2024年 4月8日 第11層・タフト プレイヤーホーム 
 
 
 メニュー・ウィンドウに表示されたデジタル時計。その時刻表示をみて、俺は嘆息した。ベッドからでようと予定していた時間を大幅にすぎている。 
 だからといって、いま身をおこしてしまうと、俺の胸に頭をあずけたまま眠る彼女を起こしてしまいかねない。 
 よし、あと五分だけ寝かせておこう……、と再び、頭を枕へ押しつける。 
 ――しかし結局、彼女が体を起こしたのは30分もあとのことだった。 
 あまりにも安らかな寝息に気後れしてしまい、ついつい起こし損ねた。 
 寝起き特有の緩慢さで上体を持ち上げる。遠ざかっていく体温が少しだけ惜しかった。 
 
「サチは……朝弱いな……」 
「……うん」 
 
 まだ夢見心地なのか、サチはなんども瞬きをし、目尻を指先で拭う。肩までのショートに切りそろえれた黒髪が、サチの微細な動きにあわせてさら、さらと揺れる。シーツの上で横座りになるサチを追って俺もあぐらを掻いた。 
 と――その拍子に昨晩大いに味わわせてもらった双丘へ、視線がひきつけられてしまった。彼女がパジャマ代わりにしている白いワンピースの胸元を、たおやかに押し上げるそれ……。 
 慌てて目をそらす。目をこすっていたサチは俺のそんな様子には気がつかなかったようだ。 
 
「と、とにかく……。そろそろ準備しないと……」 
 
 視線をシーツのしわへ向けて、倫理コード設定を活性化させるべく手元でメインメニューウィンドウを操作した。 
 オプションのかなり深いところにある倫理コード設定解除をキャンセル――コードを活性化すべく、承認ボタンをタップ……する寸前、ウィンドウ枠の向こうから手が伸びてきて、指を捕まえた。そのまま柔く包まれた指は、サチの口元へと誘われる。 
 指の第一間接までをぱくっと加えたサチは、爪と指の間をちろちろと舐めまわす。 
 
「あ、あの……サチ?」 
「んっ……」 
 
 サチは指をくわえたまま目をほそめ、そっと俺の鎖骨あたりをなで回す。そして小首をかしげて、 
 
――だめ? 
 
 と視線で聞いてくる。 
 アイコンタクトが意味するものを感じ取れるくらいには、俺のコミュニケーションスキルは上昇している。 
 
「しょうが……ないな」 
 
 俺は手をのばして黒髪にふれ、次いで柔らかな頬をなでた。 
 誰よりも愛おしい「奥さん」からのお誘いだ。幸いこんな展開を予想していたこともあって、時間には余裕がある。自分をなっとくさせつつ、サチを押し倒した。 
 耳元できゃっと小さい悲鳴が上がった。 
 
 
 攻略組の一角として攻略にあたっている「月夜の黒猫団」の面々から祝福され、俺とサチはSAOシステム上の「結婚」を実行した。結婚式は、それはもう盛大に行われ、そもそも人前にでることを得意としない俺たちは、神父に扮したケイタの口上をうつむきながら聞き――。 
 式のクライマックス。誓いのキスをなどと言われたときには、お互いガチガチに緊張し、俺は花嫁のかぶっていたヴェールをうまくはずせないほどだったが、彼女の不安げな表情を見た瞬間、覚悟が決まった。感情のままに、薄紅をさした彼女の唇を奪った。 
 誓いキスのあとの、彼女のとろけるような笑顔は、いまも脳裏にやきついている。 
 個人の稼ぎのほとんどをギルドに渡していた俺とサチには、プレイヤーハウスを買うほどの貯蓄はなかった。 
 ギルドホームの近くの宿を仮住まいにしようとしていた俺たちは、結婚式の二次会が終わった後、月夜の黒猫団の面々に案内された家屋を見て唖然とした。 
 小さいながらもちゃんとした一軒家が、ケイタの名義で購入されていたのだ。呆然とする俺たちへ、「小さいけどここ……新居に、どうだい?」とケイタが静かに言ったとき、俺は彼らに出会えたことをこの世界に感謝した。 
 
