったか悟ったのだろう。  
もういやだ。こんなところ。見せたくない。  
それにおいうちをかけるようにキバオウがあたしの耳に言葉を放った。  
 
『わいの話に合わせんかったら、ピナはんは返さんで』  
 
あたしは少しだけ悩んだ。  
キリトさんもピナも大好きだ。  
でも、どちらかしか手に入れられないなら。あたしは……  
 
 
「なんや、キリトはん。覗かんといてくれるか」  
「覗き? ふざけるな。その子を無理やり襲っておいて」  
 
キリトさんは剣を抜いてキバオウを威嚇する。  
 
「はぁ、何言うてんねん? 論理コードの解除やら、ハラスメントコードの解除やら、  
無理やりできるわけないやん。これは合意のうえやで、なぁシリカはん」  
 
あたしはここで、確かにキリトさんとピナを天秤にかけた。そして選んだんだ。  
 
「そうです。合意のうえです。キリトさん。キバオウさんは悪くありません」  
 
ピナを。ごめんなさいキリトさん。心の中でキリトさんに謝罪する。  
 
「でも、助けてってメッセで」  
 
「それは、ちょっと、狩りで失敗して、ピンチになっちゃって、それもキバオウさんが助けてくれました。  
キリトさんごめんなさい。もう大丈夫ってメッセ打つべきでした」  
「そうか、それならよかった。キバオウさん。悪い俺の勘違いだった」  
「わかってくれたらええんや。なら、さっさとどっか言ってくれんか? これからまだまだ楽しむねん」  
「わかった。じゃあ、シリカもまた今度」  
「ええ、また今度」  
 
キリトさんが背を向ける。  
そこで、キバオウがにやりとした表情を浮かべた。  
 
「なんなら混ざってくか、キリトはん。わいはええで」  
 
キリトさんの肩がびっくとなる。そして振り向き、  
 
「いいよ。俺にそういう趣味はない」  
 
それだけ言い残して転移結晶で去って行った。  
 
「なんや、あいつ。ほんまにチンコついてんかい」  
 
キバオウは心底不満そうに声を出す。  
 
「ああ、もう萎えたは。今日はこれで終わりにしよ。ってなんやこれ、  
めっさ血ぃついとんやんけ……てか、血なんて表現されんしな。あれ、  
シリカはんのあそこにもついてる。まさか、処女の破瓜だけは血が再現されとんのか?   
SAOつくったやつはものほんの変態や!」  
 
何がおかしいのかちんこを出したままキバオウは笑い転げる。  
 
「でも、これ拭きたいなぁ、なんかあったか。……そやぁ、ええもんあるやん」  
 
そう言うと、淡い青色の羽を取りだし、それで自分のチンコを拭き始めた。  
 
「ちょっと、くすぐったけど、これはこれでありやな」  
「……ふざけるな」  
「えっ、なんて、シリカはん。聞こえへん」  
「ふざけるなぁぁぁああ」  
 
キバオウのその行為はあたしのなかの一線を完全に飛び越えた。  
あたしを縛っていた痛みへの恐怖を吹き飛ばし。完全な殺意をもって体を突き動かす。  
 
許せなかった。あたしの一番大事な友達をこんな形で馬鹿にされたことが。  
 
走りながら、イーボンダガーを取り出し。右手でつかみ全力で突き出す。  
さすがに不意打ちが効いたのか。キバオウは対応できていない。  
 
あと少しでイーボンダガーが届く、その時だった。  
 
キバオウのもっていたピナの羽が光を放った。  
その光で、あたしも、キバオウも吹き飛ばされる。  
 
あたしは吸い寄せられるようにその光に視線を向ける。  
光はしだいに竜を形どった。  
しかし、その竜は大きい。3mはありそうだ。  
光が収まる。そこに居たのは……  
 
