店の外で回っている水車の音のリズムに合わせて、あたしはインゴットにハンマーを打ち付ける。
指定回数打ちつけると、インゴットは光を放ち形を変えていく。
「ふぅ……」
あたしは完成したツーハンドアックスのステータスを開いて依頼主の要求に沿うものであることを確認すると、
両手にはめた手袋の装備を解除し、一息ついた。
たまっていた仕事もとりあえずこれで終わり。
午前中に受けた仕事を大体片付けたあたしは、椅子に座りぐいっと身体を伸ばした。
今日はキリトもアスナも攻略は丸一日休み、
主要ギルドの責任者らと現在の最前線のフロアボス攻略についての攻略会議をしている。
終わったらここに来ると言っていたから、会議が紛糾しなければもう一、二時間もすればやってくるはずだ。
「さて……と」
この時間帯はプレイヤーたちの多くがフィールドに出かけているため来客もほとんどいない。
特にすることもないということで、読みかけだった小説を手に取り、続きを読み始めることにした。
最近発刊された、人気作家の最新作。
内容はというと攻略組の少年と職人の少女の甘いラブストーリーだ。
ストーリーはヒロインである職人の少女に攻略組の少年が仕事の依頼をするところから始まる。
攻略組として最前線で戦う少年、はじめは小生意気な彼を憎たらしく思っていた少女だが、
依頼を遂行するために彼と一緒に冒険をすることになった。
少女は冒険を通じて彼に助けられ、意外な一面を知り、だんだんと惹かれていく。
(なんだかちょっとだけ、あたしとキリトみたいよね……)
その後、少年への恋心を自覚した少女は、彼に想いを告白する。
同じく彼を想う少女の親友の存在や、二人を取り巻く環境など、
一筋縄とはいかなかったものの、少年もその想いを受け入れる。
そのままハッピーエンド、と思いきや、二人を襲う試練、危機、すれ違いの数々、
しかし、二人はそれらも乗り越え、ついに――
「あのー、すいません」
「ぎゃっ」
唐突に話しかけられ、この小説に出てくる少女であれば絶対に言わないような叫び声をあげるあたし。
驚きのあまり思わず本を投げてしまった。
熱中しすぎて気がつかなかったが、いつの間にか店にお客さんが来ていたようだ。
「えっと……い、いらっしゃいませ、リズベット武具店へようこそ」
あたしは立ち上がると上ずった声でなんとかお客さんにいつもの挨拶をする。
目の前の女性、というより少女は、あたしが落とした本を拾いあげ、こちらに向き直った。
比較的小柄なあたしよりもさらに背は低く、明らかにあたしよりも若い。
この世界で会った人の中で間違いなく一番若いであろう少女は、あたしに本を差し出すと、笑顔で言った。
「どうぞ。あの、これ、最新刊ですよね?あたしもこの人の作品凄く好きなんです。
ほら、年上の男の人に恋する羊飼いの女の子の話、読みました?」
「あぁ、ありがと。あたしはそっちはまだ読んでなくて、って――」
本を受け取りながら、少女の腕に止まったものに気がつく。
ふわふわとしたペールブルーの綿毛に包まれ、小さな体躯と同等の羽根を持った生き物。
その双眸は燃えるように赤く、大きな尾羽を誇らしげに伸ばしているそれはどう見ても――
「ドラゴン?あなた、ビーストテイマー、なの?」
「はい、この子はピナって言います。あたしの友達なんですよ」
「じゃああなたひょっとして、前に新聞に載ってた、中層のアイドルで竜使いっていう……」
「うぅ、あたし、別にアイドルなんかじゃないです……」
少女は気恥ずかしいのか、もじもじしながらかすかに頬を染める。
その仕草も面貌も、いかにも庇護欲をくすぐるというか、なんとも可愛らしい。
「あの、あたし、シリカって言います。リズベットさん、ですよね?」
これがあたしとアインクラッドの中層プレイヤーで最年少の少女、シリカとの出会いだった。