 もっとも、サチが得た感動は俺の比ではなかった。その場でへたり込んで大泣きする彼女を団員全員で慰め、サチが目をはらしながらも泣き止んだときにはすでに日付が変わっていた。 
 
 はじめてサチと倫理コード設定を解除しあったことは、鮮明な記憶としてのこっている。 
 お互い人見知りなうえに、人間関係の一歩を踏み出すのを躊躇する正確のおかげで結婚してから初夜を迎えるまで一週間以上かかってしまった。 
 
 だが――それからは甘く、とろけるような日々を二人で送っている。 
 
 
 鴉の濡れ羽色を宿した髪が枕にちらばった。俺はサチに覆い被さるよりかかるようにして、光の反射でまぶしく輝く黒瞳を間近で見つめた。瞳がすこし潤んでいるのは、寝起きのせいなのか、それともこれからの行為を期待しているのか、そこまで深い感情になると時折読み切れなくなる。 
 いっそ聞いて見るのもおもしろいかも……などと不埒なことを考えていると、長袖に包まれたサチの手がそっと持ち上げられ、俺の頭のてっぺんを撫でまわした。 
 サチはやや硬めで固定されている俺の頭髪をすき、微笑んで言った。 
 
「いい子だね、キリトは」 
「……それやめてくれないか!?」 
 
 アインクラッドに閉じこめられて以来――いや、それよりもずっと以前から、「いい子」なんて言われた覚えがとんとない。 
 しかし俺の感じる気恥ずかしさなど、なんのその。サチはどこか余裕のある笑みを――それはそれで魅力的な笑みを浮かべて言う。 
 
「……でもお姉さんの言うことは、ちゃんと聞かないと……。ね、キリト」 
 
 その言葉に凍り付く。 
 サチにせがまれたこともあり、実年齢を月夜の黒猫団のメンバーへ公開してから、ずっとこんな調子だ。SAOに閉じこめられた当初中学生だった俺に対し、ケイタたち黒猫団は高校生。この差はどうやっても覆せない。年齢をバラしたとたんに彼らの態度が一変したのは――参った。 
 当初の「頼りになる風来坊」といったカッコいい立ち位置は崩壊し、いまは彼らの「頼りになるけど、スゴく手のかかる弟分」といったポジションに不本意ながら落ち着いている。 
 ただサチの言うとおり打ち解けたとは思っていた。同じギルドにいながらも、たしかに存在した彼らとの「距離」は、明確に縮まっている。 
 なにせギルドホームへ顔をだすたびに団員から「新婚ビーター」だの、すこし遅刻しただけで「重役出勤ビーター」だの、「よくも俺たちの紅一点を奪いやがったなビーター」だの、あること無いこと言われるのだ。 
 これを世間一般では「打ち解ける」というらしい。 
 「ビーター」という単語に過敏になっている俺への嫌がらせ……ではなく、わざとビーター呼びすることで、すこしでも俺の気持ちが楽になればなどという配慮から来るものだ。なので蹣跚とした気持ちは変わらないまでも強く言い返せない。 
 が――弟分扱いはなんだか気にくわない。いつの間にか変わってしまった立ち位置を改めて認識し、思わず唇をとがらせていると、身を起こしたサチが唇を近付けてきた。そのまま唇同士が重なる。 
 
「ん……ふっ……」 
 
 サチはそのまま俺の頭に手を当て、やや固めに設定されている頭髪をわしゃわしゃとなでまわす。 
 数十秒にも及ぶ静かなキスのあと、俺の頬へ手をあてたサチはいたずらっぽく、際限なく優しい声音で言った。 
 
「もう……そんなに怒んないでよ。みんな嬉しいんだから……キリトが私たちに心……開いてくれてさ」 
「……わかってる」 
 
 サチの鎖骨あたりに頭をあずける。いまだ後頭部を行き来する指先にいいようのない、魂が安らぐような心地よさを感じた。同時に倫理コード設定解除で、解放された性的な情動も胸の中で渦巻く。 
 すこし身体をずらして、布地をおしあげる胸元へと指を這わせる。 
 
