「お金は、いらない」  
「……ええ?」  
「そのかわり、あたしをキリトの専属スミスにして欲しい」  
 
キリトがわずかに目を見張る。  
 
「……それって、どういう……?」  
「攻略が終わったら、ここに来て、装備のメンテをさせて……。――毎日、これからずっと」  
 
心臓の鼓動が際限なく速まっていく。  
これはバーチャルな身体感覚なんだろうか、それともあたしの本当の心臓も、  
今同じようにドキドキしているんだろうか――と頭の片隅で考える。  
頬が熱い。きっと、あたしは今顔じゅう真っ赤になっていることだろう。  
いつもポーカーフェイスを崩さなかったキリトも、あたしの言葉の意味を悟ったのか、照れたように顔を赤くして俯いた。  
今まで年上に見えていた彼だが、その様子を見ていると同年代か、ことによると年下のようにも思えてくる。  
あたしは勇気を振り絞って一歩踏み出し、キリトの腕に手をかけた。  
 
「キリト……あたし……」  
 
竜の巣から脱出したときはあんなに大声で叫んだ言葉だったけれど、いざ口にしようとすると舌が動かない。  
じっとキリトの黒い瞳を見つめ、どうにかそのひとことを音にした。  
 
「あたしね……あんたのこと、好き……」  
 
大穴から脱出した時のとは正反対の、小さな呟き。でも、今はそれで十分だった。  
キリトが息を呑むのがわかった。  
あたしは気恥ずかしさを誤魔化すように続ける。  
 
「その、いきなり何をって思われちゃうかもしれないけど……、あたし、あんたに手を握ってもらったとき、  
 この世界に来て初めて温もりを感じたんだ。あたしね、今までずっと、あたしがこの仮想世界に置き去りにされたんだって、  
 頭の片隅にそのことがずっとこびりついてて、怖くて怖くて仕方がなかったんだ。」  
 
この世界に来たばかりのころは、今思い出しても辛い記憶ばかりだ。  
あたしはこのゲームを始めたころは友達なんていなかったし、一人で始まりの街でずっと頭を抱えていた。  
思わず手を強く握り締めてしまう。  
 
「あたしのリアルを取り戻したくて、でも攻略組の人たちみたいに最前線で戦うような勇気もなくて、  
 だから鍛冶の技を極めるんだってガムシャラに努力してそのことを意識しないようにしてた。  
 でも、そんな風に誤魔化しててもいつか限界が来るってこともわかってたんだよね。  
 確かにこの工房にいれば命の危険なんてないのかもしれないけど、でも、いつか心が砕けちゃうんだろうなって……」  
 
キリトは真っ赤な顔のまま、しっかりと聞いてくれている。  
あたしは唇が震えていることに気づいて、一呼吸してから続けた。  
 
「この世界で知り合いもできて、くだらない話で笑いあうこともあったけど、ずっと心の底では思ってたんだ。  
 この世界は単なるデータなんだ、って。  
 あたしね、餓えてたんだと思う。人の温もりに。この世界にそんなものはないなんて思っていながら……。  
 でも、――気づいたんだ」  
 
言いながらキリトの左手を取り、両手で包み込むように握る。  
温かかった。  
 
「キリトくんの手、温かいよね。もちろんこの温かさも、電子信号があたしの脳に温感を錯覚させているだけなんだけど、  
 そんなこと、問題じゃなかったんだ。  
 心を感じること、キリトの手を通して心を感じているからこそ――」  
 
あたしはキリトの手ごと両手を持ち上げ、そっと胸に置いた。  
破裂しそうなほど早鐘を打つ胸に確かに感じる温もり。  
この世界に囚われて以来ずっと求めていたもの。  
昨夜の、きっと生涯忘れられることのないだろう一夜に気づいた真実。  
 
「あたしの心はこんなに温かくなっているんだよ」  
 
吐息が触れ合いそうな距離で、あたしはキリトの吸い込まれそうな瞳を見つめた。  
視線が絡み合う。  
心臓の鼓動以外、この世界から音が消えてしまったのではないかと錯覚する。  
キリトの瞳から目が離せなかった。  
 
 
 