「片手短剣だと、この辺りがオススメかな」
「わぁ、いろんなサイズのものがあるんですね」
シリカと名乗った少女は肩にドラゴンを乗せたまま、武器を手にとってステータスをしていた。
あたしは、ドラゴンってエサとか食べるのかな、なんて考えながら接客をする。
「そこに展示してあるもの以外でも、オーダメイドで希望のステータスの武器を作ったりもできるよ」
「あ、でもごめんなさい。あたし、実は武器を買いにきたわけじゃなかったんです」
「え、そうなの?」
申し訳なさそうに言うシリカ。
手に持っていた武器を棚に戻すと、こちらを向き直り言いにくそうに口を開いた。
「はい。その、今日は武器の耐久値が減ってきたんで、メンテナンスをしてもらいたくて……」
「そりゃかまわないけど、そのためだけにわざわざ?行きつけの店はなかったの?」
「あの、ないわけじゃないんですけど……お店の男の人がちょっと苦手で……」
「あぁ、なるほど」
そう言われて納得する。
この世界では女性プレイヤーの割合は全体で2割ほどと言われているが、
職人や商人などに限れば女性の割合は3割を超えている。
死んだら終わりのデスゲームにおいて、女性で積極的に前線に出ているプレイヤーはどうしても少ないのだ。
しかし、鍛冶師に限れば女性の割合がかなり低いらしい。
おそらく職人になろうという女性プレイヤーの多くが、裁縫師や料理人になろうとしたからだろう。
理由は色々あるだろうが、綺麗な衣服や美味しい料理は自分でも楽しめるが、
フィールドに出ないのであれば武器は無用であるとか、
鍛冶師は専用アイテムなどが無骨であまり可愛くないといったところが敬遠された一番の理由なのではないだろうか。
だから、あたしのような女性の鍛冶師が少ない分、
実はあたしの店でも、女性の店なら安心という女性客が多かったりもする。
「それで、48層に女性の鍛冶師さんがいるって聞いて、
レベルも上がってきたのでこの層をホームにしようと思ったんですよ。
だから今日は、その、ご挨拶に……」
「そうなの?それはわざわざありがとう。そういうことなら大歓迎よ。
なんなら後でこのリンダースの特徴とかオススメのお店とかも教えてあげよっか?」
あたしの言葉にぱっとはじけるような笑顔になるシリカ。
緊張も解けたのか、明るい声を上げる。
「ホントですか?ありがとうございます。リズベットさんはその――」
「あたしのことはリズでいいよ。」
「あ、はい。リズさんはここへ来て長いんですか?」
「この店を構えてからは四ヶ月くらいになるかな。
ゆっくり話したいしとりあえずメンテナンスだけ済ませちゃうから、中で座って待っててよ」
「はい、じゃあこれお願いします」
あたしはシリカから武器を受け取ると、彼女を工房内に招き入れた。
「へー、じゃあシリカは特定のギルドとかに入ってるわけじゃないんだ」
「はい。MMOっていうんですか、こういうゲームはSAOが初めてで、
同世代の知り合いとかもいないし、その、声かけてくるような男の人はちょっと怖いし、
だからいつも広場とかで野良プレイヤー募集してるところに混ぜてもらってるんです。」
「あー、なるほどねー」
話しながらも手元が狂ったりはしない。
しっかりと全体を確認し、ちゃんと研ぎ上がっているかを確認して、
あたしはシリカのメイン武器であるダガーを鞘に収めた。
そのまま向き直り、砥石のすぐそばで覗き込むようにして興味深そうに見ていたシリカに手渡す。
「はい、できたわよ」
「ありがとうございます。あと、ついでにこっちもお願いします」
「はいはい」
シリカはあたしからダガーを受け取ると、もう一つ武器をオブジェクト化させ、あたしに手渡してきた。
同じくダガーではあるが、手に取ってみると、先ほどのものより幾分使い込まれているような気がする。
「えーっと、なになに、イーボン・ダガー?