「……んっ」 
 
 頭の上から小さく悲鳴。 
 決して否定的なものでないことを確認し、そのままやわやわと揉みしだく。カップの感触がないので、ワンピースの下にはなにも身につけていないようだ。いまは布地にかくされている乳房は、実のところ大きくて形もよくて……。ちょくちょく夢中になってしまう。そのうえ布地が薄いせいで、乳首の形が露わになっていた。 
 
「……見ていい?」 
「……いいよ」 
 
 俺がサチの考えていることをあらかた理解できるように、どうやらサチも俺の考えを読んでくれているようだ。 
 ワンピースの裾をつかみ、サチの協力を得ながらとろとろと押し上げていく。薄布は、お尻の頂点を越え、おなかのくびれをすぎさり、なだらかな乳房の山を越えた。 
 そこでいったん手をとめる。 
 
「さ、さすがに下着……着けた方がいいんじゃないか?」 
「だ、だって……いつも、朝……するし……」 
「……そうだった」 
 
 頬をバラ色にそめたサチは、俺の視線からのばれるように目を伏せた。サチがそうしている間に、視線を半裸の体へ向ける。 
 結婚初夜に彼女の裸を、はじめて見たときの感動がよみがえった。SAOへログインした当時、女性経験まったくなしの中学生だった俺は、彼女が着やせするタイプだなど見抜けるはずがなく、意外にもメリハリの利いた裸身を前に、数十秒も動けなくなった。 
 そしていまだ――見入ってしまうときがある。 
 
「そんなに、じ、しろじろみられると恥ずかしいよ……」 
 
 いつの間にか目を開いていたサチが、不安げに言った。めくれあがったチュニックの裾で、口元を隠す動作が愛らしい。 
 しかしこればっかりは仕方がない。男として見ないわけにはいかない裸が、目の前にあるのだから。 
 桃のように大きな膨らみ。女性らしい丸みを帯びつつも内側にくびれたウエスト。首から下の体毛が存在しないが故にうまれる美しい脚線。幼くみえる無毛の恥部……。 
 そのすべてをいまから自由にできる、と思うだけで背筋がふるえた。もちろんサチの意思を尊重するのはもっともだが、自由にできる「状況」自体にくらくらしながら、身体へ手をのばす。 
 
「サチ……ちょっと聞きたいんだけど」 
 
 ふに、と乳房へ指を埋めつつ言う。くずれないのが不思議なほど柔らかい。 
 
「んっ……んっ、な、なに……」 
「いや、ここの形ってさ。現実のサチとも同じなのかなーっておもって」 
 
 アバターの体格は、初回ログイン時におこなうキャリブレーションから換算され再現されている。たしか胸元へさわる、という動作は手順上必要だったが、それだけ胸の形を完全再現するとは思えない。以前から疑問に思っていたのだが、いまのいままで聞く機会がなかった。 
 
「とも……だちに聞いたら……んっ、ちょっと大きめになるみたいなことを……言ってたよ」 
「ああ。キャリブレーションでも限界があるもんな……」 
「んっ……。向こうで会った時に小さくてがっかりしないでね……」 
 
 しない。 
 不安げに言うサチへ、心の中で即答しつつも、口に出すのははずかしかったのでそのまま愛撫を続ける。 
 顔を近づけ、唇で乳首をつまみ、少し上へひっぱってみる。限界まで持ち上げて落とすと、乳房が面白いようにフルフル波立つ。 
 
「はうぅ……あ、遊ばないで……」 
「さっき弟扱いしたお返しだよ……。やっぱり、先っぽ弱いな……サチは」 
 
 再び、男の体のどこにもない、こりこりとした感触のある乳首を含み、吸いつきながら舌先で転がしてやる。 
 
「んふぅっ!」 
 
 ぴっ、とあがる悲鳴が可愛らしい。 
 そのまま唇で挟んだり、指で勃起した乳首をすりあげたりして、サチの反応をたのしんだ。 
 
「ひあっ、ああんっ、んっ、ん――! き、キリト……!」 
 
 とたんにサチがひくひくと震えた。乳首が弱点のサチは、たまに胸だけで達してしまうことがある。それを知っているといっそこのまま、一度気持ちよくなってもらおうかな、などと考えてしまう――が、だめだった。アバター「キリト」に存在する肉竿は、サチの色気に当てられてすでに硬く高ぶっている。我慢はできそうになかった。 
 