数瞬の後、キリトの手に力が入ったのを感じた。  
 
「リズ……その、嬉しいよ、俺も同じこと思ってたから」  
「え…?」  
 
予想外の言葉に戸惑い、彼の顔を見つめる。  
 
「……俺、昔、ギルドメンバーを全滅させたことがあって……。それで、もう二度と、人に近づくのはやめようって決めたんだ」  
 
キリトは瞬間眉を寄せ、唇を噛み締めた。  
 
「……だから普段は、誰かとパーティー組むのも避けてるんだ。  
 でも、昨日、リズにクエストやろうって誘われたとき、何故かすぐにOKしてた。  
 一日中、ずっと不思議に思ってた。どうして俺はこの人と一緒に歩いてるんだろうって……」  
 
キリトの独白を無言で聞く。  
 
「今まで、誰かに誘われても、全部断ってた。  
 知り合いの……いや、名前も知らない奴でも、人の戦闘を見るだけで足がすくむんだ。  
 その場から逃げ出したくてたまらなくなる。だからずっと、人がいないような最前線の奥の奥ばっかりこもってさ。  
 近いうち、一人でひっそり死ぬだろうって、そう思ってた。  
 ――あの穴に落ちたとき、一人生き残るより死んだほうがましだって思ったの、ウソじゃないんだぜ」  
 
かすかに笑みを浮べる。その奥に、昨日までのあたしが感じていたような、温もりへの飢餓を感じ、あたしははっとなった。  
 
「でも、生きてた。意外だったけど、リズと一緒に生きてたことが、すごく嬉しかった。  
 それで、夜に……リズが俺に手を差し出したとき、わかったんだ。  
 リズの手がすっごく暖かくて……こんな暖かさがあったのかって、思った。  
 俺、多分……ずっと、誰かに傍にいて欲しかったんだ。それにようやく気がついた」  
 
あたしは何かを言おうとして、しかし何も言うことができなかった。  
キリトに抱きしめられたのだと気がつくには、一瞬の時間が必要だった。  
 
「ありがとう、リズ。俺――」  
 
気恥ずかしさと喜びで固まるあたしの耳元で、キリトが再び囁きかけてくる――その時だった。  
 
 
ガタッ  
 
 
その時背後から聞こえた静寂を切り裂くような物音にあたしは思わず飛び上がってしまった。  
振り返ると、そこには――  
 
「あ、あの……ゴメン……わたし……」  
 
今にも泣き出しそうな顔をしたあたしの親友、アスナがいた。  
見られていた!?  
気恥ずかしさから再び頬が熱くなる。  
 
「あ、アスナ、久しぶり……でもないか。二日ぶり、ハハ……」  
 
棒立ちのキリトは、頬をかきながらアスナに話しかけていた。  
恥ずかしいところ見られちゃったなー、とばかりに視線を彷徨わせている。  
 
「キリトくん……なんで……」  
 
アスナはうつむきながら両手を握り締めている。  
女のあたしから見ても綺麗だといつも思っている整った顔がかすかに震えているのを見て、  
あたしは全てを察した。  
キリトがこの店に来たのは偶然じゃないんだ。  
あたしとの約束を守って、アスナがここを推薦したんだ……彼女の、想い人に。  
 
(どうしよう……どうしよう)  
 
頭のなかで、その言葉だけがぐるぐると渦巻いていた。  
足先からゆっくりと全身の熱が流れ出してしまうような気がした。  
体に力が入らない。息ができない。気持ちの行き場が――見付からない……。  
 
「アスナ……あのね……これは――」  
「ゴメン!」  
 
あたしが言い終わるより早く、アスナは工房を飛び出して行った。  
アスナが振り返る瞬間、アスナの頬を涙が伝うのが見えた。  
あたしは――  
 
「キリトくんゴメン、店番してて!」  
「え?でも……」  
「いいから!」  
 
言うが早いか、あたしも工房を飛び出す。  
背後でキリトが何かを言っていたようだが無視して必死にアスナを追いかけた。  
 
 
「はぁ……はぁ……。アスナ、待って……」  
 
ただひたすら、目の前を走るアスナを追いかける。  
人通りもない街外れであたしはついにアスナに追いつき、その手を掴んだ。  
振り解かれるかと思ったが、アスナはそのまま止まってくれた。  
しかし、こちらに背を向け、無言でうつむいたままだ。  
本来であれば、攻略組屈指の素早さを誇り、閃光とまで呼ばれるアスナに追いつくことなんて絶対無理だったはずだ。  
だが、今目の前にいるアスナは、とてもいつも凛々しい少女と同じ人物だとは思えなかった。  
 