要求ステータスの割には結構強いレア武器みたいだけど……、シリカってレベルいくつ?」
「昨日59になりました」
「あ、そうなんだ、おめでとう。でもこのダガーってさっきのダガーに比べると……」
決して悪くはないのだが、もっと低レベルプレイヤー向けだろう。
おそらくレベル45前後ぐらいのプレイヤーにピッタリなのではないだろうか。
あたしの言わんとしていることを察したのか、シリカは笑顔で言う。
「あ、実はそのダガー、なんていうかその、お守りみたいなものなんです」
「お守り?」
「はい。前にある人に助けてもらったことがあって、その人からもらったものなんです」
言いながら、シリカの頬を赤らめる。
あたしはその様子にピンときた。
女の子がこういうリアクションをするということは、すなわち――
「彼氏からのプレゼント?」
「か、かかか彼氏じゃないです!」
顔を真っ赤に染め上げて、飛び上がって否定するシリカ。
あたしはにやりと笑いながら攻撃を続ける。
「へぇー、じゃあ片思いなんだ?」
「うぅ……あの……その……」
ひとしきりモジモジとした後、シリカは小さく頷く。
やばい、この子可愛いわ、凄く。
元々あたしはこの世界に囚われるまでは友達と恋の話で盛り上がるような普通の中学生だった。
こっちでは女性自体少なく、しかも数少ない女性もあたしよりずっと年上の人が多いため、
なかなかそういうことを話す機会がなかったのだが、なんといっても他人の恋バナは大好物なのだ。
「ねえねえ、聞かせてよ!どんな人なの?出会ったきっかけは?」
「ええええ!そんな……恥ずかしいです……」
「まあいいじゃん。これ、タダにしとくからさ」
「うぅ……えっと……凄い強くて、かっこよくて、優しい人、です」
あたしの気迫に負けたのか、シリカは真っ赤な顔のまま、少しずつ話し始めた。
「四ヶ月くらい前になるんですけど、あたしがモンスターにやられそうだったときに助けてくれたんです」
「うんうん、それで?」
シリカの話では、モンスターからその人が助けてはくれたものの、
その時使い魔のピナがシリカをかばって死んでしまったらしい。
悲嘆にくれる彼女にその人は蘇生アイテムを取りに行けばまだ生き返らせることができるということ、
レベルが足りないとしてもレア装備で固めてその人と一緒に行けばなんとかなるだろうということと告げた。
そして、なんと彼はシリカをお姫様だっこして、風のように迷いの森を突破し街まで連れ帰ってくれたという。
なんともまぁ、キザな男だ。
「そのときの景色が凄く綺麗で、その、あたし、思わず抱きついちゃったんですよ」
「へー、でもさ」
「はい?」
「なんでそこまでしてくれたの?普通は助けてくれたとしてもそこまではしないよね?」
この世界では、女性プレイヤー、特にシリカのような若いプレイヤーというのは非常に少ない。
あたしだって、まだ駆け出しの頃は助けてやるから代わりに、なんて言ってくる男も何人もいた。
アイテムをくれたり、護衛をしてくれたりなんて、下心があると思うのが普通だ。
「あ、それは……、笑わないであげてくださいよ」
「うん?」
「あたしが単に……、その人の妹に似てたから、らしいです」
「ぶふっ」
ごめん、笑っちゃったよ。
だって、王子様キャラでシスコンだよ、ないわー。
あたしの様子にシリカも釣られて思い出し笑い。
二人してしばらく笑っていた。
「――で、あたしを狙ってたっていうオレンジギルドの人たちも蹴散らしてくれて、
ピナも無事生き返らせることができたんです。それだけ、それだけです」
シリカは想い人との出会いの話を全てあたしに説明してくれた。
時折茶々を入れるあたしに膨れながらも全て話す辺り、
シリカも誰かに話をしたかったというのがあったようだ。
「ふむふむ、なるほどね。それで好きになっちゃった、と。で、告白はしたの?」
「こ、告白なんて!……無理ですよ、そんなの。
そのままその人は前線に戻っていっちゃったんで、それっきりです」
「え?それっきり?会ったりしてないの?」
「はい……たまに、相談したいこととかがあったら、その……メッセージ送ったりしてるくらい……」
「なんで会ってほしいとかって言わないの?好きなんでしょ?」
あたしは率直に疑問をぶつけてみた。
するとシリカはうつむき、肩を落としてしまう。