「ふああっ、あああっ、あぁぁぁっ……」 
「サチ……下、するからな……」 
 
 頭の上で嬌声をあげるサチにキスをしてから、彼女の脚側へ回り込む。 
 タイトスカートがよく似合う脚線を指先でつついたあと、肉感的な太腿に指をうずめ、膝の後ろへ手を通して持ち上げる。ふとももへ指がうずまる感触が何とも言えない。みごとに張った肌から伝わる熱が心地よかった。正直いつまでもさわっていられる自信はある。もちもちした太股をなでまわしていると、 
 
「キリト……」 
「うん」 
 
 サチに促された。俺は脚の付け根に視線を戻す。 
 お尻の下のシーツはすでにみずびだしだった。スリットから流れ出た愛液がシミをつくっているのを見て、思わず口を開きかけ――。 
 目ざとく見つけたサチから抗議がとんでくる。 
 
「キリト……なにか……恥ずかしいこと言おうとしてない……」 
「し、してない。自然現象……自然現象……」 
 
 ここで「濡れてるよ」とか「サチはエッチだな」とか言うと、照れに照れたサチが見られる……が、それは昨日やってしまった。まじめに愛撫を続けるべく、両足をおさえつけたまま蜜に濡れたスリットへ顔を近付ける。 
 まずはサーモンピンクの色合いにそって舌をすべらせる。 
 
「ふあ……んっ……らっ、めぇ……」 
 
 力のない、色っぽい悲鳴が室内へ響き渡った。同時にスリットがきゅっ、と震える。いい反応だった。 
 
「サチから……そんな声を聞くことになるなんてな……」 
「んっ、ふっ……や、そこでしゃべっちゃだめっ……! き、キリトの唇が、あっ、当たってるのっ――!」 
「でもサチの声、もっと聞きたいよ……」 
 
 包皮につつまれたそこを両手の親指でめくりあげ、露出させる。甘く勃起した秘芯を舌で刺激してやると、布団の上でサチが震えた。 
 
「――ふあっ、んっ……キリト……びくびくするよ……」 
 
 お尻に力がはいってしまうのか、秘処全体がひくひくと震えるように動いた。秘処からこぼれた愛液をすくいとるようにし、さらに秘芯へ舌をはわせる。それを繰り返した。時間がたつごとに秘孔から流れ出る愛液の量は増大し、割れ目が艶っぽく輝いていく。 
  
「んっ……ふっ、あんっ……くっ、んっ……!」 
 
 ひくんひくん脚をゆらすサチがかわいらしい。スリットの外縁をくるりとなめ回したと、恥骨にキスをして離れた。 
 
「くっ……んっ……はあ……はあ……」 
 
 サチの脚から力がぬける。サチは脚を閉じる……まで頭がまわらないようで、ゆるやかなM字にひらいまま、ふうっとため息をはく。普段は真っ白い肌は紅潮し、乳首は痛々しいまでにとがっていた。 
 サチの準備ができたことを確認して、自分のズボンをアイテム欄へ格納する。倫理コード設定解除状態でなければ反応すらしない性器が、勇ましくそそりたっている。ご丁寧に先走りの液体まで再現されていた。 
 何度も目にしているにもかかわらず、サチは瞬きしながら男根をながめている。 
 
「……おっきい」 
「自然現象……」 
「で、でも……いつみても……その、不思議で」 
 
 サチの父親は彼女が幼い頃に出て行ってしまっている。男っ気がない家庭に育ったなら物珍しいのも無理ないかもしれない。 
 とはいえ、じろじろ見られるのは恥ずかしい。俺は気恥ずかしさを誤魔化すように、サチの脚に手を伸ばす。 
 ふともも辺りを撫でていると、サチはふわりと俺の手を取った。 
 