「……あ、あのね……アスナ……あたし……」  
 
この世界では走り続けたからといって疲労で動けなくなったりなんてことはない。  
けれど、あたしは肩で息をしたまま、アスナに話しかけることができずにいた。  
無我夢中で飛び出して、あたしは何をしようとしてたんだろう。  
お互い手を取り合ったまま数秒が経ち、アスナがこちらを振り返った。  
はじめて見る表情だった。  
歯を食いしばりながら、目尻に涙を溜めながら、でも笑っていた。  
口を開くことができないあたしを見つめながら、アスナは搾り出すようにゆっくりと喋り始めた。  
 
「ゴメンね……なんか、ジャマしちゃったみたいだね……。  
 わたしのことは気にしないでいいから……き、キリトくん、待ってると、思うよ……」  
 
ゆっくりと時間をかけてそれだけ呟くと、アスナは再びうつむいてしまう。  
その姿を見て、あたしは決心した。  
あたしはアスナに見えないようにして拳を握り締めて、にこりと大きな笑みを浮かべた。  
アスナと気安い噂話に花を咲かせるときの、いつもどおりのあたしの笑顔。  
 
「……あ、あの人、なんでしょ」  
「……え?」  
「アスナの、好きな人……」  
「あ……」  
 
アスナは一瞬だけ顔を上げ、あたしの目を見て、再びうつむいて小さくこくんと頷いた。  
 
「……うん」  
 
ずきん、という鋭い胸の痛みをむりやり無視して、必死に笑顔を作る。  
 
「確かに、変な人だね、すっごく……」  
「うん……」  
 
がんばれ、あたし。  
もう少し、もう少しだけ……。  
 
「あのね……勘違いしちゃったかもしれないけど……さ、さっきのはなんでもないんだよ」  
「……え?」  
「キリトには昨日ちょっと助けてもらって……それであたしってば舞い上がっちゃって……それで……  
 とにかく、なんでもないの!アスナが考えてるようなことなんて何もないんだから、心配、しないで」  
 
それだけ言って、あたしはアスナに背を向ける。  
これ以上は笑顔が出せそうになかった。  
 
「あたし!ちょっと仕入れの約束があったんだった!悪いけど先に工房に戻ってて!  
 ひょっとすると、き、キリトも何か、勘違いしてるかもしれないから……誤解解いといて……」  
 
限界だった。  
あたしは背後のアスナに言い捨てるようにして駆け出した。  
もう一分一秒と耐えられそうにない。  
とにかく逃げよう。  
誰もいない、誰もあたしを知らないところに逃げよう。  
そして、そして――  
 
 
 
 
 
どれくらい走ったのだろうか。  
気がついたら街を囲む城壁の手前まで来ていた。  
足がもつれる。  
あたしは無様にその場で倒れこみ、そのまま起き上がることができなかった。  
 
「うぐっ……うっ……」  
 
喉の奥から、抑えようもなく声が漏れた。  
必死に堪えていた涙が、次々と溢れ出しては頬を伝って消えていった。  
この世界に来て二度目の涙だった。  
ログイン初日に、パニックを起こして泣いてしまってからは、もう決して泣くまいと思っていた。  
システムに無理やり流させられる涙なんて御免だと思っていた。  
でも今あたしの頬を伝う涙より熱く、辛い涙は、現実世界でも流したことはなかった。  
 
「うぅっ……ゴメン……ゴメンね……」  
 
アスナはキリトのことを何ヶ月も思い続けて、少しずつ距離を縮めようと毎日がんばっていたのに、  
そこに割り込むようなことをしてしまった。  
あたしはキリトと知り合ってまだたったの一日しか経っていないというのに、親友を裏切るような真似をしてしまった。  
もう二人のそばにはいられない。  
キリトとアスナは、あの二人はいかにもお似合いだった。  
まるで丁寧に仕立てられた剣と鞘のように、引き合う磁力があった。  
きっと、上手くやっていくだろう。  
そう、あたしさえいなければ。  
 
「うぅっ……うあああああ……」  
 
頭の中を、この一日の短い、だけどとても大切な出来事が次々とよぎっていった。  
あたしの中に焼きついたそれらを思い起こすだけで、心に火がついたような気がした。  
でも、こんな気持ちを抱き続けては生きていけない。  
 