「だって、そんなの、そんなのできるわけないじゃないですか……。
あの人は、最前線でゲームクリアを目指してる攻略組で、
あたしは命の危険のないサブダンジョンで暇つぶし半分で戦っているような中層プレイヤーで、
一緒になんて、いられないのはわかりきってたんです……」
「……シリカ……あんた……」
「あたしだって、できることなら一緒にいてほしかったんです。
好きです、行かないでくださいって、言いたかったんですよ。
でも、そんなの、あの人の優しさにつけこむだけじゃないですか」
シリカは吐き捨てるように言った。
それっきり、工房は沈黙に包まれてしまう。
シリカはうつむいたまま、想いの深さゆえの辛さに拳を握り締めて耐えていた。
彼女が必死に封じていた感情を暴いてしまったことに罪悪感を感じる。
が、それ以上に彼女に伝えたい言葉があたしにはあった。
あたしはシリカの気持ちも痛いほどよくわかった。
なぜなら、あたし自身の恋も、シリカと同じジレンマを抱えていたのだから。
あたしの想い人であり、攻略組であるキリトのそばに、
攻略組でないあたしは一緒にはいられない、と。
「ねえ、シリカ……」
だが、あたしの場合、同じ攻略組であるアスナのほうが相応しいと逃げ出したあたしを止めてくれたのは、
他でもないアスナだった。
「あんたの気持ち、あたしもよくわかるよ……」
『好きな人のそばにいるのに資格なんているはずがない』
彼女のこの言葉があったからこそ今のあたしがあると思う。
シリカだって、同じなのではないか。
あたしは目の前の少女にゆっくりと、諭すように言葉を紡いだ。
「わかるけど、でも、
あんたがこのむかつく世界のむかつくシステムを理由に想いを諦める必要なんてこれっぽっちもないと思う」
「で、でも……」
「あんたはレベル差があるからそばにいられないって言ってたけど、
はっきり言ってレベルなんてただの数字でしかないよ。
同じくらいの強さの人しか好きになってはいけないなんて、そんなの絶対間違ってる」
あたしはきっぱりと言い切った。
そう、大切なのは数字なんかじゃない。
そんなものが想いを諦めなくてはいけない理由になんて、なっていいはずがない。
あたしの言葉が届いたのか、シリカは頭を上げた。
「ねぇ、あんたの想いをぶつけてみなよ。
シリカみたいに可愛い子に好かれて迷惑だなんて思う男なんていないって。
いいじゃん、一緒に最前線で攻略するってわけにはいかないかもしれないけど、
攻略が終わったら一緒にデートしたりご飯食べたりしたら、楽しいよきっと」
「でも……あたし……」
「あんたはどうなの?このまま不完全燃焼のままでも満足なの?」
「あ、あたしは……」
シリカは目元を潤わせ、唇を震わせながら自身の願いを口に出した。
「あたしは、もう一度、あの人に会いたい。会って、もう一度お話がしたい、です」
好きな人に会いたい、シンプルな願い。
このシンプルな願いに、シリカの、前に進もうという勇気を感じ、あたし自身も胸が熱くなった。
こうなったら、とことんやるまでだ。
「よし!じゃあさっそくメッセージでも送ろっか」
「えぇ!?今からですか!?」
「あったり前でしょ。こういうのは勢いよ勢い。あんた、今夜は用事って何かある?」
「ない、ですけど……」
「じゃあ、こう送りなさいよ。
『すいません、今夜相談したいことがあるんですが、夕飯ご一緒できませんか?』って」
「えええ!?で、でも……相談ってなんの?」
「うーん、そこは適当に。ほら、恋愛相談とか?」
「む、無理ですよー」
「だいじょうぶだいじょーぶ、いけるって。あたしに任せとき。一緒に作戦考えるわよ」
「うぅ……でも……」
躊躇し、しかしシリカ自身もう自分の想いを心の奥底に隠していくつもりはないのであろう。
少しずつ、じっくりと時間をかけつつも、ついにメッセージを送ったようだ。
「あぁ、どうしよう。きっと、突然どうしたんだって思われますよね?」
「ま、なるようになるって」
「はぁ、緊張してきた。あ、返事がきたみたいです」
「お、素早い返信はポイント高いよ」
シリカはメッセージウインドウの前で小さく深呼吸をする。
「じゃあ、開きますね。……えっと、『今日は約束があるから、友達と一緒でもよければ』って。
はわわ、リズさん、どうしましょう?」
「うーん、二人きりがベストなんだろうけど、いきなりは厳しいだろうし、