「昨日……キリトが上だったから……」 
 
 緩慢に上半身をあげたサチは、そろそろと俺の両足を跨いだ。 
 首もとに中途半端に残っていたチュニックを脱ぎ捨てたサチは、胡座をかいて座る俺に腰をおとしはじめる。亀頭と秘唇がそっとキスし、ちゅく……小さな水音を響かせるとともに、接触点から目もくらむような快感が走った。 
 
「あ、あれ……? うまく……いかない」 
 
 割れ目にそって性器の先端が滑る。愛液を塗りたくられた亀頭が、てらてら光り、敏感な先からつたわる痺れにあえぐ。 
 意図などしていないだろうが、くすぐられた男根は意志とは無関係に上下に振れ、ちょうど腰をおろそうとした秘芯と接触する。 
 
「ふあ……ああっ……」 
「サチ……自分だけ気持ちよくなってないか……?」 
「う、うん……ごめんね……さわっていい?」 
 
 頷いた俺を見て覚悟を決めたのか、サチは性器の先端を指で支えた。直立し、固定された肉竿の上に秘孔をおしあて、ゆっくりゆっくり包んでいく。 
 
「くっ――!」 
「キリトの、熱い……入り口だけなのに、もう……」 
「さ……ち…」 
 
 男性にはない腹部の丸みが目の前でへこんだ。それによって生まれる絞りが、性器の縁をさらっていく。 
 
「はあっ、んっ……んっ……か、肩……借りて……いい?」 
「うん……」 
 
 俺は身体を起こしてたどたどしい動きで腰を動かすサチの手をとり、自分の肩へ導いた。 
 
「ふあ……あああっ……んっ……!」 
 
 最後に小さな悲鳴が上がった。 
 サチの体から緊張が解けていく。太股を俺の太股にのせ、腕を首に回してくる。 
 性器をまじりあわせたまま、サチを抱きしめてみる。胸のふんわりとした感触が、鎖骨の下あたりにあたって心地よかった。 
 
「はあっ、ああっ、これなら……」 
「むっ、無理するなよ……?」 
「うん……!」 
 
 俺はそういいながらも、熱すぎる膣内から伝わってくる快感に酔いはじめていた。 
 腰がくねりながらもちあげられ、つぷ……つぷ……と性器を刺激しはじめる。なめ回されているような刺激だった。上下左右どころか全方位を包んでくる膣道の快感が、思考を白く染めていく。 
 
「ふあっ……ああっ……んっ……んっ……」 
 
 サチは一定のリズムで出し入れしていた。はずれるぎりぎりまで腰をあげ、一気に落としてくる。ずる――と擦られるのが心地いい。 
 サチの動きに不満があるわけじゃなかったが、もう少し強く性器をこすりつけたくなった。 
 俺はサチが一番遠のく瞬間をみはからって腰をつきあげる。 
 
「んっ――! んっ――キリト……!」 
「ほら……あわせて……」 
「あんっ、んっ……こ、こう……?」 
 
 サチは俺にすがりついたまま、腰の動きを激しくしはじめた。最初こそなかなかかみ合わなかったが、動きが徐々にシンクロしはじめる。サチが腰をおろした瞬間、俺は突き上げるように腰を動かす。ぱしん、ぱしん――乾いた音が響くようになったころには、俺たちは深い快感を刻み合っていた。 
 
「あああっ、キリ……ふっ、深い――!」 
 
 恥ずかしいくらい盛大な水音をさせて、腰をあわせる俺とサチは、いつの間にか違いに見つめ合っていた。位置関係上、俺が見上げる形になっている。ときおり強く目をつむり、喉をふるわせるサチが愛おしくてたまらない。 
 そんな情感あふれる光景が、刺激に忠実な性器をさらに硬くしていく。 
 