「うっ……うううっ……」  
 
涙とともに、この胸の想いも全て流れ出してしまえばいい。  
忘れるんだ。全部夢だ。  
涙で洗い流してしまうんだ。  
キリトがくれた温もりを全て吐き出して、昨日までの空っぽのあたしに戻ろう。  
あたしがそう決心したその時――  
 
「リズ……」  
 
地面に這いつくばっているあたしに彼女は背後から声をかけてきた。  
小さな小さな呟き。  
思わず声をあげそうになるのを我慢する。  
あたしは起き上がってゆっくりと振り返り、声の主、アスナを見た。  
 
「……追いかけて、きたの?」  
「……うん」  
「……なんで、どうして?」  
「さっきの……ウソ、だよね?」  
 
そう言って、アスナは笑った。  
あたしはその言葉に射抜かれたように動けなくなってしまった。  
何も答えられないあたしに、アスナは再度問いかけてくる。  
 
「勘違いだとかなんとかって、……なんで、ウソついたの?」  
「う、ウソなんかじゃ……」  
「いいの、わかってるんだから。ゴメン、実はね、ずっと立ち聞きしてたんだ」  
「……え?い、いつから?」  
「リズが、キリトくんの手を取ったあたりかな……。別に盗み聞きするつもりはなかったんだよ。  
 誰と話してるのかなーって見てみたらキリトくんじゃない、びっくりしちゃったよ」  
 
アスナは嘆息し、一度視線をさまよわせた。  
まさかそんなところから見られていたなんて、まったく気がつかなかった。  
あたしはいたたまれず、うつむいた。  
 
「策敵スキルの高いキリトくんにも気づかれなかったのは意外だったけど、それだけ真剣だったんだよね。  
 キリトくんがリズを抱きしめたとき、わたしそのまま出て行くつもりだったんだよ。  
 ジャマするつもりなんてなかったんだから。  
 そのことは謝るけど……、それより、リズはなんでウソついたの?教えてよ」  
「えっと……それは……」  
「リズ、どこかに行っちゃうつもりだったんじゃない?」  
「なっ!?」  
 
図星を突かれて心臓が止まるかと思った。  
これには声をあげるのを我慢することはできなかった。  
 
「な、なんで?」  
「やっぱり……。さっきのリズの目がね、もう半年以上前になるけど、  
 誰ともロクに口も利かないでずっと最前線に篭りっぱなしだったころのキリトくんソックリだったから……」  
「キリトに?ソックリ?」  
「うん。まあわたしもそのころは精神的に全然余裕なんてなかったし、  
 キリトくんとはボス戦のときくらいしか顔を合わせることもなかったから何があったのかは知らないんだけどね」  
 
『昔、ギルドのメンバーを全滅させたことがあって……』  
キリトの言葉を思い出す。  
キリトも、こんな気持ちだったの?  
固まったままのあたしを正面から見据えて、アスナは続ける。  
 
「といっても、わたしも偉そうなこと言えないんだけど……。  
 じゃなくて、やっぱりどこかに行っちゃうつもりだったのね。  
 よかったわ追いかけてきて。なんでそんなことするのよ」  
「そ、それは……」  
 
アスナの鋭い口調に思わずたじろぐ。  
しかしアスナはあたしが逃げられないように距離をつめ、あたしの両肩をガッチリと掴んだ。  
 
「答えてよ、リズ。なんで逃げ出したりしたの?」  
「それは……それはね……、  
 あたしは……き、キリトの隣にいる資格が、ない……から……」  
「キリトくんの隣にいる資格?どういうこと?」  
 
あたしはアスナの視線が耐えられず、腕を振り解いてアスナに背を向けた。  
言葉にするだけで心が裂けそうになり、一言一言搾り出すように言う。  
 
「……あたしね……昨日の夜に、キリトを危険に曝しちゃったんだ……。  
 キリトはあたしをかばって……HPもほとんど残ってなくて……死んでてもおかしくなかったよ……」  
 
背後でアスナが息を呑んだのがわかる。  
まさかそんな危険を犯していたとは思ってなかったのだろう。  
 
「大丈夫だったの?」  
「うん、なんとかね。でも……あたしのせいで、何千人もの人々の希望を背負ってる攻略組のキリトの命が危険に曝されてたんだよ。  
 あたしみたいな、前線に出る勇気もない人間のせいで……」  
 