別の日にしちゃうより勢いがある今日のほうがいいだろうから……ま、いいんじゃない?」
「わかりました。『ありがとうございます。全然大丈夫なんで、お願いします。時間と場所は――』、と」
「よし、じゃあ次は――」
現在の時刻はまだ3時すぎだ。
待ち合わせ時間まではまだたっぷり時間がある。
では、まず最優先にするべきことといったら一つ。
「次は、着替えよっか。オシャレしないとね」
アインクラッドの衣服で、戦闘用のものでない私服というものは、NPCから買えるものは非常にダサい。
よって、女の子は誰でも裁縫師に頼んで服を作ってもらっているものだが、
裁縫師のレベルが低いと結局可愛い服が作れない。材料も結構安くない。
そのため、安物をたくさん買うのではなく高級な勝負服を数セット持つというのがオシャレの基本となっている。
もっとも、現実世界と違い、この世界ならではの利点というのも存在する。
「ねえ、あんたのそのスカートにあたしのこのシャツを合わせるとかいいんじゃない?」
「あ、ホントですね、愛いかも。でもリズさんのこれも可愛いですよねー」
二人して下着姿になって、お互いに持っている衣服を全て床中に目いっぱいオブジェクト化させ、
あたしたちは装備ウインドウを開いては思い思いに衣服を組み合わせて装備する。
この世界には衣服のサイズという概念はないため、
体格が違うプレイヤーたちでも仲のいい友人同士であれば気軽にこのように衣装の交換ができるのだ。
「それ、あたしの友達からもらったものなんだけど、あたしには似合わないからあんまり着てないんだよね」
「えー似合うと思いますよ。一回着てみてくださいよ。これと合わせたらどうですか?」
「こんなフリフリなんてあたしには絶対ムリムリ」
あたしの場合、現実世界ではあまりオシャレに興味がなかったし、
この世界に囚われてからはずっとガムシャラに働いてきたしで、あまり衣服は持っていなかった。
ただ、最近はアスナが買ってみたけど似合わないといって服をくれたり、
店を持ってから生活に余裕ができたのでついつい衝動買いしてしまったり、
なにより毎日やってくるキリトに可愛い私服を見てもらいたいということで、どんどん倉庫に服が増えてきている。
「あたし、今までなかなかこんなことできなかったんで、リズさんと知り合えてホントによかったです」
「あたしだって、女の子の友達が増えて嬉しいよ。これからもよろしくね」
同じ年頃の子とこうやって恋だのオシャレだのの話で盛り上がるというのは、やっぱり楽しいものだ。
カラン、カラン
そのまましばらく二人でファッションショーをしていると、来客を告げるベルの音が鳴った。
あたしは素早くいつものユニフォームを身に着ける。
「あ、お客さん来たみたいだから、ちょっと店のほうに出てるわ。
ま、納得できるまでいろんな組み合わせ試しておいて」
「はい、ありがとうございます」
うなずくシリカを一人残し、あたしは店に繋がる扉を開く。
よし、仕事仕事っと。
「リズベット武具店へようこそ、って、アスナとキリトか。早かったんだね」
「よっ!今日はいつもよりすんなりと事が進んだんだ」
仕事モードに切り替えたあたしだったが、店に入ってきたのはいつもの二人。
面倒な会議から開放されて、あとは明日の本番まで英気を養うだけ。
二人ともリラックスした表情、と思いきや――
「おつかれさん。って、アスナ、なんかあったの?」
「もう、リズ!聞いてよ!」
あからさまに不機嫌そうなアスナが詰め寄ってくる。
一体どうしたというのか。
キリトはというと、なにやらバツの悪そうな顔をしている。
「あのね、キリトくんってばね、大事な会議中だったのにコソコソと誰かにメッセージを送ってると思ったら、
わたしたちに内緒で勝手に可愛い女の子と今夜夕飯一緒に食べる約束してるんだよ!酷いよね!?」
「いや、だからそれは、知り合いの子が相談したいことがあるからって言うからで、
別にアスナたちとの約束を忘れてたわけでも二人きりで会うわけでもなくてだな」
あれ、これって……。
「でも一言くらい相談してくれてもよかったでしょ!」
「悪かったってば。アスナは会議の責任者で忙しそうだったし、
せっかくだからアスナたちも紹介しようと思ったんだって。
なあリズ、今夜なんだけど、悪いけどもう一人一緒にメシに連れて行ってもいいか?