「はあっ、あああんっ……ふ……――くっ、はあっ、んふぅ……あっ、んっ……!」 
 
 なまめかしいことこの上ない嬌声が耳元であがった。 
 人の影に隠れてしまう普段の性格からは、想像できない淫らで大胆な腰つきだ。サチは俺の上を跳ね回り、切なげな声をあげる。 
 もう持たない。 
 性器の内側でふくれあがる射精感に導かれるまま、サチのお尻を両手でつかんだ。手のひらにあまる柔らかい感覚を得ながら、サチの身体をひきよせ、そのままベッドへ押し倒した。 
 
「――! ぁっ――!」 
 
 ぞぶっ、先端がこそいでいた位置が変化した。それを敏感に感じ取ったサチが悲鳴をあげるも、容赦できるだけの余裕はなかった。そのまま挿入をくりかえす。 
 
「あ……あんっ……もう……昨日と同じになったよ……キリトが上……お、お姉さんのいうこ――」 
「じゃあ、たまには弟の言うことも聞いてくれよ……サチ……」 
「……それなら……いいよ」 
 
 顔をあげてサチの手をとり、指をからめる。俺の体の下、つらぬかれるたびに身悶えするサチは、何度抱いても魅力的だった。組み敷いたサチは快楽に眉をよせ、すがるような瞳で俺をみつめる。甘く開かれた唇から漏れるあえぎ声にさえ、強く引きつけられてしまう。 
 
「んんっ! んっ! やああっ! 来てる! い、いっちゃうよぉ……!」 
「お、俺も……」 
 
 見つめ合いつつ、最後の瞬間をほぼ同時に迎えるためにラストスパートをかける。 
  
「んっ――はあっ、はあっ……ん、ちゅっ……んっ――!」 
 
 キスを交わしたり、手の握りをかえたりしながら、体温を交換するがごとく肌と肌をすりあわせる。 
 一つに溶け合いながら高ぶり、やがて限界を迎える。 
 
「あああっ……だめっ……きちゃう――!」 
「くっ……ああっ、サチ!」 
 
 できうる限り強く突き混み、性器の内側にたまっていた欲望を解放した。 
 
「ああああっ――!」 
 
 射精のせいか、それとも絶頂のせいか、行為をはじめて一番大きな悲鳴をあげ、サチが達する。 
 
「あああ――っ、んっ、ふっ……んん――!」 
 
 自分でも驚くほど長く、射精が続く。太腿に腰をおしつけつづけ、子宮そのものへ精液を注ぎ込む。吐き出している性器をさらに締め付けられ、落ちていく心地よさのまま、サチの膣へ粘液を放出しつづける。 
 サチは身体から力を抜き、精液をそこで受け止め続けてくれた。 
 
「はあっ……んっ……きりとぉ……」 
 
 しばらくして射精がやんだあともなお、腕の内側にいるサチは小さく喘ぎ、俺の名前を呼ぶ。 
 俺はサチの汗ばんだ身体を抱きしめて、目をつむる。 
 あまやかな肌の香りさえ感じそうだ。少し迷いながらサチの頬に頬を寄せた。これじゃあ本当に弟だ。もっともこんな行為はしないだろうが。 
 
「……おつかれ」 
「おつかれさま……」 
 
 髪がわしゃわしゃとかきまぜられる。時折、地肌をくすぐる指先がくすぐったくも、心地いい。 
 誰かに心を預けるというのはこういうことなのかもしれない。俺は際限なく優しい腕に抱かれながら四肢から力を抜いて、隣によこたわった。 
 朝と同じように、サチは鎖骨あたりに頭をのせて、とろけるような瞳で俺を眺める。上目遣いの目は、どこか甘えるような色があった 
 なめらかな背中に手をあて、肌をさすった。 
 俺はたまには朝寝坊もしかたがないかー。誰かにいいわけしつつ、性行の余韻をサチと一緒に楽しんでいた。 
 
 
 