「ピナ!」  
 
そう、顔つきは精悍になり、フォルムはより鋭角に、なによりも3m程度のサイズになったが間違いなくそれはピナだった。  
 
「ピナぁ」  
 
あたしは涙で顔をぐしゃぐしゃにしてピナに向かって走り出す。  
いつのまにかダガーはなくなっていた。だが、構わない。あんなのピナを抱きしめるのに邪魔になるだけど。  
ピナはすぐそこだ。  
 
「キュルルゥ」  
 
ピナの鳴き声。  
そして、ピナにしっぽを叩きつけられ、あたしは空を無様にまった。  
 
「ピナ?」  
 
「キュルゥ」  
 
ピナはあたしを無視してキバオウのほうを向いた、そして背中に乗るように催促する。  
えっ? これはいったいどういうこと?  
 
「わいに背中に乗れってかええやろ。でも、なんでや。ピナの心を持ってたのがわいで、  
生き返ったとき、持ち主がわいの状態やから、わいのペットになったんか?  
そや、そうに決まってる。わい、めっちゃラッキーやん」  
「そんな、嘘? 嘘だよね。ピナぁ。あたしたち、友達だよね? ねぇ、答えてよピナぁ」  
 
そんな、そんなのありえない。だって、ピナはずっとあたしと一緒にいて、ずっと友達で、大好きな、あたしの。  
 
「見苦しいでシリカはん。ピナはんはわいを選んだんや。  
おっ、なんかスキルスロットに竜騎士スキル増えてるし。これからはわいはキバオウやない。キリュウオウや!」  
 
そう言って、キバオウはピナに乗ってどこかに飛んで行った。  
 
「……なに、これ。あたしが何したっていうの?」  
 
一日で、ファーストキスも処女も初恋も、一番の友達すらも失った。  
ありえない。おかしい。こんなの狂ってる。  
 
「これからあたしは、どうすればいいの」  
 
久しぶりの一人きりに涙すら枯れ果てたあたしは、ただそこで立ち尽くした。  
 
「こんなのいやだよぉピナァァァ!」  
 
叫んでも返事がこない。この世界にこんなに冷たかったんだ。  
 
★  
 
ヒースクリフは、システムメッセージから、竜騎士スキルの所持者が現れたことを確認した。  
 
「ふむ、ついに時が来たか。まさか本当に習得するものがあらわれるとは」  
 
威厳に満ちた声をあげるヒースクリフ。  
そう、竜騎士スキルは思いつきで実装したものの、絶対に習得条件を満たせないネタスキルのはずだった。  
 
「十三歳以下の美少女指数八十(国民的美少女アイドル級)処女しか、  
テイムすることができないリザードフェドラに処女の血を与えなければならない。その条件を満たすとは」  
 
そう、百パーセントヒースクリフの趣味スキルである。  
ヒースクリフの想定では、処女大好きなリザードフェドラがテイムされ、  
バター竜オナニーで男性経験がないまま大人の階段を上った少女に与えられるはずのスキルだ。  
ゆえに、バランスなんて関係なく、ヒースクリフの処女美少女優遇でとんでもなく強力なものとなっている。  
もう、バター竜プレイが好きな処女にならむしろ殺されたい。  
 
「ふん、では、その勇者の顔を拝見しよう」  
 
愉悦がヒースクリフの表情を笑みの形にゆがめる。  
リザードフェドラはヒースクリフの趣味に合う美少女にしかなつかない。  
つまり、画面に映るのはヒースクリフのどストライク以外ありえない。  
 
「さて、どれほどのものか」  
 
生唾をのみこみ、ヒースクリフ専用スクリーンアイテムに、竜騎士スキルの所持者の姿が映るのを持つ。  
鼻歌を歌って、バター竜プレイを妄想しながらオナニーするために  
 
「はぁっ!! ざっけんな!!」  
 
そこに居たのは三十代半ばの中年だった。  
 
「よろしいならば戦争だ。最終決戦だ。私の夢を奪った男と。私でアインクラッドの命運をかけて」  
 
今、まさにアインクラッドクリアの命運をかけてのバトルが開かれようとしていた。  
アインクラッドの魔王と、本当の”竜使い”キリュウオウとの。  
 

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