言いながら、再び涙があふれ出してきたことに気づいた。  
そして涙とともに堰を切ったように言葉が溢れてるくる。  
 
「あ、あたしは……うぅ……キリトのそばにいる資格なんて……ないんだよ……。  
 キリトが、優しいから……舞い上がっちゃって……バカみたい……。  
 キリトのそばには……キリトと同じくらい……強い心を持った人しか立てない……アスナみたいな……強い人しか……」  
 
後は言葉にならなかった。  
あたしはあふれる涙と嗚咽に、ただ肩を震わせることしかできなかった。  
 
 
 
 
 
どれくらいそうしていたのだろうか。  
いくらか落ち着いたあたしに、アスナがやさしく声をかけてきた。  
 
「ねえ、リズ。隣にいる資格ってなんなのかな?」  
「だから、強い人のそばには――」  
「わたしも攻略組だけど、リズとは親友のつもりだよ」  
「っ!」  
 
思わず振り返る。  
アスナは笑顔であたしを見つめ、続ける。  
 
「攻略組には攻略組の、リズみたいな職人さんには職人さんの、他にもいろんなことをしているいろんな人たちがいて、  
 もちろん何もしてない人たちやオレンジギルドみたいな許せない人たちだっているんだけど、  
 でも役割とかで上下なんてないと思う。  
 そもそも、あたしたちだってリズたちに武器や防具のメンテナンスしてもらわないと、  
 とても戦い続けることなんてできないんだから、お互い様なのよ。どっちが上だとかなんてないわ。  
 それに、攻略組には強いけど変な人とかもたくさんいるし、職人さんにだって――リズみたいな優しい人がいるんだから」  
 
言いながらアスナはあたしの手を取った。  
アスナの手は、キリトに負けず劣らず、温かかった。  
 
「ねえ、この世界だって、現実の世界と同じよ。好きになった人のそばにいるのに、資格なんているはずないわ。  
 リズが何かに遠慮する必要なんてまったくないはずよ」  
「でも……あたしは……キリトと出会ってまだたった一日しか経ってないのよ。  
 アスナは、ずっとキリトのことを――」  
「あのね、リズ」  
 
あたしの言葉をさえぎるアスナ。  
頬を染め、目線をわずかにそらしながら、つぶやくように言う。  
 
「わたしだって……、す、好きだって自覚したのは、割と最近というか……  
 ってわたしのことはいいのよ。  
 その、こういうのって先に好きになったほうが偉いってわけじゃないでしょ。  
 それに、ひょっとすると……き、キリトくんのこと……もっと前からその……好きな娘だって、いるかもしれないし……」  
 
アスナ消え入るように話し、肩をすくめた。  
その様子があまりに普段のアスナと違いすぎて、あたしはおかしくなってつい噴き出してしまった。  
 
「……ぷっ……ふふっ……あ、アスナってば……はははっ……慰めてくれてるのね……」  
「なによぅ……」  
 
頬を膨らませるアスナをよそに、あたしは心が晴れていくのを感じた。  
アスナの言うとおりだと思う。  
キリトもアスナも、あたしのことを見下したりなんてまったくしていなかったのに、  
あたしが一人で勝手に自分を卑下して、勝手に逃げ出そうとしたりして、なにをやっているんだろう。  
 
「ありがとね、アスナ。あたしもアスナのこと、親友だと思ってるから。  
 でもゴメン。キリトのことあたしも好きになっちゃったりして」  
「あら、もう勝ったつもり?言っておくけど、わたしは別にまだ負けたつもりはないからね」  
「おっ言ったわね。でも、結構いい感じだし、たぶんあたしのほうがリードしてるんだからね。恨みっこなしよ」  
 
笑いあいながら握られた手を離し、ごつんとお互いの右こぶしを打ちつける。  
 
「じゃあ、店に戻ろ。キリトくん店に待たせたままなんでしょ?……お腹も空いたし」  
 
そういって、アスナは再びあたしの手を握り、歩き始めた。  
最後に一回、ぐいっと両目を拭うと、目尻に留まっていた最後の涙が散り、光の粒になって消えていった。  
 
END  
 

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