「お弁当。お昼のころにストレージに入れておくからね。みんなで食べて」 
「ああ。了解」 
 
 結婚したことで俺とサチのアイテムストレージは共通化している。これの便利なところは、サチと俺がどれだけ離れていても、どちらかがアイテムを追加すれば共有化されるということだ。朝寝坊のせいでいまだ完成しきらない人数分の弁当も、サチが自分のアイテム欄へ弁当を格納することで、タイムラグゼロで俺の元へ届く。ほかにもいろいろな用途が考えられる便利な機能だが「結婚」のむずかしさ故に、利便性に気が付いているものは少ない。 
 
「でもALFとKoB……それにDDAとの合同レベリング会なんて……すごいよね。少し前まで考えられなかったよ」 
 
 サチがぼんやりとつぶやいた。 
 そう。今日は攻略組に名を連ねるギルドによる、合同レベリング会だ。 
 口で言うのは簡単だが、これはちょっとした奇跡だ。月夜の黒猫団の発言力が攻略組内で上昇しているのももちろん影響しているが、これはギルドリーダーであるケイタの綿密な下準備によるものだ。 
 
「なんか、ケイタ……すごいよな。だれもがやろうとはするんだけど、結局やれなかったことをあいつは実現してる……」 
「うん。幼馴染としてうれしいよ……。だから頑張ってね、キリト」 
 
 ポーションや結晶類をオブジェクト化して、ベルトポーチに格納し、最後に片手直剣を肩へと吊る。頼もしい剣の重みが肩へ発生したことを確認すると、サチに振り返った。 
 エプロン姿のサチを前に、いまだ気恥ずかしくてしかたのない言葉を口にしようとし、結局ぱくぱくと口を開いて閉じてを繰り返す。 
 ふっ、とサチが小さく噴き出した。そのまま俺のコートをぱん、ぱんと払い――実のところホイリやシワの存在しないSAOにあってその行動は耐久度を減らす以上の効果はない――そのまま俺の頬へふれた。そして穏やかに唇を動かした。 
 
「じゃあ、今日はわたしから言うね……。いってらっしゃい。あなた……」 
「いってきます……」 
 
 黒瞳に灯るやさしい光にうながされやっと「いってきます」を言えた俺に、サチは手をのばした。再びくしゃくしゃと頭を撫でまわす。 
 最後にもう一度お互いにお互いを抱きしめる。いくら攻略済みのダンジョンとはいえ、命の危険は常に付きまとう。 
 
 俺は――死なない。 
 
 腕のうちにある体温にそう誓う。彼女をひとりのこして、この世界から去るわけにはいかない。 
 いつかサチが、別れ際にさびしげな顔をしないようになるそのときまで戦い続ける。これが俺の――剣士キリトの役割だ。 
  
 体温が離れるなごりおしさを振り払い、最後の最後……サチに口づけをしてから、待ち合わせしている迷宮へ足を向けた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――そのトレジャーボックスにはレアアイテムが隠されている可能性がある。 
 ――だから、悪いがそれは俺のものだ。お前等が手に入れたって、攻略の役にはたたないだろ? 
 ――悪いけど遠慮してくれ。俺のレベルは、さっき教えただろ? お前らが束になったって、俺には勝てないぜ? 
 ――それに俺抜きだと、この迷宮区は危ないぜ? 早くケイタのところまで戻って、一からやりなおしてこい。 
 ――楽しかったよ。ルーキーが右往左往するのを見てるのは……。 
 
 
 
 
 薄暗い迷宮区で俺は、生きてきた十数年の人生のうちで最大限の煩悶を抱えていた。 
 ダッカーとササマル、テツオは賛成だった。サチと俺だけが、目の前にトレジャーボックスを開けるのに反対した。 
 本来なら多数決は覆せない。警告の意味を込めて開錠反対の立場をとったが、これはパーティメンバーの一憂慮以外の効果は持たない。 
 仮に強く警告し、その根拠を問いつめられた場合、俺は彼らを説得する材料として自分がレベルをごまかし、さらには最前線でも忌み嫌われる「ビーター」であることを話さなければならない。 
 俺はいつのまにか、サチを見ていた。 
 黒髪で頬をかくしたサチの横顔が見えた。眉に憂慮を刻んでいて、不安げに瞳を揺らしている。 
 ――そこではじめて、俺はコートの袖をつかむサチの指に気がついた。 
 指は小刻みに震えている。 
 