俺たちより少し年下なんだけど、きっと二人ともいい友達になれると思うんだ」
えっと、どこかで聞いた話のような……。
「ちょっと待って、キリト。それって、まさか――」
ガチャ
あたしが言い終わるより早く、後ろの扉が開き、シリカが顔を出した。
彼女によく似合っている、大きなリボンのついたシャツとチェックのスカートという出で立ちだった。
「リズさん、すいません。これって……って、キリトさん!」
「え、シリカ?」
突然の再開に驚いているのであろう二人。
事態が掴めていないアスナの隣で、あたしは自分がやってしまったことの意味に気づき、頭を抱えたくなった。
「ゴメン、シリカ!」
強引にキリトに店番を任せてアスナとシリカを引っ張って工房に入ると、
あたしは手を合わせてシリカに謝った。
「え?え?どういうことですか、リズさん?」
シリカは何を謝られたのかわかっていまい。
アスナも混乱気味にあたしとシリカの顔を交互に見ていた。
「あのね、シリカ実は……」
もはや隠しても意味がない。
あたしはシリカとアスナに、事の次第を全て説明した。
あたしとアスナがキリトと知り合いであるということ。
シリカが恋した相手がキリトだということにまったく気づいていなかったということ。
そしてなにより、あたしたち二人が――
「――えっと、つまり、リズさんも、えっと、アスナさんも、
お二人ともキリトさんのことが好き、なんですか?」
「ええ、まぁ……」
「そうね」
それっきり、三人とも口を閉ざす。
工房を静寂が包む。
(き、気まずい……)
どれくらいそうしていただろうか。
沈黙を破ったのは、シリカの一言だった。
「でも、お二人とも、キリトさんと付き合っているとかでは、ないんですよね?」
「まあ一応……」
「今のところは……」
あたしとアスナが答えると、彼女は笑顔になってこう続けた。
「なーんだ、よかった。じゃあ全然問題なんてないじゃないですか」
え?なんだって?
あたしが聞き返すよりも早く、彼女は扉を開けて店に戻っていってしまう。
あたしとアスナも慌てて追いかけると、そこには――
「キリトさん、ホントにお久しぶりですね!ピナも会いたがってたんですよ!」
「おっと、し、シリカ。そうだな、元気そうでよかったよ。話はもうよかったのか?」
「はい!それよりあたし、キリトさんに話したいことがいっぱいあるんです!ホント、また会えて嬉しいです!」
キリトの腕に抱きつき、楽しそうに飛び跳ねるシリカと、かすかに頬をそめつつもされるがままのキリト。
一度火がついた彼女のアグレッシブさにあたしは言葉が出ない。
「まったく、なんてことしてくれたのよ」
「うぅ、悪かったわよ」
非難の目を向けてくるアスナに再度謝る。
二人して、強力なライバルの出現に肩を落としたのだった。
END