 ――。 
 
 トレジャーボックスに覆い被さり開錠作業を行おうとしていた、ダッカーの後ろ襟を俺はつかんで引き寄せた。 
 突然の暴挙に、ダッカー以外の三人が目を見開いた。ダッカーをサチたちの足元にほうりなげ、俺の前にまわった。 
 
「ど、どうしたんだよ、キリト……」 
 
 ダッカーが戸惑ったように言った。俺は無言で剣を引き抜いた。 
 
「悪いけど――これは俺のだ」 
 
 驚愕が四人の間を駆け抜けていった。 
 俺は方頬をつり上げた。 
 そしてこの場を納めるのに有効な、理想的なデタラメを並び立てた。 
 早くこの迷宮区から、サチを含めた四人を追い出したかった。怒りを買うだろうが仕方がない。ほかのトレジャーボックスを彼らが見つける前に、ケイタの待つ街へ彼らを帰さなければならない――。転移結晶を使ってくれるのが一番ありがたい。 
 真相を知った三人は憤懣と怨みを吐き出したが、最後には俺のステータスの前に沈黙した。三人の怒りは当然だった。俺は彼らの仲間のふりをしながら、彼らをあざ笑っていたも、同じなのだから。 
 怒りに震える三人を――なだめたサチは、潤んだ瞳で俺を見ていたが、俺は力なく微笑むことしかできなかった。サチが小さな笑みを返してくれたのは――この破滅的な顛末のなかにあって唯一の救いだった。 
 
 彼らが転移結晶で離脱するのを見届けたあと、俺は洞穴をでると、ギルドの脱退申請を行った。町にいるケイタは、突然目の前にポップした脱退申請に驚いているだろう。だがテツオたちからいまの顛末の話を聞けば 申請を承認するだろう。いくらあの人のいいケイタも、ずっと彼らを欺き続けていた俺を許しはしないはずだ。 
 彼らを騙し、優越感を得ていた代償は、胸のうちに空いた空虚感だ。自分が招いた結果を自嘲しようとしたが、頬はちっとも笑みの形にはならなかった。 
 別段、なんともない。ソロプレイヤーがソロにもどったたけだ。失った物は、彼らと過ごしたせいで失った成長リソース、それだけだ。 
 だがどんなに自分を慰めてみても、空虚感は変わらなかった。胸を満たしていたものの大きさに改めて震撼しながら、俺は重苦しい足を引きずって主街区への道を戻りはじめた。 
 
 仲間との眠る前のひと騒ぎも、隣で眠る体温もない――。 
 今日からは一人で宿を取り、眠らなければならない。 
 
 
 
 
 
 
 それから――いつまで経っても承諾されない脱退申請に業を煮やし、ケイタに催促のメールを送った俺は、本当の意味でケイタの器を知ることになった。脱退は認められなかった。 
 いつかキリトに僕たちのレベルが追いついたとき、改めてリクルートさせてもらう。ケイタが返してきたメールには、そんなことが書かれていた。 
 
 
 やがて自分たちの力だけで攻略組の一員となった黒猫団と再会した俺は、改めてケイタからギルドに戻るよう告げられた。立場はすでに対等だった。 
 
 ――サチと再会したのは、まだ肌寒い、二月の最初だった。そのころのサチは一線から遠ざかり、生産職として黒猫団を支えていた。 
 
 ギルドホームの前で一人俺を待っていたサチは、俺に気がつくと透明な涙を一筋こぼして、ほほえみながらおかえりと呟いた。 
 
 そのときの泣き笑いの笑顔を俺は、きっと生涯忘れない。 
 
 黒猫団とわかれてからも、俺を支え続けたのはサチの涙だった。あの薄暗い地下水路で流された涙。それに報いるよう、俺は強くなり続けた。 
 いつか再会したときに伝えようと心にきざんでいた言葉を伝えるために、泣きすがる彼女を強く抱きしめ、涙で潤む黒瞳をしっかりと見つめた。 
 
 これからは、俺が君を――。 
 

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